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32. エピローグ

 『恵みの森』で颯空の行方が分からなくなってから三ヶ月が過ぎた。森の異変の調査に騎士団が当たっていたことが遠い昔のようであった。河原で颯空の痕跡を見つけて以来、捜索隊も来ていない。実入りが少ないこの森には冒険者も足を運んでこなかった。つまり、まったくの無人。ここにいるのは日々弱肉強食の世界に身を置いている魔物だけ。そのはずだった。


 ドシーン!!


 樹齢何百年の木が真っ二つに倒れる。それは天災によるものではない。いや、ある意味では天災だ。それに匹敵する二つの強大な力が森の中で猛威を振るっているのだから。


「はぁぁぁぁぁ!!」


 颯空が干将(かんしょう)莫邪(ばくや)を振るう。その速度は以前の比ではない。もはや常人では軌跡を辿る事の出来ない速さで、銀髪の男目がけて斬りかかっていた。


「……気合だけは一人前だが、それでは致命傷は与えられんぞ!!」

「っ!? ちっ!!」


 シフの鋭い一撃に、舌打ちしながら距離をとる。ティルフィングの力はこの三ヶ月で骨身に染みついていた。訓練という事で干将莫邪の固有能力が使えない以上、単純に剣術の高さが物をいう。つまり、真正面からの斬り合いでは颯空に分が悪いという事だ。


「それなら……!!」


 なんとかティルフィングをはじき返し、後方へと飛ぶ。そして、そこら中に生えている木の幹を足場に、超高速で移動し始めた颯空の体をしっかりと目でとらえながら、シフは鼻を鳴らした。


「……びゅんびゅんと飛び回って、曲芸に付き合ってる暇はないぞ?」

「うるせぇ! あんたに勝つためだ!!」


 こんな子供だましが目の前の相手に通じない事など、颯空が一番よくわかっている。だが、油断を誘わなければシフに一矢報いる事は不可能なのだ。


「確かにスピードを活かすのは悪くない手だ。お前の干将莫邪は破壊力という点でティルフィングに劣る」


 実際、鍛えられた颯空のスピードは驚異的だった。この速度についてこられる者はこの世界に一握りだろう。シフですらここまで素早く動くことはできない。

 だが、彼にはそんな事関係なかった。


「……少し本気を出すぞ」


 その言葉と共にティルフィングが振るわれる。それは颯空を狙ったものではない。単純に地面に向けて自分の愛刀を振り下ろしただけ。それだけで最上級の魔法を放ったかのような衝撃が森に広がった。


「っ!? 相変わらずチートすぎんだろ!!」


 シフを中心に一切が斬り飛ばされた大地を見ながら颯空が悪態を吐く。だが、あの男の力が規格外なのはいつもの事。平地と化したこの場で、颯空は真っ向からシフに斬りかかる。


「馬鹿正直に向かってくるとは正気か?」

「うるせぇ! あんたがそうするように仕向けたんだろうがっ!!」


 若干投げやりな口調で颯空が干将莫邪をシフに向けて振るう。勝てる分野があるとすれば手数だ。それこそが二刀流である自分の強み。とにかく、極大の一撃を放つ暇を与えてはならない。


「ほぉ? 俺に力をためる間を与えないつもりだな? よほど、ティルフィングの力が怖いと見える」

「ったりめぇだろ! その化け物みたいな剣を全力で振るわれたら、俺の体ごと木っ端みじんだわ!!」


 シフの言葉に反応はするものの、颯空に余裕はない。手数では圧倒しているものの、一振りの重さが段違いだった。これがただの'双剣士'と'ソードマスター'の差なのか。


「しっかりと相手の攻撃を見ろ! お前の強みを生かせ!!」

「……しっ!! わかってんよ!!」


 ティルフィングの破壊力は化け物だ。あれを真正面から受けられる剣は皆無だろう。それならば、上手く受け流しつつ、距離を詰めるしかない。全神経を干将莫邪に捧げる。この双剣は体の一部だ。手足を動かすのと同じ。


「うおぉぉぉおぉおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「っ!?」


 ティルフィングを受けつつ、無理やり懐に入りこんだ颯空が干将莫邪をシフの喉元に突き付けた。ピタッとシフの動きが止まる。


「はぁ……はぁ……!! どうだ……? 初めてあんたの喉元に食らいついてやったぞ……?」

「…………」


 まさに満身創痍といった颯空を、シフが無表情で見つめる。ふっ、と小さく笑うと、その手からティルフィングが消えた。


「この短期間で俺に届きうる刃を手にするとは……まったく、恐れ入ったぞ」


 その言葉を聞いた颯空は笑いながら、脱力したように尻もちをつく。


「これだけやってたった一度きりだけどな」

「一度でも俺の想定を超えれば上等だろう。それだけの強さであれば、誰を相手にしても問題なかろう」

「そんなに言い切っちまっていいのか?」

「あぁ。なにせ俺とまともに剣を交える事ができるのだからな。そこら辺のやつに負けてもらっては困る」

「けっ……」


 圧倒的な自信。だが、それに異を唱える事は出来ない。なぜならそれだけの実力をシフが持っている事は、颯空も嫌になるほど理解していた。

 そのまま地面に横たわり、ぼーっと空を見上げる。緩やかに浮かんだ雲が、その青さを更に際立たせていた。


「……これからどうするのだ? 城に帰るのか?」


 颯空の隣に腰を下ろしながらシフが尋ねる。『恵みの森』で共に過ごしている中で信頼に足る相手だと判断したシフには自分の身の上を話していた。


「……帰るっていう表現は正しくねぇな。あそこは俺の家じゃねぇ」

「ふっ……じゃあ、城には戻るのか?」

「いや、戻るつもりはねぇよ。あそこには俺を殺そうとした奴がいるんだ、戻ったところで面倒な事になるのが目に見えてる」


 玄田隆人による裏切り。あれにより颯空は命の危機に瀕し、'呪い'を発現するきっかけとなった。


「その者に復讐しなくていいのか?」

「興味ねぇな。結果的に俺はあんたと出会い、'呪い'を克服してここまで強くなることができた。感謝するってわけでもねぇけど、闇討ちするほど恨んでもねぇな。関わり合いにならなければそれでいい」

「なるほどな」


 グリズリーベアに串刺しにされた時はそんな風に考える事はできなかっただろう。シフとの修業は、体だけでなく心の方も颯空を強く鍛え上げていた。

 ゆっくりと体を起こし、颯空がシフの方に向き直る。


「俺の目的は元の世界に帰る事だけだ。だから、俺はその手段を探しに行こうと思ってる」

「……魔王はいいのか? そのためにお前らは違う世界から呼び出されたのだろう?」

「知ったこっちゃねぇな。あいつらが勝手に俺達を呼び出して押し付けてきただけの話だ。魔王を倒せば元の世界に帰れるかもしれない、とか抜かしてたが、それもまったく確証のない話だからな。俺はもっと確実な方法を見つけ出す」

「他の異世界の者達はどうする?」

「面倒くせぇけど帰り方がわかったら迎えに行くよ。……死なせたくない奴らもいるしな」


 すずや澪、凪、それに同室の三人は大事に思っている相手だ。逆に言えば、それ以外の連中はどうでもいい。それこそ、この世界の者達の生死など毛ほども興味がなかった。この世界の都合に振り回されるつもりは毛頭ない。


「死なせたくない者がいるなら近くで守ってやるべきなのではないか?」

「しばらくは城にいれば安全だろ。どうせ俺は死んだって事になるだろうから、魔王への対抗手段であるあいつらは手厚く保護されるだろうよ」

「……そうか」


 よっ、という掛け声とともに颯空が立ちあがる。そのまま深呼吸をしながら大きく体を伸ばした。


「少しこの世界を巡ってみようと思ってる。どんな景色が広がっていて、どんな奴らが生きているのか。せっかくファンタジーな世界に来たんだ、楽しまねぇと損だろ?」


 少しだけ口角を上げながら、青く澄み渡る大空に視線を向ける。


「……『好き勝手生きてください』。惚れた女からそう命令されちまったからな」


 自分の心の中での出来事とはいえ、もう一度彩萌に会うことができた。その点だけは、この世界の神様に感謝しなければならない。


「『龍神の谷』と『精霊の里』」

「え?」

「『龍神の谷』は亜人族の中でも高位の存在である竜人種が住む谷だ。彼らは歴史や格式を重んじる種族だから、お前らの世界について何か知っているかもしれない。『精霊の里』は魔法に精通している精霊が数多く集まっている。召喚魔法や転移魔法に詳しいはずだ。目的地があった方がこの世界を巡りやすいだろう」


 それだけ言うと、シフは静かに歩き始めた。


「お、おい! シフッ!!」

「お前に付き合ったせいでこの森の研究が全く進んでない。そろそろ自分の仕事に戻らせてもらう」


 離れていく背中に颯空が慌てて声をかけるが、シフは足を止めることなくスタスタと歩いていく。


「……それとこれは餞別だ」


 懐から取り出した何かを、シフが振り返ることなく投げて寄越す。それは何の変哲もない黒い石だった。


「……なんだよこれ?」

「お前を守ってくれるお守りだ。不出来な弟子を持つと、何かと心配なんだ」

「っ!!」


 思わず言葉に詰まる。この世界の者の中で、颯空が初めて心を開いた男。'呪い'の事も、戦う術も、生き方も全て教えてもらった。紛れもなく彼は、自分の師匠(センセイ)だった。


「好きに生きろ、サク。自分の目でしっかりこの世界を見てこい。……絶対に死ぬんじゃないぞ」


 そう告げると、シフは森の中へと姿を消す。颯空は表情を引き締め、背筋をただすと、何も言わずにその消えた背中に向かって、深々とお辞儀をするのであった。

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