70 後始末に私刑が加わる
改訂版です。
鑑定してみた。
どうにか矯正する余地はあればと思ってのことだ。
「………………………………………」
ネイルは実年齢25才に対して精神年齢が5才未満。
それがすべてであった。
知恵をつけた野生動物に等しいらしい。
ヒンジも似たようなものだってさ。
『ガブローと同い年でこれって終わってるよな』
これ以上、精神的に成長させることは不可能という結論に達した。
精神的な子供という意味では何処かの亜神様もそんな感じだが決定的に違うことがある。
あちらは単に面倒で迷惑なだけだからな。
根に持って復讐なんて考えたりしない。
善意の押し売りみたいなことはするけどね。
ちょっと問題あるけど神様一歩手前の存在なんだし、当然と言えば当然か。
比較すること自体がおこがましいし間違っている。
とにかくどうしようもない2人という結論は出た。
ならば後は俺がどうするかだ。
接近禁止を言い渡すのはナンセンスだろう。
こちらが無視したくても、向こうは復讐したがるのが目に見えている。
ならば復讐など考えられないようにするまで。
悪しき感情を抱くほど弱体化するなら復讐も実行には移せまい。
憎しみを募らせても体が動かないんじゃ、どうしようもないって訳だ。
常時発動で継続させる必要がある。
【諸法の理】で調べたところ、呪いの魔法が該当するようだ。
対象が存在し続ける限り継続する魔法の中では圧倒的にコストが低い。
呪いが効果を発揮すると魔力が増幅されるらしい。
それ故、感知されやすいのが欠点だ。
『解呪されるのは嫌だな』
それを防ぐ方法はいくつかある。
単純なのは呪いを強力なものにすること。
ただ、これは周囲を呪いの範囲に巻き込みつつ魔力を奪うんだと。
魔力コストの問題らしい。
『却下だ』
手間のかかる方法は対象者の体を魔道具に見立てて術式を刻み込むというもの。
その中でも最も簡単な方法が入れ墨を彫ることだ。
この場合、解呪されるに等しい欠点がある。
術式が刻み込まれるのは体表面だから削り取られると終わりなのだ。
俺は理力魔法で体の中心部に刻み込むことで対処するから関係ないけどな。
あと入れ墨の場合は対象者の拘束時間がネックになる。
これも、俺なら【多重思考】で高速かつ広範囲に刻み込みができるから短時間で済む。
『この方法でやるか』
俺なら読み取り不可なくらい微細な刻み込みができるからな。
念のために全身に術式を刻み込む。
効果は重複しないが、いくつ欠けようと効果は失わない。
これで解呪の心配がなくなった。
ならば後はどういう効果を持たせるかだ。
あまり派手にやると、即死しかねないからな。
とりあえず消費する魔力量を制限して威力を調整しよう。
最初は怠さを感じるだけだが蓄積すれば動けなくなるほど衰弱するぐらいがいい。
ただし、常に復讐心をたぎらせるような状態だと、その状態までまっしぐらだ。
反省するなら回復もありにしておくか。
改心するとは思えないから、あんまり意味はないだろうけど。
『さて、じゃあ始めるか』
術式を記述していくのだが、問題がひとつ。
ネイルがボロボロだ。
ヒンジも重症レベルである。
このまま呪いを刻み込むとネイルは今日中に死にかねない。
最終的に衰弱死したとしても知ったことではない。
が、反省なり後悔なりする時間がないのは考え物だ。
普通に考えれば回復させながら刻み込むのがいいだろう。
ただ、どうするかは現場責任者に確認した方が良さそうだ。
場合によっては呪いなど意味がない結果になるかもしれないし。
「ハマー」
「どうした?」
「この2人は、どうするつもりだ」
ハマーが嘆息した。
「ちょうど、それを考えておった」
「そうかい」
「まず、連れては行けんな。
王の顔に泥を塗ったのだから」
「俺も御免だな」
「このまま放置しても回復すれば同じことの繰り返しになるだろうし」
「治療しないのが罰ということか」
自業自得だから回復も自分でどうにかしろということらしい。
「そうなる」
自己責任で終わらせるのも普通ならありだと思う。
「だが、こいつらには生温いと思うがな」
「そこなのだ」
ハマーが渋い表情をした。
「これ以上、痛めつけるとヒンジはともかくネイルがな」
処刑するほどじゃないと言いたいのか。
おそらく、コイツらは人殺しまではしていないのだろう。
そこまで行き着いているのであれば、ハマーも判断に迷わなかったはず。
「なら、2人とも終身刑にするのはどうだ」
「終身刑とな?」
ハマーが怪訝な表情をする。
禁固刑の概念がないのだろうか。
「死ぬまで檻の中に放り込んで自由を奪う刑罰だ」
「ふむ、反省房に入れる期間を長くする訳か……」
ブツブツとハマーが呟き始めた。
待つことしばし。
「王と相談せねばならんが、それが妥当だろうな」
「なら仮に反省房とやらへ放り込んでおけばいいんじゃないのか」
「うむ、それもそうだな」
ハマーが門番を呼びつける。
担架を用意してそのまま運ばせるつもりのようだ。
「ちょい待ち」
「なんだ? どうした?」
「一応、治療しておく」
「は?」
意味が分からないと言わんばかりの表情になるハマー。
「此奴らの所業を考えれば、そこまでする義理はないぞ」
ハマーの言うように義理はない。
だが、後悔するくらいはしてもらわないとな。
「簡単に死なれちゃ反省もさせられんぞ。
長く自由を奪われるというのは精神的な負荷が半端じゃないからな」
「そういうことか」
「それに終身刑になるかどうかはガンフォールの判断次第なのだろう?
