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98 ハリー腹が減って大胆になる

「ドワーフの戦士が精兵だって噂は本当だな」


 ボルトに語りかけたゴードンの口ぶりからすると青か水のランクで認定されるかな。


「これなら誰もケチはつけんだろう」


 マジか。

 真っ向勝負では敵わないからと試験の結果にクレームを付ける輩がいるとは。

 妬み嫉みを募らせても己の実力が上がる訳でもないだろうに。


「それはどうも」


 息を整えたボルトは素っ気なく返事をした。

 当人は気にしていないようなので牽制する必要はないか。


「次だ。そっちは誰が出る」


「自分が」


 予定通りハリーが前に出た。

 ゴードンが泡を食うのを見られそうだと思っていたら、始まる前からやってくれました。


「面倒なので5人同時にどうぞ」


 ハリーはゴードンに向かって大胆な宣言をした。

 それくらいしないと圧倒的な実力差は見せられないが周囲は騒然となった。


「何様のつもりだ!?」


「バカじゃないのか、アイツ」


「袋叩きにされるだけだろうが!」


「大口叩いてんじゃねえぞ!」


 ブーイングや怒号が怒濤のごとく飛んで来る。

 完全アウェーだもんな。


 ハリーは動揺することなく涼しい顔をしたままだ。

 面倒だなどと挑発しすぎだと思ったのだが、お手本は俺なんだよなぁ。

 おまいう過ぎて叱れない。


 まあ、ハリーの性格を考えれば槍玉に挙げられることは計算ずくなんだろう。

 怒らせてでも相手を本気にさせて周囲には手抜きではないと納得させる。

 思惑としてはそんなところか。


 問題は対戦相手ではない輩がブチ切れた感じで集まってきたことである。

 有象無象の集まりにしか見えないせいかハリーは無視していた。

 そのせいで更に激高して殴りかかろうとしたが。


「やめんか!」


 ゴードンの腹の底から引っ張り出したような怒声にビクついて止まった。

 その時点で二流以下だと悟れないとは哀れなものだ。


「なんで止めるんだよ!?」


「コイツ、俺たちを馬鹿にしているじゃねえか!!」


「そうだそうだ!」


「生意気なんだよ!」


「こんな奴、俺だけで十分だ!」


 ゴードンに睨まれてビビっているのに20人近くいることを頼りに食って掛かっていた。

 徒党を組まなきゃ何もできない口だろう。

 みっともなくも哀れな連中である。

 こういうのを黙らせるのは実力行使が一番だ。


「ゴードン!」


 俺の呼びかけに全員の視線が集まった。

 苛立ちが乗っていたせいかクレーマー連中の腰が引けてしまっている。


「構わないから文句のある奴全員まとめて相手させてやれ」


「無茶言うなっ。一人で相手できる人数じゃないぞ」


「冗談だろ。そいつらじゃハリーを本気にさせることすらできんよ」


 文句を言っていた連中がカチンときたのは表情だけで分かった。

 大した殺気を放つこともできないくせに剣呑な雰囲気を作り出すのだけは上手い。

 だが、雰囲気で実力を誤魔化そうとしている時点でお察しだ。

 役者なら大成できるかもな。

 冒険者をやめろとまでは言わんがね。


「バカ野郎! 煽ってどうすんだ」


「いいから始めろ」


 ついでに威圧を拡散させておく。

 やり過ぎると、ただでさえ勝負にならないものが話にならなくなるので一瞬だけだ。


「本当にいいんだな」


 ゴードンが渋りつつも確認してくる。

 やらせたくはないが後々を考えれば不満や遺恨が残るのを避けたいというところか。

 ギルド長という立場も楽じゃないが人のことを都合よく利用しようとした罰だ。


「ハリーに聞いたらどうだ」


 ゴードンがハリーの方を向いて目で問いかける。


「問題ありません。腹が減ってるんで早々に終わらせたい」


 言われてみれば昼を過ぎている。

 似合わない大胆発言は朝食が少なめだったのも影響してそうだ。


 昨日のボルトみたいだな。

 いや、今日の試合が終わった時に素っ気なかったのもそのせいか。

 まだ3人分の試合があるから持ちそうにない。

 とりあえずポーチから干し肉を出してボルトに渡しておく。


「すみません」


 後でハリーにも渡さないとな。


 それにしても始まらないと思ったら武器の選択でモタついているのか。

 ハリーは手ぶらだが、この場合は間違った選択じゃない。

 人数が多いから有効打を受けても無視する奴も出そうだし。

 サバイバルゲームで言うところのゾンビ行為だ。

 平気で不正をしますと自己申告しているようなものだから信用失墜はまぬがれない。


 なんだかんだで武器を選び終わった連中がハリーを囲み始める。


「おい、全員並べ」


 ドスをきかせて低い声でゴードンが指示を出すと渋々従っている。

 やる気が薄れたのか、最初に選ばれた5人は後ろに回った。


「いいか、あんま卑怯な真似すんじゃねえぞ」


 ゴードンが注意するものの効果は如何ほどかって雰囲気だ。


