76 お姫様は天然娘?
改訂版です。
加減したと思っていたら、まるで加減が足りませんでしたとさ。
『やってらんねー』
ここまでくると自棄クソである。
生活魔法を拡大して展開するぞ。
『杖なし無詠唱でどうだ、ドン』
昔の海外ドラマの魔女主婦みたいに口をグニグニ動かしたりもしない。
余計な動きをする分だけ面倒だからな。
『無茶をする』
ツバキの念話が飛んで来た。
苦笑するような感じだ。
『気を遣ったつもりがダメだった。
どうせダメなら出し惜しみしても意味ないよな』
『それで、まとめて全員の汚れを落としたのか』
『そゆこと』
全員の汚れを綺麗に落とせば血生臭い匂いもしなくなる。
陰鬱な気分も吹き飛ぶってもんだ。
『大賢者だろうが大魔導師だろうが好きに呼んでくれってな』
『彼奴らを見てもそれが言えるか?』
ツバキに促されて視線を向けた先は……
ハマーが呆れたように首を振っている。
ボルトは顎が外れたのかと思うくらい大口を開けていた。
『それだけではないぞ』
クリスお嬢様は瞳をキラキラさせて感動している様子。
メイド長マリア女史まで瞳が潤んでいますよ。
護衛隊長のダイアン女史や副隊長のリンダ女史までもが同じ状態。
あ、部下の4人もね。
『いやー、無茶したって実感できるねー』
やって後悔、後の祭りちゃんだ。
『いい迷惑なんだが』
『あ、ツバキがやったと誤解されているのか』
『どうしてくれる』
どうしよう?
まあ、これを言うとツバキがお冠になってしまう。
『ならば上書きするしかないな』
俺はツバキから杖を受け取り少し離れた場所まで移動した。
術式を構築し展開する。
もちろん無詠唱だ。
『演出は必要か』
生活魔法よりもインパクトがあるからな。
それっぽくしないと腰を抜かす者が出かねない。
そんな訳で、おもむろに杖を地面に突き立てた。
それに合わせて淡く輝く大型魔方陣を地面に投射させる。
「出でよ、ゴーレム!」
次の瞬間、魔方陣が一気に光を放った。
光の奔流が周囲を包み込んだ。
見ていた者たちの視界を遮断する。
「うわっ!」
「なんだっ!?」
「眩しっ……」
誰かの声が聞こえてきたが、いちいち識別なんてしない。
この後の反応を考えると憂鬱で気にするのも億劫だ。
なんにせよ魔法は発動させた。
後戻りはできない。
光が徐々に消えていく。
その中から8頭の馬が現れた。
すべて手綱と鞍つきだが生身の馬ではない。
「こっ、これはっ!?」
真っ先に叫んだのは隊長だった。
「ゴーレム……
それも馬型の」
呆然とした面持ちで呟いたのはメイド長のマリア女史だ。
「さすがは賢者様です!」
その声に振り向くとクリスお嬢様のテンションが急上昇中であった。
ボウ・アンド・スクレイプで一礼。
「これを使うといいでしょう」
「よろしいのですか?」
そう尋ねてきたのはマリア女史だ。
「ジェダイト王国にしか向かわない木偶で良ければ」
「願ってもないことです。
そこまで辿り着けるなら馬も借りられるでしょう」
そう言いつつもマリア女史の表情は硬い。
お姫様なんて瞳のキラキラ度が更に上がっていたけどな。
『ゴーレム馬が引く馬車に乗れるのが、そんなに嬉しいかね』
「ただ、問題があります」
硬い表情のままマリア女史が言った。
見当は容易につくので先手を打ってみる。
「門前で揉める恐れがあると?」
「はい」
まあ、普通はそうだろう。
どう見ても生身でない馬で来るのだからな。
得体の知れない怪しい一行扱いされてもおかしくはない。
「では、我々が御案内しましょう」
「よろしいのですか」
ここまでしたのなら門前までは面倒を見ないと薄情というものだろう。
街へ行くのは明日以降になるが仕方あるまい。
「ええ、魔物がまた出てこないとも限りませんし」
