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22. 呪いの発現

 全身から冷や汗が噴き出した。呼吸がうまくできない。視界が明滅する。立っている事すらままならなかった。


「おっ、戻ってきたか。どうだった? 昔の思い出は」


 膝をついて過呼吸状態になっている颯空を見ながら、もう一人の颯空が軽い口調で話しかける。


「はぁはぁはぁ……!! あれは……なんだ……!?」

「そんなのお前が一番わかってんだろ? ……あれは'過去'であり、'記憶'であり、'事実'だ」


 苦悶の表情を浮かべながらやっとの思い出声を絞り出した颯空に、もう一人の颯空が答えた。そんな事はわかっている。自分の過去であり、過ごした記憶であり、変えられない事実だ。だが、颯空が聞きたいのはそんな事ではなかった。


「なんで……俺にあんなものを見せた!?」

「言っただろ? '呪い'を見せてやるって」


 顔を上げ、自分を見下ろしているもう一人の自分に向かって声を荒げると、もう一人の颯空が事も無げに言った。'呪い'を見せる? あれが'呪い'の原因なのか? 彩萌を見殺しにした罪?

 もしそうなら、自分は呪われるべくして呪われたのだ。

 苦しみながらも自嘲するように小さく笑う颯空を見て、もう一人の颯空がわずかに眉をしかめた。


「なんとなくお前の考えている事はわかるが、多分それ違ってるぞ」

「違わねぇよ。むしろすっきりした」

「……そうかい。俺にはどうでもいい話か。まっ、とにかくだ」

「うっ……!!」


 もう一人の颯空が四つん這いになっている颯空の髪を掴み、自分の眼前まで強引に引き寄せる。


「こんなところで勝手にくたばるな。てめぇは'呪い'()に蝕まれながら、血反吐を吐いて生きていかなきゃならねぇんだよ」


 ドクンッ!!


 唐突に爆音をあげ始める心臓。血液が沸騰したかのように全身が熱い。


「がっ!! くっ……ごっ……!!」

「力を貸してやるよ。てめぇがこれからも苦しんでいけるように、な」


 もう一人の颯空が冷たく笑った。何かが自分の中へと流れ込んでくる。どす黒い何かが、自分を侵食してきた。


「地べたに這いつくばって無様に生き続ける事を課された自分(てめぇ)に、自分()から一つアドバイスだ」


 話を聞く余裕すらなくなっている颯空の耳に、もう一人の颯空がそっと顔を寄せた。


 ――邪魔者ハ全テ排除シロ。



 ピクリとも動かなくなった獲物を頭から食いちぎろうとしたグリズリーベアの動きが止まる。すんすんと鼻を動かしあたりを見回すと、無数の魔物達が森の中からこの河原へと出てきているのが目に入った。


「グルルルル……!!」


 威嚇をするように唸り声をあげる。だが、ここは森の最奥部に近い場所。入り口に生息する低ランクの魔物であればいざ知らず、過酷な生存環境に身を置いてきた強者達にとって、そんなものは脅しにもならなかった。

 グリズリーベアは自分の腕に刺さった獲物を投げ捨てる。こんな枷をつけていたら餌になるのは自分だ、そう本能が告げていた。ご馳走にありつくのは、餌に群がってくるこのハイエナ共を駆逐した後でいい。なんなら、ハイエナ諸共自分の血肉にしてやろう。そんな気概を思わせるように、グリズリーベアはじりじりとこちらに近づいてくる魔物達を睨みつけた。

 完全に意識は自分を取り囲んでいる魔物達に向けられている。だから、グリズリーベアは気づくことができなかった。背後に投げ捨てた獲物から、黒い靄のようなものが立ち昇っている事に。

 糸で操られたマリオネットのように不自然な体勢で颯空がすくっと立ちあがる。その気配を察したグリズリーベアが、自分の食料を確認するためにゆっくりと振り返った。その瞬間、グリズリーベアの首が彼方へと飛んでいく。

 獲物の横取りを目論んでいた魔物達の足がピタリと止まった。今まさに襲い掛かろうとしていた相手が不可思議な死を遂げた。今まで集まっていた注目が、グリズリーベアからその獲物へと瞬時に書き換わる。

 直立不動の姿勢のまま、まったく動きを見せない颯空。その両手には黒くぼやけた二つの剣が握られていた。不可解な相手を前に牽制しあう魔物の群れ。その(いとま)が命取りだった。

 意識がないまま颯空は魔物達へと突っ込んでいく。それは、決して無策な暴走ではない。現れた魔物の力を正確に読み取り、最も効率の良い魔物の倒し方を直感的に割り出していた。

 静まり返る河原。その原因は中心にいる異分子によるものだった。そんな事はお構いなしに、黒い靄を身にまとった颯空は行動を移す。

 斬る、斬る、とにかく斬りまくる。両の手に持つ禍々しい剣で、ひたすらに魔物を斬り刻んでいく。その姿はもはや人間が認知する常識を遥かに超えていた。未来を見通すかの如く魔物の攻撃を躱し、何のためらいもなくその命を奪っていく。ここに集まっているのが高ランクの魔物であることなど関係ない。ただ、自分が生き残るために。颯空はその剣を振り続けた。


「あ、あ……あぁっぁぁあっぁぁっぁぁっぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!」


 この場にいる危険分子を全てう打ちのめした颯空が、魔物と変わらない咆哮を上げる。まだだ。まだ足りない。この森には自分を害する魔物がまだまだ潜んでいるのだ。


 この場に現れた魔物を残らず殲滅した颯空は、すべてを破壊するため、更に森の奥へと突き進んでいった。

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