99 昼休憩で中断します
改訂版です。
まったく、予定通りに行かないものだ。
俺もハリーも控えめに戦ってなお驚愕されるのだから。
ミズホの常識は西方の非常識ってね。
ルーリアは全力を出していたが、驚かれたという点においては俺たちと同じである。
ぼっちになるのも頷けるというものだ。
前世のルリ・シンサーも苦労したんだろうなぁ。
過去の人だから心配しても意味がないのだけど。
それよりもルーリアだ。
直接、戦ってみてレベル以上のものを持っていると感じた。
必要な経験値を得れば易々とレベルアップするだろう。
故に腫れ物扱いされている現状よりも更に人間離れしていくとなると同情を禁じ得ない。
え? それは俺たちも同じだろうって?
国民の皆がいるから大きく違うと思うぞ。
できればルーリアもぼっちを卒業して国民になってくれると嬉しいがね。
今その話をする訳にはいかないので彼女の意思は後でないと確認できないが。
それよりもツバキとドルフィンの試験だ。
賭けが絡んでいるから冒険者たちから次の試験を催促されると思ったのだが……
「どうだった?」
盾でハリーの掌底を受けた男が他の冒険者たちに囲まれていた。
倒されて未だに伸びている連中以外で攻撃を受けたのは盾の男だけだからな。
色々と聞きたいこともあるだろう。
「死んでも敵にはなりたくないね」
盾の男は肩をすくめながら答えていた。
「大袈裟だな、おい」
冒険者の1人がヘラヘラと笑いながら言った。
「大袈裟なものか」
が、盾の男は真顔を崩さず否定する。
「あれだけぶっ倒して息ひとつ乱してないんだぞ」
「さっきのは雑魚ばっかじゃねえかよ」
「腕の立つ連中を集めても結果は同じだよ」
「どうしてそんなことが言えるんだ」
「来るのが分かって受けても、あの様だったんだぞ」
よろけたことを言っているのだろう。
「しっかり踏ん張ってなかったからだろうが」
「踏ん張ってアレなんだよ」
「マジか?」
「ウソついてどうすんだよ」
「軽く押したようにしか見えなかったぞ」
「んな訳あるか。今も左腕が動かしづらいんだからな」
「痺れているのか?」
「いいや、痺れとは少し違うな」
「肘でも痛めたか?」
「肘も痛くない」
「じゃあ、どんな感じなんだよ」
「何かが盾を突き抜けた感じ?」
盾の男も自身の状態を上手く説明できないようだ。
「ハンマーで殴られた時のような?」
「ああいうガーンって感じなら踏ん張れたはずだ」
「いや、ガーンとか言われてもな」
「さっきのはズンだな」
「なんだよそれ」
「とにかく痛みはないのにアゴを殴られた時みたいに踏ん張りがきかなくなった」
「ますます訳が分かんねえ」
「だよな。そんなので踏ん張れないとか」
「ほとんど魔法だろ」
「そんな魔法があったら俺が教わりたいね」
冒険者たちは大勢で考え込んでいるが困惑するばかりで文殊の知恵には遠そうだ。
打撃の質の違いに気づかない限りは。
ハリーのそれは衝撃を伝えきっているが故に吹っ飛ばされることがない。
その分はすべて相手の内側に波のように伝わりダメージとなっている。
結果として盾の男は脳を揺らされて平衡感覚を保てなくなったのだ。
ただ、最初の不完全なガードで受けていれば抑えきれずに腕が体に密着することになっていたはず。
そうなれば内臓に衝撃が伝わり盾の男はその場に崩れ落ちていただろう。
「あえて言うなら、あの一撃は重かった」
「重かっただって?」
「意味が分からん」
「別の言い方をするなら腕の中に手が入ってきて肉を内側からつかまれるような感じだな」
左手をグーパーと何度も握り直しながら盾の男が語る。
面白い表現をするな。
「向こうで転がってる奴らは内臓でも掴まれた気分を味わってるんじゃないか」
「ダメージが盾を貫通する感じか」
