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31. 特Aランク

 魔物大暴走(スタンピード)の脅威が去ってから一週間。後処理に追われていた冒険者ギルドもようやく通常業務へと戻る。とはいえ、一週間も休んでいれば、依頼をしに来る住民も、依頼を受けに来る冒険者もわんさかやってくるのは仕方がない事だった。

 同僚達があくせく働いている中、両肘を机について人であふれ返るギルドをぼーっと見ていたギルドの看板娘が深々と溜息を吐く。


「サクさん……無事かなぁ……」


 最後に会ったのは、真剣な表情で強引にサガットの下へ行こうとした颯空を止めた時だ。いや、正確には止められなかったのだが。とにかく、その日から颯空の姿を見ていない。


「おい」


 不安になるのも当然だった。あの日はまさに魔物大暴走(スタンピード)が起こった日。そして、颯空はサガットに街を出る許可を貰おうとしていた。無関係とは考えられない。


「こら」


 集められた冒険者達が意気揚々と魔物を狩りに出ると、既に大半の魔物は始末されていた話は聞いている。それを誰が行ったのかサガットの口から明かされないが、颯空の仕業で間違いないはずだ。


「……またかよ」


 いくら颯空が強くてもそんな離れ業をやってのけたら無事では済まない。そう思うと心が張り裂けそうになる。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。どうやら自分はあの黒コートの男に、心を奪われてしまったようだ。


「サボってんじゃねぇよ、このアホ受付が」

「ぎゃふぇ!」


 脳天に手刀を叩きこまれ、パルムが顔面から机に突っ込む。


「いきなり何すんですか!? 受付中止の立て札が見えないんですか!?」


 痛む頭を押さえながら、涙目のパルムが勢いよく顔を上げた。そして、目の前にある仏頂面を見て、そのまま硬直する。


「サ……サクさん……?」

「他に誰に見えるんだよ」


 信じられない。生きているかも不安だった男が、五体満足で今自分の目の前に立っている。感情が高ぶったパルムは思わず受付カウンターを飛び出し、颯空へと抱き着いた。


「じゃれるな」

「ふんぎゃ!」


 否。さらりと躱され、床にダイブする。


「大丈夫かの?」

「あ、はい。ありが……え?」


 盛大にずっこけたパルムを心配してタマモが手を差し伸べると、その手を取って起き上がろうとしたパルムがタマモを見て目をぱちくりさせた。そのまま、颯空へと視線を向け、もう一度タマモへと視線を戻した。


