92 話がなかなか進まない
改訂版です。
「「…………………………」」
ゴードンとケニーの両名がフリーズした。
俺がガンフォールと気安い関係なのが、そんなに驚くことなのか。
そっちの方が驚きだとか思っていたら2人に土下座されてしまいましたよ?
ゴードンはガクブルしているし。
「失礼いたしましたっ。ジェダイト王の御友人とはつゆ知らず誠に申し訳ございません」
ケニーなどは必死に声を振り絞って謝ってくる始末だ。
それを見て金髪ポニテなルーリアが口を開いて唖然としていた。
商人ギルド組は昨日の今日で似たような状況に陥ったからか引きつった笑みを浮かべている。
まさに、どうしてこうなった状態。
「そのまま土下座続けるつもりなら帰るけど」
ぼそっと言ってみれば土下座したまま顔を見合わせている。
「んじゃ、帰るわ」
躊躇うことなく立ち上がると大いに慌て始めた。
「「お待ちを──────っ!」」
追いすがるように手を伸ばしてくる2人。
「座って普通に話をするなら考えてもいい」
待てと言われたくらいで席に戻ったりはしない。
向こうだって顔を上げただけで土下座したままだしな。
故に一度は立ち止まったものの出入り口に向かって歩き出す。
とたんにドタンバタンと音がした。
「「座りました!」」
一応は席に戻る。
が、ようやく半分といった具合なので釘を刺すのも忘れない。
「敬語禁止ね」
ケニーが自分はどうすればいいのかと言いたげに絶句している。
普通にしろよ、普通に。
「そ、それは困ります……」
おいおい、さっきまでの筋肉ジジイっぷりは何処に行った、ゴードン。
まるで借りてきた猫じゃないかよ。
「商人ギルド長たちも敬語じゃないですか」
「先生は商人ギルドで相応の実績がありますからね」
「左様。故に金クラスとして登録していただいたのです」
シャーリーとアーキンがフォローしてくれた。
それは助かるんだが実績と言われるほどのことはしてないぞ?
まあ、ツッコミを入れるとやぶ蛇になるか。
「お前ら、ギルドの責任者じゃねえかっ」
「先生は自由を好まれるので役職に就いていないだけです」
「左様。我々の方が教わる立場だからこそ先生とお呼びしている」
「ぐぬぬ」
「衛兵隊長さんよ」
「はいっ!」
「……俺はアンタの上司かい?」
「いいえっ」
「ゴードンは」
「違いますな」
「責任者という立場にある人間がそんな態度だと周りの人間がどう見る?」
俺の問いかけに対して言葉を詰まらせる両名である。
「俺はね、目立ちたくないんだよ」
面倒事が増えて自由に動けなくなるのが目に見えているからな。
「金持ちの商人と思われるのは商売で来ているんだからしょうがない」
先生と呼ばれることに目くじらを立てない理由もそこにある。
「けど、偉い人なんて間違っても思われたくないんだよ。わかる?」
ゴードンもケニーも必死な様子でコクコクと頷いていた。
「そもそも偉いのは王であるガンフォールであって俺は虎の威を借る狐みたいなものだろ」
その指摘に2人とも気まずそうな顔をする。
俺もミズホ国の王ではあるけれど知られていない国だしスルー推奨だ。
説明しようにも話がややこしくなるからな。
「俺のことをろくに見もせずに、そういう態度をされると帰りたくなるんだが?」
聞いているのに返事がない。
そのまま沈黙が続いた。
「ちゃんと仕事を終わらせたいなら後ろ盾に惑わされず俺のことを見るべきでは?」
しびれを切らした俺が問いかけると、ようやくゴードンが頷いた。
「わかった。そうさせてもらおう」
「親っさん」
「お前もここで聞かされたことは単なる噂ということにでもしておけ」
「……わかりました」
「お前もだぞ」
ゴードンが受付嬢に睨みをきかせる。
「はいっ」
何故かウキウキした様子で元気に返事をしているお姉さんだ。
理解不能だが黙っているなら何でもいいさ。
一方で今回の騒動に巻き込まれたルーリアは無表情だ。
俺が誰であるかはどうでもいいらしい。
さすがにソロで冒険者を続けているだけあって相手が誰であろうと関係ないようだ。
「さて、それじゃあ話の続きだが──」
「お待ちいただいてもよろしいでしょうかな」
俺が証言の再開をしようとすると、アーキンから横槍が入った。
そちらに視線を向けると「すみませんな」と断りを入れてから話し始める。
「先程、耳にした言葉がどうも気になりまして」
はて、アーキンが気になるようなことを何か言ったっけ?
