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94 検証すると犠牲者が出る

改訂版です。

 検証と試験のために訓練場の方へと向かう。

 ただ、商人ギルド組が一緒なのはどうなんだろう。

 強制的に連れてきておいてなんだが忙しくないのだろうか。


「仕事は大丈夫なのか?」


「御心配には及びません」


 シャーリーがにこやかに答える。


「それよりも皆さんの戦う所が見られるというのは幸運ですな」


 アーキンが仕事そっちのけな本音をぶっちゃけているし。

 まあ、見学するのは個人の自由だから来るなとは言えない。

 背後からゾロゾロと付いて来る冒険者たちについても同様だ。

 食堂でたむろしていた連中まで野次馬になるとはね。


「昨日の喧嘩の検証が先だと思うが?」


「ホッホッホ、お恥ずかしい。年甲斐もなく気ばかり急いておりますな」


 そうこうするうちに屋外訓練場に到着。

 ギルドの建物に囲まれているので表からは見えないようになっている。

 部外者に見られないだけでもマシか。


 ただ、別の問題があった。


「グシャグシャだな」


 訓練場は雨後の運動場といった感じだったのだ。


「こりゃ、ひでえ」


 野次馬冒険者の1人がそう漏らしたのも頷けるというもの。

 水溜まりだらけだもんな。


「試験をすれば泥まみれ確定じゃんか」


「さすがに中止するだろ」


「あの嵐じゃしょうがねえよ」


「いやいや、諦めるのはまだ早いぞ」


 ドロッドロに汚れることを厭わなければね。


「ギルド長なら、こういう状況も訓練になるとか言いそうだもんなぁ」


 野次馬たちが勝手なことを言っている。

 確かにゴードンなら言いそうだし強行しそうだけど。

 実戦を想定した試験なら仕方ないとは思うがね。

 ただ、不安定な足場での検証は避けるべきだろう。


「ツバキ、魔法で適当に整地を頼む」


「心得た」


 小さく頷いたツバキは小さな声で適当に呪文を唱え始めた。

 無詠唱だと目立つからだろう。


「一体何を?」


 ケニーが戸惑いの声を漏らす。


「グシャグシャの地面じゃ検証なんてできないだろ」


 そしてツバキがあえて遅らせていた魔法が発動する。

 屋外訓練場の地面が小さく波打ち始めた。


「「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」」」」」


 周囲がどよめきに包まれた。

 平坦に地ならししつつ余分な水分も蒸発されていくのだから無理からぬことか。


「お、おい、地面が乾いていってないか?」


「ウソだろぉ……」


「夢じゃないよな」


 現実だよ。

 ツバキは冒険者連中を驚かせぬよう加減していたが効果はイマイチのようだ。


 たっぷり数分かけて地ならしを終わらせたというのに場が静まりかえっている。

 本来なら数秒で終わるんだが。

 サッカー場くらいの場所をパッと見で平坦にして乾かしただけだからな。


「それじゃ始めようか」


 俺の呼びかけにケニーが頷いた。

 部下に命じて木剣を用意させ、それで地面に線を引かせている。

 建物の内と外、道路、そして向かいの建物を区分するためか。


「では、始めよう」


 受付でのトラブルについてはスルーしてチンピラ冒険者を外へ放り出すところから始めるようだ。

 ギルドの玄関まで腕を捻られた状態で引きずられていったのか。

 折れるだの千切れるだのと喚いていたせいで仲間も手を出せなかったと?


