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85 普通に登録したいだけなのに

改訂版です。

 ハリーたちの石版も確認しよう。


[ハリー・ボーダー/人間種・ヒューマン]


 続いてドルフィンはどうだ?


[ドルフィン・グレン/人間種・ヒューマン]


 ボルトは偽装する必要がないので見る必要もないんだけど、参考までに確認しておこう。


[ボルト・マース・アゼリア/人間種・ドワーフ/戦士/男/21才/レベル38]


 あー、なるほど。職員が泡を食う訳だ。

 ボルトの情報がフル表示なのに対し、うちの面子は名前と種族しか表示されていない。

 魔道具がレベルの高さに対応できていないのだろう。


 レベル58に偽装しているハリーでこうなるとは予想外だったけどね。

 で、レベル38のボルトだとフルで表示されると。

 お陰でうちの面子は全滅だというのに普通に手続きできている。

 まあ、それが普通なんだけど。


「ん?」


 俺の担当である受付のお姉さんがビクリと身を震わせたので視線を戻すと、フリーズしていた。

 どうやら俺のカード情報を読み取った結果、こうなったようだ。


「おーい」


 呼びかけながら目の前で手を振ってみるが反応がない。

 絵に描いたような呆然状態である。


 なまじレベルを高く偽装したのが運の尽き。

 とはいえ昨日の女戦士を見た後だからなぁ。

 ほら、チンピラっぽい連中とケンカになっていた金髪でつり目気味な女の子。

 彼女より強いのにレベル低いなんて状況が発生したらシャレにならんし。


 そんなことを考えていると、不意に奥からの視線を感じた。

 部下の報告を聞いていたオッサンが面倒くさそうにこちらを見ている。

 顔に厄介ごとを持ち込むなと書いているのが地味にイラッとするんですがね。


 それでも窓口のほとんどが異様な雰囲気であるのを感じたのかオッサンが席を立った。

 一応、真面目に仕事をするつもりはあるようだ。


 真っ先に確認に来たのはハリーがいる受け付けだ。

 表示を見た途端にオッサン上司がギョッとした表情になった。

 おそらく受付嬢の報告を真に受けていなかったのだろう。


 そして恐る恐ると言った様子でドルフィンの方をのぞき見て硬直。

 何とか気を取り直してツバキの方も確認して顔を引きつらせ。

 それでも俺がいる窓口に歩いてきたよ。

 律儀に確認しようとしたのは分かる。

 だけど、カードを目にした途端に──


「うひゃぁ!」


 とか悲鳴を上げて飛び退るってどうよ?

 レアなものだってのは分かるんだけどさ。


「ギギギ、ギルド長を呼んでこひ!」


 噛んでるけどハリーの担当だった受付嬢に指示を出せるあたり、まだマシなのかもな。

 完全に目立ってしまったけど。

 食堂の連中には完全にロックオンされていますが、何か?


「とりあえずカード返してくれる?」


「はっ、はひっ」


 とは言ったものの返事だけでカードの返却をしてくれない。

 フリーズ状態からは抜け出せたようだが、思考が回っていないな。

 どうすんの、これ?


 結局、勝手口みたいな所から出て行った受付嬢が戻ってくるまで待つしかなかった。

 誰も声を掛けてこないせいで針のむしろを味わうことになったんですがね?


 戻ってきた受付嬢はガンフォールの背を高くしたみたいなマッチョジジイと一緒だった。

 食堂組がざわついている。


「ギルド長が来たぞ」


「マジかよ、ジジイを呼ばなきゃならないって大事じゃないか」


 いや、君らが大事にしているだけだと思うぞ。


 それよりもジジイ呼ばわりされていた薄着の筋肉ダルマがギルド長とはね。

 ランニングシャツと短パンみたいな格好をしているのは訓練か何かの最中だったのか?

