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81 カードが発行されて終わりとはならない

改訂版です。


「出前が届きまし……ふぁっ!?」


 アワアワと目を白黒させたアーキンがバランスを崩してドサリと尻餅をついた。

 室内にいた皆の視線が一斉に集まる。

 慌てて立ち上がり一礼。


「申し訳ございません。お見苦しいところをお目にかけました」


「かまわんよ」


 ハマーが応じた。


「それよりも何を驚くことがある?」


「その……、試験は終わったのですよね?」


 おずおずと聞いてくるアーキン。


「採点も含めて終わりました」


 答えたのはシャーリーであった。


「なんですとっ!?」


「それくらいで驚いていては心臓が幾つあっても足りませんよ、副ギルド長」


 シャーリーがあえて「副ギルド長」を強調して忠告している。

 ゴクリと喉を鳴らすアーキン。

 覚悟を決めたとばかりに頷いてシャーリーに先を促す。


「全教科、満点でした」


「なんとぉ─────っ!?」


 アーキンは飛び上がって驚いていた。

 腰を抜かしたり跳ねたりと、忙しい爺さんだ。

 そこまで驚くことかね。

 日本で言えば全体的に義務教育レベルの内容だったし。

 数学系の問題なんて半分以上はスキルを使うまでもない計算問題だったぞ。

 手間がかかるようにはなっていたけど、うちの国民なら難なく解答できると思う。


「重ね重ね申し訳ございません」


 どうにか復活したアーキンだが驚きの余韻のようなものは引きずっているようだ。

 まあ、試験の様子について根掘り葉掘り聞かれるよりマシか。

 そうでなくてもシャーリーにはガラスペンについて聞かれてしまったし。


 この調子だと無用なトラブルを生む元になりそうで嫌だ。

 紙質が良くないから羽根ペンは使いたくないんだけど。

 いっそのことドワーフの誰かに技術を仕込んで広めてしまうか。

 量産されればトラブルも減るだろう。


 ちなみにシャーリーには試用を依頼されている試作品だと適当なことを言っておいた。

 繰り返し使える反面、折れたり欠けたりしやすいので高価だと説明すると引いてくれた。

 ただ、販売するときには是非声を掛けて欲しいと懇願されてしまいましたよ?

 試験の方が楽だと感じたのは気のせいではないと思う。


 そんなこんなでギルドカードの発行だ。

 特別製ということで奥の部屋に俺だけ案内されることになった。


「次の部屋でドアノブを握ればカードができるようになっている」


 経験者であるハマーがドヤ顔だ。


「ふーん」


 ノブを握った相手の魔力で起動し処理を実行するタイプの魔道具なんだろう。


「ワシらはここまでだ」


「じゃあ行ってくる」


 シャーリーを伴って入室すると目の前にドアがあった。

 【天眼・鑑定】を使ってみたが、やはり魔道具だと判明。

 そうでなければ更に部屋があるのかと思ってしまうような何の変哲もないドアだ。

 玄関でもないのに、のぞき窓のようなスリットがあるのは鑑定していなければ違和感があったかも。


「この部分にカードの元になる金属を入れます」


 シャーリーがそう言いながらピカピカに光っている金属の塊をスリットに押し込んだ。


「それでノブを握って待てばいいんだな?」


「さすがは先生です」


 また、先生呼びか。

 人前じゃないからスルーしたけど居心地は悪い。

 まだ賢者と呼ばれる方がマシである。


 とはいえグズグズしていては時間の無駄なので発行手数料を払う。

 金貨5枚だから結構なお値段だ。

 一般の登録なら大銅貨5枚だというから尚のことである。

 日本円に換算すると50万円と5百円。

 クレジットカードならプラチナ会員になった感じかな。


「では、どうぞ」


「はいよ」


 ドアノブを握ると薄く細い魔力が流れてきた。

 こちらの魔力に接触してリンクし誘導するような感じだ。

 どうやら起動するのに接触した者の魔力を利用するらしい。


「しばらくそのままでお待ちください」


 省エネ設計のため動作が遅いのは御愛敬か。

 お陰で情報の読み取りが始まる前に内部の解析を終わらせてしまった。

 それどころか細工した情報を読み取らせる時間的余裕すらある。


 やがてドアが発光して室内を照らす。

 ようやく読み取りが始まるようだ。

 ここで俺は流し込む魔力に細工をする。

 人類を超越したようなレベルをカードに表示させる訳にはいかないだろう?

