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25. ベヒーモス

 颯空は思わぬ苦戦を強いられていた。その理由は三つ。

 一つ目は、数は力という事だ。殆どの魔物を一撃で仕留めてはいるが、剣を振るうのにも当然体力を使う。十匹やそこらであれば大した問題ではないが、これが数百匹ともなると、疲労の蓄積は計り知れない。そして、動きが鈍れば魔物の攻撃を受け、またしても体力が奪われるのだ。まさに悪循環。数の暴力というのは決して侮れるものではなかった。

 二つ目は、魔物の異変だ。どういうわけだがわからないが、ここにいる魔物達は全員リミッターが外れていた。仲間の魔物が倒されようと、自分が斬られようと、命ある限りこちらに向かってくるのだ。普通であれば、あまりの力量差に恐怖したり躊躇したりするものなのだが、それが一切ない。つまり、心の隙が全くないのだ。死をも恐れぬ特攻隊のように襲い掛かってくる魔物に、かなりの脅威となっていた。

 そして、最後の理由は魔力不全(オーバーヒート)だ。これはもう説明するまでもない。魔力に制限がかかっている以上、魔物をまとめて倒すことができず、接近戦を強いられる事になり、結果的に第一、第二の理由にぶち当たるといった感じであった。


 それでも宣言通り目に入った魔物はすべて駆逐し、やっとの思いで『炎の山』の頂上付近までやってきた。無数の傷が体に刻まれ、まさに満身創痍といった様子だが、まだ倒れてしまうほどではない。亜人族の少女一人を抱えて山を下りるくらいの余力はある。


「あいつ……頂上から移動しやがったのか」


 てっきり、どうしたらいいのかわからず、山頂で途方に暮れているものだとばかり思っていた。だが、昨日の去り際、発信機代わりに念のため付けておいた"漆黒の監視者(レイヴン・アイズ)"の羽が、山頂ではない方角から感じる。

 嫌な予感がした。この山は今、正気を失った魔物達で溢れ返っている。そんな中を少女が一人で歩いていたらどうなるか。考える前に颯空は駆け出していた。

 近くに魔物の気配はない。恐らくここは、昨日自分達の前に現れたベヒーモスの縄張りなのだろう。他の魔物達は奴を恐れてここには寄り付こうとしないに違いない。そうであれば、あの狐人種(フォクシニア)の少女は無事である確率が高くなる。まったくもってありがたい話だった。


 ……ところで、そのベヒーモスは一体どこにいるというのか?


「死にとうないんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 魂の叫びが聞こえた。足を止め、反射的に声のした方へと顔を向ける。目に飛び込んできたのは森を走っていた少女が転ぶ様と、そのすぐ後ろでその剛腕を振り上げているベヒーモスの姿であった。その距離はおよそ百メートル。瞬時に間に合わないと判断した颯空は、干将莫邪を前に出した。

 呪いの武器が強力だとされる理由、その多くを占めるのは協力無比な固有スキルの存在だった。


「'絶影(ぜつえい)'」


 スキルを発動した瞬間、颯空はベヒーモスの腕を干将莫邪で受け止めていた。

 干将莫邪の固有スキル、'絶影'。颯空の視界に映る範囲であれば、瞬間的に移動することができる。


「たくっ……世話のかかる狐っ子め」


 あまりにも呆けた顔をしているタマモを見て、颯空が小さく笑みを浮かべた。ただ、笑った理由はそれだけではない。死にたくない、と彼女の口から聞く事ができて、心の底からホッとしたのだ。


「サ、サク……? ど、どうして……?」

「あぁ? どうしてってお前……」


 タマモの問いかけに応えようとした颯空だったが、咆哮を上げたベヒーモスに注意を向ける。完全にターゲットを切り替えたベヒーモスが、突然目の前に現れた敵にいきり立って襲い掛かってきた。


「……ちっ!!」


 その一撃一撃の重さに颯空が顔を歪める。ただでさえ魔力が不安定だというのに、ここまで来るのに魔物を狩り続けたせいで、身体強化の魔法である"闇之羽衣(やみのはごろも)"の維持が限界に近づいていた。Aランクの魔物であるベヒーモス相手に素面で勝てると思うほど楽観的ではない。おまけに原因不明の狂化ときたもんだ。魔法が切れる前に勝負をつけなければ敗北は濃厚だった。


「くっ……! 調子に乗んなっ!!」


 力任せにベヒーモスの腕を弾き飛ばし、タマモを抱えて距離をとる。彼女の存在も枷ではあるのだが、当然無視することなどできなかった。万が一にもベヒーモスがタマモに攻撃を仕掛けたりなどしたら目も当てられない。


「サク……うちは……」

「そんな顔すんじゃねぇ。いつもみたいにアホ面浮かべてろ」


 自分が足手まといである事がわかっているタマモがしゅんっと耳を垂らすが、気にさせないように颯空はあっさり流した。体勢を立て直したベヒーモスが颯空達を見据えながら魔力を練り上げる。そして、大きく口を開くと、巨大な水弾を数発放ってきた。