「助かります」
マリア女史が深々と頭を下げた。
護衛騎士たちもハッとした様子を見せて礼をする。
「ありがとうございます」
クリスお嬢様は感謝の意を述べるに留まったが、これは王族だからだろう。
特に気にはならない。
「お気になさらず」
まあ、他に気にしなければならないことがあるがね。
「うちの者が馬車を取りに行ってます」
指示をしなくても既にドルフィンとハリーが行動に移っている。
案内をする以上、ここまで引っ張ってこないとね。
「今のうちにゴーレム馬を繋いでおいてください」
そう言うと護衛騎士たちは一礼してからキビキビと動き始めた。
更に荷物の確認もした方がいいだろうと言ってお姫様たちも馬車の方へ向かわせる。
ある程度、離れたのを確認してから風魔法を使った。
頬に当たる風に気付いたハマーが俺の方を見る。
「魔法でこちらの声が届かないようにした」
「内密の話か」
「デリケートな問題がある」
そう言うと一瞬だが顔を顰められてしまった。
「言っとくが、向こうさんにとってだからな」
「ふむ、聞こう」
「その前に確認しておきたいんだが」
「何だ?」
「お姫様たちが来るって話はあったのか?」
「ああ、あった。
聞いていた予定より遅れているがな」
遅れた理由は見当がつく。
特注品らしい馬車が不必要に重く作られているのだ。
当然、馬がへばりやすくなる。
襲撃を受けなくても明るいうちに辿り着けたか怪しいところだ。
ここからは山道も急になっていくからな。
そのせいか、ここは休憩場所としても使えるように開けた場所になっている。
現に、お姫様の一行は馬を馬車から外して休憩していたようだし。
そこを後を追ってきた連中に襲われたということのようだ。
待ち伏せしなかったのは警戒されることを考慮したからか。
襲撃者の思惑がどうであれ下見をした上での計画的な襲撃だろう。
その割に護衛の力量が襲撃者のそれを軽く上回っていたが。
『策を弄したがる割に詰めが甘いな』
「馬車に問題がある」
「なんだと!?」
険しい顔をして見てくるハマー。
まるで俺が責められているかのようだ。
「俺が何かした訳じゃないぞ?」
「いや、スマン」
「それはいいが、彼女らは何のためにジェダイト王国を訪れるんだ?」
「定期的な表敬訪問だ。
交易で持ちつ持たれつなんでな」
「訪れる方は、お土産の品を持参するよな」
「ああ、今回もいつも通り酒だとは思うが?」
ハマーは何故そんなことを聞くのかと言いたげに困惑している。
「荷物専用の馬車に積んでいると」
「他に何がある」
「だよな」
そう言うと不満そうな目を向けられてしまった。
分かるように話せと言いたいのだろう。
「今のままだと問題になるって話だ」
「なに!? どういうことだ?」
「二度手間になるから向こうで説明する」
俺はそう言うと風魔法をカットして彼女たちの元へ向かった。
慌てて俺の後をついてくるハマー。
「失礼」
「なんでしょうか」
俺の呼びかけにマリア女史が手荷物を確認していた手を止めて応答した。
「今回の主犯がこの馬車を手配した恐れがあると言ったら、どうします?」
「っ!?」
割と冷静なタイプだと思っていたメイド長も俺の言葉に虚を突かれたようだ。
すぐには反応できずに声を詰まらせた。
「私が犯人なら中身をすり替えるかもしれません」
かわりにクリスお嬢様が答える。
「盗賊の仕業として皆殺しにしてしまえば証拠も荷物もどうにでもできますし」
そう言うと全員に命じて土産の荷物を開封して調べさせ始めた。
『暗殺を企てた犯人より頭がいいんじゃないか?』
そんなことを考えながら待っていると──
「姫様、大変です!」
副隊長のリンダが大きな声を発しながら短い距離を駆け寄ってきて空瓶を見せに来た。
