29. 勇者式元気の出させ方
アレクサンドリア城の食堂。
普段は座学や厳しい訓練の後、雰囲気で生徒達の明るい声で溢れる穏やかな場所も、今は重苦しい空気に包まれていた。
御子柴颯空の生死が絶望的であるという事実を聞いた生徒達の反応は様々であった。何かから逃げるように部屋へこもる者。自分はそうならないように、と鍛錬を始める者。誰かと一緒にいたくて、食堂に集まる者。
今この場にいるのは‘勇者‘のギフトを持つ四王天翔、明朗活発な七瀬さくら、そのさくらの親友である冴島玲香、おさげ図書委員の小川咲、そして、玄田隆人のとりまきである久我誠一、古畑勝、馬渕健司の三人。なぜかいつも一緒につるんでいる隆人の姿はここにはなかった。
誰もが暗い表情を浮かべ、口を開こうとしない。咲は不意に立ち上がると厨房に歩いて行き、皆の分のカップを持って戻ってきた。
「これ……カモミールティーです。リラックスできると思うので……」
机にティーカップを置きながら咲は力なく言った。その手はわずかに震えている。自分と同じ班だった者の死を聞いたのだ、無理もない。
曖昧なお礼と共にそれを受け取り、皆が黙って自分の口に運ぶ。'薬師'のギフトを持つ咲の入れたカモミールティーは通常の何倍もの効果があるというのに、その表情は一様に曇ったままだ。
「御子柴君……あんまり話したことはなかったけど、知っている人がいなくなるっていうのは悲しいね」
さくらが独り言のように呟く。その目は少し潤んでいる。
「あまりにもファンタジー色が強すぎて忘れていたけど、ここは現実の世界なのよね。自分の力量を見誤ると簡単に死んでしまう」
「玲香! そんな言い方は……!!」
「でも、それが事実でしょ?」
「………」
玲香の辛辣な物言いに苦言を呈するが、射貫くように視線を向けられたさくらは言葉を失った。またしても食堂を嫌な沈黙が包みこむ。
「……この世界に来てから全てがおかしくなったんだ」
沈黙を破ったのはいつものお調子者がすっかり鳴りを潜めた健司。その体は何かに怯えるように震えていた。
「なんで見ず知らずの世界のために命をはらなきゃいけないんだ……!! 今すぐ元の世界に帰りてぇよ……!!」
「最近、玄ちゃんの様子もおかしいしな」
健司に続いて誠一も重い口を開く。
「そういえば玄田は?」
「さぁな。森から帰って来てからは殆ど部屋に一人でいるよ。かと思えばふらっとどこかへ行っちまうし、声も碌に聞いてねぇ」
「玄田……心配だ」
翔の問いかけに誠一が投げやりな感じで答え、勝がその大きな体を縮こめながら不安そうに呟いた。重々しいため息をつく一同を見て翔がその場で立ち上がる。
「みんな、暗いよ! こういう時こそ元気を出さないと!」
翔は陰鬱な表情を浮かべたクラスメート達の顔をぐるりとを見回した。
「御子柴のことは本当に残念だったと思うけど、僕達はこんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ! 元の世界に帰るためにも自分達の力で未来を切り開こう!」
ぐっと握りこぶしを掲げる。その顔には自信と覚悟が浮かんでいた。
「僕達は勇者だ! この程度でしょぼくれてたら魔王になんて勝てやしない! 自分達の命を守るためにも強くならなくっちゃ!」
翔の言葉に眉をピクリと反応させたのは冴島玲香だけだ。力強く言い放った翔にさくらと咲は目を輝かせながら大きく頷いた。
「そうだよね! ここでうじうじしてても何にも始まらない! あたし達がしっかりしなきゃ!」
「四王天君の言う通りです! いつまでも落ち込んでいたら御子柴君も浮かばれませんよね!」
元気を取り戻した二人を玲香が頬杖を突きながら見つめる。その顔に二人のような明るさはない。
「この程度、ね……」
玲香の呟きは鼻息を荒くしている桜の耳には届かなかった。浮かない表情で座っている親友に気が付いたさくらが、つんつんとその頬を人差し指で突っつく。
「なーに玲香? まだ憂鬱モードなの?」
「いや単純だなって」
せっかく自分の親友が笑顔を取り戻したのだ。雰囲気を悪くすることもない。自分の感じた引っ掛かりを胸の奥にしまい込み、からかうような口調で玲香が言うと、さくらは唇を尖らせながらプイッとそっぽを向いた。
「やれやれ……うちのクラスのクラスは女性の方が強かなようだね。問題児軍団のくせに、そんな弱気でいいのかい?」
