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82 他人の喧嘩を観戦する

改訂版です。

「これはモノが良すぎますね」


「左様ですな。表に出すのは避けた方がよろしいかと」


 漆器を直に見たシャーリーとアーキンが神妙な面持ちで語る。

 2人がそう言うからには売らない方が良いのだろう。

 こそこそ嗅ぎ回るような行儀の悪い連中に目を付けられても面倒だし。


「じゃあ買い取りは魔物の素材だけにするかい?」


「いえ、我々が買わせていただきます」


「個人的に買いたいと?」


「はい。先生がよろしければですが」


「そういうことなら……」


 そう言いながら櫛を出した。


「シャーリーにはこういうのはどうかな」


「おおっ、なんと見事な」


 器の時以上の反応を見せたのはアーキンだった。

 一瞬、何事かと思ったよ。


「これは娘や孫に使わせたいですなぁ」


 ニマニマとまなじりを下げるアーキン。

 それを苦笑しながら見ているシャーリーも櫛には興味津々のようだ。


 結局、漆器は箱と器だけでなく櫛も販売することになった。

 器はともかくサンプル程度に思っていた箱に需要があるとは予想外。

 よくよく話を聞くと、重要書類を保管するためだそうだ。


 格式を考えてのことなのかもしれないが、それだと蒔絵なしはシンプルすぎないかと思ったり。

 まあ、当人たちが満足しているから良しとしよう。


 そんなこんなで商人ギルドの建物を出た頃には日が傾きかけていた。


「先生、どうなさいますかな」


 一緒に外に出たアーキンが問うてきたが。


「アンタまで先生って呼ぶのは勘弁してほしいね」


 幸いにも周囲に人がいないことだけが救いだ。

 それでも宿屋に案内してくれるのでなければダッシュで退散したい気分である。


「人前ではと仰るのでしょう?」


 今やガンフォールの紹介状にビビっていた面影など欠片もなく返事をしてきた。


「もちろん分かっておりますよ」


 本当に分かっているのかと言いたくなるくらいニコニコな笑顔を見せている。

 娘や孫へのプレゼントをゲットしてホクホクしていると考えるのは軽率だ。

 商人ギルドの副ギルド長を務めるくらいの人物であることを考えると油断は禁物。

 現に自分の食堂と宿屋をグイグイ推してきていたからな。


「それで、どうなさいます?」


 アーキンの質問は冒険者ギルドを経由するか直行するかを尋ねているようだ。

 誤魔化しか配慮かは判然としないものの話を切り替えてくれるというのなら乗るさ。


「とりあえず宿に案内してもらおうかな」


 冒険者ギルドも混み始める時間のはず。

 商人ギルドほど時間がかからないにしても登録は明日にした方が無難だと判断した。

 時間的な余裕ができるなら買い物など他のことをすればいい。


「時間が許されるなら道すがら案内を頼めると助かる」


「では歩いて参りましょう」


 その判断をしたということは丁寧な案内をしてくれるようだ。


「馬車はどうなさいますかな」


 そちらの配慮も忘れていないのはベテラン商人ならではってところか。


「置いていく」


 見張りとしてハリーとドルフィンを残していくことにした。

 馬にちょっかいを出すバカがいないとも限らないし。


「問題は?」


「何も」


 アーキンは頭を振った。


「金クラスの方でしたら、こちらでも見張りは付けますが、良い判断だと思います」


 こういう所にまで特権があるとはね。

 高い年会費を払うだけのことはある訳だ。

 後で冊子を確認したら、馬車を置くだけなら銀クラスでも可能となっていた。

 敷地内でのトラブルには一切の補償をしないというあたりに扱いの差があるけれど。


 とはいえ馬の世話も含めて無料で利用できるのは魅力的だ。

 宿屋だと馬車を駐車する代金は別途請求されることもあって利用者は多いという。

 それでも満車状態にはならないのだから大したものである。

 アーキンに聞いたところブリーズの街において最も馬車の待機場を確保しているそうだ。

 倉庫だって卸売市場かよってくらい広いし実際にそういう機能もあるという。

 金持ってる所は違うよね。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 少し歩いたところで目立つ3階建ての建物が視界に入ってきた。

