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21. 決別

 なにが起こっているんだ?


 匿名で呼び出されたが落ち着かず、指定された時間よりも随分早く屋上やってきた颯空の感想がそれだった。目の前に広がる光景を目の当たりにして、颯空の頭の中は真っ白になる。


「来るのが早いですよ……颯空君」


 聞き慣れた穏やかな声に颯空の心臓がドクンと高鳴った。それは凪や澪やすずと五人で楽しく過ごしていた頃の彩萌の声だった。だが、状況が異常すぎる。


「女の子は準備に時間がかかるものなんですから、少し遅れてくるのが紳士の嗜みですよ?」


 ありふれた会話をするような口調で彩萌が言った。これ以上ないほどに混乱している颯空は、とにかく現状を把握しようとする。夏に入ろうかという時期なのに、真冬の空の下にいるように蹲って体を震わせる美奈。その近くに投げ捨てられた血の付いた包丁。そして、腹部から血を流しつつ、屋上の端からこちらを見て微笑んでいる彩萌。それらが、颯空に最悪のシナリオを思い浮かばせた。


「あ、彩萌……? こ、これは……?」

「多分、颯空君の想像した通りだと思います」


 そのシナリオを否定して欲しかった颯空の思いを、彩萌が笑顔で踏みにじる。ほとんど無意識のうちに、颯空が彩萌の方に向かって歩き出した。


「来ないで」


 そんな颯空に、彩萌が冷たく言い放つ。ここまで明確な拒絶を彼女から受けたことがなかった颯空は、足の裏から根が生えたようにその場から動けなくなった。


「ごめんなさい、颯空君。もうあまり時間がないから、私にしゃべらせてください」

「な、なにを言って……!」


 彩萌が放った言葉の意味が理解できない。理解したくない。


「……本当はこんな姿を見せたくはなかったんですけどね。颯空君がいけないんですよ? 約束の時間よりも早く来てしまうんですから……でも、そんなところも颯空君らしいですね」


 幸せそうな笑う彩萌を前に颯空は話し方を忘れてしまった。


「ここ最近は本当に楽しかったです。すずがいて澪がいて凪君がいて……そして、あなたがいました」


 彩萌は空を仰ぎながらゆっくりと目を瞑る。瞼の裏には五人で楽しく騒いだ日々が走馬灯のように流れていった。


「よく話をしていましたよね? 子供の頃、かっこいい騎士(ナイト)になりたかったって。あっ、それは凪君の事で、颯空君はかっこいい悪役になりたかったんでしたよね? それで、いつもお姫様役の澪を攫った颯空君が騎士(凪君)に倒されてしまう」


 それは他愛もない会話の中で出てきた話。絵本の主人公達に憧れた少年少女の思い出。


「私もお姫様になりたかったです。女の子は誰でも一度は憧れます。お姫様になって悪役の颯空君に攫ってもらいたかった……少しお人好しすぎる悪役だと思いますけどね」


 呆然と自分の話を聞いている颯空に、彩萌が茶目っ気たっぷりの笑みを向ける。


「こんな私がおこがましいとは思いますが、最後くらい夢見ても良いですよね? ……生まれ変わったらお姫様になれますように」

「最後って……!!」


 彩萌の言う"最後"の意味を問いただそうとした颯空だったが、途中で言葉が霧散した。脳みそが機能しない。考える事を拒絶している。頭の中が真っ白のままの颯空を愛おしそうに見つめていた彩萌が静かに、その視線を美奈の方へと向ける。


「……美奈さんの事は責めないでください。女の子はいつも不安なんです。大好きな男の子にどう思われているのか、一人で抱え込んでしまうものなのですよ?」


 自分の名前が出た事でビクッと反応した美奈が、恐る恐る顔を上げて彩萌を見た。そんな彼女に、彩萌が優しく笑いかける。


「先ほどはひどい事を言いましたが、本当は美奈さんの事、嫌いじゃないですよ?」

「えっ……?」

「同じ人を好きになったんですから、嫌いになるわけないじゃないですか」

「そ、そんな……!!」

「だから、安心してください。あなたに殺されたりしませんから」

「っ!!」


 嫌いだといったのは、美奈の意識を颯空から自分へ向けるため。そして、屋上のふちに立っているのは――。

 全てを悟った美奈ががちがちと震えながら大きく目を見開いた。颯空はいまだに現実と向き合えていない様子だった。そんな二人を見て、彩萌が儚げな笑みを浮かべる。

 

「……最後に一つだけ。あなたに伝えたいことがあります」


 まっすぐに颯空を見つめた。その目から涙がこぼれる。


「颯空君――あなたが大好きでした」

「っ!!」


 彩萌が破顔しながらゆっくりと後ろに倒れるのと同時に颯空が駆け出した。脳の機能はまだ回復していない。ただ、離れていく彩萌を捕まえようと、必死に手を伸ばした。だが、その手が届くことはない。


