11. 酒場
「やぁ。どうやら無事に冒険者登録できたみたいだね」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしている颯空を見ながら、コールがニコニコと笑った。
「どうしたんだい? そんなハッピーな顔をして?」
「これがご機嫌な顔に見えるんなら、一度医者に診てもらえ」
「残念ながら僕は目がいいのさ。仕入れで大事なのは目利きだからね。ギルド証は貰えたのかい?」
「……ほらよ」
颯空が不機嫌そうにギルド証を机の上に放り投げる。それを手に取って確認したコールが満足げな顔で頷いた。
「うんうん。ちゃんと僕の名前が入ってるね。初めてのお抱え冒険者だ」
「言っておくが、お前のお守りなんかする気はねぇぞ? そもそも俺は……」
「この世界を自由気ままに旅するんでしょ? わかってるさ」
さも当然とばかりに答えたコールに、颯空が面食らう。
「別にサクの行動を縛ろうっていう目的じゃないんだ。僕が見つけた逸材を他の人に取られたくないだけ。ほら、サクだって面倒くさいでしょ? わけのわからない貴族に目をつけられたりなんかしたら」
「まぁ、そうだな」
「その時に僕の名前がギルド証にあれば、普通は諦めるだろうし、無理にでもサクをお抱えにしようとするなら、戦うのは僕だ。そういう君の戦場じゃない厄介事を引き受けるためにも、僕は君を専属冒険者にしたのさ」
てっきりコールは自分をいいように利用するためだけに専属したと考えていた颯空は、思いがけない理由に言葉が詰まった。
「まぁ、専属にしておいた方が色々と便利そうだしね」
「……そっちが本音だろ」
とはいえ、さっき言ったことも事実だろう。すっかり怒る気が失せた颯空はコールの手からギルド証を奪い、背を向けて歩き出す。
「もう帰るのかい? 別に泊まっていってもいいんだよ?」
「……無料でか?」
「素泊まりだったら一万ガルド、食事込みなら朝夕ご飯付きなら、一万五千ガルドかな?」
「はっ、だと思った」
颯空は小さく笑みを浮かべると、コールの部屋を後にした。
街を歩いていると、颯空のお腹が大きな音を鳴らした。朝から殆ど何も食べていなければ、腹が空くのも当然だろう。西地区の歓楽街まで戻ってきた颯空は、ぷらぷらと散歩しながら店を物色する。
時刻は夕暮れ時、夕飯も近いという事で、いろんな店から食欲をそそるいい匂いがしてきた。とりあえず情報収集も兼ねて、手ごろな酒場に入ってみる。
中は思ったよりも賑わっていた。恐らく依頼を終えた冒険者達だろう。お世辞にも上品とは言えない連中が盛大に酒を飲み交わしていた。
「親父、なんか食い物くれ」
カウンターに腰掛けながらグラスを拭いている店主に声をかける。ちらりと颯空を見た店主が小さく鼻を鳴らした。
「……見ねぇ顔だな」
「今日この街に来たばかりでね。腹減って死にそうなんだ」
「ここは酒場だぞ? 食い物より飲み物を先に頼みやがれ」
「じゃあ、水くれ」
「けっ! 酒も飲めねぇようなクソガキが来るところじゃねぇよ!」
どうにもあまり歓迎されていないようだ。とはいえ、メニューもないこの状況で、酒など飲んだ事ない颯空が注文できるわけもない。
「ちょっと! いい加減にしてよ!!」
仕方がないので店を代えるか、と考えていた颯空の耳に悲鳴にも似た怒声が飛び込んでくる。何気ない仕草で声のした方へ顔を向けると、男が三人、露出の多い女を取り囲んでいるところだった。
「なんだよ、照れる事ねぇじゃねぇか。俺様のクランに入れてやるってんだ、嬉しいだろ?」
三人の中で最もガタイのいい男が自信満々の表情で言った。どうやら、あの男がボスらしい。髭もじゃもじゃの何とも汚らしい男だ。
「なんであたしがあんた達のクランなんかに入らなきゃいけないの! 絶対にお断りよ!」
「おいおいおい、俺達のクランが'絶対強者'だと知った上で言ってんのか?」
「クリプトンさんが率いる最強クランだぞ?」
喚き散らす女を脅すように、お付きの二人が前に躍りでる。
「まぁまぁ、そう凄むんじゃねぇよ。怯えちまうだろ?」
「へい。すいません」
髭の男が宥める様に言うと、お付きの二人があっさりと引き下がった。
「強気な女は嫌いじゃねぇ。そういう女が従順になる瞬間はたまらねぇからな。ただまぁ、限度ってもんがある」
「な、なによ……?」
「俺様がBランク冒険者のクリプトンだって事を忘れるなよ? 基本的に女には優しい俺様だが、聞き分けの悪い子猫ちゃんには手厳しい躾を施すことだってあるんだぞ?」
下卑た笑みを浮かべながら、クリプトンが女の手首をつかむ。
「いや! 離して!!」
「いやよいやよも好きのうちってか? 安心しろ、ベッドの上では優しくしてやるからよ」
「本当にいや! 誰か助けて!!」
女が縋るように周りを見回すが、誰一人として目を合わせようとしない。相手はBランクの冒険者、誰もが下手に首を突っ込んで痛い目など見たくなかった。残酷な現実を前に、女の顔面が蒼白になる。
そんな中、聞くに堪えないセリフの数々に、苛立ちを募らせていた男がいた。この世界にもナンパ野郎がいるとは。とはいえ、自分がいた元世界でも、ここまで低俗なナンパは中々お目にかかれない。
静かに懐へと手を伸ばした颯空は銅貨を一枚取り出した。それを親指に乗せ、クリプトン目がけてピンッと弾く。
「抵抗しても無駄だ。さっさと俺が泊ってる宿にぐふぇ!」
見事、額のど真ん中に銅貨が命中。わけもわからぬまま、クリプトンは無様に床へと倒れた。
「ク、クリプトンさん!!」
「だ、大丈夫っすか!?」
慌てて付き人二人が駆け寄る。その隙に女は脱兎のごとく逃げ出した。
「くそっ! なんだってんだ!?」
自分の身に起きた事が理解できないクリプトンが額に手を当てながら立ち上がる。そして、怒りに任せて手近にあった椅子を放り投げた。
「この俺様に舐めくさった真似をしやがった馬鹿野郎はどこのどいつだ!?」
店内に緊張が走る。あまり目立つ行動は控えたがったが、こうなれば仕方がない。面倒くさく思いつつも、颯空がカウンターの席から立ち上がろうとする。
「……クリプトンの旦那。多分、店の外の奴ですぜ。なんか怪しいローブを着た男が走っていくのが見えやした」
「なに!? それは本当か店主!?」
「嘘をついても何の得にもならないんで」
店主の男が料理をしながらさらりと言った。クリプトンが血走った眼を外に向ける。
「キセノン! ラドン! ローブの男を追うぞ! 見つけ出して八つ裂きにしてやる!」
「へい!」
でかい声でそう言うと、手下の二人を引き連れ、クリプトンはどこかへと走り去っていった。