すっかり覇気をなくした三人組に翔は挑発的な視線を向ける。それに食って掛かったのは、隆人軍団の中で最も単細胞な古畑勝とお調子者の馬淵健司だ。
「なに……?」
「おいこら! '勇者'のギフトだかなんだかしらねぇが、調子乗んなよ!」
「君たちは手に負えない肉食獣だと思ってたけど、案外草食系なのかな?」
「だ、誰がチワワだ!」
「それ肉食だから」
顔を真っ赤にさせて翔に反論する健司に、翔が冷静に突っ込みを入れる。
「接近戦は無類の強さを持っている古畑が、何を不安に思うことがあるのかな?」
「俺は……強い」
静かに、しかし当然とばかりに力強く勝が答える。
「'魔物使い'のギフトを持ってるくせに、魔物に怯えるだなんてお笑い草だね。あぁ、君はお笑い担当だからそれでいいのか。草食系男子の馬淵君?」
「はぁ!? 舐めやがって……!! 笑わせるのは好きだが、笑われるのは大っ嫌いなんだよ!! 四王天にここまで言われてしょげてるなんて男じゃねぇ! 俺が狂暴な獣ってところを見せてやるよ! 魔物だが魔族だか知らねぇが、かかって来やがれってんだ!」
今まで沈んでいたのが嘘のように奮起した健司を見て、翔は満足そうに微笑んだ。そして、呆れたようにその様子を見ていた誠一に向き直る。
「俺にもなんかあるのか?」
「君には……」
翔は誠一の顔を少しの間見つめた後、小さく首を左右に振った。
「……いや、久我には必要ないでしょ。君は意外に聡明だからね」
「意外には余計だよ。でもまぁ、こいつらを炊きつけてくれたことは感謝するぜ」
「誰にも負けない。強くなる」
「そうだぜ古畑ァ!! これから猛訓特訓だ!! ……という事で、お二人さんもどうよ?」
自然な流れでさくらと玲香に健司が声をかける。その視線はちらちらと玲香の顔に向けられていた。実のところ、完璧すぎる藤ヶ谷澪や、誰にでも優しい北村穂乃果よりも冴島玲香の男子人気は高かった。だが、彼女の浮いた話は全くというほど聞かない。
「……ありえないわ。他をあたってちょうだい」
なぜなら、彼女は極度の男嫌いだからである。氷のように冷たい声で言われた健司が思わずその場でたじろいだ。実は期待していた勝が人知れず肩を落とす。
「じゃ、じゃあ七瀬だけでも……!!」
「あー……ごめん。昔馴染みが多分まだ落ち込んでると思うからそっちに行きたいんだよね」
「お、そ、そうか。じゃ、じゃあしょうがないな……」
見事に敗北を喫した健司の肩を、生暖かい笑みを浮かべながら誠一が優しく叩く。そして、そのまま三人はとぼとぼと食堂を後にした。
「昔馴染みって同じクラスの……青木君、だっけ?」
「いや、うちのクラスに青木なんていないよ! 一ノ瀬! 一ノ瀬湊! もう……いい加減クラスの男子の名前覚えなよ!」
「無理ね。全部同じに見えるもの」
きっぱりと言い切った澪に、さくらが諦めたようにため息をつく。
「……一ノ瀬は小学校からの腐れ縁なんだ。あいつ、御子柴君と同じ部屋だったから絶対塞ぎ込んでると思うんだよね。だから、元気づけに行ってやんないと」
「ふーん……」
「玲香も来る?」
「遠慮しておくわ。人のイチャイチャなんて見たくないもの」
「そ、そういうんじゃなぁぁぁい!!」
さらりと言い放って食堂から出て行った玲香を、顔を真っ赤にしたさくらが追いかける。その光景を黙って見守っていた翔が満足そうに笑った。そんな翔の前に咲がそっとカモミールティーのお代わりを置く。
「ありがとう」
「いえいえ……やっぱり四王天君はすごいです」
「そんなことないよ。僕は自分が思った事を口にしただけさ」
「それがすごいって言ってるんです。自分が思った事を言っただけで落ち込んでたみんなが、本来の自分を取り戻しました! 四王天君にはみんなを変える力があるんですよ!」
咲が翔に微笑みかけると、翔は照れたようにカモミールティーをすすった。
「僕なんかより小川さんのがすごいよ。飲み物一つで人の心に安らぎを与えるんだからね。僕もこれのおかげで落ち着くことができたんだ」
急に褒められた咲は目をキョトンさせていたが、みるみる顔を赤く染め上げ、持っていたお盆で顔を隠した。そんな咲を笑顔で見ていた翔は、急に真面目な顔で彼女に向き直る。
「これからいろいろなことが起きると思うけど、小川さんのことは僕が守るから。そしたら、また美味しいハーブティーをいれてくれないかい?」
「…………はい、よろこんで」
天然すけこましは今日も絶好調であった。




