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28. タマモ裏

「おかえりなさい。今日は早か……タマモ、どうしたの?」

「…………」


 帰ってきた我が子のいつもと違う雰囲気に母は眉を顰める。タマモは体を震わせながら俯いていた。


「ホワイトウルフのみんなと何かあったの?」

「…………」


 最近タマモが魔物と仲とよくしている事は知っている。夕飯の度に嬉しそうに話をするのだから。本来であれば、全力で心配するのが親の務めだ。だが、同じ狐人種(フォクシニア)で友人を作れない以上、魔物でも自分の娘と仲良くしてくれるのはありがたかった。だからこそ、こんなにも落ち込んでいるのは、ホワイトウルフ絡みだと思った。


「タマモ、何があったか話してくれなきゃお母さんわからない……」

「うちは呪われた子なのか?」

「っ!?」


 予想外の発言に母は目を見開く。その反応を見てタマモは目に涙を溜めた。


「やはりそうなのかの……」

「……そ、その言葉をどこで聞いたの?」


 今までにないくらい真剣な表情を浮かべる母に、タマモは今起きたことを話した。


「その人間が言ったのじゃ。『金眼は魔族と他種族との混血児、呪われた子』だって」

「…………」

「魔族とは争いを好む悪い者達なのであろう? うちはその血を引いておるのか?」


 魔族がどういう連中なのか詳しくは知らない。だが、風の噂に聞く程度の知識は持っていた。


「うちに魔族の血が流れているから、他の狐人種(フォクシニア)の者達と一緒に暮らすことはできないということかの?」

「そ、それは……!!」


 なんとか否定しようとするも、母は言葉にすることはできない。聡明なタマモはそれだけですべてを悟る。


「はは……うちは呪われた子だったのか」


 タマモが乾いた笑みを浮かべた。いや、乾いた笑みを浮かべなければやってられない心境だった。


「それならばすべて納得じゃ。集落から外れたこんな場所で暮らさねばならぬ意味も、父上がうちの前に姿を見せない理由も」


 魔族だから自分に会いに来ない。魔族だから一緒に暮らす事ができない。


「全部うちのせいなんじゃな。うちがいなければ母上も集落のみんなと仲良く暮らせて幸せじゃ。……いっそのことうちなんて生まれてこなければ……」


 ギュッ。


 最後まで言葉にする事を拒むように、母がタマモを力強く抱きしめた。


「は、はうえ……?」


 母は何かに耐えるように唇を嚙み締めながら、離さないと言わんばかりに、更に腕に力を込める。


「……生まれてこなければよかったなんて言わないで?」


 震える声でタマモに言ったその言葉は願いに近いものであった。


「あなたのお父さんは確かに魔族よ。だからといって、あなたは呪われた子なんかでは決してない」


 母は抱きしめる力を緩め、タマモと同じ目線に立つ。


「だって……私をこんなにも幸せな気持ちにしてくれるのですもの。そんなあなたが生まれてこなければよかったなんて事は絶対にないわ」


 そして、溢れんばかりに慈愛に満ちた笑みを浮かべた。その瞬間、タマモの目から涙がこぼれる。今まで我慢してきたものが一気にこみあげてきた。


「母上! 母上!! うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 そんなタマモを母が優しく包み込む。涙が枯れるまでずっと母の胸の中で泣き続けた。


 少し落ち着きを取り戻したタマモに母が声をかける。


「……お父さんを嫌いになってしまったかしら?」


 少しだけ寂しそうな声音で母が尋ねてきた。タマモはうーんと唸ってから、母の顔を見る。


「よくわからないのじゃ。顔を見たこともないしのぉ……実際に会ってみないと好きか嫌いかも決められないのじゃ」

「そう……」


 少しだけ困ったような笑みを浮かべた母に、タマモがとびきりの笑顔を向ける。


「でも、うちの大好きな母上が好きになったお人じゃ!! 絶対にうちも好きになると思うのじゃ!!」


 その言葉に驚いた表情を見せた母は、先ほどよりも強い力でたまらないほど愛おしい我が子を抱きしめた。


「母上……苦しいのじゃ」

「ふふっ、ごめんなさい。でも、もう少しこうしていたいの。お母さんのわがままを聞いてあげて?」

「むぅ……」


 タマモが唇を尖らせる。だが、内心では母のぬくもりに安らぎを感じていた。そのまま母に身を任せ、そっと目を閉じる。言いようのない幸福感に満たされながら、タマモはそのまま夢の世界へと旅立った。


