79 商人ギルドで試される?
改訂版です。
若い女の方は無言で一礼した。
まあ、若いと言っても子供ではない。
おそらくはアラサーくらいだろう。
「座りましょうか」
老人の言葉で全員が腰を下ろした。
自己紹介はなしのようだ。
商人ギルドの幹部のようだが。
「遅くなりまして、すみませんな。
興味深い商品を見せていただきましたよ」
白髪をオールバックにしている老人がにこやかに言った。
笑うと顔の皺が年齢を強く感じさせるが、全体の雰囲気は若々しい。
背筋がピンと伸びているのと地味ながらもセンスのある出で立ちをしているからだろう。
「新作の揺り椅子ですな」
ハマーが応じた。
「ほう、言い得て妙な名前ですな」
楽しそうに笑う老人。
「仕事に疲れたときなどに重宝しそうですよ」
世間話のような商談のような談笑を始めるが老人の目は笑っていない。
目線を合わせようとせず視界に俺をとらえて観察しているのがバレバレだ。
そして女は笑みもなく青い瞳で俺を見ているだけだ。
視線が露骨すぎて商人ギルドの人間がそれって問題ないかと思うほどである。
彼女は紫色の髪の毛をまとめており、すらっと伸びる首筋が艶めかしく感じる。
服装もタイトなチャイナドレスって感じで体のラインを強調しており挑発的だ。
ロングドレスだけどスリットが入っていて、そこから覗く生足がこれまた艶めかしい。
『色気の塊だな』
人形のように乏しい表情が台無しにしているけど。
うちの自動人形の方がまだ可愛げがある。
向こうの魂胆はだいたい見当がついたので考え事をすることにした。
【多重思考】で観察も継続する。
ボルトのことを考えると、この後は食事だろう。
ただ、冒険者ギルドの登録がどうなるかで変わってきそうだ。
夕方の混雑する時間帯になっては迷惑極まりないしな。
『いっそ泊まっていくのもありか』
異世界の宿屋にも興味があるしな。
『それより飯の心配をした方がいいか』
どんな店があるかとか色々気になる。
とはいえ今から情報収集のために外に出て行く訳にもいかない。
『こんな時のための自動人形だよな』
さっそく転送魔法で街中に送り込む。
送り込んでから重大な欠陥に気が付いた。
『しまった!
匂いが分からん』
慌てて回収した。
が、肝心の匂いを感知する方法が決定していない。
正しくは自動人形と情報をリンクする方法だ。
視覚や聴覚なら楽なんだが、匂いは難しそうである。
『いっそのこと転送魔法で周囲の空気を引き寄せるとか』
いや、これは絶対に却下だ。
この場が食べ物の匂いで満たされるとか不自然する。
既に遅めの昼時という時間というのもよろしくない。
『確実に飯テロになるだろ』
仕方ないので自動人形に判定させて得点を報告させるようにした。
臭覚のリンクは宿題だ。
再度、自動人形を街中に送り込んだところで考え事を中断させた。
先程から老人が同じ話を繰り返しているせいだ。
おそらく、このまま考え事を継続しても何の進展もないだろう。
ハマーが案内の兄ちゃんに渡した紹介状が鍵を握っているはずだ。
目の前の2人がそれに目を通していないとは思えない。
紹介状を読んでおきながら、この態度である。
『登録のための試験ってことだろうな』
忍耐とか会話への割り込み方を見ようというのだろう。
悪党相手のようにはいかないってことだ。
『ローズさんや』
念話で相方に話し掛ける。
『くうー?』
なーに? と気怠げに聞いてきた。
完全に暇を持て余しているな。
『目の前の2人、どんな感じだ?』
『くうくーくぅっくうーくー』
俺が動じてなくて焦ってるって?
『焦るって、どういうことさ?』
『くぅくうーくくっくぅくうくっ』
紹介状にビビってテンパってる、ね。
怯えた雰囲気は俺も感じてたけどさ。
原因がガンフォールの書いてくれた紹介状だったとは……
俺を怒らせたらとか、そういう類のことを書いていそうだ。
商人ギルドの幹部を震え上がらせる内容が如何なるものか気になるところだ。
が、追及しても答えまい。
更に畏縮させてしまうだけだろう。
つまり怒るのも厳禁ってことだ。
「失礼だが、よろしいか」
会話に割って入った。
それだけで爺さんが凍り付いて返事ができなくなっていた。
「ガンフォールの紹介状には相当なことが書かれていたみたいだな」
俺の言葉を受けて女も顔を引きつらせていた。
図星のようだ。
「それを受けて規定通りに試験をしているんだろう?」
返事はない。
が、否定的な反応もなかった。
「俺の忍耐力と色仕掛けへの耐性は分かったんじゃないか?」
これもまた同じ。
まあ、表面的にはなんだけど……
「だったら試験を先に進めてもいいと思うがね。
アンタら2人とも既に限界って顔をしてるし」
俺は殺気立ったりはしていないのに、これだからな。
なのに、これがアニメだったら2人は滝のように冷や汗を流していることだろう。
見ていて居たたまれなくなるほどに哀れみを感じてしまう。
「そういうのはギルド長の裁量でどうにでもできるだろう?」
女と視線を合わせて聞いてみた。
取り繕うこともできずに愕然とした表情を見せてくれたよ。
「な、なぜ私が、ギ、ギルド長だと、おわ、おわっかりに?」
噛み噛みである。
が、俺は断じてプレッシャーをかけたりはしていない。
『ガンフォール……
紹介状じゃなくて脅迫文を書いたんじゃないだろうな?』