「えーっと……どちら様ですか?」

「うちはタマモじゃ!」


 狐耳を隠すために背の高い帽子をかぶったタマモが元気よく答える。そのあまりに純粋な眼に若干たじろぎながら、パルムは再度颯空に視線を向けた。


「……お知合いですか?」

「下僕だ」

「ぬぉぉぉ! それはひどいのじゃ!!」


 何の迷いもなく言い切ったサクの体をタマモがぽかぽかと殴りつける。そして、それを許容する颯空。何となく仲睦まじい感じが気に入らなかった。


「それで? 魔物大暴走(スタンピード)から担当受付嬢に対して何の音沙汰もなかったサクさんが一体何の御用ですか?」

「……なんか急に刺々しくなりやがったな」


 ツーンとそっぽを向くパルムに、颯空は若干戸惑いを見せる。


「まぁ、確かに連絡しなかった俺に非があるな。悪い」

「え……?」


 これまで一度だって謝罪したことがない颯空が素直に謝った。その事実に、今度はパルムが戸惑う番だった。


「い、いえ……別に義務とかはないので、サクさんが謝る必要は……」

「あ~! サク様じゃないですかぁ~!!」


 パルムの話の途中で、颯空のファンクラブ会員(非公式)の受付嬢三人組の一人が、颯空の腕を絡めとる。


「あ? お前は……」

「受付嬢のジェシカですぅ~! ちゃんと名前を憶えてくださいねぇ~!」


 何とも言えない甘ったるい声に、颯空が若干体を引いた。だが、逃がさないとばかりにジェシカが颯空を力強く引き寄せる。


「サクさんが見えたらぁ~ギルド長室に連れてこいと言われているので~ご案内します~!」


 そのまま強引に引っ張っていこうとしたジェシカの肩を、パルムが無表情で掴んだ。その体から発せられるどす黒いオーラに、ジェシカが小さく悲鳴を上げる。


「……サクさんは私が連れていきます。あなたは自分の持ち場に戻りなさい」

「え、え~。で、でもぉ~」

「自分の持ち場に戻りなさい」

「は、はいぃ……」


 あまりの迫力に、恐怖すら覚えたジェシカがすごすごと離れていった。ようやく解放された、と内心ほっと息を漏らした颯空だったが、今度はパルムが颯空の腕を絡めとる。


「さぁ、行きますよ」

「お、おい。ギルド長室の場所はわかるから一人で……」

「ご案内します」


 有無を言わさぬ口調で言い放ち、パルムがぴったり颯空にくっついて歩き始めた。一連の流れを見ていたタマモは小さく息を吐く。


「……サクはモテモテなんじゃな」


 そう呟くと、引きずるように連れていかれている颯空の後を追った。



「……随分と報告に時間を要したな」


 自分の前に立つ黒コートの男に、ギルド長であるサガットが不機嫌さを隠さない声で言った。ちなみにこの場にパルムはいない。感情のままギルド長室に入ったパルムは、サガットに颯空と腕を組んでいるところを見られ、顔を真っ赤にして逃げる様に退室していった。


「あんたの言いつけ通り、目に映った魔物は殲滅しただろ? だから、文句を言われる筋合いはねぇ」

「俺が街を出る許可を出してやったんだぞ。報告するのが当然だ」

「そういう(しがらみ)を経験せずにこの場に立ってんだ。悪いな」


 颯空が悪びれもせずに言う。それを見て、サガットが大きくため息を吐いた。


「……確かにお前は俺の部下ではないからな。それを強制するのは筋違いか」

「へぇ? 意外と物分かりがいいんだな」

「これでも一組織のトップに立っているからな。お前みたいな常識知らずな奴にいちいち目くじらを立てていたら、心臓が持たん」


 サガットが呆れた顔で言った。もちろん、颯空に後ろめたい気持ちがなかったわけではない。だからこそ、パルムに引っ張られても、そこまで抵抗せずにギルド長室まで来たのだ。


「……すぐに来なくて悪かった。こっちもいろいろ立て込んでたんだ」


 颯空が頭を下げる。その行為に意外そうな顔をしたサガットであったが、すぐに普段の顔つきに戻った。


「まぁ、自らここに来ただけでも良しとするしかあるまい。それで? その子が、お前が無茶をした理由か?」

「……まぁ、そういう事になるな」


 颯空の隣にいるタマモに目を向けながら言うサガットの言葉を颯空が肯定する。


「…………亜人族か」


 少しの間タマモを見つめていたサガットが徐に呟いた。その言葉に、タマモがビクッと体を震わせる。


「わかるのか?」

「俺を誰だと思っている? 身体的特徴を隠したところで見抜けぬようじゃ、総ギルド長は務まらん」


 そう言うと、サガットは懐から葉巻を取り出し、口にくわえた。


「お前の行動から推測するに、この子がモントホルンにいたのか」

「あぁ。時間停止の封印にかけられてた」

「時間停止の……? それは間違いないのか?」

「この手で破壊したから間違いねぇ」


 颯空の言葉を聞いたサガットが煙を肺へと送りこみながら考え込む。もちろんガットも五十年前、『炎の山』に狐人種(フォクシニア)が住んでいたことは知っていた。そして、金眼にまつわる伝承もだ。とはいえ、知っているのは『金眼が災いをもたらす』という事までではあるが。


「こいつに関しては、詳しく話すつもりはない」


 いらぬ詮索をされる前に颯空が釘を刺した。ゆっくりと煙を吐き出しながら、タマモから颯空へと視線を移動させたサガットが、諦めたように背もたれに寄り掛かる。


「ならばどうして連れてきた? 大人しくコール・インフルエンサーの屋敷に残してくればよかったのではないか?」

「……なんでもお見通してわけか。相変わらず抜け目のねぇおっさんだ」


 颯空が顔を歪めた。情報収集能力がコールと同レベルだ。だが、今はそんな事を気にしている時ではない。


「こいつを冒険者にしてもらうためだ」

「ふえ?」

「この少女を?」


 驚くタマモと訝しげな表情を浮かべるサガット。そう、颯空がタマモをわざわざ冒険者ギルドに連れてきたのはそのためだ。面倒を見る、と決めた以上途中で投げ出すつもりはない。だが、この世界はいついかなる時でも死が付いて回る。万が一自分が命を落としたとしても、タマモが一人で生きていける様、冒険者にしておきたかった。幸い、ここは冒険者ギルドの総本山であり、そのトップには魔物大暴走(スタンピード)の件で貸しは作ったはずだ。これくらいの無理なら通してくれるだろう、という思惑だった。


