78 ハルト街に着く
改訂版です。
ガンフォールが頭を抱えている隙に門の前まで行ったよ。
クリスお嬢様たち一行と鉢合わせしたくないのでね。
取っ捕まると引き止められそうだし。
あれこれ質問されたり説明したりなんて面倒くさい。
でもって、さっさと出発したが念のために監視はしている。
自動人形で偵察させて脳内スマホにリアルタイム中継中だ。
これは急遽作ったから宰相補佐官を一晩放置することになったが、奴はどうでもいい。
今回の自動人形は潜入と偵察に特化しているのが特長だ。
不定形に姿を変えられるので隙間さえあれば何処にでも入っていける。
基本色は黒だが光学迷彩も使えるので偵察型としては文句なしだろう。
大きさは少し大きめの猫くらい。
通常形態はそれに合わせて黒猫だ。
黒いスライム風なんて、どんな場所でも騒ぎになるからな。
そして場所や状況に応じて姿も変えられるようにしてある。
外見情報を取得すれば生物であるなしに関係なく色々と擬態可能だ。
とりあえず黒猫以外ではフクロウを初期設定しておいた。
飛んでいる羽音が他の鳥だと大きくて隠密性に乏しいのでね。
あと監視カメラ的に使用することを考慮すると首の可動範囲が大きいことは重要だった。
そんな訳で何体か用意して探らせていたんだが。
最初に動きがあったのは今回の事件の黒幕である宰相補佐官の執務室だった。
『キャーッ!』
掃除のために執務室に入ってきたメイドが大きな悲鳴を上げた。
『何事か!?』
すぐに何名かの警備兵が駆けつけた。
練度は高そうだ。
『こっ、これはっ!?』
そして人格崩壊した補佐官を発見。
『宰相閣下に報告をっ』
『はっ』
警備隊長の指示で部下が1人、走り去った。
間もなく宰相が現場に到着。
『むうっ、これは!?』
床に寝転がった状態で放置された補佐官を見れば胆力のある人間でも驚愕するだろう。
体をビクビク震わせ逝った目をして狂気じみた笑みを浮かべているのだから。
『申し訳ありません。
我々が発見した時には既にこのような有様でした』
警備隊長が報告を続けるが、宰相の顔は険しいままだ。
そのせいか警備兵たちは責任が問われることを恐れてビクビクしている。
だが、宰相は叱責することなく淡々と指示を出すのみであった。
そして警備兵たちが動き始めると補佐官の執務室を自ら調べ始める。
『これは……』
机上に放置された日記を手に取り、開かれたページに目を通す。
速読ができるらしくパラパラとページをめくっていく。
日記を閉じた時には鬼の顔になっていた。
一息ついてすぐに表情を落ち着かせたけれど。
『ん?』
日記で隠しておいたメッセージに気が付いたようだ。
机に直接彫り込んでいるので嫌でも気が付くようになっている。
[ヒメハ、ジェダイトニイル。
ゼンインブジ。
シンパイムヨウ。
ワレハ、シノビマスター。
アクニバツヲクダスモノナリ]
これを見た後の宰相の動きは素早かった。
補佐官は牢に放り込まれ早馬の用意も始まったし。
なにより宰相自ら王様を叩き起こしに行ったのが凄い。
『とっとと起きんかっ!』
怒鳴るだけではなく拳骨まで飛んでいた。
『叔父さん、勘弁してよ』
宰相に殴られて目覚める王様ってどうなのかと思ったら親族だったようだ。
日記を見たときの反応にも納得がいく。
甥っ子の娘が暗殺されかけたんだから鬼にもなる訳だ。
それを見て自動人形を撤収させることにした。
そこから先はブリーズの街に到着するまで大変だった。
何にもなくて退屈だったからな。
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ハマーたちと雑談するのにも飽きた頃、街に到着した。
見上げる高さの塀に大きな門構え。
ドワーフたちのそれとは違って重厚さとかはもうひとつだけどね。
それでもファンタジー世界に出てくる街の入り口って感じがする。
審査待ちの行列ができているせいだろうか。
あるいは街に活気があるからか。
このブリーズという街は塀の外からでも活気があることがうかがえる。
何処かお気に入りアニメの雰囲気に似ている気がした。
「街に来たって感じだ」
つい呟いていたのは、そのせいだと思う。
「当たり前だ。
寝ぼけたのか?」
ハマーの呆れたような目線と言葉で、俺の感動は霧散してしまったがな。
「大きい街だな」
気を取り直して話題を変える。
すぐに街の中に入れる訳じゃないからな。
「王都ほどではないと言われているがな」
「そうなんだ」
「ワシらが来るのはここまでだから、王都がどんなものかは知らんが」
「ほうほう」
ハマーの話しぶりからブリーズという街の規模を考えてみる。
話を聞く前は人口などの面から地方都市レベルかと思っていたのだが。
感覚的には政令指定都市が近いのかもしれない。
これは中に入るのが楽しみになってきた。
が、進みは牛歩のごとくである。
それでもイライラはしない。
遊園地のジェットコースターで行列を作っているときのドキドキ感があるせいか。
結構な時間をかけて、ようやく俺たちの番になった。
「ワシが応対する」
「任せた」
丁度、その時である。
腹の虫が「グウゥゥゥッ!」と盛大に鳴った。
俺ではない。
ハマーでもない。
もちろん門の所で審査をしていた衛兵でもない。
「すっ、すみませんっ」
顔を真っ赤にしたボルトが小さくなっていた。
筋肉の塊みたいなドワーフが恥ずかしそうにして縮こまっているのは笑いを誘う。
声を出して派手に笑った訳じゃないがね。
当人以外は、みんな笑っていた。
緊張をほぐすという意味では効果絶大だったようだ。
「ハマー様ですね」
どうにか笑いを堪えながら衛兵が確認してきた。
「うむ、いつも済まないな」
応じたハマーは身分証を出すそぶりすら見せない。
前の行商人は商人ギルド発行の身分証を見せていたはずなんだが。
応対すると言ったのに、どういうつもりだろう?