 筋トレしてましたと言われた方が納得するようなムキムキぶりだけど。

 俺より少し背が高いだけなのに、やたらデカく見える。

 筋肉補正スゲーって感じだ。


 その分、ギルド長と言われると微妙に違和感を感じてしまう。

 身なりは大事ってことだな。


 ただ、マッチョジジイが姿を見せると職員たちの空気は一瞬で引き締まっていた。

 なかなか威圧感のある爺さんだ。

 このあたりもガンフォールに似ている。

 ここのトップであるのは間違いなさそうだ。


 マッチョギルド長は無言で受付まで来ると黒い石版の表示を確認していく。

 表情ひとつ変えずにと言いたいところだが髭に埋もれた面だから微妙な変化は分かりづらい。

 最後に俺の所に来てようやく「むっ」と唸って眉根を寄せた。

 さすがに商人ギルドの金クラスは冒険者ギルド長でも驚くらしい。


「こんな身なりで失礼」


 耳に届いたのは、その格好のせいでギャップを感じる渋い声だった。


「ワシはここのギルド長、ゴードン・バフだ」


 もっと豪快な感じを想像していたんだが……


「ハルト・ヒガだ」


 思ったより紳士だったことで、とりあえずは普通に応じた。

 が、言うことは言っておかないと話が進まない。


「このような扱いを受ける覚えはないんだが」


「すまんな。こいつら経験が足りておらんのだ」


 イレギュラーに対応するマニュアルとかないのかと問い詰めたくなったさ。

 無意味に待たされるのは御免被りたい。


「どうでもいいけど、登録済ませてくれないか?」


「そうしたいのは山々だが無理なのだ」


 ギルド長はそう言いながら俺のカードを返却してくる。


「はあっ?」


 カードを受け取りつつも「なに言ってんだ、コイツ」状態になっていく。


「お前ら4人は窓口の魔道具では登録できんのだ」


 表示が不完全だからね。


「昨日トラブルがあって上位の魔道具が壊されてしまったしな」


 苦々しそうな声でギルド長が言っているところを見ると怒っているらしい。

 声にその不機嫌さがこもらないように配慮はしているようだけど。

 それでも身にまとった空気の方は隠しきれていない。


 いや、それよりも問題は上位の魔道具が壊れたことか。


「誰が壊したんだ?」


 本来ならいつ直ってくるかを聞くべきなんだろうが聞かずにはいられなかった。

 昨日ギルド前を通りかかった時の一件が関連しているように思えたからだ。


「流れの冒険者に絡んだアホどもの1人だ」


 どうやら俺の勘は正しかったか。


「言っておくが、報復はできんぞ」


 わずかに放った俺の殺気を感じたのだろう。

 ギルド長が先手を打ってくる。


「既に登録解除したし、犯罪者として捕縛されたからな」


「もしかして金髪ポニーテールの女戦士に投げ飛ばされた奴か?」


 ギルド長ゴードンは俺の問いに目を丸くした。


「ヒガと言ったな。お前、昨日ここにいたのか?」


 自分で言っておいてゴードンは首を捻っている。

 女戦士が投げ飛ばした所に居合わせたなら、魔道具の破壊も見ているはずだからな。


「外を通りがかったらケンカを目撃することになったんだよ」


「なにっ?」


 なにげなく答えたつもりが、ゴードンは目を剥いている。


「バカ6人をサクッと片付けていたな」


「ハンス!!」


 ゴードンが急に声を張り上げた。

 ビックリさんなんですが、怒らせるようなこと言ったっけ?