「……ん」


 寝ぼけ眼をこすりながらむくっと起き上がる。どうやら眠ってしまった自分を母が布団まで運んでくれたらしい。


「……母上?」


 家の中を見て回るが見つからない。日が落ちてから母が家を離れたことなど、これまで一度もなかった。タマモの第六感が警鐘を鳴らす。それも、先ほどのホワイトウルフの時に感じたものとは比べられないほどに、激しい鐘の音を。


「ま、薪でも割っておるのかのう!」


 嫌な予感を誤魔化す様に大きな声を出したタマモが家の外に出た。そして、予想外の光景を目の当たりにし、その場で立ちすくんだ。


「なん、じゃ……これ……!?」


 やっとの思いで声を出す。すっかり日も落ちてしまったというのに、狐人種(フォクシニア)の村は信じられないほどに明るかった。……その理由は、家々から燃え上がる炎のせいだ。


「な、なんで……!?」


 おぼつかない足取りで村の中を進んでいく。村の面影はまるでなかった。子供達の遊び場も、村の集会場も、花壇も畑も全てが破壊され、燃えていた。一体誰がこんな恐ろしい事をしたというのか。


 その答えは村の中心にあった。

 

 各々手に武器を持ち、凄まじい形相で騒いでいる人間達。

 立てられた丸太に縛られている狐人種の人々。

 その体に刺さる無数の矢。


 余りに凄惨な光景を前に、タマモはその場に立ち尽くしてしまった。


「くそっ!! 情報を聞き出す前に殺すんじゃねぇよ!!」

「仕方ないだろ!! こいつら炎魔法で抵抗してくるんだぞ!! 油断したらこっちがやられる!!」

「生きてる奴はいねぇのか!? あの金眼の狐人種(フォクシニア)は居場所を教えろ!!」

 

 ビクッ。

 このおぞましい状況を作り出した者達の狙いが自分であることを知ったタマモの体が、ぶるぶると震え始める。根が生えたようにそこから動くことができなかった。


「……おい! あれを見ろ!!」


 人間の一人がこちらを指さした。一斉に視線が自分に集中する。


「金眼だっ!! 間違いない!!」

「魔族の手下!! 仲間の仇!!」

「殺せっ!! 確実に息の根を止めろっ!!」


 いきり立つ人々。今すぐにこの場を離れなければ、確実に自分は殺されてしまう。頭ではわかっていても、体が全く動いてはくれない。激しい憎悪をまっすぐに向けられ、足が竦んでしまっていた。怖い、怖い、怖い。今まで感じた事のないような恐怖がタマモを襲う。それでも必死に体を動かそうとした。


 無理やり顔を右へ向ける。


「あ……」


 ここから逃げ出すためにした事であり、他の意図は何もなかった。


「ああ……」


 だから、それを目にしたのは偶然だ。


「あああ……!!」


 磔となっている死体の中に、自分と同じ金色の髪をした女性を見たのは。


「あああああああああああああああ!!」


 その瞬間、タマモの感情が音を立てて砕け散った。自分の中に溜まっていた何かが勢いよく放出されていく。暴走した魔力が大炎と化してこの山を一瞬で覆いつくした。


 そこから先の記憶はない。

 気が付いたらあの石の牢獄の中にいた。

 目を覚ましたタマモは虚ろな目を外の世界へ向ける。

 何もしたくない。

 何も考えたくない。

 数十年という長い年月を、タマモは空虚な人形のまま、過ごしていくのであった。

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