それまで考え込むようにしていた一人が確かめるように聞いている。
「かもな。ダメージと言うには奇妙な感覚なんだが」
「それが重いってことか」
「ああ」
「もしかしてよ──」
別の男が何かを思い出したように喋り始めた。
表情は硬く顔色も良くない。
「衛兵がいるときに女がやったのも同じ技とか?」
「土嚢をくくりつけてるのにやられた奴らか」
「ああ、そうだ」
言われてみればという感じで冒険者たちがざわめき出した。
「てことはアイツらも内臓をつかまれたみたいになってるのか?」
恐る恐るといった様子で盾の男に問う。
顔色がどんどん悪くなっているな。
「だろうな」
「盾だけじゃなくて土嚢越しでも?」
「でなきゃ、あの男にやられた奴らと似たような倒れ方はしないだろう」
「そんなの防ぎようがねえじゃねえか」
「だから言ったろう。死んでも敵にはなりたくないって」
盾の男がそう返事をしたことを皮切りに冒険者たちが顔色を失っていく。
「シャレになんねえよ」
「人間業じゃねえって」
「どうすりゃそんな真似できんだよ」
「分かる訳ねえだろ」
「分かるのはアイツらがとんでもない達人ってことだけだ」
「まとめて相手するって言うだけはあったな」
「もしかして残りの2人もヤバいんじゃねえか?」
「普通に考えりゃ残っている奴の方が強いよな」
気付かれてしまったな。
ツバキとドルフィンの対戦相手が辞退したり畏縮される恐れが出てきてしまった。
対戦予定の相手も話を聞いていたからなぁ。
割のいいアルバイトって感じで上機嫌だったはずなのに、今やお通夜のような雰囲気だ。
「この様子だと試験を続けるのは厳しいかもな」
「申し訳ありません。やり過ぎました」
戻ってきたハリーが謝ってきた。
「いや、謝る必要などない。ハリーはよくやったよ」
想定通りにならなかったのは誰のせいでもないと思う。
ハリーが空腹でなかったとしても結果はそう変わらなかったはずだ。
「舐められるよりはずっといいからな」
慰めの言葉をかけてもハリーはションボリしたままだ。
腹が減っているというのもあるだろうけど。
「間に合わせだが食っておけ」
干し肉をハリーに渡した。
「いただきます」
もそもそと食べ始めたハリーを横目に先のことを考える。
ゴードンは倒れた連中を移動させるべく冒険者たちをこき使いながら動き回っている。
次の試合どころではないな。
いずれにせよ俺がゴードンの立場なら昼休憩にするけどな。
飯時なんだから文句を言う奴も少ないだろうし時間は稼げるはずだ。
その間に対戦予定の冒険者に活を入れるなり別の対戦相手を捜すなりすればいい。
どちらも難しそうではあるが。
まあ、八方ふさがりという訳でもない。
ツバキとドルフィンで模擬試合をさせれば良いのだ。
レベルの高い勝負になればケチを付ける奴もほぼ出ないと思う。
もっとも皆無ではないだろうからゴードンがどう判断するかが鍵になりそうだ。
「凄いものですな」
場の空気を変えようとするかのようにアーキンが声を掛けてきた。
「まさかここまでとは思いませんでした」
「同感ですね」
アーキンに同調するシャーリー。
「あまり適当にやると変なのが絡んでくるからな」
「確かにそうですね」
「最初に引くと損をするのは商売でも同じです」
シャーリーもアーキンも頷いている。
「それはそうとランチタイムにしないか」
唐突だが提案してみた。
「我々は構いませんが、よろしいのですかな」
アーキンは消極的賛成といったところか。
「ギルド長のゴードンがあの調子じゃな」
「それはそうですが……」
試験の途中であることが引っかかるのだろう。
「今すぐ試験を始めても昼を食いっぱぐれることになりかねんからなぁ」
「試験の放棄と受け取られませんか」
「腹が減ったから休憩するって断りを入れておくさ」