 このカードは冒険者ギルドでも使うことになるから仕方がないのだ。


 思った以上に時間がかかったもののドアのスリットからカードが排出された。

 燻し銀みたいなくすんだ色をしている。


「どうぞ」


 シャーリーから手渡されたカードをしげしげと眺めるが渋みがある。

 金ピカだったらどうしたものかと危惧していたのだが一安心だ。

 目立っても碌なことがないもんな。


 そういう意味で個人情報は名前だけが刻印されているあたり好ましく感じる。

 内部に刻まれたデータは基本的に専用の魔道具がないと読み取れないようだし。

 まあ、俺は【魔導の神髄】スキルで読み取れるんだけどね。

 それ以前にデータは年齢と性別以外、でっち上げた偽情報なんだけど。


 確認してみたけど問題ない。

 正しく程々のデータになっている。

 本当の情報が登録されている方が魔道具の故障を疑われかねないのが悲しいところだ。


「お気に召しませんでしたか?」


 不安げに聞いてくるシャーリー。

 受け取った状態のまま固まってしまったせいで誤解されたか。


「いいや。渋みがあって好みだから眺めていただけだ」


 それを聞いたシャーリーはホッと胸をなで下ろす。


「これで登録完了か」


 書類上のなんやかんやは筆記試験直後に終わらせているのでね。

 感慨もひとしおだ。


「お疲れ様でした」


 シャーリーが深々と頭を下げる。


「お疲れー」


「遅くなりましたが、食事にしましょう」


 子供ならおやつの時間だ。

 早朝に出発して以降は何も食べてないしボルトには悪いことをしたな。


 そういう訳で待ちに待った食事だったけど味わう余裕はなかった。

 商人ギルドの規則やその他のことについての説明を受けることになったからだ。

 年会費がいくらかかるとか、やっちゃダメなこととかね。

 詳細については冊子を渡されて後で読んでおいてほしいと言われたけれど。


「特に注意していただきたいのが仮契約を結んでいる商談に横槍を入れることです」


 冊子をパラパラとめくってみたが、該当する内容がなさそうだ。


「これは規則として明文化はされていません」


「あー、不文律ってやつね」


 別の言い方をするなら暗黙の了解というやつだ。


「そうです。どの商人からも嫌われる行為ですのでお気をつけください」


 総スカンを食らうってところか。

 思った以上に節度や秩序が重んじられているようだ。


「場合によっては評議にかけられ除名処分もありえます」


 それは相当ヤバそうだ。


「了解した」


 話はなおも続く。


「次は先生の立場についてです」


「立場?」


 役職でも付けられて仕事をさせられるのだろうか。

 そういう面倒なのは勘弁願いたいのだが。

 どうしてもというなら名誉職のようなものにしてほしいところである。


「紹介状がありましたので金クラスになります」


「ああ、そういう……」


 カードは銀色なのに金とはこれいかに。

 役職がつく訳ではないと安堵したら、くだらないことを考えてしまった。


「通常の紹介状ですと一つ下の銀クラスになります」


 そして銀クラスの会員は一般会員よりもサービスが少し良い程度だと言われた。

 金クラスは上級幹部と同等の待遇になるそうだ。


 最大のメリットは特に強調してくれたよ。

 口座の入出金はどこの商人ギルドでも可能になるんだってさ。

 発行されたカードの機能として組み込まれているそうだ。

 逆に銀クラス以下だとその街のギルドで入金した額しかお金を下ろせない訳で。


「行商人や街ごとに店を構える商人なんかは大変だろう」


 あちこちの入金額を把握していないといけないし必要な時に足りなくなりそうで怖い。


「年会費を余分に支払えばカードに同様の機能を組み込めます」


 商人ギルドも銀行業務がメインじゃないから仕方ないのか。

 それ以前に銀行という概念がこっちの世界にはないのだろう。

 やぶ蛇になるのは勘弁願いたいのでスルーだ。


「ガンフォールの紹介状が特別だってことは、よく分かった」


「ええ、それはもう」


 そう返事をするシャーリーの声が少し上ずったものになっている。

 ガンフォールのことが震え上がるほど怖いようだし必死になるのも無理はないか。


 都合のいいことに沈黙が訪れたので食事に専念しよう。

 そう思ったのだが、それは叶わなかった。

 シャーリーとアーキンから質問攻めにあったからだ。

 持ち込んだ商品のことだけでなく、あれこれとね。

 無視したいところだったけどストーカーみたく張り付かれても困るので適当に応じておいた。

 計算速度については訓練あるのみと答えるだけで良かったが。

 洗練された商売センスが云々とか言われても困る。

 そんなものが俺にあると本気で思っているのだろうか。


 思っているから質問するんだよな。

 背後霊化されるのは勘弁願いたいので無視する訳にもいかない。

 そんな訳で適当にそれっぽいことを言っておいた。


 経営者たるもの変革を恐れるなとか。

 顧客の視点で商売をすべしとか。

 従業員が働きやすいように工夫するべきとか。


 もっともらしい理由付けをして語れば2人は神妙に頷きながら聞いていた。

 いや、ハマーやボルトも熱心に聞き入っていた。

 日本でこんなことを語れば鼻で笑われたり反論されたりすると思うんだけど。


 こんな調子で喋っていたら遅い昼食が終わっていた。

 何を食べたのかよく思い出せない。

 シャーリーとアーキンは気にならないようだけど俺はゲンナリ状態だ。


「先生のお言葉、感動いたしました」


「この歳にして何も知らなかったことを思い知らされました」


 瞳をキラキラさせているシャーリーに涙まで流しているアーキンの爺さん。

 二人とも勘弁してよと言いたい。


 食後は商談の話がメインとなった。

 ハマーたちが持ち込んだ揺り椅子は普通の高級椅子より3倍近い値段になった。


 それで驚いていたら俺が持ち込んだ蒔絵なしの漆器はもっと良い値がついた。

 黒と朱の漆のお陰で光沢があるのが珍しかったようだ。

 検品していた職員が飛び込んできたくらいだからね。


「ななな何ですかっ、この器はっ!?」


「木の器だけど」


「それにしたって軽すぎますよっ」


 光沢より、そっちの方が気になったか。

 極限まで薄くしてるからなぁ。

 実は重ね塗りした漆の方が厚みがあるのだ。


「軽くて丈夫で熱も伝わりにくい。良い商品だろう?」


 どうやって実現しているのかを知りたかったのかもしれないが、そこは明かさなかった。

 俺の個人情報もね。

 何処で誰の耳に入るか分からないんだし用心に越したことはない。


読んでくれてありがとう。

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