75 面倒くさい話が出てくる
改訂版です。
「我々を巻き込むのは勘弁してもらいたい」
何に? と言われれば、お姫様の暗殺未遂事件である。
彼女らを最初に襲ってきたのは偽装盗賊だった訳だ。
連中の装備品を見れば素人でも偽装だと気付くだろう。
剣も鎧もお揃いで鑑定するまでもないような新品だ。
どう見ても盗賊の訳がない。
それだけなら強弁する余地はあるか。
襲撃した武器商人から手に入れたぐらいは言えるかもね。
が、己の身分を証明するようなものを所持している時点でアウトである。
実用性より見せることを重視した装飾の短剣なんだが。
こんな物を盗賊全員が持っている時点でおかしい。
鑑定するとゲールウエザー王国の騎士団に所属する者に与えられる代物だった。
しかも名前が彫り込まれている。
ドッグタグみたいなものなんだろう。
王国の上の方の人間に命令されていますと言っているようなものだ。
『こういう汚れ仕事の時に持ってくるなよ』
どう見ても不慣れなのが明らかだ。
ちなみに濡れ衣を着せるための工作でもない。
盗賊の素性は鑑定して判明しているからな。
「何を仰っているのか……」
困惑するような素振りでメイド長のマリアが返事をした。
クリスお嬢様は、何のことだか分からない様子で戸惑っている。
「どうした、ハルト?」
ハマーが近づいてきた。
他の面々も一緒だ。
ハマーやボルトはそうでもないが、護衛騎士たちは表情が硬かった。
雰囲気から揉め事だと察したようだ。
「厄介ごとに首は突っ込まないと宣言したところだ」
「どういうことだ?」
ハマーだけでなく女性騎士たちも困惑気味である。
マリア嬢は表情が硬いので俺の言いたいことに気付いているのは間違いないだろう。
「ハリー」
「はい」
俺が呼ぶと忍者のように即参上してくれた。
「とりあえず、これを」
短剣を手渡してくれた。
俺が何を要求しているのか察してくれているのがありがたい。
「こういうこと……おや?」
動かぬ証拠を見せようとしたら、場にいた全員が唖然としていた。
「どうした、ハマー?」
「なんなんだ、お前らは!?」
言っている意味が分からない。
「非常識すぎるんだっ」
女性騎士たちも頷きこそしないものの同意したげな目を向けてきていた。
「どのあたりがだ?」
ピンと来ないので首を傾げたのだが。
それがハマーにはもどかしかったのだろう。
唸り声を上げる犬のような顔をされてしまった。
「ひとつ、崖から平然と飛び降りた」
指を1本立てて言ってくる。
いくつかあるらしい。
「ちょっと高かったか」
「ちょっとどころではないわっ」
吠えられた。
「ふたつ」
2本目の指が立てられる。
「常識外れの魔法」
これには女性騎士たちがしきりに頷いていた。
まるで本気ではなかったとは言えない雰囲気である。
「みっつ」
3本目だ。
「瞬時に現れて瞬時に消えた」
「ハリーのことか?」
聞けば全員が頷いていた。
忍者チックな登場の仕方がかなり驚かせる結果になったらしい。
「うちじゃ当たり前だからなぁ」
忍者集団の中で生活してるからね。
十メートル程度の崖とか、うちの国民は全員が普通に飛び降りることができる。
素早い移動にしてもそうだ。
魔法?
忍術みたいに考えれば、そう常識外れでもないと思うのだが。
「何処にあんな非常識な当たり前があるっ!?」
「俺んとこ」
ハマーがガックリと項垂れた。
「王から非常識だと聞いてはいたが……」
「ハマーは俺が決闘したときに観客席にいたろ?」
アネットがブチ切れた後の高速戦闘を目撃しているはずなんだが。
「あれで限界と思うのが普通だ。
おまけに、あの3人まで……」
そこまで言って頭を振る。
ドルフィンたちも俺と同程度だとは思わなかったと言いたいのか。
ハマーの口振りからするとミズホ国の水準が想像以上に高いことに気付いたってとこか。
「そこまで言うなら非常識ってことにしておくよ」
「当然だっ」
鼻息も荒く主張するハマー。
こちらとしては反論したいところだが、エンドレスなのは目に見えている。
面倒くさいので引いておく。
それよりも短剣である。
「これに見覚えないか」
ゲールウエザーの面々に確認させるべく短剣を差し出す。
彼女ら全員が顔色を変えていった。
「これは……」
返事を言い淀むマリア。
「我が国の騎士団に所属する者だけに与えられるものだ」
護衛の1人が口を開いた。
隊長らしき女性騎士だ。
「身分証として使われている」
「本人の名前を刻み込んでいるからだろ」
「そうだ」
返事をした隊長に鞘に収まったままの短剣を渡した。
受け取ると名前を確認。
「……………」
信じられないという面持ちで頭を振った。
「聞いたことのある名だ」
直接の面識はないのだろう。
まあ、刺客を差し向けるのに面の割れた相手を送り込む訳はないが。
「盗賊の持ち物にしちゃ豪華すぎるよな」
「確かにそうだが……」
隊長は悩ましげな表情をしていた。
短剣1本では奪われたとも考えられるからな。
「盗賊に扮していた連中は全員が同じ物を所持しているぞ」
「なんとっ!
