表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/69

13. ガンドラの港

 ハウンドドッグでがっつり空腹を満たした颯空は、そのまま近くの安宿で泊まる事にした。食事なし、ベッドと簡易的なシャワー付の部屋で一泊百ガルド。恐らくそれで元いた世界の三千円くらいの価格なのだろう。コールが一万ガルドで自分を泊めようとしたのはぼったくりもいいとこだ。本当に金に関しては信用ならない。


「はぁぁぁ……」


 ベッドに横になると、寝心地の良さに思わず声が漏れた。こんな文化的な寝具は城にいた振りだ。『恵みの森』にベッドなどあるわけもなく、いつも適当な植物を下に引いて敷き布団にしていた。


「……なんか疲れたわ」

 

 ぼーっと天井を見上げながら、今日一日を思い返す。森を出てすぐにブラックウルフの群れに襲われ、ただ邪魔な奴らを片付けていただけなのに変な商人の一行を救い、冒険者試験に落とされ、なんとか冒険者になったものの、その変な商人のお抱えになってしまった。どれだけハードな予定を組めば、一日をこれだけ濃密にできるのだろうか。

 別に焦る必要などないのだ。もっとのんびり楽しみながらこの世界を見ていこう。それこそが、今の自分が一番やりたい事なのだから。

 そう決心を固めた颯空は、静かに目を閉じ、温かなベッドに身を委ねた。


 翌日、朝早く目を覚ました颯空は、昨日とは打って変わって人がまばらな街中を一人で歩いていた。この西地区は、夜は大いに賑わってはいるが、朝は驚くほどに静かだ。騒がしい場所が好きではない颯空にとって、最も行動しやすい時間帯と言える。


「……ここか」


 昨日コールからもらった地図を頼りに颯空が足を運んだのはガンドラの港だった。漁師は朝が早いという事で、流石に多くの人が忙しなく動き回っている。


「誰か話しかけられそうな奴は……」

「サハギンが現れたぞー!!」

「あ?」


 颯空がきょろきょろあたりを見回していたら、そんな声が聞こえた。騒ぎが起こっている方を見ると、丸まる太った魚が二足歩行で、一直線にこちらへ向かって走ってきているのが目に入った。


「黒髪のにいちゃん! あぶねぇぞ!! 逃げろっ!!」


 誰かが慌てた声を上げる。だが、颯空は面倒くさそうにため息を吐くだけだった。


「ギャギャー!!」

「朝っぱらからうるせぇよ」


 襲い掛かってきたサハギンの顔面目掛けて、ポケットに手を突っ込んだまま容赦なく蹴りを叩きつける。ボールのように飛ばされたサハギンはそのまま停泊している船の側面に叩きつけられ、泡を吹きながらピクピクと痙攣した。

 一瞬、静まり返る港。だが、次の瞬間には大歓声が沸き起こった。賞賛などこれっぽっちも求めていない颯空は盛大に顔をしかめると、目的を達することなく早々に港から退散しようとする。


「ちょっと待ってくれ!」


 背後から颯空を呼ぶ声が聞こえた。だが、颯空は無視してすたすたと歩いていく。


「そこの黒コートを着た兄ちゃん! あんただよ! ちょっと待ってくれって!!」

「…………ちっ」


 諦める気配が一切ない男に舌打ちをしつつ、仕方なく颯空が振り返ると、健康的に肌が焼けているガタイのいい男がこっちに近づいてきた。


「俺になんか用か?」

「用も何も、今の見てたぞ! すげぇな兄ちゃん! めちゃくちゃ(つえ)えじゃねぇか!」

「そうだな。じゃあ、俺は急いでるから」

「ちょちょちょちょ!!」


 さっさと話しを切り上げようとする颯空を、色黒の男が必死に引き留めようとする。


「なんだよ?」

「いやぁ、一言礼が言いたくってよ! あのサハギンはうちの船荷に紛れ込んでいた奴なんだ! 危うく大惨事になるところだったが、あんたが倒してくれたおかげで大事には至らなかった! 本当にありがとな!」

