6. 冒険者試験
パルムの案内で第三修練場へとやって来た颯空を待っていたのは、顔に大きな傷のある男だった。
「お待たせしました!」
「そいつが冒険者志願者か?」
「はい! 飛び込みの受験者さんです!」
パルムの言葉を聞いた男が値踏みをするように颯空を見る。対する颯空はのんび修練場を見回していた。城にある訓練場のスケールを小さくしたような場所だ。パルムの話では、予約をすることで模擬戦を行ったりすることができるらしい。
「サクさん! こちら、Bランク冒険者のゴアさんです! この方がサクさんの試験官になります!」
「冒険者?」
てっきり、試験専任のギルドスタッフが出てくると思った颯空が怪訝な顔をした。
「冒険者なのに試験官なのか?」
「ゴアさんは優秀な冒険者ですが、冒険者ギルドの職員でもあります! ……まぁ、ゴアさんみたいな人は珍しいんですけどね。私みたいな受付嬢は冒険者試験の試験官なんて絶対に無理なので、とても助かっています!」
「そうなのか」
そこで初めて颯空が自分の試験官にちゃんと目を向ける。鎧を着ない主義なのか、はたまた試験官だからなのか、かなりの軽装だ。それでも、体が鍛え上げられている事は、服の上からでもしっかりと見て取れる。冒険者のランク分けの仕組みがわからない以上何とも言えないが、常識的に考えたらBランクは並み以上の実力者だろう。『恵みの森』では化け物としか手合わせしていなかったので、この世界の強さの度合いを測るいい機会かもしれない。
「というわけで、私は受付に戻ります! サクさん! 頑張ってください!!」
「あ、あぁ」
颯空の右手を両手で握り、屈託のない笑みでぶんぶんと上下に振ると、パルムは駆け足で修練場から出ていった。なんというか……台風のような娘だ。
「……'双剣士'か、珍しいな。冒険者になりたい理由は?」
先ほど颯空が記入した書類を見ながらゴアが問いかける。
「理由、ね……冒険者になっておくと何かと便利そうだからだ。あと、単純に金が欲しい」
「ふむ、シンプルでわかりやすい理由だ。だが、命を落とす理由はそれでいいのか?」
「命を落とす?」
「冒険者は常に死の危険に晒され続ける。中途半端な覚悟で冒険者になった奴は早死にするという事だ」
「あー……そういう事か」
そういえば、受付嬢のパルムも同じような事を言っていた。冒険者は危険と隣り合わせだ、と。
「……まぁ、問題ねぇだろ」
「問題ない?」
「そう簡単には死なねぇよ、俺は」
「…………」
ゴアの鋭い視線を真正面から見据えながら颯空が言った。ゴアが僅かに口角を上げる。
「……どうやらただの粋がったガキではないようだな。いいだろう、試験を始めよう」
「試験内容は?」
「冒険者に求められるのは強さだ。それを知るためには一戦交えるのが一番手っ取り早い」
「いいね。俺好みのわかりやすい試験だ」
「そこにある樽から好きな武器をとれ」
「……へ?」
思わず声が裏返った。ギギギ、と油の足らない機械人形のように首を動かし、樽の中にある多種多様な木製の武器を目にした颯空が、同じ動作でゴアへと向き直る。
「……あの中の武器を使わないとダメか?」
「お前は'双剣士'なんだろ? 別に二本使っても構わないぞ」
そう言いながら、ゴアが適当な長さの木剣を手に取った。猛烈に嫌な予感がし始める。
「えーっと……できれば、普段使ってる武器でやりたいんだけど」
「真剣での斬り合いは試験では禁じられている。当然だろ。相手を倒すのが目的じゃない。実力を見るためのものだ」
完全に詰んだ。ここにきてこんな落とし穴があるとは。
いや、諦めるのはまだ早いかもしれない。確かに'呪い'のせいで干将莫邪以外の武器を使う事が許されない。城では訓練用の武器ですら使う事ができなかった。だが、それは何の力も持たなかった頃の話だ。今の自分は、シフからの地獄というのも生易しいしごきを耐え抜いた。あの頃よりも格段に強くなっている。'呪い'の影響で体に不調をきたしたとしても、冒険者になるための試験くらいは乗り越えられるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、颯空が緊張した面持ちで短めな木剣を二本掴んだ。
「さぁ、どこからでもかかってきていいぞ。お前の力を見せてみろ」
目の前に立つゴアを見ながら大きく深呼吸をする。今のところ体に異変はない。このまま何事もない事を祈りつつ、颯空は地面を蹴った。
「なにっ!?」
一瞬にして懐まで入られたことに驚くゴア。そのまま颯空は手に持った木剣を振り上げようとした。
その瞬間、全身の自由が一切効かなくなる。
「くそ、が……!!」
肉体が成長しても'呪い'の効果には一切影響しない事実に悪態を吐きながら、颯空は顔面から地面に倒れこむのだった。
*
ガンドラの街の南地区は最も商売が盛んな商業区、冒険者ギルドがある西地区は街を楽しむ娯楽街。そして、今颯空がいる北地区は、ガンドラの街に住む者達が集まる居住区となっている。こんな場所に来たのは、あの食えない商人であるコールがここに住んでおり、冒険者ギルドでもろもろを済ませたら家へ来るようにと言われていたからだ。別に無視してもよかったのだが、なんだかんだ律儀な性格をしている颯空は言われた通りこの場に足を運んでいた。地図とにらめっこをしながら、北地区の中でも一際大きな屋敷が立ち並ぶ高級住宅街を歩いていく。
「地図によるとこの辺のはずなんだが……」
「サクの旦那ー! こっちっすよー!!」
半ば迷子になりかけていた颯空が名前を呼ばれ振り返ると、コールの護衛として雇われていたデルがこちらに向かって走ってきていた。
「デルじゃねぇか。なんでこんな所にいるんだ?」
「兄貴と一緒にコールさんの門番として雇ってもらったんす! これが結構給料いいんすよ! 冒険者やるよりもうかるかも!!」
嬉しそうに話すデルの後ろから、スコットがゆっくりとこちらに歩いてくる。
「あんま浮かれてんじゃねぇぞ、デル。よぉ、サク」
「あぁ。さっき振りか?」
「だな。再開を懐かしむほどの時間は立ってねぇか」
「そうだな。冒険者は引退して安定した職に腰を落ち着けたのか?」
「バカ言ってんじゃねぇよ。俺は死ぬまで冒険者だ。……ただまぁ、この仕事も悪くはねぇわな。右腕を負傷した甲斐があったってもんだぜ」
おどけた調子で負傷した右腕をさすりながらスコットが言った。
「お前の方は用事を済ませてきたのか?」
「あー……まぁ、一応な」
颯空とコールの会話を聞いていたスコットが軽い調子で尋ねると、颯空があいまいな笑みを浮かべる。どうにも歯切れの悪い返答にスコットとデルが顔を見合わせる。
「冒険者ギルドに行ったんだろ?」
「あぁ」
「冒険者試験を受けたんすよね?」
「あぁ」
「もちろん、受かったよな?」
「…………」
なぜかスコットの問いに無言で答える颯空。そして、ぽりぽりと頬をかきながら何とも言えない笑みを浮かべた。
「あーっと……あれだ。うん……落ちた」
「「…………はぁ?」」
気まずそうに返ってきた予想外の答えに、思わず二人が間の抜けた声を上げた。