「用意はいいか」


 返事は口汚い言葉で埋め尽くされていく。

 ハリーは頷きで返すのみ。


「それじゃあ始めるぞ!」


 例によってゴードンが右手を振り上げた。

 訓練場内が静まりかえる。


「はじめっ!」


 ゴードンが右手を振り下ろし、多対1の変則的な試合が始まった。


「うおりゃ──っ!」


「くたばれえっ!」


「死ねやぁっ!」


 ハリーに殺到していくクレーマー冒険者たち。

 すぐに飛びかかれない奴らが背後に回り込んで四方八方からの攻撃が始まった。

 ハリーの賭けは不成立になったらしく見物人はあまり興奮していない。


「開始5秒で終わりだな」


「つまらん、早く終わらせろ」


「次は賭けになるといいんだが」


 冷めた意見ばかりだが、それも次の瞬間には驚愕に変わる。

 バタバタとクレーマーたちが倒れていったからだ。


「「「「「なっ……!?」」」」」


 ハリーは肘と掌底だけで瞬く間に仕留めていく。

 左右から同時に襲いかかられても僅かなズレを見切って仕留める。

 背後から切り掛かられても振り返らずに返り討ち。


「ど、どうなってんだ!?」


「わっかんねえよ!」


「やられたんじゃないのか!」


 驚愕の声があちこちから湧き上がり、ゴードンは目を見開いて俺の方を見てきた。

 前を見ろと顎で指し示すとハッとして視線を戻す。


「世間は広い」


 俺の隣から成り行きを見守るにとどめていたルーリアの呟きが聞こえてきた。


「無手の技が外にもあったとは……」


 似通った歩法や体さばきを見せつけられた格好だからな。

 さすがに驚きは隠せなかったようだ。


「なんと重い一撃なのか」


 沈んでいくクレーマーたちの状態が普通でないことに気付いているな。

 ハリーの攻撃を受けた連中は単に戦闘不能になるだけではない。

 体の芯に残るダメージを受けており何日かは安静にしていても体が重く感じるはずだ。

 しかも無理をすれば何時までもダメージは抜けない。

 まさに重い一撃である。


 食らった連中からすれば地獄の苦しみなんだろうが自業自得だ。

 実力を顧みず安易にケンカを売るからこうなる。

 これでも骨折や内臓破裂するよりはマシなんだがね。


 結果、ハリーに殺到していたクレーマーはものの数十秒で倒れ伏していた。

 まともに立てる者はおらず、立とうとするだけで顔をしかめている。


 さて、残されたのは開始の合図から今まで一歩も動かなかった最初の選抜組5人だ。


「降参だ。俺じゃ瞬きする間も持たねえよ」


 早々にギブアップするとはね。

 そう思っていたら……


「俺も降参」


「同じく」


「右に同じ」


 1人を残して特に悔しがる様子も見せずにサクッとリタイア。

 クレーマーたちが次々に倒されるのを目の当たりにしたからだろう。

 最初は驚きを隠せない様子だったが最後の方は冷静に見極めていたようだし。


「俺も降参するが頼みがある」


 最後の1人が気になることを言い出した。

 戦う意思はないのにハリーの前に進み出る。

 殺気もなく攻撃する意志も見せないためかハリーも様子を見ているな。


「何か?」


「こいつらに食らわせた攻撃をこの盾に一発入れてほしいんだ」


 クレーマーたちを一瞥したベテラン冒険者はラウンドシールドを少し掲げてみせた。

 その表情からすると単に好奇心だけで言っている訳ではないようだ。

 身構えた状態で未知の攻撃を受けて少しでも糧にしようというのだろう。


「いいだろう」


 ハリーが了承すると男は腰を落として盾を構えた。


「それではダメだ。盾を持つ左腕がブレる」


 ハリーが注文を付ける。


「じゃあ、どうすれば?」


「木剣は使わず両腕をクロスさせるといい」


「なるほど、防御に専念すればいいのか」


 男は素直に従った。


「では、参る」


 ひとこと言い添えてからハリーの掌底が入った。


「うおっ」


 予告付きで来ると分かっていたにもかかわらず男は仰け反るようにたたらを踏んだ。


「こりゃダメだ。降参して正解」


 苦笑いして自分の左腕を見ている。


「サンキュー、いい経験になった」


「そうか」


 ラウンドシールドの男は木剣を拾って試合の場から離れていった。


「勝者ハリー」


 ゴードンが覇気のない声で勝者を宣言。

 無理もないか。

 この後、ツバキとドルフィンの試験があるもんな。

 担当予定の選抜者たちじゃ実力不足だし、新たに対戦相手を見つけるのが大変そうだ。


 だからといってゴードン1人に相手をさせるというのも現実的ではない。

 負担が並大抵ではないからな。

 おまけにギルド長の面目を丸つぶれにしてしまう恐れもある。

 そうなれば冒険者ギルドの求心力が低下しかねない。


 やれやれ、思った以上に面倒そうだ。


読んでくれてありがとう。

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