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11. 恵みの森

 翌日、紫色の空が広がる夜と朝のはざまに、騎士団に引き連れられ、颯空達は王都アレクサンドリアを発った。通常、『恵みの森』までは一般市民の足で一日以上かかる。だが、その道のりを颯空達は僅か半日足らずで進んでいった。異世界勇者と王国騎士団の力ありきの行軍だ。とはいえ、強行軍というわけでもない。三ヶ月の間、みっちり鍛えられた颯空達の地力は、すでにここに住まう人間の平均値をはるかに凌駕していた。


「これから班分けを行う」


 予定通り昼前に『恵みの森』の入り口までたどり着けた事に満足しつつ、ガイアスが目の前で整列している颯空達に声をかける。


「まとまって調査を行うんじゃないんですか?」

「森の中を大人数で行動するのは危険だ。統率が取れず、思わぬ事故を引き起こしかねん」


 翔の問いかけにガイアスがさらりと答えた。目的は『恵みの森』の異変の調査であり、ピクニックに来たわけではないのだ。みんなで仲良く足並みそろえて、などとやっていたら、魔物の格好の餌食になってしまう。


「異世界の者達二十名を五人ずつ四組にわける。そして、我々四人が一人ずつ班に加わり、隊長として指揮をとる。班が決まった者はその班の隊長のもとに集まり、指示を仰ぐように」


 そういうとガイアスは颯空達を順々に組分けしていった。


 颯空の班は、聖女と呼ばれる事を気にしている北村(きたむら)穂乃果(ほのか)、おさげ髪の図書委員である小川(おがわ)(さき)、いつも颯空を目の敵にしている玄田(げんだ)隆人(たかひと)と、その隆人と仲のいいおつむが足りない古畑(ふるはた)(まさる)。それに若い騎士のアトラス・カートライトを加えた六人で構成された。あまりいい面子とは言い難かったが、こればかりはどうしようもない。颯空は気を取り直し、アトラスに軽く挨拶をしながら、面倒事が起きないように、と心の中で切に願った。

 班分けが終わるとガイアスは『恵みの森』の地図を取り出し、それぞれの班が調査する場所を指示する。戦闘向きの班はより森の奥を調査するようになっており、颯空達の班は比較的入り口に近い、川沿いの小高い丘を割り当てられた。


「これから森の調査を行う。そこまでの危険はないと思うが、不測の事態はつきものだ。各人、油断することのないように。隊長の指示には絶対だ。無理はしないこと。何かあれば即座に隊長に報告すること。緊急時には魔法を打ち上げ、周りに知らせること。この三点を遵守して欲しい」


 ガイアスが調査における注意事項をあげていく。颯空達はその言葉を真剣に聞き、必死に頭に叩き込んでいた。


「チームで動く以上、個人の軋轢はチームの崩壊を意味する。くれぐれも自分勝手な行動は慎むように」


 ちらりと颯空達の班に目をやりながらガイアスは最後の確認をする。隆人と颯空の関係性はガイアスも認知しており、この機会に二人の仲が少しでも改善すれば、という思いから颯空と隆人を同じ班に組み込んだのだった。


「それではこれより『恵みの森』の調査を始める。諸君、健闘を祈る」



 森の中は日差しが木々で遮られている影響で、まだ真昼間だというのに少し薄暗かった。今のところ、特におかしいところはない。魔物にも遭遇しておらず、不穏な空気もない。だが、颯空だけは奇妙な違和感を感じていた。森の様子にではなく隆人に、だ。

 颯空達は一列縦隊で進んでおり、先頭を隆人、次に勝、穂乃果と続き、その後ろを歩く颯空と咲を、殿を務めるアトラスが見守っているという布陣だ。

 班のメンバーを知った時点で、颯空はこの調査がどんな事になるのかある程度予測を立てていた。だが、その悉くが外れている。同じ班になったことに対する罵詈雑言、全員の荷物を持て、といった理不尽な要求、勝と結託して行う嫌がらせの数々。森を歩き始めて一時間以上が経った今、そのどれもが起こっていなかった。


