97 試験は続くよ
改訂版です。
ケニーたちが帰った後も訓練場は静まりかえったままだった。
まあ、俺がずっと威圧していたせいなんだが。
気を付けねばということで反省終了。
え? やらかしておいて放置は無責任?
トラウマレベルな者はいないようだし加減された威圧で何時までもビビってちゃダメだろう。
それに解決すべき問題もできてしまった。
言うまでもなく金髪ポニテの女戦士ルーリア・シンサーについてだ。
ミズホ国に迎えるかガンフォールに預けるかが無難なところか。
もっとも本人が了承すればの話である。
どちらも難色を示されると残された選択肢は無いに等しい。
ノエルを保護している月狼の友に頼むのは迷惑を掛けるだけだろうし。
思った以上に自由度が少ない。
ルーリアだけでなく俺の方もな。
まるで鈴を付けられた猫である。
脳筋っぽいゴードンの見た目に騙されると痛い目を見ることになりそうだ。
とはいえ無遠慮にそんな真似をされて腹が立たない訳がない。
証拠がないので追求しようがないのも向こうの計算のうちだと思うと余計にな。
いざとなったらO・HA・NA・SIで解決しよう。
まずは牽制も兼ねて試験の相手として指名してやろうと思ったのだが。
「それじゃあ俺らの試験を始めてもらおうか」
「ああ、ヒガの試験はさっきの試合で十分だ」
向こうの方が一枚上手だった。
忌々しいが、ギルド長の肩書きは伊達じゃないのはよく分かった。
仕方あるまい。
ならばローズさんにお願いしよう。
『という訳でお願いします、先生』
『くーっ』
どーれ、なんて時代劇の浪人かよ。
そういうのを何処で覚えてくるんだか。
『ツバキやハリーの相手がいなくなるから最後で頼むわ』
『くー』
了解されました。
「で、試験は誰かと試合する形式でいいんだよな」
「魔法使いの姉ちゃんは、さっきの魔法を見たから必要ない」
さっきのとはグラウンドを整備したときのことか。
魔法はそれでいいとして、だ。
「おいおい、ツバキは魔法剣士だぞ」
ゴードンはうちの面々のカードを見ていないからジョブを知らないのも仕方ないか。
ちなみに全員魔法剣士だが、それを指摘すると騒がれそうなのでスルーした。
「なんだとぉ!?」
それでも顎を外さんばかりに大口を開けて驚いているので俺の選択は正しかったと言える。
ずっと一緒にいた受付のお姉さんは肩を振るわせて笑っていた。
ゴードンが一泡吹かされることなど滅多にないからか。
そう考えると少しは溜飲が下がった。
「あれだけの魔法が使えて専業じゃないとは、どういうことなんだあっ!?」
耳朶を震わす絶叫が訓練場に響き渡る。
うちの面々にシャーリーたちを連れて来るよう命じたときの動きは見ていただろうに。
もしかして魔法を使ったときのインパクトが強かったせいで忘れてんの?
ボケるにゃ早いぞ、ゴードン。
まあ、ルーリアとの試合を見た後だからというのはあるのか。
あれと同等以上を想像してしまったのかもしれない。
まだまだ、あんなものじゃないと言いたいところではあるが口は災いの元。
余計なことは言わないに限る。
それよりも驚かれた基準を考えると、これからスカウトする人材は高望みできなさそうだ。
教育の質なんかも後で見直す必要ありそう。
それよりも、まだ何か叫ぼうとしている脳筋ジジイを黙らせる方が大事だ。
「うるさいっての。俺と真剣勝負がしたいのか?」
ゴードンに対してだけ威圧しながら静かに問いかける。
「すっ、スマンな、つい興奮してしまった」
ゴードンはブルブルと身を震わせながら謝罪してきた。
図々しい割に豆腐メンタルじゃないか。
ルーリアとの勝負がさっそく効果を発揮したのは得した気分だ。
「そんな暇があったら試験の相手を見繕ってもらいたいものだな」
「お、おう」
催促したことで、ようやく状況が動き始める。
ゴードンが訓練場にいた他の冒険者連中を集め始めた。
「黄クラス以上の奴は前に出ろっ」
俺たちから少し離れているのにゴードンの話し声だけはまともに聞こえる。
「その中で希望する者には試験の対戦相手をやってもらうからな」
強制ではなく依頼の形を取るようだ。
日本でコレクションしていた小説でも幾つかは似たようなシーンがあった。
これこれ、こうでなくっちゃね。
ようやく冒険者ギルドに所属したって実感が湧いてきた。
冒険者たちは盛り上がっているな。
ゴードンは規定通りの報酬だと言っているのに。
模擬戦だから命がけにはならないという安心感があるせいかもな。
怪我をしてもギルドが治療を保証してくれるようだし。
そう考えれば、おいしい仕事と言えそうだ。
ゴードンの説明が終わると我も我もと立候補している。
小学校低学年の授業かよ。
俺以外はさほどでもないと思っている証拠だな。
憐れな。
「ほどほどで勘弁しておかないと怪我人が出そうだな」
「主よ、どの程度まで抑えるべきだと思う?」
ツバキが聞いてくるが難しい質問だ。
「そこなんだよなぁ。何度もランクアップ試験を受けるのは面倒だろう?」
「では、先程の試合くらいが良いか」
「無茶を言うなよ。見切った奴がいたか?」
「む、いないな。同等の動きをすれば一方的なことになりそうだ」
「ゴードンの奴は別だがな」
俺の言葉にツバキが意外そうな顔をしたが、すぐに小さく笑みを浮かべた。