「うそ、だ……」


 ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。


「嘘だ……」


 視界が歪む。世界が歪む。


「嘘だ……!!」


 すべての力が消え失せ、その場にへたり込んだ。


「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」


 自制のきかない絶叫。それが校舎中に虚しくこだました。



 彩萌の死は自殺という形で処理された。腹部に刺し傷があり、屋上に包丁が落ちていたため、美奈は傷害罪で少年院へ行くはずだったが、精神に異常がみられるということで精神病院送りとなった。

 美奈と同様に警察の事情聴取を受けた颯空は、すぐに家に帰された。そのまま、家族と一言も言葉を交わさずに部屋にこもった。澪やすず、凪が心配して家まで様子を見に来たが部屋から出ることはなく、スマホの電源も切ったままで、誰とも連絡を取ろうとはしなかった。


 そして、悲劇の一夜から一月後、颯空は久々に家から出て学校へと向かう。午前中に病院のカウンセリングを受けていたため、午後の授業の途中で教室に入った颯空は、クラスメートの視線を一身に受けながら無言で自分の席に着く。その目に生気はなく、授業中はぼーっと窓から空を見つめてた。

 放課後になっても誰も颯空に話しかけてこない。否、話しかけられる雰囲気ではなかった。結局、学校に来てから一言も言葉を発さずに帰り支度をして、颯空はそのまま教室を出ていく。そんな彼を、心配そうな面持ちで澪達が待っていた。だが、颯空はちらりと一瞥しただけで、そのまま何も言わずにその脇を通りぬけていく。


「さ、颯空!」


 その寂しげな背中に向かって澪が名前を呼んだ。颯空は足を止めたが、振り返ることはしない。


「あ、あの……なんていうか……」

「辛いならボク達を頼って」


 言葉が続かない澪の代わりにすずが小さいながらもはっきりとした声で。だが、颯空は何も答えない。


「颯空が受けた傷はあたしには想像もつかないと思うけど……それでも颯空のために何かしてあげたいから……」

「…………」

「今はきついと思うけど、みんなで支えあえばいつかきっと……」

「……いつかきっとなんだ?」


 敵意すらこもった声に澪がビクッと肩を震わせた。


「いつかきっと忘れられるってか? 忘れられる程度の出来事なのか?」

「あ、あたしは別にそう意味で言ったわけじゃ……!!」

「じゃあ、どういう意味だよっ!!」


 廊下が静まり返る。振り返った颯空の顔にはありありと怒りが浮かんでいた。だが、それは澪に対するものではない。どうする事もできなかった自分に対するものだ。そんな颯空を見かねた凪が、すっと澪の前に出る。


「落ち着きなって」

「お前らは忘れられるかもな! 実際にあの場にいなかったから!!」

「…………」

「あいつがどんな顔で……どんな思いで死んでいったのか知らねぇから!! だから、そんな無責任なことが言える!! なぁ、そうだろ!?」


 感情のタガが外れた颯空は止まらない。ただの八つ当たりだなんてわかっている。ただ、一人部屋にこもっていた間にため込んだ感情を爆発させなければ、自分がどうにかなってしまいそうだった。


「あいつは俺のせいで死んだ……俺が殺したようなもんだ!!」

「颯空」

「俺は大事な人をこの手で殺したんだよ!! そんなの忘れられるわけがねぇだろうが!!」

「颯空」

「それでも、彩萌の事を忘れて前に進もう、なんて戯言ほざくなら勝手にしろ!! 俺には無理だ!! 今だって目を閉じれば鮮明に浮かんできやがる……死に際のあいつの顔がさぁ!! そんなの……そんなの……どうする事もできねぇだろうがっ!!」


 バシッ!!


 容赦なく繰り出された凪の拳が颯空の頬にめり込んだ。


「な、凪!?」

「っ!?」


 凪の予想外の行動に、澪とすずが驚きの表情を浮かべる。ただ、当の本人は倒れた颯空を何も言わずに見つめていた。ゆっくりと体を起こした颯空が、切れた唇から流れる血を手の甲で拭いながら、凪を睨みつける。


「……少しは落ち着いた?」


 その声には颯空を労わる気持ちが込められていた。長い付き合いの颯空がそれを感じないはずがない。だからこそ、颯空はあえてその優しさから目を背ける。


「あぁ……おかげで答えが出たよ」


 緩慢な動きで立ち上がると、颯空は凪達に背を向けた。


「金輪際、俺に関わるな」


 そう告げると、颯空は全てを投げ捨てるようにこの場を去る。


「なんで……なんでこんな事に……!!」

「澪……」


 思わず泣き出した澪にすずが寄り添う。彩萌を失い、涙を流し続けた自分に澪が寄り添ってくれたように。

 凪は離れていく颯空の背中をじっと見つめていた。その背中はあまりに小さく、今にも消えていきそうだった。



 この日から颯空は変わった。

 人と関わる事をやめた。

 自分と関わることで、誰かが不幸になる事が怖いから。

 もう二度と、あんな悲しい思いをしたくないから。

 何にも考えたくない。

 何にも感じたくない。


 驚きも変化もない、退屈で孤独な世界だけを、彼はただただ熱望していた。



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