先に鑑定して知っていたので俺は驚かない。
予告されていたも同然のハマーは一瞬だけ目を見開いた。
後は唸り声を上げそうなしかめっ面になっている。
「困ったわね」
お姫様の口振りは困っている風なのに、そうは見えない。
「贈り物の品すべてがこの状態なの?」
冷静にリンダに確認しているからだろうか。
「今のところは……」
その返答にクリスお嬢様は考え込み始めた。
「今回はお土産を多めにしたから馬車が重くなったと言われていたけど、違ったのね」
そう言ってハッとした顔になった。
自分の発した言葉に気付かされたようだ。
「馬車自体が重いということ?」
はい、正解。
なかなか優秀なお姫様のようで。
「賢者様はそこまでお気づきだったのですか?」
俺は何も言ってないんだけど。
勘も良いようだ。
「賢者というものは物の真贋の見極めなどもしておりますゆえ。
そういうことを続けていると、見てくれに騙されることも少なくなります」
適当なことを言って誤魔化しておこう。
「お若く見えるのに凄いですね」
見えるっていうか成人して間もない16才ですから。
なんと返事をしようかと考えていたところに追加の報告が入ってくる。
「姫様、全滅です」
悲痛な声で報告がされた。
「あらー、困ったわ」
そうは言いつつも、お姫様は落ち着いている。
困っているようには見えない。
威厳とかあればどっしり構えていると言えるんだろうけど。
「このような空瓶をお土産にはできませんし」
どう見ても能天気にのほほんとしているようにしか見えない。
最初はエキゾチックな雰囲気の美少女だと思っていたんだが。
『あれって死にかけていたメイド長を助けようと必死になっていたからなのか?』
よほど大事な人らしい。
下手すると肉親より大切な存在なのかもな。
ともかく彼女の地の部分は天然形ほんわか少女の可能性が高い。
計算づくで演技している可能性もゼロではないけど。
「姫様……」
護衛騎士たちは不安げな面持ちだ。
クリスお嬢さんが恥をかくとか考えているのだろう。
「ひとつよろしいか」
ハマーがお通夜な面々に声を掛けた。
「なんでしょうか?」
応じたのは隊長のダイアンだ。
「荷物のことは気にすることはない」
「ですが……」
「事情が事情なのだ。
我らの王も礼を失したとは思うまい」
「いや、しかし」
「それでいいじゃないですか」
お姫様はアッケラカンとしている。
「無いものは無いのだから仕方ありません。
グズグズしていても何も解決しませんよ」
「それは、そうですが」
難色を示すダイアン。
「ただでさえ予定していた日から遅れているのです。
別の品を用意するために引き返して更に遅れる方が失礼というものでしょう」
「分かりました」
ダイアンの同意後は特に不満や不安を表に出すこともなく全員が素直に従っていた。
『天然の雰囲気を保ったままカリスマ性を発揮とかスゲーわ』
腹黒より天然の方が手強いのかもしれん。
だが、それよりも気にすべきことがある。
今まで空瓶に気付かなかったのは何故か。
手配した人間を信用していたからとも考えられるが。
それは馬車が動き出すまでの話だ。
大量に酒を運んでいるはずが中身がないのであれば速く進めるはず。
が、実際は逆だった。
馬車自体が重くなっているのは明白である。
『馬車が残れば調べられるって分かるだろうに』
しかも空荷の馬車が重いとなれば尚更である。
王族が使う馬車はたとえ荷馬車でも派手で目立つから荷物の回収では使えない。
馬車を用意した奴が怪しまれることをまるで考慮していない。
色々な可能性を考慮してみるが……
『やってることがチグハグなんだよなぁ』
読んでくれてありがとう。