 千切れるは言い過ぎだ。

 ドアの正面に来た所でルーリアは合気道っぽい技でチンピラの体を浮かせたみたいだし。

 そのまま投げ飛ばした結果、ギルドから放り出されたんだな。


 これら一連の動きは訓練用の人形を使って再現していた。

 人形が投げ飛ばされたところで野次馬連中からどよめきが起こった。


「おおっ、スゲー!」


「あんなに軽々と!?」


「あの人形って結構重いはずだよな」


「ああ、大人1人分はあったはずだ」


「華奢なお嬢ちゃんなのになぁ」


「背も小っこいしよぉ」


 ルーリアは童顔で背丈は昔の俺くらいしかないからなぁ。

 それはそれとして投げた場面から俺たちの証言も加わっていく。


「この位置まで飛ばされたと?」


「ああ、人形と違ってもう少し転がっていたがな」


 こんな感じでルーリアの動きをひとつひとつ確認しながらも検証はスムーズに進んだ。

 そして一通りの確認が終わると乱闘を再現することになった。

 一連の流れを止めずに確認するとは念入りだな。

 チンピラ役は衛兵なんだが頭数が足りない。


「おう、何人か入れや」


 ゴードンが野次馬冒険者たちに声を掛けた。


「少ねえが報酬を出そう。それとは別にギルドへの貢献も付けといてやる」


「え~、こき使われるのかよぉ」


「勘弁してくれよなぁ」


「ギルド長、俺ら今日は休養日なんだぜ」


「そうそう。面白そうだから見に来ただけだって」


 文句を言いながら配置につく冒険者たち。

 顔には面白そうと書かれている。

 言動も表情も矛盾しているが誰も気にしていない。

 いや、俺は気にする。


「ちょっと待った」


「っと、何か?」


 俺の制止にケニーがぎこちなく反応した。


「受ける奴らには土嚢を持たせた方がいいと思うぞ」


「防具の重ね着ではダメだと?」


「完全再現するつもりなら話にならないな」


 寸止めとか軽く当てる程度ならそれで充分だけど。

 ケニーがルーリアの方を見たが、彼女も神妙な面持ちで頷いている。


「そうか……」


「土嚢でも無いよりマシ程度だと思っておいた方がいい」


 衛兵たちがゴクリと喉を鳴らした。

 まあ、チンピラたちの状態も見てきているからなぁ。


 一方で代役を受けた冒険者たちは暖気なものだ。

 昨日の現場に居合わせなかったようで軽いバイト感覚なのは誰の目にも明らか。

 興味を満たせる上に思わぬ臨時収入が得られるから頬が緩みっぱなし。

 俺たちの話も聞こえてなさそうだ。

 この調子じゃ1週間の安静コース確定だな。


 それよりも哀れなのは投げられる衛兵である。

 関節極められてひっくり返すように浮かされれば関節を痛めることになるし。

 投げのダメージは土嚢では防ぎようがない。


「それから投げ技の落下地点にはワラを積んでおいた方がいいな」


 俺がそう言うと野次馬冒険者たちがササッと動いた。

 昨日、見そびれたシーンが再現されるとあって実に協力的である。


 そうして腕を捻り上げられたところから始まった。

 加減されていたが衛兵は歯を食いしばって耐えている。

 仕事とはいえ大変だ。

 ギルドの玄関に相当する位置まで来るとリーファンが独特の上下動をした。

 それだけで衛兵の足が地面から浮きクルッと回転。


「「「「「おおっ!?」」」」」


 野次馬たちが驚きの声を上げた次の瞬間、衛兵は前方に投げられていた。

 回転させた勢いも使っているのがよく分かる。

 衛兵はそのまま飛ばされていきドサリと積み上げた藁の上に転がり落ちた。

 あれならダメージは軽いだろう。


 読み通り衛兵はすぐに起き上がった。

 さすがに腕は痛そうに抱えていたけど投げのダメージじゃないから仕方ない。


 続いて囲んだ状態の再現が始まった。

 最初に後ろから襲いかかる役も衛兵だ。

 土嚢を盾のように構え腹部をガードしている。

 お陰で肘打ちをくらっても大きなダメージにはならなかったようだ。

 たたらを踏みはしたけどね。


「おいおい、そこは踏ん張んねえと」


 周囲からヤジが飛ぶが、それは分かっていない証拠である。

 それは臨時バイトの冒険者たちも同様だろう。

 重い土嚢を持つのを嫌がって体に縛り付けているからな。

