80 筆記試験のはずが独演会?
改訂版です。
商人ギルドの不始末話は続く。
「それで肝心の商人はどうなった?」
「逃げられた。元々他国の商人だったからな」
「うわぁ……」
『俺なら探し出して死んだ方がマシだと思うような目に遭わせるぞ』
ガンフォールも似たようなことを考えたはず。
人手と予算の許す限りは手を尽くしたかっただろう。
だが、余計な出費を増やしただけで終わる恐れが大きい。
他国の商人に引っかき回されたのでは、地元の商人ギルドも被害者みたいなものだしな。
「泣き寝入りしたか」
損害を拡大させないためには、やむを得ないだろう。
到底、納得できないとは思うがね。
ガンフォールがヒューマンを信用しないと公言するのも当然だ。
「半分はな」
「半分?」
「当時、ここのギルド長だった者が一枚噛んでいたようでな」
『地元の人間なら、すぐ足がつくだろうに』
バカなのかと思ったが、考え直した。
主犯が逃亡時に囮として利用するべく引き込んだとしたら……
ガンフォールが詐欺被害にあうほどの相手だ。
商人だって騙されてもおかしくはない。
「契約書を楯に取って損失補填させた」
そこまでしているからガンフォールもコロッと騙されたのか。
詐欺商人が地元商人を生け贄にするとまでは考えなかったのだろう。
「全財産を没収しても損失のすべてを賄いきれなかったがな」
「そりゃ怒り狂うだろうよ」
どんだけ買い物したんだと思ったけど──
「損失を回収しきれなかったのは当時のギルド長の商売が焦げ付き始めていたからだ」
何やら事情があったようだ。
「ああ、借金漬けな奴だったのか」
「そういうことになる」
「一部とはいえ、よく回収できたな」
「この国の王が色々と手を回してくれたからだろう」
あー、顔は不明だが性格がイケメンな当時の王様ですよ。
「それに引き替え、ギルドは後手後手だったようだな」
「ギルド長の首が飛んで混乱していたのが大きい。
当時の副ギルド長が頼りない男で言い訳ばかりだったのだ」
「筋も通さずそれじゃ、ガンフォールが嫌悪しそうだな」
「分かるか?」
「俺だって本気で怒るぞ、それ」
ハマーが顔を顰めながら身震いした。
「お前の本気はシャレにならん」
見るもの見てるし、無理もない。
「それでギルドの信用は地に落ちた、か」
悪徳商人を野放しにしたんじゃ自業自得としか言えない。
これで指名手配でもすれば、ガンフォールも多少は納得したかもしれないのにな。
「情報、サンキュー」
「うむ」
『怒らせちゃいけない相手を怒らせたんじゃビビって当然か』
「ああ、そうだ」
話をしようとハマーから商人ギルド組に向き直ったんだが……
ビクッと反応して硬直されてしまった。
『どんな紹介状だったんだ?』
想像したくもないが脅迫状に近いものと思われる。
「後でガンフォールにやり過ぎだと言っとくよ」
あからさまにホッとした様子を見せる2人。
『アンタら、ギルドの幹部でしょうが……』
そうは思ったものの要件を優先することにした。
「座ったままですまない。
ここと冒険者ギルドの登録に来たハルト・ヒガだ」
「シャーリー・ヨハンソンです。
ギルド長ですが、まだまだ経験の浅い若輩者です」
表情は硬いながらも喋る方は噛まなくなった。
ギルド長としては若いが、今の俺よりずっと年上だ。
それなりに経験はあるのだろう。
「アーキン・ドーンでぅ」
『爺さんが噛むかよ……』
「名ばかりの副ギルド長をさせてもらってまふ」
また噛んだが、面倒なのでスルー決定。
「で、話は戻るんだが俺の試験はどうなるんだ?」
「後は筆記試験だけ受けていただければ……」
シャーリーが言い淀む。
「不都合なことでも?」
「実は制限時間が3時間もありまして……」
「なるほど」
『舐めていたな』
これは宿泊前提で予定をずらすしかないだろう。
問題があるとすると、ボルトの腹時計が酷いことになりそうなことか。
試験は俺だけだから別行動がいいだろう。
「ハマー、皆を連れて宿の手配を頼む」
「む? 皆だと?」
「ついでに飯も食ってくるといいってことさ」
ボルトが恐縮して小さくなっていた。
「ハルトはどうするのだ?」
「一食抜いたくらいじゃ死なんよ」
「それはいけませんな」
俺たちのやり取りに噛み噛み状態から戻ってきたアーキンが入ってきた。
「よろしければ、その辺りの手配はお任せいただけませんかな」
皆の視線がアーキンの爺さんに向く。
「私どもの宿と食事処はこのブリーズの街でも一番と自負しております」
生粋の商人らしく商売の匂いがするとビビりは抜けるようだ。
「お好きなものを仰っていただければ、食事は出前させていただきます」
「それで頼もうか」
俺がどう返事をしようかと考えている間にハマーが即決。
「もちろん金は払う」
そして何かを感じ取っていたかのように言葉を付け足した。
「いえ、そこはサービスということで」
「ワシらに媚びても王は機嫌を損ねるだけだ」
アーキンが再びアワアワしだした。
『しょうがないなぁ』
「ただなら不要と言っているだけだろう」
「しかし、それでは……」
弱々しく反論しようとするアーキン。
「客に喜んで金を払わせるだけのものを提供してみせろ」
「え?」
ポカンと口を開くアーキン。
「小手先の誤魔化しで更に信頼を失うつもりか?」
一瞬で顔色を失った。
「今の状況で媚びた真似をするのは悪手でしかないぞ。
そっちがどういう意図であろうと、こっちは疑ってかかるからな」
反論はない。
俺の言葉に何か思う所があったのかもな。