「は、はひっ」


 受付嬢の上司がハンスという名前らしい。

 ビクッと震えて跳ね上がるように立ち上がり直立の姿勢を取った。


「今すぐ走って衛兵隊長を連れてこい!」


「はいぃぃぃ─────」


 使いっ走りのような扱いを受けたハンスは盗賊っぽい身のこなしで走り出した。


「で、次はいつ来ればいい?」


 向こうの用事などには付き合っていられないので魔道具が用意できる日を確認する。


「それは何とも言えん」


 俺は上を仰ぎ見た。

 ゴードンの返答からすると数ヶ月待ちは普通にあり得ると感じたからだ。


「どうやら他所で登録した方が良さそうだな」


 溜め息と共にそう口にすると、今までドッシリ構えていたゴードンが慌て始めた。


「まあ、待て。待ってくれ」


「俺たちには待つ義理も借りもない」


 容赦なくぶった切りにかかったつもりだが、向こうも諦めない。


「すまんがワシの権限で出来る限りのことをするから協力してくれないか」


 タダ働きにならないなら一考の余地はある。

 ギルド長の権限で何処までできるのかと、何を協力させられるかしだいだな。


「目立つのは御免被りたいんだが?」


 牽制するとゴードンが唸った。

 間違いなく面倒ごとに関わることになるな、これ。


「絶対の約束は出来んが善処しよう」


 軽々しく約束をしないのは好ましい。

 最後まで話を聞いてもいいかな。


「場所を変えるが、いいか?」


「その方が有り難いね」


 ここは人気が少ないとはいえ目立ってるしな。

 了承すると2階にあるギルド長の執務室で続きの話をすることとなった。

 ギルド長は着替えてくると言って別室へと向かったので受付嬢の先導により案内される。


 執務室は応接室兼用らしくそこそこ広かった。

 手続きが完了してカードサイズの銅板をゲットしたボルトも同席している。

 そして茶を出されて待つことしばし。


「待たせたな」


 執務室に入ってきたゴードンは応接セットのソファに座っていた俺の対面にドッカと座った。

 ちなみにうちの面々は他の部屋から持ってきたベンチシートに座っている。

 受付嬢がそのようにセッティングしたからだ。


「そういうのはいいから用件を言ってくれ」


「せっかちじゃのう。友達少ないだろ、お前」


「帰るぞ」


 腰を浮かせかけるとゴードンが慌てて止めようとする。


「待て待て。用件だったよな」


 無駄なことは言わずに最初からそうしろよ。


「昨日の乱闘騒ぎの証言が欲しいのだ」


「それをするとしないで何が変わるんだ?」


「流れ者のソロ冒険者の処分に差が出る」


「具体的には」


「現状のままだと罰金刑だ。かなりの額になると聞いた」


「はあ? 刑を受けるべきはケンカをふっかけたチンピラ冒険者どもだろう」


 正当防衛が成り立つ状況だった。

 それにバカどもは一撃で失神させられていたから大した怪我もしていないはず。


「おまけに向こうは武器も使ってたぞ」


 喧嘩両成敗とかアホなこと言い出さないよな。


「本当だな」


 念押しするように確認してくるゴードン。


「嘘ついてどうするんだよ」


「証言がとれなくて困っていたんだ」


「ここの職員も見ていたはずだけど」


「ああ、もちろん証言した」


 重々しく頷くゴードンだったが、次の瞬間には渋い表情で嘆息した。


「ただ、間の悪いことにワシもハンスもいなかったのだ」


「職員の証言を覆すような何かがあったと?」


「そうだ。向こうが思わぬ大物を連れてきてな」


 嫌な予感開始。


「ワシらが見ていれば、そいつの証言も抑え込めたんだがな」


「貴族がらみじゃないだろうな」


「それはない。他国ならともかく、この国の貴族はまともな方だ」


「へえー」


 白眼視してやる。

 昨日、精神的に壊した宰相補佐官も下っ端だけど貴族だぞ。

 ゴードンはそんなの知ってるはずもないけど俺の視線に何かを感じたらしくたじろいでいる。


「中には変なのもいるのは認めるが、今回はそれより質が悪い」


「貴族より質が悪いだって?」


「商人ギルドの幹部の息子がやられた連中の中にいてな」


「それで俺が対抗手段になると思った訳か」


 商人ギルドの金ランクなら信用は幹部に引けを取らないと考えたのだろう。

 食えないジジイだ。


読んでくれてありがとう。

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