「いえ、仕事ですから」
衛兵は手にした木の板に鉄筆で彫り込むように何か書き込んでいる。
どうやら顔パスのようだ。
「3名ということでよろしいですか?」
「いや、6人だ。
すぐ後ろの馬車もワシの連れでな」
ハマーの返答を受けて再び板へ何かを描き込んでいる。
『2枚の薄い板を貼り合わせているみたいだな』
上の白い部分を削ると下地の濃い色が見える代物らしい。
面白い工夫に気を取られていると、衛兵が後方を見てハンドサインを出していた。
後方の衛兵がハンドサインを返してくる。
何かやり取りがあったのだろう。
「結構です。
どうぞ、お通りください」
「すまんな」
ハマーの礼に便乗して俺も会釈だけしておく。
その場から少し進んだ所でハマーに聞いてみた。
「俺たちの審査もなく顔パスとはな」
「最初は身分証の提示が必要だったぞ。
もう何年も前になるが、商人ギルドが領主に掛け合ったのだ」
「はあっ? 意味が分からないんだが」
俺の困惑にハマーは苦笑する。
「気持ちは分かる。
ワシも最初はそうだったからな」
そう言って嘆息した。
「少しでも早く仕入れたいが故らしい」
「……………」
ハマーが溜め息をつく理由が分かった気がした。
呆れるしかないような理由だがブリーズの街だけ顔パスが認められたのは事実だ。
ボルトも信じられないと言いたげな面持ちである。
「せっかちにも程があるだろ」
「ワシもそう思うが楽なのでな」
「違いない」
そんな話をしている間に商人ギルドに到着。
商人ギルド側がハマーを認識した途端、あっと言う間に奥へと通された。
「マジか……」
顔パスどころの話ではない。
受付で並びすらしなかったからな。
「いつものことだ」
苦笑するハマーであった。
「それにしても……」
部屋の中を見渡す。
俺とハマーが座るソファーの対面にも同じソファーがある。
が、案内をした若者は座らずに去ってしまった。
案内するだけで応対する相手は別にいるらしい。
背後には同行した皆のために椅子が用意されている。
それらを設置できるだけの余裕がある部屋を用意した訳だ。
会議室と言うには狭いが、応接室としては少々広めだろうか。
「ドアなしとはな」
そのせいで落ち着かない。
圧迫感を感じにくいという利点はあるがね。
「隠すものは何もないという意思表示だろう」
「密談するつもりはないってことか」
「黒い取り引きをしたがる連中は何かと密談したがるからな」
清廉さをアピールしたいらしい。
だったら建物に入った直後のような雰囲気の場所に案内してくれと言いたい。
ここは高価な調度品が置かれていて金持ちの邸宅といった雰囲気で一杯だ。
派手ではないし数も控えめでセンスを感じるが故に余計にそう感じる。
成金趣味丸出しはウンザリするけどさ。
お茶が運ばれてきたりもしたけど居心地は良くない。
『1階の方が良かったな』
広いフロアを仕切り板で区切っただけのブースで事務仕事をしている大勢の職員。
受付の窓口もあったが買い取りや取り引きは別の場所で行うらしい。
そのせいか賑やかさは控えめだった。
なんとなく簿記検定を受検するときに申請に行った商工会議所を思い出していた。
『まあ、商人ギルドは商工会議所みたいなものか』
土木建築関連や職人系は、また別のギルドになるから工業関連は含まれないけど。
なんにせよ、落ち着いた雰囲気の窓口で登録手続きができると思っていたのだが。
何の因果か落ち着けない部屋で待機中である。
「本当にここで登録できるのか?」
「ああ、ワシの紹介で特別枠の登録になる」
「マジかー」
だが、身分証を持っていない俺としては選択肢がない。
窓口で申請する場合は身分証で本人確認をして申請書類を書く必要があるとか。
『まるで役所だよな』
と、ここでボルトの腹の虫がグウグウ鳴き出した。
「すっ、すみませんっ」
「しょうがないさ」
こればっかりはセルフコントロールできないからな。
「これでも食っとくといい」
干し肉を渡しておいた。
「あひがふぉうごひゃいまふ」
「礼を言うか食うか、どっちかにしろ」
いつ人が来るか分からないからこその行動なんだろうが。
ボルトの懸念は的中することなく半時間が過ぎた。
「せっかちな連中にしては遅すぎるな」
「うむ、今日は少し違うな。
何かあったのかもしれん」
ハマーが困惑するくらいだから異常事態なのだろう。
「誰か呼んで確かめてみるか」
「いや、その必要はなさそうだ」
「なんだと?」
「誰か来る」
「そんな音はせんぞ」
ここの廊下は人が歩くとキィキィと音が鳴るようになっている。
ハマーはその音で人が来るかどうかを確認していたようだ。
「気配ぐらいは掴めるようになっておけよ」
そう言うとハマーは唖然としていた。
これくらいで驚かれても困るのだが。
直後に廊下の方から音が聞こえてきた。
「マジか……」
「今は相手に集中だ」
「おっ、おう」
俺の注意にすぐ表情を引き締めていた。
思ったほどは動揺していなかったようで何より。
そして商人ギルドの人間が入室してきた。
背の低い老人と孫かと思わせるような若い女のコンビだ。
俺たちは席を立つ。
「お待たせいたしましたな」
老人がニッコリと笑いながら言った。
読んでくれてありがとう。