 商人ギルドと同じ石造りだけど、こっちのが無骨に見える。

 馬車を止めるスペースも少なめだ。

 敷地はそこそこありそうなんだけどな。


「あちらが冒険者ギルドになります」


 アーキンの説明で納得がいった。

 奥の方は屋外の訓練設備でもあるのだろう。


 全体的に見ても洗練されたデザインを追及するより質実剛健を地で行ってる。

 訪れる人間の差か。

 力が有り余ってますなんてのは商人ギルドには場違いだし。

 片や冒険者ギルドは血の気の多いのが少なくなさそうだ。


 乱闘騒ぎだってしょっちゅうはないにしても──

 そんな風に考えるだけでフラグが立ったりするから現実ってやつは油断ならない。


 ドガァッ!


 突然、派手な音がして冒険者ギルドのドアが勢いよく開け放たれた。

 中から吹っ飛ばされてきた男が原因のようだ。


「困りましたね」


 弾き出された革鎧装備の男を見て、アーキンが溜め息をついた。


「そうか?」


「このままだと喧嘩が始まってしまいます」


「だろうなぁ」


 ボンヤリした俺の返事にアーキンは困ったような表情を浮かべた。

 ちょうどその時──


「表に出やがれ!」


 ギルドの中から怒声が聞こえてきた直後にガラの悪そうな男が5人ばかり出てきた。

 そのうちの1人が飛ばされた男を助け起こしている。

 介抱するというよりは戦力になるよう叱咤する感じだけどね。


 続いて軽装の女戦士がギルドの中から出てきた。

 6人組に絡まれたのは彼女か。


 金髪ポニーテールなんだけど、表情にどことなく日本人を思わせるあどけなさがある。

 それでいて日本人とは思えない肌の白さに体型も大人の女って感じの目立つ容姿だ。

 背丈からも成人している可能性が高いことがうかがえるのだが……

 面立ちだけは幼さがあって、どこかアンバランスだった。


 彼女が身に纏う鎧は部分的に金属で補強した革鎧だ。

 投げナイフを何本か腰のベルトに刺しているが、メインは腰の所でクロスさせている小剣だな。

 基本は素早い動きで相手を翻弄するタイプだがパワーもある。


「始まってしまいましたか」


 アーキンが表情を渋くさせていた。

 俺たちが進もうとしている先が剣呑な雰囲気を出している連中が塞いでいるからだろう。


「この道以外で宿に向かうとなると、遠回りになりますので……」


「すぐに終わる」


「え?」


 アーキンは驚いてこちらを見るが、俺は答えない。

 余計なことを言ってバカどもの耳に入れば自分たちが喧嘩に巻き込まれるだけだし。

 まあ、バカ連中は女戦士の静かな気迫に気圧され周囲に気を配る余裕はなさそうだったけど。


 それでも逃げ出さないのはプライドか?