「大丈夫、御子柴君?」


 難しい顔をしている颯空に穂乃果が心配そうに声をかけてきた。颯空は慌てていつもの表情に戻す。


「問題ない。ちょっと考え事してただけだ」

「そう? 辛くなったらいつでも言ってね?」

「ありがとう」


 そんな会話も隆人には聞こえてるはず。普段であれば情けねぇな、と罵声の一つも飛んできそうなのものなのだが、隆人はこちらを見ようともせず、ずんずんと先を進んでいく。

 しばらく歩くと見晴らしの良い小高い丘に出た。そこでアトラスが食事にしようと言ったので、各々、昨夜城から用意してもらった弁当を取り出す。


「はぁ……君達のお弁当、おいしそうだね」


 颯空達の弁当を見ながらアトラスが心底羨ましそうな様子で言った。


「アトラスさんはご自分で用意したものですか?」

「そうだよ。城の一流シェフが一介の騎士にお弁当なんて作ってくれないからね」

「作ってくれるいい人はいらっしゃらないんですか?」

「それがいてくれたら、こんな粗末なものは食べていないよ」


 竹の皮で包まれた形の崩れたおにぎりを手に取りつつ、アトラスが苦笑いを浮かべる。


「良ければ私のを少し食べますか?」

「私のもどうぞ」

「いいのかい!? ありがとう!!」


 なんとなくアトラスを不憫に思った咲と穂乃果が自分のおかずを渡すと、アトラスは嬉しそうに目を輝かせた。どことなく愛嬌のある自分達の隊長に、咲がくすくすと楽しげに笑う。


「初めての行軍はどう? 僕達騎士にとっては来慣れた場所だからそんなにだけど、君達にとってはかなり厳しいんじゃない?」

「そうですね……体は疲れてないんですが、心の方が少しきついですね」


 もらったおかずを食べながらアトラスが尋ねると、すこしだけ眉を下げながら穂乃果が答えた。知らない土地、特に足場の悪い道を歩くのはかなり負担になる。その上、魔物が襲いかかってくる恐怖も合わされば、精神がゴリゴリ削られても無理はなかった。


「こういう時は私の出番ですね!」


 咲が元気よく言うと、すり鉢とすりこぎを取り出した。そのすり鉢の中に数種類の薬草を入れ、すりこぎで粉々にし、お湯とともにコップへと入れる。


「これを飲めば精神疲労に効果覿面です! ……理屈はわからないんですけど、そういう効果があるって感覚的にわかるんです! 多分、これが'薬師(くすし)'のギフトの力なんですかね?」


 作り上げたハーブティーを咲が笑顔で配っていく。少し離れたところで食事をとっていた勝と隆人にも持っていくと、隆人は気のない返事でどうでもよさそうにカップを受け取った。

 渡されたハーブティーの匂いを嗅ぐだけで疲労困憊であった脳がすっきりしていく。一口飲むと体中を爽やかなハーブが駆け巡り、心の重荷が消えていくようだった。


「すごいね。'薬師'のギフトはそう珍しいものではないけど、これほどまで効果の高い調合をするなんて、流石は異世界の勇者様だ」

「えへへへ……ありがとうございます」


 アトラスから手放しで賞賛され、咲ははにかみながら自分のハーブティーに口をつける。確かに素晴らしい効果だ。これのおかげで午後からの移動も問題なさそうであった。

 颯空がハーブティーに心を癒してもらっていると、不意に誰かの視線を感じた。何食わぬ顔でそちらに目を向けると、コップに口をつけながらじっと自分を見ている隆人と目が合った。


 その瞬間、背中に悪寒が走る。


 隆人の目にはいつもの侮蔑の色は一切浮かんでいなかった。もっとどす黒い、憎悪にも似た感情を向けてきている。

 目があったのは一瞬。隆人はすぐに目をそらし、一気にコップを傾け、ハーブティーを自分の中に流しこんだ。やはり、何かがおかしい。道中で感じた違和感は気のせいじゃない事を颯空は確信した。

 穂乃果と咲がアトラスを交え会話をしているが、颯空の耳には入ってこない。何が原因でこうなった? まったくもって心当たりがない。だが、このままでは取り返しのつかない事態になりかねない。それほどに先程の隆人の視線を狂気じみていた。なんとか原因を探らなければ。

 昼休憩が終わるまで必死に思考を巡らせては見たが、結局颯空は答えを出すことができなかった。


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