16. クリプトン
颯空が冒険者としての生活を始めてから、あっという間に二週間が経過した。それだけ生活していれば、一日の流れは完全に出来上がっていた。
朝目を覚ましたら宿で出てくる朝食を食べてから、冒険者ギルドへ向かう。そこで、適当なクエストをパルムに登録してもらい、そのままクエストをこなしに街の外へ。昼前にはクエストが終わるので、さっさとパルムに報告して、露店で適当に昼飯をとった後、冒険者ギルドにある資料室に籠って、この世界に関する本を読み漁る。そして、いい時間になったところでハウンドドックに赴き、のんびりダンクの料理に舌鼓を打った後、宿へと戻る。
このサイクルに颯空は大いに満足していた。出費は食費と宿代だけで、それも別に高いわけではないので、資金も少しずつたまってきている。ノックスから船を出すという連絡が来るまでは、この平和な日常を満喫していたい。
だが、そんなささやかな願いが聞き入れられるわけもなかった。
「サクさん、おめでとうございます!!」
今日も今日とて依頼を受けようとやってきた颯空を目にとめたパルムが、満面の笑みでとてとてと近づいてきた。いつもとは違う彼女の様子に、颯空が眉を寄せる。
「……俺の誕生日は今日じゃねぇぞ?」
「違いますよ!! 昇格のお祝いです!! 今日からサクさんはEランク冒険者です!!」
「あー……」
颯空が微妙な表情を浮かべた。高ランクの冒険者になって目立つのは避けたいところではあるが、正直、Fランクの依頼は歯ごたえがなさすぎる。そういう意味で、喜ぶことも悲しむことも出きずにいた。
「サクさんの考えてる事はなんとなくわかりますが、ここは素直に喜びましょうよ! 別にEランクなんて誰も注目しませんから! 昇格時期も平均より少し早いくらいですし!」
「……まぁ、そうだな。いい加減、スライム狩りとゴブリン狩りにも飽きてきたとこだ」
Fランクの魔物討伐依頼はたいていその二種類だった。二足歩行で襲ってくるゴブリンも、スライムよりはましとはいえ、颯空にとって退屈な相手であることには違いない。
「これでようやく火消し作業からも少しは解放されるので私も嬉しいです」
「なんだよ、火消し作業って?」
何気なく聞いた颯空に、パルムが怖い顔を向けてくる。
「サクさんの常軌を逸した行動の数々が噂にならないよう、毎日奔走してるんです!! もし、私が何もしなければ、今頃は街を歩けないほどの有名人ですよ!? 目立ちたくないんじゃないんですか!?」
「あ、あぁ。悪い」
偶に見せるパルムの怒気は颯空を仰け反らせる程の圧力だった。
「まぁ、Eランクになれば多少の無茶も見逃されるでしょう。やり過ぎなきゃ平気です……やり過ぎなきゃ」
「二回言わなくても分かってる」
「いいえ、サクさんは分かっていません。自分が物足りないって思うよりも更に手前でやめてください。それがちょうどいいです」
「…………」
「返事が聞こえませんよ!?」
「…………はいはい」
何だかんだ言って、パルムに迷惑をかけている自覚がある颯空は、彼女に頭が上がらなかった。最初出会った頃はぐいぐい来たり、バジリスクの死骸を見て気絶したりと、どうにも頼りない印象があったが、実際はそんな事はなかった。仕事は早いし、気は使えるし、説明も分かりやすい。ガンドラの冒険者ギルドでパルムが人気ナンバーワンの受付嬢だ、という話を聞いた時は思わず鼻で笑ってしまったが、今なら納得できてしまった。いつでも明るい振る舞いに、混じりっ気のない笑顔。人気が出るのも頷ける。本人の前で認める気はさらさらないが。
「じゃあ、更新をしてきちゃうのでサクさんのギルド証を貸してください!」
「よろしく」
「かっしこまりましたー!!」
ビシッと敬礼するとパルムは裏へと走っていった。パルムが戻ってくるのを待ちながらさりげなく周りの様子をうかがう。あまり彼女を独占しすぎると、他の冒険者からやっかみを買いかねない。そういうのが一等面倒くさかったりするのが世の常だ。
