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29. タマモの告白

 目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。ぼーっとする頭で今見た夢を思い出す。


「……久しぶりにあの夢を見たのじゃ」


 自分の母と居場所を同時に失った光景。いつも視界が真っ赤になったところで夢から覚めた。そこから先は一度も見た事がない。だから、自分がどうしてあの牢獄に囚われる事になったのかはまるでわからなかった。

 ゆっくりと体を起こし、周りを確認する。村で自分が使っていたせんべい布団とはまるで違うふかふかの羽毛布団。白を基調とした小綺麗な広い部屋。家具も小物もタマモが今まで目にしたこともない良質な物ばかりだ。


「……まで夢を見ておるのか?」


 試しにほっぺたをつねってみる。……痛い。どうやらこれは現実のようだ。確か、牢獄から出た自分は故郷を見に行き、そこでベヒーモスに襲われた。そして、危機一髪のところをあの黒いコートの青年に助けられたはず。


「……サク?」


 きょろきょろと辺りを探す。颯空の姿はない。それどころか、この部屋にいるのは自分だけのようだ。


「……そうじゃ。サクがベヒーモスを倒した後、たくさんの魔物に囲まれたのじゃ。それから……」


 それからどうした? あの魔物の大群をどうやって逃れたというのだ? ……わからない。これ以上はいくら頭をひねっても思い出せそうにはなかった。


 ガチャッ……。


 部屋の扉が遠慮がちに開けられる。そちらへ顔を向けると、燕尾服を着た初老の男が柔和な笑みを浮かべながら立っていた。その男が人間である事を瞬時に悟ったタマモは、反射的にベッドから降り、その陰に身を隠す。先ほど見た夢の影響で、見知らぬ人族への警戒心が高まっていた。


「初めましてタマモ様。私はこの屋敷の執事をしておりますグランと申します。お目覚めになったご様子なので、こうしてお声をかけさせていただきました」

「…………」

「もしよろしければ応接室までご足労願いませんでしょうか? 旦那様とサク様がお待ちです」

「サク……?」


 ピンッと狐耳を立てたタマモが、まだ警戒しつつもベッドの陰から出てくる。


「サクは……ここにおるのか?」

「はい、この屋敷にいらっしゃいます。ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」


 グランが笑みを携えたまま、扉の外を手で示した。少し迷ったタマモであったが、おずおずと部屋から出ていく。その後ろからグランが静かについてきた。タマモの気持ちを考え、一定の距離を保ちつつも、広い屋敷の中を誘導していく。

 絵画や鎧など、珍しものに目移りしながら少し歩くと、グランがとある扉の前で止まるように指示をした。


「こちらになります。……旦那様、タマモ様をお連れしました」

「はーい。入ってきてー」


 ノックをしつつグランが言うと、中から能天気な声が返ってくる。恭しく扉を開けたグランに顔を向けられたタマモがおずおずと中へ入っていった。

 応接室はタマモが目を覚ました部屋よりも更に広々としていた。その中央に置かれた立派なソファに、ニコニコと楽し気に笑いながら自分を見ている男が座っている。そして、その向かいでは颯空が手を枕にし、憮然とした態度でソファに寝そべっていた。


「サクッ!!」


 見知らぬ場所に見知らぬ人間。不安にならざるを得なかったタマモが、勢いよく颯空の方へと駆け寄り、飛びついた。だが、寸前で颯空が顔を向けずにその額を手のひらで抑えた。


「鬱陶しい」

「なんでじゃ!? ここは抱き着かせるところじゃろ!?」

「それをさせて俺に何の得がある?」

「可愛い可愛いタマモちゃんの柔らかな感触を楽しむ事ができるぞ?」


 その言葉に若干イラっとした颯空が、その頭を掴み、コールの座ってるソファへと投げる。


「ふんぎゃっ!!」


 ぽーんと自分の横で跳ねるタマモを見て、コールがにっこりと笑みを浮かべた。


「随分とバイオレンスじゃないか。照れ隠しってやつかな?」

「……面白い事言うじゃねぇか、コール。ちゃんと遺言は残したのか?」

「はっはっは! 冗談に決まってるじゃないか!」


 ぎろりと颯空に睨まれたコールが誤魔化すように笑いながら横へ視線を向ける。


「やあ、タマモ! 僕はコール・インフルエンサーだ! 君の大好きなサクの親友だよ!」

「ガキに嘘吹き込んでんじゃねぇよ」

「ぬあ?」


 クッションに埋もれていたタマモは顔を上げると、隣に座っているコールをまじまじと見つめた。……やはりそうだ。あの初老の男もそうであったが、この男も同じだった。自分に向けられた視線に一切の侮蔑の色を感じない。


