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24. 二人の颯空

 気が付くと、颯空は何もない真っ暗な空間に立っていた。ここに来るのは二度目だ。初めて来たときは狼狽えるばかりであったが、今は落ち着き払っている。


「――よぉ。また来たのか」


 だからこそ、背後から声をかけられても、颯空は一切驚かなかった。ゆっくりと振り返り、自分と瓜二つの男の顔を見つめる。


「別に来たくて来たわけじゃない」

「そうなのか? てっきり呪い()に用でもあるのかと思った」

「……ないわけじゃねぇな」

「へぇ?」


 もう一人の颯空が興味深げな視線を向けてきた。


「ある男に言われたんだ。呪われた奴はその呪いに食い殺されるか、その呪いに打ち勝つしか道はないってな」

「随分と物騒な話だな」

「あぁ……だが、仕方ねぇ。この世界ではそういうルールなんだろ?」


 颯空が静かに腕を前に出す。すると、何の前触れもなく小太刀が現れ、その手に握られた。驚きはない。説明することはできないが、何となく颯空には小太刀が現れるのがわかっていた。


「それで何するつもりだ?」

「お前のアドバイスに従おうと思ってな」


 軽い口調でそう言った颯空が、もう一人の自分に研ぎ澄まされた刃のような視線を向ける。


「邪魔者は全て排除する」

「…………」


 隠そうともしない殺気を全身に受けながら、もう一人の颯空は思案気に顎をさすると、値踏みするように颯空を眺めた。


「礼を言わせてもらうぜ。お前のおかげで色々と迷っていたもんが吹き飛んだ。俺は自分(お前)の言葉に従おうって決めたよ……このクソみてぇな世界で好き勝手生き抜くためにな」

「そのために俺を倒す、と?」

「邪魔だからな」


 そう言い切ると、颯空は手にした小太刀を静かに構える。呪いに食い殺されるつもりなど毛頭ない。やられる前にやれ。目の前に現れるあらゆる障害を打ち滅ぼすと、心に決めたのだ。

 薄い笑みを浮かべたまま、もう一人の颯空が右手を軽く上げると、当然のように颯空と同じ小太刀がその手に握られた。


「もう一つアドバイスしておくべきだったな。排除しようとする相手の力量を読み違えるな、ってよ」

「心配するな。……自分(お前)には負けねぇ」


 そう颯空が言うのと同時に、二人の体が消える。次の瞬間、二人が立っていた中央で小太刀がぶつかり合った。交差する刀越しに颯空が睨みつける。もう一人の颯空はニヤリと笑うと、鍔迫り合いの形を強引に崩し、息つく間も与えずに、連撃を繰り出し始めた。それを冷静に颯空が受けていく。


「くっくっく……随分と腕を上げたじゃねぇか!」

「戦り合った事なんてねぇだろ」

「はっ! 自分(てめぇ)の実力くらい知ってるよ! まぁ、その実力も俺が魔物を倒しまくってやったおかげだが、なぁ!!」


 その言葉と共に放たれた重い一撃を颯空が小太刀で受けるも、その勢いを殺しきれずに弾き飛ばされた。なんとか体勢を崩さないように颯空が踏ん張るが、もう一人の颯空はその暇を許さない。


「正直、お前が強くなろうが弱くなろうが関係ねぇんだよ! 俺はお前だ!! お前がどんなに変わろうが、その差はゼロのまま永遠に平行線をたどる!!」

「じゃあ、このまま一生決着がつかないっていうのか?」

「いや、そうはならねぇ。体が同じなら後は心だ。勝ちてぇって強く思った方が勝つ!!」


 もう一人の颯空が獣じみた笑みを浮かべながら小太刀を振る速度を一段上げた。繰り出される連撃に颯空は防戦一方を強いられる。


「心の強さって話なら、こりゃもう勝ったも同然だな」

「……あぁ?」

「色んな事から目をそらして逃げ出している臆病者に、俺が負けるわけがねぇ!!」


 ガキンッ!!


 一際大きな小太刀のぶつかる音が、この虚無空間に響き渡った。不敵に笑うもう一人の自分を、颯空がじっと見つめる。その瞳には僅かに苛立ちの色が見て取れた。


「図星をつかれて怒ったのか? 自分の事ながら単純な奴だな」

「……俺がいつ逃げた?」

「いつ? 本気で言ってるのか?」


 もう一人の颯空が眉をひそめる。だが、颯空は答えない。無表情のまま、もう一人の自分が持つ小太刀を自分の小太刀で押し続ける。


「……自覚がねぇのか、それとも自分を騙しているのか。なら、はっきり教えてやる。お前は彩萌を失った日からずっと逃げ続けてるんだよ!!」


 ヒュッ……!!