「お待たせしましたー! 今日からこの紺色のギルド証を使ってください! 研修期間は終わりという事で、これでようやく冒険者になれたという事です!」
「あぁ。じゃあ、早速Eランクの依頼を……」
「うぉい!! パルム!!」
ギルド証を受け取った颯空の後ろから突然怒声が聞こえた。その瞬間、パルムの笑顔が引きつる。彼女がこんな顔をするとは珍しい。誰にでも人懐っこい笑みを向けているというのに。
興味本位で振り返ると、そこに立っていたのは汚らしい髭面の男。見覚えがある気がするのだが、どうにも思い出せない。
「……これはこれはクリプトン様。今日はいかがなさいましたか?」
今まで聞いた事のないような感情を一切感じさせないパルムの声に、颯空は内心驚いていた。
「おめぇが俺様に紹介した新人冒険者がバックレやがったんだよ!! この落とし前はどうつけるつもりだ!?」
「えーっと……それは荷物持ちとしてクリプトン様が雇ったパッチさんがいなくなったということですか?」
「そうだよ!! 俺様の荷物を持ってどっかいきやがった!! ちゃんとギルドが弁償してくれるんだろうな!?」
もじゃもじゃな髭。異性へのアピールのためだけに鍛え上げられた筋肉。高圧的でいけ好かない態度。凄まじい既視感を覚えつつも、今一歩出てこない。まるでのどに刺さった魚の骨だ。
なんとか記憶を絞り出そうと、パルムに大声で文句を言い続ける男の顔をじっと見ている颯空が、後ろに控えていた二人の取り巻きの目に留まる。
「てめぇ……なにじろじろ見てやがんだよ?」
面長の男がチンピラ宜しく颯空に詰め寄ってくる。
「クリプトンさん、なんか生意気な野郎がいますぜ」
「あぁ?」
取り巻きの一人に言われ、目の前に立っていたにもかかわらず、今気づいた風にクリプトンが颯空に視線をやった。
「おいガキ……てめぇなんかに用はねぇんだよ。さっさと失せろ」
どすの効いた声でクリプトンが凄む。が、必死に記憶をたどっていた颯空の耳にその言葉は届かなかった。クリプトンが舌打ちしつつ颯空に近づき、その大樹のように太い腕で颯空のグッと胸ぐらをつかんだ。
「無視してんじゃねぇ! 殺すぞ!?」
「……あっ」
思い出した。確か、初めてこの街に来た日の夜、ハウンドドッグで女に絡んでいた連中だ。自分の脅しをまるで意に介していない颯空の様子に、クリプトンが苛立ちを募らせる。そんな二人を見てパルムがカウンターから飛び出してきた。
「ギルド内での冒険者同士の争いは禁止です!!」
二人の間に手を伸ばしてひきはがそうとするも、パルムの細腕では全く歯が立たない。
「邪魔するんじゃねぇ!!」
「きゃっ!!」
クリプトンが颯空の胸ぐらをつかんでいない方の手でパルムを突き飛ばした。そのまま床に倒れるパルムを見て、颯空の顔から感情が消え失せる。その変化を敏感に感じとったパルムが慌てて立ち上がり、今度は颯空の腕を掴んだ。
「サクさん! ダメです! ギルド内での暴力は先に手を出した方が処罰の対象になります!!」
必死な形相で訴えかけてくるパルムを見て、颯空は軽くため息を吐く。
「……じろじろ見てすまなかった」
呟くように颯空が言うと、クリプトンはペッ、とギルドの床に唾を吐き、乱暴に颯空を開放した。
「ガキ、てめぇも冒険者か?」
「あぁ」
「ランクは?」
「……今日ランクEになった」
これ以上の騒ぎを嫌った颯空が正直に答える。ただでさえ、この場にいる者達の視線が自分達に集中しているのだ。迂闊な事はしたくない。
クリプトンは髭をなでながら値踏みをするように颯空を見ると、にやりと笑みを浮かべながらパルムの方に顔を向けた。
「逃げた野郎の代わりにこいつを連れていく。それでギルドの責任はチャラにしてやるよ」
「なっ……!?」
