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15. 致命傷

 水のせせらぎが聞こえる。目を覚ました颯空の目の前には大小の石が転がる川原が広がっていた。


「うっ……」


 体を動かした瞬間、全身に激痛が走った。まだ意識が混濁している。どうしてこんな場所にいるのか、こんなにも傷ついているのか。慎重に体を起こしながら一つずつ思い出していく。


「そうか……俺は……」


 すべてを思い出すのに数分は要した。改めて自分の負傷箇所を確認する。


「……やっぱり異世界人ってのは出鱈目なんだな。あの高さから落ちて無事なんて」


 いくら水の中に落ちたからといってもその衝撃は相当なものだ。その上、そのまま川に流されるなんて、元の世界であれば間違いなく命はない。


「それにしても……」


 河原に腰を下ろし、立てた片膝に自分の顎を乗せる。まさかクラスメートに命を狙われるとは夢にも思わなかった。いくら相手が自分を虐げていた相手だとしても、その事実にショックを隠し切れない。そこまで恨まれるようなことをしただろうか。皆目見当がつかない。……いや、いまさらそんな事を考えても後の祭りでしかないだろう。

 とにかくクラスメート達と合流しなければならない。とはいえ、自分がどこにいるのかまるで分らなかった。メチル川の下流にいるのは間違いないのだが、そうなると森の奥に来ている事になる。


(つぅ)っ……」


 立ち上がった拍子に走った痛みに顔を歪め、肩口を押さえる。全身がボロボロだが、やはりグリズリーベアから受けた傷が一番深いようだ。だが、呻いている場合ではない。森の奥に来ているという事は、強力な魔物が犇めいているという事だ。一刻も早くクラスメートたちのところへ行かなければ危険すぎる。

 今は痛みを押し殺して、一歩でも前に進まなければならない。それこそが生き残る唯一の道。隆人の事もあるが、それは後で考えればいい。まずは自分達の担当だったあの丘を目指して――。


「…………嘘だろ?」


 思わず声が漏れた。思考回路が麻痺する。

 月の光を遮るかのような巨体。ぎろりと赤く光る瞳。獲物を引き裂くことだけに特化した鋭利な爪。


「グリズリーベア……」

「グォォォォオオォォォォォオオォォォン!!」


 颯空の声に反応するかのようにグリズリーベアが天に向かって咆哮した。満足に体を動かせない人間と、殺意を滾らせた化け物。絶望というのはこういう状況を言うのだろう。もはや、颯空には乾いた笑みを浮かべる事しかできなかった。


「はぁ……ついてねぇな、本当。こんな事になるんなら、大人しく澪の助言に従って城で留守番でも……」


 ザシュッ!


 そこから先は言葉にすることができなかった。お腹に違和感を感じ、緩慢な動きで顔を下に向ける。グリズリーベアの爪が、見事に自分の体の中へめり込んでいた。


「ゴフッ……!」


 颯空が盛大に血を吐いた。痛みは感じない。ただ、ひたすらに寒い。体の震えが止まらない。


「ギャオォォォォォォ!!」


 グリズリーベアが勝利の雄たけびを上げている。なんとも不快な騒音だが、耳を塞ぐことはできない。自分のものではなくなってしまったかのように、体の自由はなくなっていた。


「俺、は……」


 もはや、寒さすらない。今あるのは猛烈な眠気だけだった。この誘惑に抗えるものはいないだろう。颯空は静かに目を閉じ、自分の意識を手放した。



 目を開くと、そこは真っ白な空間だった。脳みその処理が追い付かない。さっきまでの記憶は鮮明にある。だからこそ、颯空は混乱していた。無意識にお腹へと手をやる。グリズリーベアの爪に貫かれたはずのお腹は何ともなっていなかった。


「……俺は死んだのか?」


 当然の帰着。あの世など信じていなかった颯空だったが、実際にこうして目にしてしまえば疑う余地もない。とはいえ、こんなにも殺風景な場所だとは思わなかった。


「死んじゃいねぇよ。まぁ、死にかけてはいるけどな」


 聞き覚えのある声が聞こえ、反射的にそちらへ顔を向ける。そして、そこに立っている人物を見て、颯空は大きく目を見開いた。


「なっ……俺!?」

「それは正解でもあり、不正解でもある」


 自分と瓜二つの人間が、自分の目の前にいる。頭がどうにかなりそうだった。

 そんな颯空の事などお構いなしに、もう一人の颯空はよっこらしょ、とその場で胡坐をかいた。


「俺はお前の中にいる'呪い'だよ。本体が死に体だってことで、急遽出てきたってわけだ。死なれちゃ色々と困るんでな」

「…………何言ってんだ、お前」


 まったくもって理解できない。ただでさえ訳の分からない状況に頭がパンクしそうだというのに、これ以上意味不明な事象を増やさないで欲しかった。


「そんな怖い顔すんなよ。すべて事実だ。’呪い’に関しては心当たりがあるだろ?」

「…………」


 恐らく自分のギフトである'呪いの双剣士'の事を言っているのだろう。だからといって、あの得体のしれない男の言ってることを理解するなど不可能だ。


「つっても、言葉じゃ伝わらねぇよな」


 座ったままブラブラと体を前後させていたもう一人の颯空がぼりぼりと頭をかいた。


「……説明するのもめんどくせぇから、俺が手っ取り早くお前に'呪い'を見せてやるよ」


 にやりと笑みを浮かべて、パチン、と指を鳴らす。その瞬間、颯空の視界は暗転した。

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