昼休憩
ざくざくざく。
よいしょよいしょよいしょ。
ざくざくざく。
よいしょよいしょよいしょ。
手で瓦礫をどかし、砂を掃く。
破片を片付け、残骸を拾う。
動いても動いても終わらない。
掃除しても掃除しても綺麗にならない。
いやむしろ、埃は掃けば掃くほど積もっていくような気がするし、瓦礫は運べば運ぶほど下から出てくる。
この惨状が果てしない。
ざくざくざく。
がこがこがこ。
さっさっさっ。
もくもくと懸命に動いていたら、遠くから三人を呼ぶ声が聞こえた。
目を凝らして、その二つの影を見る。
どうやらお弁当を抱えたオメロンとアレキスのようだった。
キャロンが天上を突き破って見える空を仰ぐと、太陽が丁度真上に来ていた。
「もうお昼ですか~?朝早くからやってたのに何にも変わってないですね。でもポプリ、もうお腹すきましたっ」
「ぜいぜい。そうですね。丁度お弁当も持ってきてもらえましたし、お昼休憩にしましょうか」
「そうじゃのう。じじいも腹が減ってきたわい」
朝から休まず重い瓦礫を持ったり砂を掃いたり肉体労働をして、流石のキャロンもゼイゼイ肩で息をしていた。
獣人のポプリとボルト爺は人間のキャロン程ヤワではなかったが、二人とも休憩を取る事には喜んで賛成してくれた。
「君たち、頑張っているかい?今日は特別にクロワッサンのサンドイッチを僕とオメロンで作ってきたんだ」
「新入り君に教わったクロワッサンにナナツボシのグリルを挟んだサンドイッチさ。この組み合わせは僕らのオリジナルだ。美味さに驚くなよ」
その場に座り込んでしまった三人に駆け寄ってきたアレキスとオメロンは、抱えていた木の箱を一人づつに配って歩いた。
「ありがとうございます」
箱と共に手渡された水をグイッと飲んでから、キャロンは箱の蓋を開けて中を見てみる。
キャロンが作ったクロワッサンよりはいささか不格好で、大きすぎると言えなくもないクロワッサンが二つ顔を出した。
真ん中に切り込みが入ったそれには、星形模様のある肉の分厚いグリルがどーんと挟まっている。
(豪快だけど、美味しそうです)
獣人らしいと言えば獣人らしい、男飯っぽいサンドイッチを見て、キャロンはこっそり微笑んだ。
クロワッサンはアレキスとオメロンに頼まれて、キャロンが二人に一週間かけて作り方を教えたものだ。
パンの中でもなかなか複雑なクロワッサンを二人が作れるようになるまでには苦労したけれど、もうキャロンなしで作れるようになったらしい。
2人の成長が感じられて、なんだか嬉しい。
キャロンはクロワッサンを一つ手に取り、齧った。
さくっ。
ふんわりとバターの味が広がって、サクサクの層が虫獣の肉の濃厚さと相まってとてもおいしかった。
「この面妖なパン、やはり美味いのう。サクサクして良い心地じゃ」
「アレキスとオメロンもここ最近ぐっと料理が上手になりましたよね。いいなあ、ポプリも頑張らなきゃっ」
キャロンの対面に座り込んでいるボルト爺とポプリも、夢中でサンドイッチを齧っている。
ポプリの尻尾はふさふさと揺れているから、ポプリはとても喜んでいるらしい。
ボルト爺の尻尾は見えないけれど、しわしわの口を幸せそうに綻ばせているから、こちらも美味しいという感想に偽りはなさそうだ。
「お味の方はどうかな、新入り君」
美味しそうに食べるポプリとボルト爺を幸せな気持ちで見ながらサンドイッチを齧っていたキャロンの隣に、アレキスが腰を下ろした。
「とっても美味しいです。サクサクと濃厚なこの組み合わせもいいですね」
「それは良かった」
キャロンが褒めると、アレキスは少し照れたように微笑んだ。
細くて長い彼の尻尾がチョロチョロと揺れる。
褒められて嬉しかったらしい。
「また料理の事を色々教えてくれないかな。君の作る料理は不思議だけど美味しいし、君は教え方もうまい」
「はい、勿論ですよ。ではまた厨房に顔を出しますね」
「ありがとう。僕らはもちろん、料理長たちも楽しみに待っているよ」
アレキスとオメロンは、素直でとても覚えが良いので教えがいがあるし、最近は厨房の料理長とも交流するようになって、彼には料理のセンスがあると褒められた。
