26. 化け物
干将莫邪が消えると同時に、タマモが颯空の腕から滑り落ちた。受け身も取れずに地面を転がったタマモであったが、大量の汗をかきながら地面に膝をついた颯空に、慌てて駆け寄る。
「サクッ!!」
「はぁ……はぁ……流石にきちぃわ」
そう言いながら颯空は地面に倒れこんだ。
「しっかりするのじゃ! 死んではならん!」
「……バカ。誰が死ぬかよ」
仰向けになりながら小さく笑う颯空を見て、タマモは力が抜けたようにその場にへたり込む。そして、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「よかったぁ……よかったのじゃぁ……! サクが来てくれてぇ……サクが助けてくれてぇ……サクが死ななくて本当に良かったのじゃぁ……!!」
地面に横たわったまま、鼻水が垂れるのも構わず号泣するタマモの頭にそっと手を乗せる。
「もう死にたいなんてアホな事は言うんじゃねぇぞ、狐っ子」
「ヒック……う、うちの名前はタマモじゃぁ……うわぁぁぁぁん!!」
そのままタマモが颯空に覆いかぶさった。一瞬痛みに顔を歪めた颯空であったが、諦めたように息を吐き、ポンポンとその頭を優しく叩く。彼女の中では今、様々な感情が渦巻いているのだろう。それが涙となって流れ出ているのだ。それならば自分にできる事は、何も言わずにタマモの好きにさせてやる事だけだった。
だが、そんなに悠長にしている時間はなかった。
「……おいおい。おかわりを頼んだ覚えはねぇぞ」
周りを見ながら颯空が苦々しい表情を浮かべる。そして、自分に乗っかっているタマモを抱きながら、ゆっくりと体を起こした。
縄張りの主を倒した今、それを知った魔物達がこの場にわらわらと湧いてくる。正気を失っているというのに、魔物達が持つ本能がそうさせていた。
ようやく不穏な気配に気が付いたタマモが自分達を取り囲んでいる魔物達を見て、小さく悲鳴を上げる。縋るように自分の体を掴んでくるタマモを、グッと腕で引き寄せた。
「本音を言えば少しくらい休ませてほしいとこなんだが……迷惑な客共がそれを許してくれないらしいな」
なんとかその場で立ち上がろうとする颯空であったが、体の言う事が聞かず、顔を歪めながら片膝をつく。
「お主はもう限界じゃ! それ以上動いたら本当に死んでしまうぞ!?」
「この状況じゃ、動かなくても死ぬだろうが。だったら、無様に足搔くしかねぇよ」
極限状態による魔力回路の覚醒。その反動で魔力を練るどころか、体を動かす事すら満足にできない。不敵に笑ってはいるものの、それが強がりであることはタマモにも分かった。このままでは確実に自分達はこの魔物達に殺されるだろう。
殺される?
死ぬ?
自分を牢獄から解き放ってくれた者が死ぬ?
助けて欲しいと願った自分を救ってくれた者が死ぬ?
そんな不条理がまかり通っていいのか?
いいわけがない。
それならばその不条理を――妾が滅する。
「っ!? おい! 狐っ子!」
自分の腕から抜け出し、ゆっくりと歩を進めるタマモに颯空が手を伸ばす。だが、激痛に襲われ、伸ばした手が地面についた。
「何考えて……!?」
顔を上げ、タマモを見た颯空が言葉を失う。
濃密。そう表現することしかできない。海の中にいると錯覚するほどに重苦しい魔力が、この場を充満していた。
「お、お前……!!」
それを生み出している者に声をかけようとするが、言葉が見つからない。これは山頂に初めて訪れた時と同じだ。今まで感じた事のないような異質な魔力。それがあの小さな体からあふれ出ていた。
「…………」
瞳孔が完全に開ききった金の瞳で魔物達を見据えながら、タマモが静かに手を前に出す。
その瞬間、魔物達が一斉に燃え上がった。
「なっ!?」
まさに業火。そして、恐ろしいほどに精密な魔力コントロール。対象以外は一切燃えていない。魔物から立ち昇る火柱に触れているというのに、森の木々は涼しい顔をしていた。
「…………」
無言のままタマモが開いていた手を閉じる。すると、突然現れた炎が、嘘のように消えてなくなった。後に残ったのは骨まで焼き尽くされた魔物の灰だけだ。
静かに腕を下ろしたタマモはそのまま糸が切れたかのように倒れた。
「狐っ子!!」
這いずるようにしてタマモに近づき、その体を抱き上げる。
「……寝てんのか?」
スースー、と寝息を立てるたてている。先ほど感じた魔力は感じない。だが、さっきのが夢や幻ではないのは、火事場の後のように焦げ付いた匂いがそれを証明していた。
「お前は一体……?」
腕の中で安らかに眠る狐人種の少女。何の変哲もない少女だと思っていた。だが、あの力を見た以上、その認識は改めなければならない。
「世にも恐ろしい狐の化け物、か……」
ダンクの言葉が頭をよぎる。この可愛らしい寝顔を見せる少女が、お伽噺になるほどに恐れられている存在なのか、颯空には判断することができなかった。




