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26. 生き抜くために

「……そろそろしゃべってもいいか?」


 ふわふわと上に昇っていく光の粒子を、じっと見つめていると、下の方から声がした。仏頂面を浮かべているもう一人の自分を見て、ようやく自分がこの男を消そうとしていた事を思い出す。


「殺るならさっさと殺れ。ずっと馬乗り状態で重くて仕方ねぇんだけど」

「…………」


 少しだけ悩んだ颯空だったが、もう一人の自分の上からすっとどいた。もう一人の颯空が意外そうな表情を浮かべる。


「……どういう心境の変化だ?」

「釘を刺されちまったからな……これ以上自分を傷つけるなって。お前は俺なんだろ?」

「……俺は'呪い'だぞ?」

「'呪い'も俺の一部だ。だったら、仲良く生きてくしかねぇだろ」

「へぇ……?」


 ぶっきらぼうな様子で言い放った颯空に、もう一人の颯空が立ちあがりながら興味深げな視線を向けた。


「結局、女に救われたって事か。情けない奴だな」

「はっ。情けないのはお互い様だ。……お前は俺なんだからな」


 面倒くさそうに颯空が言うと、もう一人の颯空が肩をすくめる。


「なんだよ。あっさり克服しちまいやがって……つまんねぇな」

「克服?」

「認めちまっただろ? '呪い'()もお前の一部だって。だったら、俺はお前に力を貸さなきゃならねぇ。そういうルールだ」


 本当に気に入らなさそうなもう一人の自分を見て、颯空は小さく笑った。それを見て、もう一人の颯空が増々不機嫌になる。


「こんな不愉快な男が俺の主人とはな……」


 もう一人の颯空は深々とため息を吐くと、真面目な顔で颯空に向き直った。


「力の名は干将(かんしょう)莫邪(ばくや)。戦う時に呼び出せ。甚だ不本意だが、協力してやるからありがたく思え。……俺を使う以上、簡単にくたばったりしたら承知しねぇぞ?」

「は? どういう……」

「目を覚ませばわかる」


 吐き捨てるようにそう言うと、もう一人の颯空が背を向ける。


「……彩萌の言葉、忘れるなよ? 自分を見失いそになったら思い出せ」

「……お前に言われるまでもねぇよ」

「自分の事ながら本当に可愛げがねぇな」

 

 もう一人の颯空が不機嫌そうな顔で背を向け、そのままスタスタと歩き始めた。それと同時に、ものすごい力で颯空は後ろに引っ張られる。声を出そうとしても出ない。体の自由もきかない。そのままゆっくりと目の前が真っ暗になっていった。



 目を開けると見覚えのある光景が広がっていた。このたき火に目が眩むのは二度目だ。


「……戻ってきたのか」


 銀髪の男が相も変わらずつまらなさそうにたき火の世話をしながら声をかけてくる。


「お前はどっちだ? サクか? それとも'呪い'の方か?」

「……その問いには答えらんねぇな。どっちも俺だから」

「なるほど。どうやら打ち勝ったようだな」


 なぜか嬉しそうにシフが小さく笑った。病み上がりのように重い体を、颯空が顔をしかめながら起こす。


「そいつがお前の力か」

「あ?」


 意味の分からない言葉に眉をひそめた颯空だったが、その視線の先が自分の手に向けられている事に気が付き、そこで初めて自分が何かを握っている事を知った。

 それは二本の刀だった。一般的なものに比べて少し短い、もう一人の自分と対峙した時に振るった小太刀そのものだ。右手に握られているものには亀裂模様が、もう片方には水波模様が浮かんでいる。


「なんだこれ……?」

「お前が'呪い'を克服した証だ。詳しい事は俺もよくわからんがな。'呪い持ち'が'呪い'に打ち勝つと、唯一無二の武器を扱うことができるようになる」

「……あんたにもあるのか?」


 目の前にいる男も自分と同じ'呪い持ち'である事を思い出した颯空が尋ねた。シフは頷くとおもむろに片手を前に出した。


「力を貸せ、ティルフィング」


 シフの呼びかけに応えるように、その手に刀身の長い剣が現れた。柄や鍔は金色に輝いており、刃は怪しく煌めいている。剣の目利きなどからっきしな颯空にも分かった。この剣は普通の剣ではない。なぜだかわからないが、目を離す事ができなかった。