「虎の威を借る狐という言葉です」
しまった。元の世界の故事だから、こっちじゃ存在しないか。
「ああ、それね。昔の人が言った故事で強者の威武を利用したがる奴のことを言うんだ」
どうにか誤魔化しておく。
「はあはあ、なるほど。さすがは賢者のジョブを持つ先生ですな」
「面白くも為になります」
シャーリーも感慨深そうに頷いている。
納得してくれたようで何より。
「続けるぞ」
今度こそ証言の再開だ。
「チンピラ冒険者の仲間5人がルーリアを囲んで騒ぎ始めた」
連中とのやり取りもログを参考にして証言しておく。
あのときのルーリアの発言は挑発を含んでいたが、それも包み隠さずだ。
「外での乱闘が始まった切っ掛けは、その挑発だな」
俺が挑発の言葉まで覚えていることにルーリアは目を丸くさせていた。
そんなのはお構いなしに当時の状況を説明していく。
背後の相手の急所を正確に捉えたという話にケニーは困惑の表情を浮かべる。
「どうやって、そんな……」
意見を求めてゴードンの方を見るケニー。
しかし、ゴードンは肩をすくめて頭を振る。
「ワシにも分からん。分かるのはワシより強いということだけだ」
その言葉にギョッとした表情を浮かべるケニーだったが、それを見てもゴードンは澄まし顔である。
「当然だろう。想像もつかん技を使う相手なんだぞ」
「それは……」
「少なくとも真似をしろと言われてもワシには無理だ」
断言されてケニーは絶句する。
驚きと信じ難い思いがない交ぜになっているのかもな。
ならば……
「後で試せば分かることだ」
「どういうことです……だ?」
話し方を軌道修正するゴードン。
咄嗟の反応が難しいようだが慣れてもらうしかない。
「俺たちの試験のついでに確かめればいいと言ってるんだよ」
百聞は一見にしかずというからな。
「どのみち現場検証は必要だろう?」
「いえ、検証は必要としてもギブソンに手の内をさらす真似は控えたい」
奴の手の者が暴動を起こそうとしていたのを目の当たりにしているせいか随分と慎重だ。
検証は現場ではなく部外者の目につかない場所でと考えているようだな。
ルーリアの動きを直に確認するのが主目的らしい。
「親っさん、依頼を出すので場所と人を貸していただきたい」
自前の人員を使わないのは賄賂についても気付いているが故だな。
ただし、明確な証拠がないので証拠隠滅を回避すべく用心している訳だ。
それもギブソンの日記が発見されれば解決するだろう。
「それは構わんが、そこまでしなければならんか?」
「はい。おそらく我々は彼女の実力を把握し切れていない」
返事をしながらケニーは証言の続きを促すように俺の方を見た。
「チンピラどもが一旦止まったのでルーリアは警告してからギルド内に戻ろうとした」
「そんなの襲いかかってくれと言ってるようなもんじゃないか」
呆れた表情でゴードンがツッコミを入れてきた。
それがルーリアの狙いだったはずだ。
より正当防衛を強調できるような形に持っていき、よそ者である不利を払拭する。
「奴らは警告を無視して背を向けたルーリアに剣を抜いて切り掛かった」
「なんだとぉっ!?」
立ち上がらんばかりの勢いでゴードンが吠えた。
無理もないか。
背中を見せた相手に抜剣して襲いかかるなど、もはやケンカではない。
しかも真っ昼間の街中だ。
常軌を逸していると言っても過言ではなかろう。
本当かと言いたげな目でケニーが俺とルーリアを見比べる。
ルーリアの反応は訂正すべきことは何もないと言わんばかりに涼しいものだ。
それを見て本当だと理解したケニーは険しい表情を浮かべた。
「そこから全てを返り討ちとは……」
「背を向けたまま肘を入れて1人目。
向きを変え掌底突きで2人目。
斜め後ろに跳んで肘で3人目。
そこからリーダー格に膝を入れて終わりだ」
「全員、一撃かよ」
ゴードンが目を見張っている。
「どうやらケニーが言ったことは大袈裟ではなかったようだな」
「自分もここまでとは思っていませんでしたよ」
「なら、尚のこと実力を見せてもらわんとな」
そう言いながらゴードンは受付嬢の方を見やる。
受付嬢は頷き執務室を出て行った。
「さて、シンサーだったよな」
ゴードンの呼びかけに無言で頷きを返すルーリア。
「すまぬ。ワシの不在で迷惑をかけた」
座ったままだがルーリアの方を向いて頭を下げた。
「これくらいは何処でもあり得ることだ」
童顔には似合わぬ達観ぶりに年下なのか年上なのか分からなくなってしまった。
「そう言ってもらえると助かる。
こちらでも可能な限りの詫びはさせてもらおう。
クラスアップの試験を受ける件も今日中に手配しよう」
「どういうことだ? 鑑定の魔道具は壊れたのではなかったのか」
「賢者殿が使えるようにしてくれた」
目立ちたくないって言ったのに何を暴露してくれてやがりますか。
まあ、いいか。
賢者ならそれくらいできるってことにしておこう。
「なんと……」
愕然とするルーリア。
「賢者殿は魔道具職人でもあったのか」
ケニーは盛大に勘違いしている。
「代用品を用意して使えるようにしただけなんだけど?」
執務室の片隅に移動させられていた魔道具を指さしながら否定する。
魔道具職人なんて誤解されたら後々が大変だからな。
使えると言った俺の言葉にルーリアが立ち上がろうとした。
「今すぐだと個人情報がダダ漏れになるぞ」
俺の警告に「?」となる者が多数いる。
個人情報の知識が乏しいようだ。
「詳しい情報を他人に知られるってことは詐欺に利用してくれと言っているようなものだ」
「「「「「「おおーっ」」」」」
ミズホ組以外の面々から感嘆の声が上がった。
ルーリアは俺の言ったことを気にしていないのか魔道具の方へ向かっていく。
まあ、本人が納得しているならいいか。
「石版が小さいようだが」
「表示までに多少時間がかかるが、何の問題もなかったぞ」
俺の返答にルーリアは躊躇いなく石板に手を乗せた。
[ルーリア・シンサー/人間種・ヒューマン/戦士/女/18才/レベル57]
ほぼ読み通りのレベルだ。
驚きなのは、あの童顔で俺より2才年上ってことだな。
日本人の血を継いでいるからこそなんだろうけど。
読んでくれてありがとう。