単純明快な理由があれば向こうも断りづらいだろう。
「それよりも、だ」
「なんでございましょう?」
「今日も泊まることになりそうだが、構わないか」
「もちろんでございます」
アーキンは二つ返事でオーケーを出した。
最上階の部屋はそうそう宿泊する客もいないようだけど確認しなくて大丈夫なんかな。
で、ゴードンに一声かけて俺たちは昼休憩に入った。
ゆっくりしてくるからその間に何とかするように言っておく。
対戦予定の冒険者たちがリタイアする旨を告げていたからな。
別の相手を確保しなければならなくなったのだ。
恨めしそうな目で見られたけど知らんがな。
他の連中の目がなかったら恨み言のひとつも言われたかもだが俺たちにも予測し得なかったんだから。
「すまん。帰国が遅くなる」
迷惑かける訳だしハマーに謝っておく。
「構わんよ。王からはハルトの予定に合わせろと言われているからな」
年末で忙しいだろうにガンフォールは磊落というか気前がいいというか。
調子に乗って、甘えすぎないようにしよう。
とにもかくにも俺たちは冒険者ギルドを後にした。
商人組はもちろんルーリアも一緒である。
シャーリーが案内してくれた高級料理店で昼食を取ることになった。
高価な香辛料を使っているのが売りのようだ。
「どうでしょうか、先生」
食事がそこそこ進んだところでシャーリーが聞いてきた。
「味もサービスの質も悪くないと思うけど」
「そうですか」
ホッとした様子を見せるシャーリー。
「ここは商人ギルド幹部の1人が経営する店なのですが……」
何やら言い淀んでしまっている。
昼の客入りが悪いみたいだし売り上げが思わしくないのだろう。
「高級路線はディナー限定にすればいいんじゃないか」
「えっ!?」
「ランチはちょっと背伸びすれば食べられる程度の価格帯で営業するんだよ」
「ですが……」
「香辛料を使わず、まかないに近い定食にしてしまえば価格を抑えられるはずだ」
「香辛料がないのでは、この店の売りがなくなってしまいます」
「そこは宣伝の仕方だな」
「宣伝ですか?」
「昼は格安で味とサービスのお試しを、本当の味は夜の御来店でってね」
「そんなに上手くいくでしょうか」
シャーリーの反応が今ひとつである。
「昼はディナーの宣伝と割り切れるかが鍵になるはずだ」
「客層が変わってしまうのではありませんか?」
「それは昼だけだと思うぞ」
「え?」
「冷やかし半分で来ている客がディナーに来ると思うか?」
「なるほど。だから背伸びすれば食べられる価格帯という訳ですな」
それまで黙って聞いていたアーキンが会話に入ってきた。
更に話し込んでしまうことになったのは言うまでもない。
まあ、この国のマナーを教えてもらったりもしたので俺たちにも長引かせた要因はあったのだが。
あとは将棋を是非とも広めたいというアーキンと商談もしたな。
ハマーも乗り気だったところを見ると本当に娯楽が少ないようだ。
ならば他のものもと思ったが二兎を追う者は一兎をも得ずになっては本末転倒。
将棋が売れてから考えるべきという結論を下した。
そんなこんなで昼休憩にタップリと時間を使ったが冒険者ギルドの方はどうなったことやら。
問題が解決していないなら明日まで待つしかないだろう。
シャーリーたちとは店の前で別れて冒険者ギルドへ戻っていく。
道すがらボルトは屋台で買い食いをしていた。
高級料理店でのランチはかなり物足りなかったらしく、あちこちで買っては食べている。
ルーリアが唖然とするくらいに。
「腹を壊さん程度にな」
喋ることのできない状態のボルトはコクコクと頷きだけで返事をした。
頬袋を膨らませた上に口の周りまで汚した姿は脱力ものだ。
まるで夜店を満喫する子供だね。
読んでくれてありがとう。