「なるほど。それくらいの頼みなら聞いてやらん事もない」

「話が早くて助かる。なら、さっさと……」

「ただし、条件が一つある」


 颯空の目がスッと細まる。そんな颯空を見て、サガットが苦笑いを浮かべた。


「そう身構えるな。お前にとってもそう悪い話ではない」

「これまでの仕打ちを考えたら身構えるなって方が無理な話だが……とりあえずその条件とやらを聞いてからだな」

「ギルド長権限でお前の冒険者ランクを上げさせろ」

「…………」


 颯空が露骨に嫌そうな顔をする。


「……やっぱ身構えるのが正解じゃねぇか」

「話は最後まで聞け」


 サガットが呆れ顔で灰皿に葉巻を押し付けた。


魔物大暴走(スタンピード)をほぼ一人で対処したのだ、昇格は当然の話。そんな男に簡単な依頼を次々こなされたら、他の低ランク冒険者が受けられる依頼がなくなってしまう」

「……まぁ、一理ある」

「だが、お前にも目立ちたくない理由があるのだろう? その理由については敢えて言及せん。だからこそ、ギルド長権限での昇格を提案したのだ」


 やはり、サガットは自分の素性について薄々勘づいているようだ。王都にも冒険者ギルドは存在する。そこのギルド長から王都の内情について色々と報告を受けているのだろう。


「お前を特Aランクに昇格する」

「特Aランク?」

「聞いた事がないのも無理はないだろう。なにせ、今日初めて作ったランクだからな」


 眉をひそめる颯空に、サガットが小さく笑みを浮かべる。


「具体的には?」

「なに、そんなに難しい話じゃない。受けられる依頼は通常のAランク冒険者と同等のものにしてもらう。ただし、他のAランク冒険者とは違い、お前の正体を明かすような真似はしない。仮にこの街以外のギルドで依頼を受けた時も、お前の正体を晒さないようギルド証にその旨を記す。お前が依頼をこなしたとしても、広まるのはお前の二つ名だけだ」

「二つ名?」

「Bランク以上の冒険者にギルドから与えられる別称だな。大抵はその冒険者の特徴を捉えた二つ名がつけられる」


 という事は、あのクリプトンにも二つ名があったのか。今となってはどうでもいい話ではあるが。

 颯空にとっても非常にありがたい申し出だった。ランクはあげたくないが、それだと依頼が物足りなすぎる。高難度の依頼を受けられ、しかも緘口令が敷かれるなど願ってもない話だ。

 だが、あまりにも都合がよすぎる。そういうのには裏があるのがお決まりだ。


「俺に有利すぎる。そっちのメリットは?」

「……大胆不敵に見えて、しっかり頭が回るのもお前さんの怖いところだな。だがまぁ、安心しろ。ちゃんとギルドにも利益はある。お前が冒険者である事だ」

「なに?」

「厄介な依頼が飛び込んできたときは、匿名で活躍してもらうという事だ」


 全てを理解した颯空が盛大に舌打ちをした。こちらの意思を尊重しつつ、いざという時に使える武器を手元に置いておきたい、という事なのだろう。持ちつ持たれつというやつだ。そういう関係が嫌いじゃない事がばれている事が全くもって気に入らない。とはいえ、自分の感情を優先して一蹴するには惜しすぎる話であった。だからこその舌打ちだった。


「……明日、タマモのギルド証を取りに来る」

「交渉成立か?」

「こういう土俵じゃ勝てる気がしねぇ」

「うまく立ち回るには大事な素養だぞ?」

「……けっ」


 しかめっ面で背を向けた颯空がさっさとギルド長室から出ていこうとする。話の内容が難しすぎて、ほとんど口出しできなかったタマモが慌ててその後を追いかけた。


「おいおい、自分の二つ名を聞いていかないのか?」

「あんたらが勝手に呼ぶ名前だろ? 興味ねぇな」


 そう言うと、タマモを連れて部屋から出ていく。その様を見て口角を上げたサガットが、誰もいなくなった部屋で一人呟いた。


「いざという時は頼むぞ。'切り札(ジョーカー)'」

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