91 漂流者の末裔
改訂版です。
ゴードンが執務室に連れて来たのは三十路くらいの精悍な顔立ちをした男だった。
短く刈り込んだ赤毛が軍人らしさを感じさせる。
この男が衛兵隊長なのだろう。
「失礼する」
挨拶からして堅苦しい感じでイメージ通り。
だが、紺色の作業着っぽい服には違和感が拭えない。
これが衛兵の制服のようだが、もう少しどうにかならなかったのだろうか。
威圧感がなさすぎて悪党どもに舐められるんじゃないですかね。
予算の都合と言われると元役所勤めの身としては何も言えなくなってしまうのだけど。
まあ、衛兵の制服など気にしている場合ではないな。
続いて入ってきたのは昨日のポニテ少女だ。
なるほど、大雨のお陰で暴動を引き起こそうとした連中も引き上げているしトラブルにはならないと判断したか。
その上で連れて来た方がお互いに好都合と考えたようだな。
俺らの話を聞かせて反応を見るだけでなく現場検証までするつもりと見た。
彼女は俺たちを見るなりギョッと目を見開いて驚いていた。
はて? 驚かれるような真似は何もしていないんだが。
「早速だが──」
そう言いながらゴードンが俺の斜め向かいに座った。
その隣に衛兵隊長と思しき男。
少女は所在なさげに立っていたが職員のお姉さんがギルド長の椅子を引っ張ってきて座らせた。
居心地が悪そうにしているが指示には従っているな。
つり目で勝ち気なように見えて従順なタイプ?
昨日はバカ相手にSッ気を見せていた気がするんだが。
ゴードンは女の子の着座を確認すると頷いてから俺の方を見た。
「昨日の見たことをコイツに話してくれ」
言いながらゴードンは親指で衛兵隊長を指差す。
「コイツとは酷い言い草だな、親っさん」
推定衛兵隊長は抗議するがゴードンは、何処吹く風と素知らぬふりだ。
それにしても最初の印象と違ってあまり堅苦しくなさそうな雰囲気である。
「済まない。ここのギルド長とは付き合いが長くてな」
別に詫びるほどのことはされていないんだが。
「俺はケニー・マクファーソン。ブリーズの衛兵隊長だ」
「ハルト・ヒガ。しがない商人だ」
ゴードンが「どこが、しがないんだか」と目をそらしてブツブツ言っている。
言いたいことがあるならO・HA・NA・SIしようじゃないかという目を向けた。
視線が合わずとも圧は感じるようで、冷や汗をかきそうな顔するゴードン。
溜飲は下がったから、このくらいにしておくか。
「彼女のことは知っているな」
金ランクのことを聞かされていないのかスルーしているのか衛兵隊長のケニーはそのまま話を続ける。
「表で目撃しただけだから氏素性は知らない」
俺がそう返事をすると──
「ルーリア・シンサー」
切れ長の目をしたポニテ少女は名前だけをボソリと呟くように言った。
声の通りが良いのが印象的だ。
そのせいという訳でもないのだが不思議と奇妙な懐かしさを感じた。
思わず鑑定して確かめたくなってしまうほどに。
あんまり褒められた行為じゃないとは思うんだけど年齢とかレベルは見ないようにしよう。
[漂流転生者、神咲瑠璃の生まれ変わりにして子孫]
鑑定結果を見て思わず吹きそうになった。
確かにルリ・シンザキとルーリア・シンサーで名前も似ているとは思うけどさ。
[神咲瑠理]
[神咲流の開祖。
江戸時代に悪しき亡者を滅する退魔師として活躍。
退魔の仕事中に事故でセールマールから飛ばされルベルスに漂着した。
漂流転生後にルリ・シンサーを名乗り当時の人類最高レベルを記録]
初代の時点で改名しているのか。
シンザキってこっちの人間には言いにくかったのかもしれないな。
いや、そんなことよりも神咲瑠理の生まれ変わりで元日本人の俺の前にいるって凄い偶然じゃなかろうか。
もちろんベリルママが誘導したなんて話はない。
どこかのお調子者な亜神のお兄さんならやりかねないが、それもなさそうである。
まあ、この偶然に感謝しておこう。
我が国にスカウトするのもありだと思う。
問題は彼女の強さを追い求める姿勢が孤高の人って感じで妖精組とは根本的なノリが違うことか。
十中八九、ソロで行動することになるだろう。
となると彼女を満足させられる環境があるかどうか微妙なところだ。
ミズホ国はダンジョンの難易度低いからなぁ。
大陸東方は極端に難易度が高いからソロだとフォローが難しいし。
そういう意味ではノエルの護衛に付いていた冒険者パーティ月狼の友の方が誘いやすい。
誘うか誘わないかは様子を見てからだな。
それにしても前世が漂流転生者ねえ。
[漂流転生者:元の世界から飛ばされて異世界に漂着した人]
転移じゃないのかというツッコミを入れたくなったが、詳細を確認すると転生だった。
意外と世界間を渡るのは面倒というか難易度が高いようだ。
簡単に行き来できるなら、ちょっとセールマールの世界を見に行きたくはあったけれど。
もちろん昔馴染みの2人の様子を確認するためだ。
が、俺が出向いたことでセールマール全体に影響が及んでしまう恐れもあるんだよな。
特に2人に何かあっては悔やんでも悔やみきれない。
世界間を渡るのはやめておくのが吉だろう。
セールマールのことを考えて、ふと思ったのだが。
神咲瑠理って退魔師をしていたということだから魔法的な能力があったってことだよね。
変じゃね?