 颯空の小太刀がもう一人の颯空の頬をかすめた。その言葉を皮切りに、明らかに颯空の動きが変わる。これまで攻め立てていたのはもう一人の颯空だったというのに、一瞬で攻守が逆転した。


「どうやら琴線に触れちまったようだな! だけど、事実だ!!」

「……知ったような口をきくんじゃねぇ!!」

「知ってるさ!! 言ったろ!! 俺はお前だ!!」


 颯空の猛攻を何とかさばきながらもう一人の颯空が吠えた。


「逃げてんだよお前は!! 澪や凪やすずを遠ざけたのがいい証拠だ!!」

「違う! 俺は逃げてない!!」

「何も違わねぇ!! 見せてやっただろうが!! 彩萌を失った悲しみを、かけがえのない友達(ダチ)ぶつけていた惨めなてめぇの姿をよぉ!!」


 その言葉に、颯空の動きが一瞬(にぶ)る。その隙を見逃さず、もう一人の颯空が反撃に出た。


「あいつらと距離をとったのは、てめぇが彩萌と過ごした日々を忘れたかったからだ!!」

「黙れ……」

「あいつらと一緒にいると辛いもんなぁ!? バカみたいに騒いだあの楽しかった時を思い出しちまうから!!」

「黙れ……!!」

「その騒ぎの中にはいつも彩萌がいた……自分のせいで死んじまった誰よりも大切な女がよぉ!!」

「黙れ黙れ黙れ……!!」

「今でも夢に見るあの女を自分の中から消し去るために……あいつらを拒絶したんだよなぁぁぁぁぁぁ!?」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 颯空の剣速が限界を超えて加速していく。だが、それでも認めたくない真実を突き付けてくる男には届かない。


「認めろよ!! お前がすべての事から目をそらした事を!!」

「っ!!」

「彩萌の事を忘れられるわけがねぇ、なんて言いながら、本当は自分を苦しめ続けるあの悪夢を忘れたがっていた事をっ!!」


 やめろ。やめてくれ。これ以上、偽り続けてきた本心を晒さないでくれ。


「だけど、お前は忘れる事ができなかった!! それほどにあの女はお前の中で大切な存在だった!!」


 そうだよ。彩萌はなによりも大切なんだ。忘れる事なんて出来るわけがない。


「ならせめて、彩萌の匂いが残る奴らと関わらない! 自分がこれ以上傷つかないために!! それが逃げてるって言わなくてなんて言うんだよっ!?」


 あぁ、そうだ。逃げてるんだよ。自分を守るために、あの日からずっと逃げ続けてるんだよ。


「……逃げちゃ悪いか!? 逃げなきゃ俺は潰されてた!! 現実から目を背けなきゃ、やってられなかったんだよ!!」

「ようやく認めたかバカ野郎!! あぁ、悪いね!! 逃げる事が悪いって言ってるんじゃねぇ!! 逃げている事を認めなかったその弱い心が悪いって言ってんだ!!」

「くっ……!!」

「甘えてたんだろ!? 心のどっかで!! どんなに突き放しても小鳥遊すずや藤ヶ谷澪は自分を見捨てないことを!! こんな情けなくみみっちい自分と、それでも氷室凪が対等な関係でいてくれる事をっ!!」

「あぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」


 誰にも知られたくなかった自分の本心を、目の前にいる男が軽々とぶちまける。それもそのはず。こいつは自分なのだ。隠し事などできるはずもない。

 もはや、呪いに打ち勝つためではなく、自らの心内を隠すためだけに、死に物狂いで小太刀を振るう。


 キンッ……!!


 颯空の我を忘れた攻めにより、もう一人の颯空の小太刀が宙を舞った。その勢いのまま颯空は馬乗りになり、もう一人の自分の喉元に小太刀を押し付ける。


「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 乱れた呼吸を整えるすべがわからない。だが、そんな事は関係ない。この男の息の根を止めさえすれば、自分はこの苦痛から解放される。絶体絶命の状況だというのに、もう一人の颯空はなぜか笑っていた。


「……それがお前の答えか?」

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

「いいぜ? やれよ」

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

「……自分()を殺して、そのまま一生逃げ続けてろ」


 その言葉がトリガーだった。一切光の宿らない瞳でもう一人の自分を見る颯空が、小太刀を両手で持ち、ゆっくりと振り上げた。


「――だめですよ、颯空君。そんな事をしては」


 突如として鼓膜を震わせた第三者の声。三年以上も聞いてなかったというのに、聞き慣れた優しい声。

 その懐かしい声が、もう一人の自分の喉を貫く直前で颯空の動きを止めた。


 信じられないといった面持ちで颯空がゆっくりと振り返る。その先にいる人物を見て、颯空はぽとりと持っている小太刀を落とした。


「お久しぶりですね」


 ……その暖かな笑みを、自分は何度夢に見ただろうか。


 颯空の視線の先には、いつものように優しく微笑む白雪彩萌の姿があった。

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