あまりに自分勝手な言い分にパルムは言葉を失った。
「ダ、ダメです! そんなこと認められません!!」
「じゃあなんだ? 俺様はこの街から離れてもいいっていうのか? もういつ魔物大暴走が起きても不思議じゃねぇこの状況で、強力なランクBの戦力を失う事になるぞ?」
「それは……!!」
困り顔でパルムが口をつぐむ。確かに、クリプトンの言う通り、今すぐ魔物大暴走が起こってもおかしくない時期に来ていた。その際、彼のような高ランクの冒険者がいるのといないのとでは、被害の大きさが雲泥の差だ。だからといって、こんな性悪冒険者に颯空を関わらせたくはない。
二人のやり取りを黙って見ていた颯空が静かに口を開いた。
「……荷物持ちでいいのか?」
「サクさん!?」
目を見開いて自分を見てくるパルムに、颯空は小さく首を左右に振る。拒否したところで、状況が悪化するのは明らかだ。
「なんだ? 引き受けるのか?」
「先輩冒険者の立ち回りってやつを見てみたからな」
「はん! 意外と殊勝な奴じゃねぇか! おい、パルム! 荷物持ちの依頼を出すから、さっさとこのガキのギルド証に登録しろ!」
「…………」
不安げな顔でパルムが颯空を見つめる。颯空は小さく肩をすくめながら、今もらったばかりのギルド証をパルムに差し出した。躊躇いがちにそれを受け取ると、小声で「ごめんなさい」と告げつつ、パルムがカウンターで手続きをし始める。
「名前は?」
「颯空だ」
「随分とよわっちそうな名前だな。お似合いだぜ。俺様の事は知っていると思うが。Bランク冒険者のクリプトン様だ。こいつはキセノンでこっちはラドン」
取り巻きの二人を親指で指すと、二人が小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「俺達は三人で”絶対強者”ってクランを組んでる。一時でもそのクランに所属できた事を光栄に思うんだな!」
複数の冒険者がチームを組む事をクランという。それにしても随分と大仰な名前だ。その名前に見合う実力があるかどうかは、見た限り些か以上に疑問が残る。
「……登録できました」
いつもの明るい笑顔はすっかり鳴りを潜め、申し訳なさそうにパルムがギルド証を渡してきた。颯空がそれを受け取るなり、さっさとクリプトン達は冒険者ギルドを後にしようとする。出入口まで来たところで、突然クリプトンは振り返り、パルムを見た。
「そうそう……前の奴みたいにこいつがバックレやがったら、今度こそペナルティを受けてもらわなきゃな」
「ペナルティ……ですか?」
「あぁ二度も同じ失態を犯すんだ、それなりの誠意ってもんを見せてもらわねぇとな」
嫌らしい笑みを浮かべながら、クリプトンがパルムを指さす。
「こいつが逃げたら、お前は俺様の女になれ」
「……へ?」
何を言われたのかまるで理解できなかったパルムが間の抜けた声を上げた。そんな彼女を見て、クリプトンが増々笑みを深める。
「約束したぞ?」
「……!? ちょ、ちょっと待ってください!! そ、そんなこと急に言われても……!!」
「こいつが逃げなきゃいい話だ。……それとも何か? こいつが信用できないっていうのか?」
「っ!?」
パルムが言葉に詰まった。颯空の実力は重々承知している。だが、それと同じくらいクリプトンの底意地の悪さも把握していた。
答えあぐねるパルムに颯空がさりげなく視線を向ける。そして、彼女と目が合うとわざと呆れた表情を浮かべた。
お前の担当冒険者が信じられないのか?
言葉はなくとも、その顔はそう雄弁に語っている。颯空を信じる覚悟を決めたパルムは、凛とした表情でクリプトンに向き直った。
「わかりました。それで結構です」
「へっ……流石はナンバーワン受付嬢。肝が据わってやがる」
クリプトンは満足げな顔になると、冒険者ギルドから出ていく。颯空は小さくため息を吐きつつ、その後を大人しく追っていった。