 失笑ものだが、あり得なくはなさそうだ。

 その割には女戦士が出てきたら周りを囲んだけどな。

 全員で一斉に襲いかかろうって魂胆なのは見え見えである。

 それで守れるプライドや面子に価値はあるのかねえ。


「よくも仲間をやってくれたな!」


 女戦士の前に立った男が吠えると、そうだそうだと周囲の連中が賛同する。

 あれがリーダー格か。

 他の連中とほとんど実力差が感じられないんだけど。


「私の邪魔をしただけでなく馴れ馴れしく汚い手で触ろうとするからだ」


 切れ長の女の目が細められ不快そうに眉がしかめられている。


「なんだと!?」


「ふざけんな!」


「舐めてんのか!?」


 バカどもが口々に吠える。


「弱い犬ほどキャンキャン吠える」


 ああ、女戦士が言っちゃいましたよ。

 というより言わないとケンカが始まりそうにないから言ったんだろうね。

 どんだけ彼女の投げ技にビビってんだよ。


「ほざけえええぇぇぇぇぇっ!」


 後ろに回り込んだ奴が女戦士に飛び掛かった。


「捕った!」


 羽交い締めにでもするつもりだったんだろうが、大声出してちゃ意味ないっての。

 本人としては確信があったんだろうけど女戦士は振り返りもしなかった。


「おぐぅっ!」


 飛びかかった男が地面に倒れ込み悶絶。

 そして何が起きたのか分からないと言いたげな表情のまま失神した。


「「「「「おおっ」」」」」


 足を止めて見ていた野次馬たちがどよめきの声を上げた。

 一般人には女戦士が何をしたのかなど分かるまい。

 いや、窓から外の様子をうかがっている面々も怪しいな。

 首を捻ったり驚愕したりと反応は様々だが見切ったとおぼしき者は見当たらない。

 それなりに腕の立ちそうなのから制服姿のギルド職員らしき者までいるんだけどな。


「鳩尾に肘か」


 ギリギリまで引きつけて後ろも見ないまま半歩下がって肘を入れる。

 相手の息づかいと気配だけで完全に位置を把握し鳩尾を的確に捉えた。

 そして、その反動で元の位置に戻る。


 動いたように見えないのは一連の動作がコンパクトかつ一瞬だったからだ。

 普通なら足の運びがバタバタしたものになりそうなものだが彼女はすり足であった。

 武術の基本を高いレベルで身につけているのは間違いない。

 ハマーが声もなく瞠目しているくらいだ。

 呆気にとられているボルトでは見切れるはずもないだろう。


「見えたんですか?」


「まあな」


「ハルトなら当然だろう」


 前を見たままハマーがぼそっと呟く。


「あー、そういえば信じがたいものを何度も見てたの忘れてました」


 同調したように肩を落として呟くボルト。

 その態度には抗議したいところだが、女戦士とチンピラどものケンカは始まったばかり。


「なんだ、もう終わりか?」


 女戦士は呆れたように溜め息をついた。

 タイミングをずらして飛び掛かろうとしていた連中が踏みとどまったが故の挑発だな。

 ケンカに発展した以上はさっさと終わらせたいという意思表示でもあるか。


「弱いくせに私の邪魔をするな」


 さらなる挑発にもチンピラどもは動かない。

 ビビりすぎだろう。


 女戦士は呆れたように嘆息すると、くるりと振り返りギルドの入り口へと足を向けた。


「今だ!」


 剣を抜いてチンピラのリーダーらしき男がダッシュした。

 残った仲間たちも同様に剣を抜いて続いている。

 なかなかの凶行ぶりに野次馬の中からいくつもの悲鳴が上がった。


「卑怯な!」


 義憤に支配され吠えたボルトが駆け出そうとするも首根っこを掴んで止めた。


「何故ですっ」


 振り返って抗議してきた。


「普通に邪魔アンド間に合うとでも?」


 言いながら前を見ろと顎で指し示す。

 反応したボルトが前を向いた時にはドサドサッとチンピラどもが倒れていくだけだった。


「な……」


 驚愕するボルトだが女戦士が先に見せた動きから充分に予測できたはずなんだがな。


「それじゃ行こうか」


 呆気にとられていたアーキンに声を掛ける。


「は、はあ……」


 生返事状態ではあるが一応は動けるようだ。


「何がどうなってるんです?」


 再起動したボルトが現実を目の当たりにしても信じ難いとばかりに頭を振りながら聞いてきた。


「背を向けたのは半分は慈悲で半分は誘いだ」


「え?」


「逃げ去るなら見逃すが、やるなら容赦しないという意思表示だったんだよ」


 あの連中が女戦士の慈悲を受け入れるはずもないのは結果を見れば明らかである。


「で、慈悲を無視されたから報復した訳だ」


「それは分かりますが、あんな短い時間で……」


「信じ難い、か?」


「はい」


 チンピラどもを片付ける瞬間を見逃してるから無理もないか。


「背を向けたまま肘で入って反転しつつ掌底突きと肘でつないで膝で終わり」


 反動を付けながらも威力を抑えて殺さないようにしていた。

 本気で撃ち込んでいたら内臓破裂していただろう。

 おっかねえお姉ちゃんだ。


読んでくれてありがとう。

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