厨房にお邪魔するのはキャロンの楽しみでもある。
微笑んだキャロンの顔を見て、アレキスの隣に座ったオメロンが「そういえば」と手を叩いた。
「エルフリート様も、君が教えてくれた料理が美味しいと喜んでくださったよ」
「えっ!」
「いつもは淡々と食べがちな方だけど、君が教えてくれた料理を作った時は尻尾が揺れていたんだよ」
「ほ、本当ですか?!」
「本当さ」
人間の国料理はエルフリートの口にも合ったようだ。
アレキスとオメロンに頑張って料理を教えた甲斐があった。
「あっ、ポプリもエルフリート様の従者のグリシス様に言われましたよっ。最近屋敷の中がピカピカで気持ちがいいって。でもこれ、よく考えたら全部新人さんが来てからですよね」
「えっ」
「そういえばわしも、エルフリートにいきなり褒められた事があったのう。玄関が新品のようで驚いたと言っておった。わしはあの時何のことやらさっぱり分からなんだが、あれもお前さんが掃除したのじゃろう?」
「あ、その、はい……!」
キャロンは小さく頷いた。
もしかして、キャロンはちょっとだけでもエルフリートの役に立てたのだろうか。
くさくて不細工で嫌われているキャロンなんて押しつけられてしまったエルフリートには申し訳なくて仕方がなかったけれど、こうして姿を見せないように気をつけながら家のことを頑張れば、少しは喜んでもらえるのかもしれない。
「でもさ、君に感謝しているのはエルフリート様だけじゃあないよ。僕も君にはお礼をしなきゃなと思っていたんだ。今日は何も用意していないけれど……いや、これをあげよう。きちんとしたお礼はまた今度ね」
アレキスはコックコートのポケットから艶々と光る桃色の果物を取り出して、キャロンに持たせてくれた。
「モモスの実だよ。この間市場で買ったんだ。美味しかったから君にあげよう。あ、ポプリとボルト爺の分は無いからね」
アレキスの言葉に、ポプリはわざとらしく頬を膨らませ、ボルト爺は顎を触って唸ったけれど、二人とも顔は果物を受け取ったキャロンを見てニコニコと笑っていた。
「じゃあ、僕らはそろそろ行かなくちゃいけないね。油を売りすぎると料理長が怒り出してしまうから」
話の盛り上がりがひと段落したところで、アレキスはオメロンと共に腰を上げた。
キャロン達は座ったままで、厨房に戻ろうとするアレキスとオメロンに手を振る。
キャロンはその時のまたねの挨拶に、一言付け加えていた。
「ではまた。それからアレキスさん、果物ありがとうございます。大事に食べますね」
手のひらにコロンと載せられた桃色の実を示して、キャロンは頭を下げた。
獣人の国の果物は、人間の国の果物よりもはるかに美味しい。
甘いものが好きなキャロンは、嬉しくなって微笑んでいた。
「あ、ああ。大事に食べなくても、また厨房に来てくれれば渡せるようにしておくよ」
小さく手を振りかえしてくれたアレキスは、オメロンと共に去っていった。
そしてアレキスとオメロンがいなくなった後、キャロンは早速果物の皮をむき始めた。
「アレキスさんにもらった果物、皆で分けて食べましょう」
アレキスはポプリとボルト爺には無しだよと言っていたけれど、切って分ければみんなで食べられる。
きっと、その方が美味しい。
キャロンは貰った果物をみんなで分け、残りの休憩時間も楽しんだ。
美味しいサンドイッチ。
甘い果物のデザート。
それから優しく接してくれるおじいちゃん先輩と、友達。
上を見上げれば綺麗な青空が見える。
天井は破壊されているけれど、こうしてランチを食べるのにはこれも悪くないかも。
「なんだか、今ならこのホールを一瞬で綺麗にできそうですね」
甘くて美味しかったモモスの果実を食べ終えたキャロンは一人呟いた。
ボロボロのホールにふわっと心地の良い風が吹き抜けて、キャロンの軽くなった髪を撫でていく。
滅茶苦茶に散らかったホールをくるりと眺める。
最初にこの惨状を見た時は絶望したけれど、今は不思議と希望に溢れている。
キャロンはエプロンのポケットの中から、紙とペンを取り出した。
丁度、何を描けばいいか良さそうなアイディアも浮かんだところだ。