「売って儲けるだけなら二流の商人、から始まる言葉を知っているか?」
アーキンが少し考えてから「いいえ」と首を振った。
シャーリーもだ。
不思議そうにしながらも興味深げな顔をしている。
どこかで聞いた話なんだが、こっちの世界じゃ知られていないようだ。
『俺もこの先は色んな話がごちゃ混ぜになってるんだが』
知られていない話なら問題ないだろう。
「客を喜ばせて初めて一流、客を通わせてこそ超一流、なんだとさ」
2人とも真剣な表情で聞いている。
「客が金を払ったものに満足すれば喜ぶだろ?」
俺より年上なのに2人とも素直に頷いていた。
「それができて初めて一流の商人だが、そこで満足するなって話なんだよ」
2人だけでなくハマーやボルトまで聞き入っている。
『そんな大層な話じゃないんだがな』
アーキンに無料サービスを断念させるために始めたんだし。
「喜んで納得して終わりじゃ次につながらんだろう。
客を呼び込みたいならリピーターを狙えとも言うし」
なんか2人の様子が変だ。
真剣に聞き入っているが驚きも混じっているような……
「客を喜ばせつつも完全に満足させないラインがある。
そこを常に維持できれば超一流への道となるだろう」
ここで驚くなら分かるのだが。
普通は客を満足させきってこそ超一流と考えるだろうし。
現にハマーが怪訝な表情をして首を捻っている。
アーキンやシャーリーは神妙な面持ちで聞き入っているけれど。
「満足させきったら、客はその余韻に浸って頻繁には来なくなる」
「むう」
疑問が解決したのかハマーが唸った。
「だが、中途半端な代物じゃ客は納得しないし信用もしない。
店に足を運ばせる原動力は、何かが微妙に足りないと思わせることだ」
このさじ加減が本当に難しいがな。
「何度も客が来れば信用も回復する。
だから超一流の商人は客を満足させきってはいけない!」
ドヤ顔で締めくくってみましたよ。
が、反応が薄い。
変だと思って見てみれば、聞き入っていた面々はポカンと口を開けていた。
特に商人ギルドの2人は埴輪顔である。
ゴホンと咳払いをして2人の注意を引き付ける。
「爺さんの所はサービス業なんだろ。
ブリーズの街で一番というなら俺たちに次も利用したいと思わせてみな」
安い挑発だが、アーキンの鼻は膨らみ眉もキリキリと引き締まっていた。
フンスフンスと鼻息も荒い。
反応が分かり易すぎて商人としてどうなのかと思ったさ。
まあ、これでやる気を出すってことは無料サービスなどとは言わないだろう。
「わかりました」
たった一言であったが、そこに込められた気概は強く感じた。
こういうバイタリティがあるから事業が成功しているのだろう。
「いいよな、ハマー」
「ああ、無意味な施しでないなら何でもいい」
返事が投げやりっぽく返されたんだが、なんだろう?
なにか考え込んでいる風ではある。
『もしかして俺の話について考えているのか?』
ドヤ顔とかしてしまったけど、あれは芝居だ。
掘り返されるのは恥ずかしいんですがね。
黒歴史級とまでは言わんけど。
「では、昼食を用意させますので一旦失礼させていただきます」
アーキンはフットワークも軽く行ってしまった。
『注文は取らんでいいのか?』
そう思っていたら、メニューを持った若いお姉ちゃんが来た。
呼びに行っていたようだ。
が、アーキンは戻って来ない。
料理人への指示出しと宿の手配に自ら動いているのだろう。
『お手並み拝見だな』
「先生!」
キラキラした瞳で俺を見ながらシャーリーが妙なことを口走る。
「え、俺っ!?」
「そうです。
先生の御高説を拝聴し感服いたしました。
さすがは世を忍ばれる賢者様です」
『ガンフォールの奴、そんなことまで書いたのか……』
目立ちたくないことを紹介文に入れてくれた結果なんだろうが賢者は余計だ。
ふざけて自称したのが徒になるとはね。
「人前で先生はやめてくれ」
「は、はいっ! それは勿論」
なんか年上のお姉さんに変な懐かれ方をしてしまったんですけど?
それはさておき、筆記試験である。
誰も移動することなく皆に見られながら俺だけ試験を受けるとは思わなかったさ。
『衆人環視の中で試験を受けるってどうよ?』
用意された問題は木の板に彫り込まれたもので机の上に積み上げられている。
街に入るときに衛兵が持っていたのと同じやつだ。
解答用紙は質が悪いものの紙が、ペンは羽根ペンが用意されていた。
至れり尽くせりだとは思うものの筆圧高いとグシャッといきそうで嫌だ。
「自前のペンを使ってもいいか?」
「ええ、構いませんよ」
シャーリーに確認を取ってから竹軸のガラスペンをポーチから出す。
これならグシャッとはならないし、紙に引っ掛かって書きづらいなんてこともない。
ちなみに即席で作ったばかりの品である。
こんな場所でインクの補充が不要なペンを使う訳にはいかないからな。
それでもシャーリーが食い入るように見てきたのは予想外である。
試験中ってことでガン無視したけど。
インクは向こうが用意したものを使ったけど普通に書けた。
お陰で順調に問題を解くことができる。
試験問題は一般常識と国語と数学。
ハッキリ言って3時間かけるような内容じゃなかった。
30分で終わったので追加の上級問題があるのかと思ったくらいだ。
「も、もう、終わったのですか……」
唖然とするシャーリーが、その場で採点していく。
「ぜ、全問正解です……」
早く終わって驚かれ、全問正解でも驚かれた。
『こんなので驚くのか?』
簡単すぎて、こっちが驚きだよ。
読んでくれてありがとう。