「そうかい、よかったな」

「とはいえ言葉だけじゃ足りねぇ! 受けた恩はきっちり返すのが海の男ってもんだ!! 俺っちにできる事だったら何でもするぜ!!」


 その一言で、心底鬱陶しそうな顔をしていた颯空の表情が変わった。


「だったら、俺をサリーナ地方に連れて行ってくれ」

「サ、サリーナ地方!?」


 颯空の申し出に、色黒の男がぎょっとした顔をする。これこそが颯空の望みであった。そのために朝早く港へ来たのだ。


「……ちなみに理由を聞いてもいいか?」

「ただの観光だ」


 もちろん、そんなわけがない。昨日、ハウンドドッグの店主であるダンクから、サリーナ地方の連中は亜人族と仲良くしている、というのを耳にしたからだ。そちらの方が『龍神の谷』の情報を得られる可能性が高い。


「あー……連れて行ってやりたいのは山々なんだけどよぉ、それは中々に厳しい話だぜ」

「なぜだ? 漁のついでにササッと送ってくれればそれでいい。別に難しい頼みじゃねぇだろ?」

「普段だったらな。だが、今はダメなんだ。……パンドラ地方とサリーナ地方を結ぶ海路におっそろしい魔物が住み着いちまってよ。だから、どの船もサリーナ地方には行けてねぇんだ」


 パンドラ地方というのは王都アレクサンドリアを含むここら一帯の地域の事だ。どこぞのはた迷惑な魔物が、ここからサリーナ地方へ行くのを妨害しているらしい。


「まったく……俺達もサリーナ地方の珍しい魔道具を早く仕入れろ、ってここの商人からせっつかれててよ。本音を言えばあの魔物をどうにかしたいとは思ってんだ。だからといって、ギルドに依頼を出したところで、こんな面倒な事、引き受けてくれる冒険者もいないだろうしな。八方塞がりってやつだ」


 色黒の男が乾いた笑みを浮かべながら肩を落とす。黙って話を聞いていた颯空が、静かに口を開いた。


「その依頼、俺が引き受けるからギルドに出せ。だから、その報酬として俺をサリーナ地方へ連れてってくれ」

「兄ちゃん、冒険者だったのか。どうりで強いわけだ。ちなみにランクは?」

「Fランク」

「Fランクぅ!? あの強さでか!?」

「あぁ。昨日、登録したばかりだ」


 さらりと颯空が言うと、色黒の男が納得した表情を浮かべる。


「なるほどな……確かに、サハギンをあんなにもあっさり倒せるあんたなら、あの魔物にも勝てるかもしれねぇなぁ」

「じゃあ、俺の頼みは聞き入れられたって事でいいか?」


 腕を組みながら少しだけ悩んだ後、色黒の男が渋い顔ながらも頷いた。


「わかった。あんたが依頼を受けてくれるってんなら、サリーナ地方への船は出そう。だが、少し時間をくれ。そんな無茶な航海に付き合おうっていう馬鹿な船員を集めにゃならん」

「問題ない。別に急いでるわけじゃねぇからな」


 のんびり楽しむと決めたばかりだ。準備ができるのをゆっくり待てばいい。


「準備が整ったらあんたに指名依頼を出すぜ。名前を教えてくれ」

「指名依頼?」

「なんだ兄ちゃん、知らねぇのか? 依頼を出す時に冒険者を名指しできるんだよ」


 そういえばそんな制度がある事をパルムが説明していた気がする。自分には関係のない話だと完全に聞き流していた。


「颯空だ」

「サクの兄ちゃんだな。俺はノックスだ。指名依頼を出したらそん時はよろしくな。とはいえ、日程の調整とかもしなきゃならんので、最低でも三月以上はかかると思うから、そこは了承してくれ」

「あぁ、わかった」


 ゆったりではあるが、一歩ずつ旅が進んでいく。その感覚がどうにも楽しかった。こうして颯空はサリーナ地方への足を得たのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