この2人が遅くなったのも、そのせいで覚悟を決めるのに時間がかかったと思われる。
帰ったらO・HA・NA・SIが必要だな。
O・SI・O・KIが追加されるかもね。
「隣国の王からの紹介状と王族の付き添い。
最高責任者が出ないわけにはいかないよな」
驚愕に固まっていた表情の中に納得が垣間見えた。
「で、どちらも座ってるから一方が秘書や付き人ってことはないだろう」
2人は肯定も否定もせずに黙って聞いている。
「どちらも幹部なら役割分担したと考えるのが順当だな。
爺さんは俺を挑発する役だ。
ビビってるのがバレバレなのに、よくやるよ。
紹介状の中身まで知らんが無茶なこと書いてたんだろうに」
爺さんが青い顔をして小刻みに震えている。
なんか俺が脅しているみたいで居心地が悪い。
「で、観察して判断するのがアンタの役目だ。
色仕掛けで俺が骨抜きになるかも観察していたようだが。
最終判断をする責任者がじかに確認するのが妥当な状況だよな」
女の方も爺さんと同じような状態だ。
なんか肉食獣に追い詰められた草食獣に思えてきた。
「俺が最高責任者なら観察する方を選ぶ。
最終判断するには情報が多い方がいいからな。
話をしながらだと、どうしても漏れが出るだろうし」
俺は【多重思考】スキルで対応できるんだが。
だが、相手はそうじゃない。
「商人は商品と同等以上に情報を重視するだろう?」
そう言って俺は締めくくった。
実は、後付けしただけの適当な理由だったりするがな。
この女が直感的に責任者だと感じたので先に鑑定しただけだ。
まあ、それなりに説得力があったらしい。
2人の表情は納得した人間のそれになっていた。
ただし、震えは止まらないらしい。
むしろ酷くなっている気がする。
『どうしてこうなった!?』
説明が終わって納得したら平常運転に戻ると思っていたのに当てが外れた。
俺は説明しかしていないというのに。
ムカつく前に虚しくなった。
だが、溜め息ひとつつくことができない。
『それやると更に畏縮しそうだもんな』
とにかく、この状況を払拭せねばならない。
「ハマーからも何か言ってくれよ」
俺だと逆効果になりかねないので助っ人を頼んだ。
「ん? あ、ああ」
こちらはこちらで反応が鈍い。
ままならないものである。
「どうした?」
「いや、この2人がここまで震え上がるのがな……」
歯切れが悪い。
ハマーが唖然とするくらい信じられないことのようだ。
ますます紹介状の内容が気になったさ。
「気にしなくていいぞ、2人とも。
大方、王が無二の友とでも書いたのだろうが」
「え!? それだけ?」
思わず出た頓狂声にミズホ国の面子以外全員が驚いていた。
『いやいや、驚くのはこっちだっつうの』
その程度でビビられてたとか信じ難いにも程がある。
そんな風に思っていると──
「我らが王にヒューマンの友人がおらんかったからだろう。
前に碌でもない商品を掴まされてからヒューマンは信用ならんと公言しておったしな」
ハマーが苦笑しながらも教えてくれた。
「ワシも初めは我が目を疑ったものだ」
ハマーと初めて会ったのは決闘後の宴の時だ。
映像ログを【多重思考】で確認してみるが、そんな素振りは見られなかった。
「嬢ちゃんと決闘になったときだよ」
「あー、あれかぁ」
赤髪褐色肌の脳筋幼女アネットとの決闘をハマーも見ていたんだっけ。
「試合前に王と親しげに話し込んでいただろう」
ピコピコハンマーを見せた時のことだろう。
「それだけで?」
「しかも、だ」
ハマーが強調するように間を置いた。
「決着がついたら宴席を設けただろう。
そこまでするとは思わんかったわ」
「へえー」
言われてみれば最初は取っつきにくい爺さんだったかもしれない。
勧誘すると言ったら即座に断られたけど、あれくらいは普通だろ?
「酷かったんだぞ。
紛い物を高値で売りつけられたときは」
「見抜けなかったのか!?」
【鑑定】スキル持ちのガンフォールを誤魔化せるとは意外だった。
「サンプルだけで商談を決めたからな。
大量入手のためには代金の先払いを要求されてな」
「ああ」
それで詐欺被害に遭った訳か。
無いものを鑑定することはできないしな。
「後日、粗悪品が商品として届けられた。
しかも冒険者ギルドに運搬を依頼して商人たちは来なかったのだ」
「商売を成立させて泥棒として追われないようにしたか」
商品が違うという訴えは、どうとでも言い逃れができる。
そのために詐欺商人は口約束で売買したはずだ。
証拠は何もない。
「そうだ」
「うわぁ……」
クレームは受け付けませんって訳だ。
騙されたと知ったガンフォールがキレるのも道理というもの。
「もう少しで戦争になるところだった」
「マジか……」
ドワーフは怒らせない方がいいようだ。
「この国の王が直接詫びに来なかったらどうなっていたか」
「そこまでさせたのか!?」
「いや、向こうの独自判断だ。
あれには王も感心していた。
商人ギルドよりも先に来て詫びを入れたんだからな」
「はー……」
俺も感心させられた。
普通は国家間の問題で王様が詫びを入れるとか、あり得ないからな。
まあ、ドワーフの気性を理解していたからこそなんだろうが。
ヒューマンだと相手が一歩引くだけで嵩にかかってくるだろうし。
『スゲーな、その王様』
いい判断をした訳だ。
「それでお姫様への対応も柔らかかったのか」
「そういうことだ」
読んでくれてありがとう。