「使いこなすには中々に骨が折れるじゃじゃ馬だ。お前もそいつには苦労させられるだろうよ」

「…………」

「おい、聞いているのか?」

「え?」


 その怪しくも美しい剣に目を心も奪われていた颯空が間の抜けた声をあげると、シフが呆れたように首を振る。


「他の剣に見惚れなどしたら、そいつが機嫌を損ねるぞ。呪いの武器(こいつら)はプライドが高い。俺達に他の武器を使わせないほどにな」

「あっ……」


 シフに言われ、城での事を思い出した。騎士団による訓練において、どの武器を使用しても原因不明の眩暈や脱力感に襲われたのは、やはり'呪い'のせいだったようだ。


「まぁ、実際のところこの剣があれば他の武器など必要なくなるのだがな。それほどに呪いの武器というのは絶対的な力を持つ。切れ味や頑強さもさる事ながら、やはりこいつの持つ固有能力が強力無比だ」

「固有スキル?」


 聞いたことのない言葉に反応する颯空を見て、シフはにやりと笑みを浮かべる。


「当然といえば当然だが、'呪い'に関して何の知識もないのだな」

「…………」


 仏頂面になる颯空を見て、シフが笑いながら肩をすくめた。


「そう怒るな。別に馬鹿にしたわけではない。それに俺自身も'呪い'を熟知しているわけではないからな。……ただ、'呪い持ち'の先輩としてお前に教えてやれる事はいくつかある。戦い方についても、な」


 この会話の流れでシフの言いたいことがわからないほど、颯空は愚かではない。ただ、なぜシフがそうしようとしているのかは皆目見当がつかなかった。


「……何が狙いだ? あんたに何の得がある?」

「なに、深い意味はない。同じ'呪い持ち'として、ひょっこり命を落とされたら目覚めが悪いだけだ」

「……あんたが思ってるほど、俺は弱くねぇ」

「だが、俺よりは弱い」


 シフが当然とばかりに言い放つと、颯空は閉口した。もはや颯空の実力は相手の力量がわからないほどお粗末なものではない。例えティルフィングがなかったとしても、シフは自分の適う相手ではなかった。とはいえ、見ず知らずの男を信用していいものなのか判断できなかった。


「疑うのも無理はない。俺がお前の立場であったら一蹴していただろう。ただまぁ……何と言おうか……放っておけない、というのが本音だな」

「放っておけない? 今日あったばかりで何も知らない俺を?」

「何も知らないわけではない。お前は'呪い持ち'だ。……そして、'呪い持ち'は悲惨な過去を持っている事を俺は知っている」

「っ!?」


 目を見開く颯空に、シフが苦笑いを向ける。


「なぜ知っているのか、なんて野暮なことは聞くなよ? だからこそ、少しくらい力になりたいとそう思っただけだ。同族意識というやつだな」

「…………」


 この男も自分と似たような思いをしたという事か。そう思った瞬間、颯空の中の猜疑心が嘘のように消えていった。


「別に無理にとは言わない。研究に疲れた男の戯言だと聞き流してもらっても」

「俺はこの世界で生き抜くと決めたんだ」


 シフの言葉を遮るように颯空がその場で立ち上がる。


「魔法もあって剣もあって魔物もいるこの世界で生き抜いていくためには、強くならなきゃならねぇ。俺より強いあんたがみっちりしごいてくれるってんなら、これ以上ありがたい話はねぇよな?」


 少しだけ驚いた顔で颯空を見ていたシフが、その表情を崩した。


「……やれやれ。本当は優しく教えてやるつもりだったんだがな。本人がスパルタ希望であれば致し方ない」


 そう呟くと、シフは徐に立ち上がり、背後に向かってティルフィングを振りぬいた。いつの間にやら寄ってきた魔物が一刀両断され、物言わぬ骸となる。その一連の動作があまりに流麗で、颯空の全身に鳥肌が立った。


「地獄を見せてやる。死ぬ気で強くなれ」

「……望むところだ」


 その底知れぬ強さに畏怖の念を抱きつつ、颯空は覚悟を決めた。全てはこの世界で生き抜くために。

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