それは真ですか!?」
疑わしい状態に頭を悩ませていた隊長もこれには唸らざるを得ない。
「俺が嘘ついても何のメリットもない。
こうして呈示したのは関わりたくないからこそ注意を促したと思ってくれ」
「隊長さん」
ここでお姫様が隊長に呼びかける。
「いかがなさいましたか」
「私が狙われていたのですね」
確認するような問いかけだった。
どうやら襲われるまで暗殺目標にされていることに気付いていなかったようだ。
陰謀などとは縁遠い生活をしてきたらしい。
だが、気付いてしまった。
『そして逃避しないことを選択した、と』
毅然としていて傍目にも見えない圧があるのが分かる。
直接、向けられる隊長には何倍にも感じられたことだろう。
「……はい」
マリアの方をチラリと見やりはしたが、隊長は抗いきれずに肯定の返事をした。
それを受けてお姫様がメイド長を見る。
「申し訳ございません、クリス様」
マリアが深々と頭を下げた。
「陛下が血なまぐさい話から遠ざけるようにと仰せでしたので」
『国王が娘を溺愛した結果か?』
だとしたら今回の件で怒り狂うのは確定事項になるな。
けど、自分の娘を世間知らずにしてしまった罪は重い。
『王位継承権だってあるのに』
このお姫様が王位継承すれば外交や戦争関連に弱点を抱えることになりそうだ。
周囲が優秀なら、なんとかするかもしれないけど。
「では、マリアが謝ることではないわね」
「ですが……」
「悪いのは間違いなく父上よ。
来年には成人しようという人間が世間知らずでは話にならないわ」
辛辣だ。
『父ちゃん涙目になるぞ』
内心で苦笑していると、お姫様がこちらに向き直った。
「賢者様の仰りたいことは理解しました。
命の恩人にそこまで助勢を願うなどできません。
これは元より我々の問題です。
解決も自力で行うのが筋というものでしょう」
「そう言ってもらえるなら何よりで」
だが、このお姫様なら少しは手伝ってもいいかという気になっていた。
こういうトップなら面倒なことになりにくいだろうし。
何より好感が持てる。
「アナタたちも賢者様にお礼を言わないとダメよ」
そして、お姫様が護衛の騎士たちに注意する。
「「「「「っ!」」」」」
隊長だけでなく他の護衛たちもハッとして直立した。
「失礼しましたっ。
先程の御助勢、誠にかたじけなく存じます」
まず隊長が頭を下げた。
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
女性騎士たちも全員が躊躇なく頭を下げてくる。
「いや、礼には及ばない。
通り道の掃除をしているだけだ」
「本当に賢者様は奥床しい方ですね」
クリスお嬢様がそう言いながら楽しそうにクスクスと笑っている。
「それは買い被りというものですよ」
『あー、なんか長くなりそうな感じだ』
そういう考えが顔に出ていたのかもしれない。
半ば唐突にクリスお嬢様が護衛の面々を紹介してくれることになった。
明らかに話題の切り替えだが、気にしないことにする。
『時短になれば何でもいいや』
まずは護衛隊長から。
ダイアン・クラウド女男爵。
今の俺とほぼ同じ背丈で青い髪を短く切り揃えた美人さん。
隊長と呼ばれるに相応しい精悍さも合わせ持っている人物だ。
緑色の髪を少し伸ばしているのが副隊長のリンダ・リーブス女準男爵。
背丈は隊長より少し高いが、若干ヒョロッとした印象である。
ドレスなんかが似合いそうなスレンダー美人だ。
で、隊長も副隊長もお姫様の直臣なんだってさ。
残りの護衛は隊長と副隊長がそれぞれ連れてきた部下だそうだ。
隊長が連れてきたのがミリアム・ベイカーとイザベラ・ローレン。
副隊長の方がモリー・ハートランドとアデル・ハートランドの姉妹。
『登録完了と』
【諸法の理】は本当に便利だ。
彼女らのことを覚えていなくても画像検索で情報を引っ張り出せるからな。
そんなこんなをしている間に後始末の方は最後の仕上げを待つばかりとなっていた。
「結構な量ですね」
クリスお嬢様が普通に見学しようとしている。
積み上げられた魔物の山を見ても動じていないのは大したものだ。
その下の偽装盗賊や犠牲になった馬の成れの果てを見ても平気かどうかは不明だが。
少なくとも俺は見たくない。
『グロは嫌なのだよ』
「では、燃やすぞ」
ツバキがそう予告してから適当な呪文をもごもご唱え始める。
面倒だけど、いきなり火がついたらお姫様たちがビックリするからな。
「「「「「………………………………………」」」」」
数分後、ゲールウエザーの面々が言葉を失っていた。
すべてを燃やし尽くした結果だ。
『やり過ぎだったか?』
『そのようだ』
ツバキと念話で反省会をするハメになってしまった。
ちゃんと加減しているのでご心配なく、なんて間違っても言えそうにない。
読んでくれてありがとう。