「お主……うちを見ても何も思わんのか?」

「ん? 君がとても可愛らしいお嬢さんって事かな?」

「い、いや……! そういう事じゃのうて……!!」

「おい、狐っ子。こいつはここに住んじゃいるが、別にこの街の出身ってわけじゃねぇ。だから、亜人族だからって気にしねぇのさ。興味があるのは金になるかどうかだけだ」


 さらりと颯空が言うと、コールが不満げな表情を浮かべる。


「随分な言い草だね」

「間違っちゃいねぇだろ?」

「お金になるかどうかが大事なのは確かだけど、面白いかどうかもそれと同じくらい重要さ!」


 そう言い切ると、きょとんとしているタマモに、コールが満面の笑みを向けた。


「そういうわけで、タマモが狐人種(フォクシニア)である事なんて僕には関係ないよ。だから、気にする必要なんてない。君は万年仏頂面な僕のパートナーが連れてきた大事な客人なんだからね」

「パートナーなら諸々無料(タダ)でいいよな?」

「もちろん、二人分の宿泊代は良心価格にしておくよ! あぁ、二人の治療代は別にいただくね!」


 コールの晴れやかな笑みを見て、颯空が盛大に舌打ちをする。そんな中、タマモは暗い表情を浮かべていた。


「……どうした? 腹でも痛いのか?」


 その事に気が付いたコールがちらりと視線をやると、颯空が訝しげな顔でタマモに問いかける。


「いや、むしろ腹が空いたのか。丸三日以上寝てたからな。コール、なんかこいつに食いもんを……」

「違うのじゃ!!」


 颯空の言葉を遮るようにタマモが大声を上げた。


「亜人族であるという事もそうなのじゃが、その事ではないのじゃ!!」

「……は? それはどういう」

「これじゃ!!」


 タマモが自分の両目を指さす。


「この金眼を見ても何も思わんのか、と聞いておるのじゃ!!」


 必死な形相のタマモを見てただ事ではない、と思いつつも、この世界に疎い颯空には何が言いたいのかわからなかった。颯空が説明を求める様にコールの方へ顔を向けると、コールは真面目な顔で自分の顎に手を添える。


「それはあれかな? 眉唾物の迷信の話をしているのかな? 生憎僕はそういう類の話は信じない性質(タチ)なんだ」

「迷信などではない!! うちは……うちは、亜人族と魔族の親から生まれたのじゃ!!」


 タマモの言葉を聞いてコールが大きく目を見開いた。この世界に詳しくない颯空ですら驚きの表情を浮かべる。初めて颯空と出会った時はその衝撃が強すぎて頭から抜け落ちていたが、夢によって思い出させられた。自分が亜人族と魔族の混血児である事を。


「……その話、マジなのか?」


 颯空がタマモではなく、コールに尋ねた。問われたコールはなんと見えない顔で首を左右に振った。


「……『金眼の者に近づくと災いが起こる』っていうのは聞いた事があるけど、信心深い老人が言ってるだけだね。大抵の人は気にもしていないと思う。知らない人の方が多いんじゃないかな?」

「母に確認したから間違いないのじゃ! それに、うちが会った他の人族も金眼は魔族と他種族の混血児だと言っておったぞ!!」


 最早叫び声に近い声でタマモが言った。あの牢獄にタマモが囚われていた以上、彼女が出会った人族というのは五十年前の話だろう。魔族との戦争の最中にいた彼らはそういう情報に今よりも敏感だったはずだ。となれば、情報の信憑性も増してくる。加えて、自分の母親がそう言ったのであれば間違いないだろう。嘘を吐く理由がない。

 亜人族と魔族では大分話が違ってくる。ガンドラの街では敵視されてるとはいえ、人族にとって亜人族は無害な相手だ。だが、魔族は人族の敵。その証拠に、それまで部屋のドアの前で涼しげな顔で待機していたグランが僅かに緊張した面持ちになっていた。

 それぞれの反応を見たタマモが寂しげな笑みを浮かべる。


「……やはり、うちは呪われた子なんじゃな。あのまま山の中で大人しくしておった方が良かったのかのう」


 その呟きに答える者はいない。部屋の中に沈黙が流れた。タマモの話が事実であれば、軽々と擁護する事はできない。この世界に生まれた以上、魔族に加担する事はそれ自体が罪なのだ。


 ……この世界に生まれた者であれば、だ。


「……なんか腹減ったな」


 そんな沈黙を破った颯空が、かったるそうにソファから起き上がった。


「ちょっと出かけてくるわ。狐っ子、なんか食いに行くぞ」

「ふえ?」


 まさかの展開にタマモが目を白黒させる。そんな事はお構いなしに颯空はさっさと歩き出した。


「……三日間も何も食べてないんだ、美味しいモノをご馳走してあげてね」


 その思惑を指したコールが颯空に声をかける。


「……言われるまでもねぇ。おい、ぼーっとしてたらおいてくぞ」

「っ!? ちょ、ちょっと待つのじゃ!」


 まったく状況についていけてはいないタマモだったが、素っ気ない態度で部屋から出ていった颯空の後を慌てて追いかけた。

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