あっちじゃ世界全体が封印されてて魔法は極めて使いにくいはず。
[長い年月を掛け厳しい修行をすることで限定的な魔法を使うことが可能になる]
あー、そういうこと。
[一般人の場合は数十年の修行が必要。
特別な血筋や素養のある者の場合は数年ほどに短縮される]
瑠理さんは後者だな。
それで若くして神咲流を興したと。
こっちじゃシンサー流剣術になってるけどアンデッド相手にやたらと強いみたい。
さすがは退魔師である。
もちろん実戦剣術を修めているので剣技も一流だったようだ。
その生まれ変わりであるルーリアがその片鱗を昨日の乱闘で見せてくれた。
戦いぶりは拳術というべきものだったけど。
さて、ゴードンが無言で圧を送ってきているな。
はやく説明しろというのだろう。
【多重思考】スキルに含まれる【高速思考】で思考していたから待たせていないはずなのに。
自己紹介が終わるかどうかのタイミングで催促してくるとは、せっかちな爺さんだ。
「見たこと話せって言うけど、俺は外にいたから中のことは知らない」
「それは大丈夫だ。この建物内で魔道具を破壊した経緯については別に証言を得ている」
言われなくても、そうだよな。
俺が間抜けでした。
要するに乱闘が始まってからの証言がほしい訳ね。
「俺が見たのは投げ技でチンピラ冒険者の一人が放り出されたところからだな」
俺の発言にケニーの顔色が変わった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「何か?」
「何故、投げ技だと分かったんだ?」
ケニーが目を丸くしている。
金髪ポニテの女戦士ルーリアもケニーほどではないが驚いたような表情だ。
「何故って派手に飛ばされてきたのに投げのダメージしかなかったからだけど」
「それだけなのか?」
「もちろん。打撃で同じことをするなら腹部を内臓破裂させる勢いで蹴る必要がある」
「あ……」
言われて初めて気付いたらしいケニーは愕然としている。
「結果だけを見てそこまで分かるとは、君は一体……」
そんな風に言われるほどのことでもないと思うのだが。
「さっき、しがない商人だと言ったな。あれは嘘だ」
「なにっ!?」
「いや、嘘でもないか」
シリアスな雰囲気を漂わせていたケニーがズッコケる。
代わりにゴードンが──
「どっちだ!?」
とツッコミを入れてきた。
「しがない商人というのも嘘じゃない」
商人ギルドには登録したばかりなんだし。
シャーリーとアーキンが「しがない商人」の部分でブンブンと頭を振った。
それを見た初対面であるケニーとルーリアが怪訝な表情になる。
「そして俺のことを賢者と呼ぶ者もいる」
「賢者……」
ゴードンの方を見るケニー。
頷きで返すゴードン。
「間違いない。さっきワシの目の前で登録したからな」
「そこいらの賢者より強いよ」
俺がうそぶくとケニーは困惑の表情を浮かべた。
それを見て俺の斜め後ろで座っていたハマーがフォローを入れてくれる。
「ワシが保証しよう。ハルトは尋常じゃなく強い」
「あなたは?」
「ハマー・ドット・ハイドレンジアだ」
いきなりケニーが立ち上がってガバッと頭を下げた。
「失礼しました! 御大とはつゆ知らず、無礼な振る舞いをいたしました!」
「ああ、気にしておらんから座ってくれ」
困惑の表情を残しつつもハマーの言葉に恐る恐るといった感じで従うケニー。
門の所で審査していた衛兵よりもビビってる感じだよな。
どういうこと?
振り向いて目線でそう問いかけてみると、ハマーは肩をすくめた。
「身内か知り合いに昔の出来事を知っている者がおるのだろう」
ああ、詐欺商人に騙された一件か。
戦争になりかけたそうだし、ビビるのも無理はないか。
ドワーフをキレさせるとやばい感じになるからな。
アネットにネイルなんかは典型例だろう。
あの二人はキレる基準に問題があったけど。
ガンフォールは騙されたことに腹を立てたから理由としちゃ真っ当だ。
ただ、ゲールウエザーの王が頭を下げに行ったことでちゃんと許してもいる。
筋を通せば必要以上にビビることもないと思うんだが重圧は軽減されないようだ。
「俺よりハマーが説明した方がいいんじゃないのか」
この街で誰からも信用されるのはドワーフの王族であるハマーだろう。
「バカを言うな。そこの娘の技を見切ったのはお前だけなんだぞ」
そんな訳ないじゃないか。
「見切った人は手を上げて。ハーイ!」
俺の掛け声に反応してミズホ組がそろって挙手をした。
ハマーは諦観の境地に至ったかのような顔でうんうんと頷いている。
「そんなに黄昏れるなよ」
「誰のせいだ、誰のっ」
「えー、俺なのー?」
「当たり前だ」
などと漫才をやっている場合じゃないな。
ボルトなんて「勘弁してくださいよ」と顔に書いてるし。
しょうがない。
真面目な話に戻ろうと思って前に向き直ったら──
「あれ?」
ゴードンとケニーが信じられないものを見たって顔で固まっていた。
「お前、本当に何者だ?」
心底困惑してますという空気を発散しながらゴードンが聞いてくる。
「ハルト様は我らが王の御友人です」
そうフォローしてくれたのはボルトだった。
助かったよ。
何者かと言われても、これ以上は答えようがないしなぁ。
読んでくれてありがとう。