「なるほど。腹黒なお調子者を試験に乗じて成敗するというのだな」
さすがはツバキさん、察しがいい。
「そのあたりはドルフィンに任せてある」
結果がどうなるかを想像したツバキが肩を振るわせている。
「それはそれは可哀相に」
台詞と表情が不一致なんですが。
「そういうことだから自分の試験に集中すればいい」
「心得たと言いたいが……」
「加減が難しいか?」
ツバキが頷いた。
基準が分からない以上は手の打ちようがないだろうしな。
「軽くあしらう感じでいいさ」
「ふむ」
ツバキが少し考え込んでいる。
一考の余地があるといったところか。
「物足りないというなら相手の身になるように指導も付け加えるとかどうだ?」
「なるほど、それなら波風も立ちにくいか」
「完全に無くなるとは言えないがな」
上から目線になってしまうのだけは回避しようがないだろうし。
「自分もでしょうか」
小さく手を上げながらハリーが聞いてくる。
確かにハリーはあんまり喋る方じゃないから指導に向いているとは言い難い。
「死なない程度にぶちのめしておけばいい」
訳も分からないうちに気を失ったんじゃ文句も言えまい。
ハリーもそのことに気付いたようで素直に頷いていた。
俺たちの話がまとまった所で向こうもじゃんけんでの選抜が完了した。
実力順でないということはピンキリのキリの方が来る恐れがある訳で……
「そっちは誰からだ?」
ゴードンの問いに多少でも参考になればとボルトの方を見た。
「行けるか?」
「はい」
力むこともなくスタスタと進み出る。
「ジェダイト王国の若き戦士か」
「その言い方は止めていただきたい」
「おっと、すまん。名前はボルトだったな」
ボルトは短槍を対戦相手の男は双剣を選択した。
共に準備が整ったのを確認しゴードンが開始の掛け声と同時に右腕を振り下ろす。
「いえぇあぁっ!」
先手必勝とばかりに双剣使いの男が突っ込んでいく。
懐に入って圧倒しようと考えたのだろう。
だが、ボルトは慌てることなく双剣使いの膝下を狙って横に薙ぎ払った。
「うおっ」
双剣使いは飛び退ってどうにか回避したが、そこはボルトの間合いである。
もっと大きく下がって仕切り直さないと追撃が来るぞ。
リーチ差があるため放たれる連続突きが一方的なものになった。
「よっ、とっ、なんとっ、このっ、くぬっ、うりゃっ」
双剣使いは頑張って回避し続けているが、見るからに不格好だ。
様になっていないというか双剣がただの重りにしかなっていない。
構えだけのハッタリくんだったな。
それとも剣を振るえば防御がお留守番を決め込んでしまう攻撃に偏重したタイプか。
おっと、ボルトがギアを一段上げてきたな。
「ぐっ、げっ、ぬぐっ!」
躱しきれないと判断したのか双剣使いが不格好に転がりながら間合いを取った。
「や、やるじゃねえか」
肩で息をしながら言う台詞じゃないな。
「だがな、俺の本気はこんなもんじゃねえぞ」
だったら最初から本気出せよとツッコミを入れたい。
見え見えのハッタリだ。
まあ、最初の突進がトップスピードだというのはボルトも理解しているだろう。
次も不用意に飛び込むなら……
「いざっ!」
ゴスッ
革巻きの穂先が双剣使いの眉間を捉えていた。
「ぐべっ!」
偽双剣使いの男は失神。
「勝者、ボルト」
失神した男は壁際に引きずられていった。
「次、行くぞ」
ボルトにはその場に残るように指示したままゴードンが次の相手を呼び寄せる。
ふむ、一度の対戦だけで試験が終わる訳じゃないのか。
今の勝負はあんまり参考にならんし丁度いいかもしれない。
続いて出てきた相手はボルトと同じ短槍を手にしたオッサンだった。
ベテランの槍使いとは期待できそうだと思ったのも束の間。
「勝負あり!」
技量は双剣使いより上だったが数合ほど打ち合ったところでボルトに槍を絡め取られた。
「あのドワーフ、強えっ」
「やるなぁ」
「賢者が連れて来ただけのことはあるってことか」
いつの間にか俺が評価の基準にされてしまっている。
どうしてこうなったと言いたいが、やらかした後では何も言えない。
対戦相手が弱すぎるのが問題のはずなのに。
次に期待したいところだ。
3人目は短剣を逆手に持った小柄な女シーフだった。
右に左にとフェイントを織り交ぜながら接近を試みるもボルトが懐に入らせない。
女シーフの動きは悪くなかった。
双剣使いがさばききれなかったボルトの連続突きを回避していたしな。
そのうち女シーフが深い間合いに潜り込んだ。
「いただきっ!」
更に踏み込んで短剣で攻撃しようとした女シーフだったが。
ブォン!
結構な風切り音がして下から石突きが振り上げられた。
ボルトが突いた槍を引き戻しながらグルンと縦に振り回したのだ。
「ちっ」
女シーフは舌打ちしながら間合いを取った。
顎を割る勢いで振るわれた石突きの一撃を咄嗟に躱したのは大したものだ。
が、ボルトの攻撃はそこで終わらない。
女が回避するのに合わせて追尾するかのように振るわれる。
ソードホッグの群れの猛攻を耐えきった槍さばきは伊達じゃない。
そのままボルトが押し切って女シーフを失神させた。
結局、ボルトは5人を相手に勝利した。
最後は肩で息をしていたけどな。
読んでくれてありがとう。