 どうなっても知らんぞ。


 そしてルーリアが背を向ける。

 リーダー格の役が木剣を抜いて襲いかかった。

 案の定、肘、掌底、肘と受けるごとに膝をついていく。

 言わんこっちゃない。


 最後の奴だけはルーリアの膝を木剣の腹に手を添えての受けを試みていた。

 実際の再現という意味ではアウトなんだが仕方あるまい。

 むしろ良く反応できたと言うべきだろう。


 ただ、それがダメージを軽くすることにつながるかは別問題。

 結果として木剣は板バネのような役割を果たしバイト冒険者は吹っ飛ばされていた。

 背中から落ちてそれなりのダメージを負ったのは言うまでもない。

 おまけに脳震とうを起こして失神だ。

 念のため確認したが、骨折などはしていなかった。


「見た目で侮るからそういう目にあうんだ」


 俺も打ち込まれた衝撃が突き抜けるとは言ってなかったけど。


 まあ、忠告したところで結果が変わったかは怪しいところだ。

 現に衛兵は最小限のダメージで済んでいる。

 人の話を聞くような状態じゃなかったバイト冒険者たちとは大違い。

 リーファンが本気で打ち込めば内臓破裂で人生終了くらいに警告しておけば良かったか。

 それはそれで信じたかどうか怪しいし微妙だけど。


「言葉もないな」


 ゴードンが頭を振りながら言った。


「まさか土嚢で防ぎきれないとは……」


 ケニーは半ば呆然とした面持ちになっている。


「いや、そうじゃねえんだよ」


「何がです?」


 ゴードンが何が言いたいのか分からず困惑の表情を浮かべるケニー。

 周囲の野次馬たちも同様だ。


「あの小娘はまるで本気じゃねえ」


「「「「「なんだってえええぇぇぇぇぇっ!?」」」」」


 野次馬たちが絶叫する。

 俺たちからすると、そこまで驚くことだろうかと思うのだが。

 昨日は現場にいなかったシャーリーでさえ軽く目を見開いた程度だもんな。


「マジか、どういうことだよ?」


「あれで本気じゃねえとか訳わかんねえ」


「信じらんねえ……」


 野次馬たちからは次々と困惑の声が上がる。

 しばらく様子を見ていたが、ザワついた空気は簡単には収まりそうにない。

 そう思っていたのだが……


「ギルド長がこんなことで嘘なんかつく訳ないだろ」


 誰かが発した言葉が波紋を広げるように混乱を沈めていく。

 ゴードンの信頼度は思った以上に高いようだ。


「それが本当ならソロってのも納得だな」


 そんなことを呟く野次馬がいた。


「間違っても怒らせちゃなんねえわ」


「良かった。昨日、声かけなくて」


 今更だがルーリアの力量が伝わったようで何より。


「親っさん、本当にあれで本気じゃないんですか?」


 ケニーは悪夢を見たかのように顔を青ざめさせている。


「疑り深い奴だな。そう思うんならお前が本気を出させてみろ」


「あれで本気じゃないなら無理に決まってるじゃないですか」


「そういう話は後にしてもらえるだろうか」


 噂のルーリア本人が割って入ってきた。


「まだ検証が必要か?」


 その問いは苛立ちを含んでいた。

 釈放されるかどうかの瀬戸際だから待たされれば焦れるのも仕方あるまい。


「それは充分だが……」


「では、何が不充分だと?」


「君の釈放に条件を付けざるを得なくなったのだよ」


「条件?」


「君が強すぎる上に身元を保証する者がいないのが問題だ」


 ケニーが言ったことは頷ける。

 ルーリアがトラブルを起こそうと思わなくても今回のようなことがあるとな。


「では牢屋に逆戻りか」


「いや、常に衛兵の誰かと共に行動することにはなる」


 ルーリアは天を仰ぎ見た。

 落胆の色が濃い。


「身元を保証する者ならどうにかできると思うんだがな」


 そう言ったのはゴードンだ。


「親っさん、どういうことです?」


「そもそも抑えがきかん訳ではない」


「また無茶を……」


「あれを初見で見切ってみせたのがいるだろう」


 そう言いながらゴードンは俺の方を見た。


「言われてみれば確かに」


 俺らに押しつける気かよ。


読んでくれてありがとう。

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