「なっ!? 魔法も撃てんのかよ!?」


 予想外の攻撃に驚きながらも、木を蹴った反動を利用して、なんとかギリギリですべての水弾を躱す。だが、それを読んでいたベヒーモスが颯空の行く手に先回りし、鋭利な爪を振り下ろしてきた。咄嗟にタマモを庇った颯空は、まともにその攻撃を受け、後方に吹き飛ばされる。


「がっ……!!」

「サクッ!!」


 タマモを抱きかかえながら地面を転がる颯空に、タマモが悲鳴に近い声を上げた。だが、それに答える余裕はない。追撃を仕掛けてきたベヒーモスから逃れるために、すぐさま立ち上がり、攻撃に備える。そんな颯空に、ベヒーモスは正面から突っ込んできた。


「殴り合いか? 面白れぇ……付き合ってやるよ!」


 魔力不全(オーバーヒート)の状態で魔力を酷使すればどうなるかわからないが、そんな事は関係ない。この世界で負けは死を意味する。それならば、全力を尽くすだけだ。狂暴な笑みを浮かべながら、颯空は魔力を無理やり練り上げた。


「ガァァァァァオオ!!」

「おらおらおらおら!!」


 敵をすりつぶすため、狂ったように腕を振り回すベヒーモス。それに引けを取らない速度で颯空が攻撃を繰り出す。それでも、少しずつダメージを追っているのは颯空の方だった。やはり、片腕にタマモを抱きかかえているという事が、颯空の動きを大きく制限している。


「サク! うちを放すのじゃ!!」


 颯空の腕の中でタマモが悲痛な叫び声をあげる。


「うちが……うちがいるせいで全力を出せないのじゃろ!? だったら、うちの事なんて放っておけばいい!!」


 タマモが声を()らしている間にも、どうしても手数が足りない颯空は攻撃を食らい続けていた。だがそれでも、颯空はタマモを放そうとはしない。


「うちがいなければ勝てるんじゃろ!? だったら、さっさとうちを切り捨てればいい!!」

「…………」

「そうしなければサクが死んでしまうぞ!? いいのか!? よくないじゃろ!! 早くしないと取り返しのつかない事になるのじゃ!!」

「…………」

「サク!! うちの話を……!!」

「だぁぁぁぁ! うっせぇ!!」


 極限の状況で颯空が声を荒げる。


「今お前に構ってる余裕なんてねぇんだよ! 状況考えろ!」


 まさか怒られるとは思わなかったタマモが目を白黒させた。


「い、いや……うちはサクの事を考えて……!!」

「それならくだらねぇ泣き言ほざいてないで、この場を生き残る術を死の物狂いで考えやがれ!!」


 ベヒーモスの猛攻を耐えしのぎながら、颯空が怒声を上げる。颯空はただひたすらに苛立っていた。自分を犠牲にするような事を言ったタマモに対してではない。そんな発言をいたいけな少女にさせてしまった自分に対して腸が煮えくり返っていた。なんと情けない事か。この世界で生き残るために、必死に力をつけたというのに。蓋を開けてみれば、守ろうと決めた相手を不安にさせる始末。それで本当に強くなったといえるのか。


「どうして……」


 足りない。自分で勝手に決めた限界を超えるだけじゃまだ足りない。


「どうしてなのじゃ……?」


 魔力を上手く練る事ができない? タマモを閉じ込めていたあの牢獄を破壊しただけで? ふざけるな。この先、好き勝手にこの世界を生きていたらあの程度の障壁、いくらでも立ちはだかるだろう。その度にこんな様子では、生き残る事などできやしない。


「どうしてそんなになってまでうちの事を……!!」

「願っただろうがっ!!」


 タマモの声をかき消すように、颯空が大声を上げる。


「言っただろ! 一つ願いを叶えるって! それでお前は死にたくないと言った!! だから、俺はその願いを叶えてやろうとしてんだよっ!!」

「っ!?」


 何かを耐える様にタマモが口を結んだ。だが、その目から流れるものは我慢することができない。目の前にいる敵に全神経を集中させている颯空はその事に気が付かなかった。


「いいかッ! 俺は好き勝手に生きていくって決めたんだ!! だから、俺が守るって決めたら、お前の意思なんか無視して、守り抜くだけなんだよっ!!」


 その瞬間、颯空の魔力が爆発する。並の人間を凌駕する颯空の魔力回路が、勢いよくその殻を破った。


「"宵闇一閃(よいやみいっせん)"!!」


 全ての魔力を集約させた目にもとまらぬ光速の一撃。ベヒーモスの背後で干将を振りぬいた姿勢で止まる颯空。

 一瞬の静寂ののち、颯空によって分かたえたベヒーモスの上半身が、静かに地面に地面へと落ちていった。

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