だったら怪我の分を差し引かせないようにすれば判断がそちらに傾きやすいよな」
俺が話し終えるとハマーの表情が引きつっていた。
「エグいことを考えるな」
「慎重に考えていると言って欲しいな」
「好きにしろ。
殺しても文句は言わんよ」
大胆な発言である。
「此奴らは、王の客人を殺そうとしていたからな」
向こうが構わないと言うなら俺に忌避感はない。
日本にいた頃とは倫理観が大きく変わってしまっていたからね。
ただ、それだとせっかく考えた術式が無駄になる。
そんな訳で当初の予定通りに処理することに決定。
まず最初に魔法で眠らせる。
回復した途端に暴れるのは間違いないからな。
2人が眠ったら治癒魔法をカモフラージュに理力魔法で術式を刻み込んでいく。
光の粒を降り注がせて治癒魔法っぽく見せた。
徐々に回復させる形にして治癒魔法を強く印象づける。
わざわざこんなことをするのは呪いから注意をそらすためだ。
俺のやろうとしていることが私刑そのものだからな。
しかもねちっこいし。
なるべくなら呪いをかけていると気付かれない方がいいと判断した。
『俺も結構な悪党だ』
密かに私刑に処すわけだから。
だが、これも身内や知り合いに被害を出さないためだ。
遺恨禍根の芽は摘み取るまで。
そこに妥協など挟み込む余地はないのだよ。
こういうことは今回だけとは限らないからな。
ルボンダとかいう貴族にも間接的に関わったし。
これから行こうとしているギルドでも問題ないとは言い切れないし。
特に冒険者ギルドの方は覚悟が必要だと思う。
商業ギルドはドワーフの紹介が入るから大丈夫だと思うんだけど。
脱ぼっちも楽じゃない。
そんなことを考えながら、たっぷりと時間をかけて治癒魔法をかけた。
ただし完治はさせない。
怪我をしていないような見た目になれば充分だろうさ。
今の状態でも目を覚ましていれば、コイツらは暴れるだろうし。
『まあ、派手に暴れればそれだけで苦しくなるだろうけど』
体の芯にダメージが残った状態で呪いが効果を発揮するしな。
これで終身刑とならなくても2人が俺に関わってくることはないだろう。
呪い様々である。
ちなみに呪いとは効果は正反対だが似たような働きをするのが祝福の魔法だ。
『なんか食べ物の腐敗と発酵の関係に似ているな』
ふと、そう思った。
ネイルとヒンジには縁のない話だけどな。
「終わったぜ」
「うむ、すまんな」
「いいや、俺としては今後コイツらと関わることがなければ充分だ」
「そこは間違いなく履行すると約束しよう」
「頼むぜ」
そして暴れた2人は担架に乗せられ運ばれていった。
それを見届けると、周囲の空気が和らいだ気がした。
不届き者が排除されたことで周囲にいた者たちの緊張が解けたからだろう。
俺がガンフォールの客人だということが大きく影響しているみたいだな。
誰も彼もがピリピリして状況の変化を見守っていたし。
中でも特に思い詰めた感じで表情を硬くしていたのがボルトである。
身内がやらかしたことだからな。
責任を感じているのだろう。
「申し訳ありませんでした」
俺の前に来て深々と頭を下げた。
「気にしてないぞ。
お前はまともだったからな」
ただ、ひとつだけ気になることがある。
「これからどうする?」
「お許しいただけるなら同行させていただきたく」
『そういう意味で聞いたんじゃないんだが』
思わず苦笑が漏れた。
「それは了承した」
俺の返事にボルトの表情が明らかに緩んだ。
完全に緊張が解けたわけではないので安堵の溜め息を漏らすほどでは無かったが。
「ただなぁ、今後のことを考えなきゃならんだろう?」
ボルトが虚を突かれたように目を丸くした。
俺がそんなことを言うとは思っていなかったようだ。
「あの運ばれていった兄が跡継ぎだったんじゃないのか?」
どういう結果になるにせよ、ボルトが忙しくなるのは間違いあるまい。
親や親族へ説明をしなければならないだろうし。
ネイルが廃嫡になれば、ボルトが跡継ぎになる訳だし。
「すでに次はないと言われていましたから縁は切れるでしょう」
どうやら廃嫡どころか縁切りまで検討されていたようだ。
今回は断罪の場であり最後のチャンスだったと。
それを憐れだとは思わない。
むしろ、そんな状況でああも簡単にキレられるのが凄いと感心させられてしまった。
鑑定して病気でないのは確認済みだ。
開き直っていたとしか思えない。
そんなことを考えていたら──
「私も同様です」
ボルトがおかしなことを言い出した。
が、それはハマーによってすぐに否定される。
「お前は問題ない。
処分対象外だ」
「ですが、色々とやってきたのは事実です」
前科があると言いたいらしい。
「それもネイルが強要したからなのは知っておる」
ハマーの言葉にボルトは愕然とした表情となった。
そこまで知られているとは思っていなかったのだろう。
「見る者は見ておるということだ。
お前のこれからに期待している」
ボルトは、すぐ我に返って深々とお辞儀をした。
「ところで相談なんだが」
ボルトが頭を上げるかどうかのタイミングでハマーが俺に声を掛けてきた。
「相談?」
「補充人員がな……」
どうにも歯切れが悪い。
「バカ2人を連行していった中におるのだ」
「それで?」
「すぐには帰って来られなさそうでな」
「今いる面子で充分だが」
「道中はそれなりに危険だぞ。
魔物や盗賊と遭遇することを忘れてはいかん」
「俺たちに護衛が必要だと思うか?」
言外に道案内と商人ギルドでの紹介ができればそれでいいという言葉が含まれている。
まあ、そこまでぶっちゃけるとさすがにドワーフのプライドが傷つくだろう。
十分に傷つける発言ではあるが、今更感がある。
「そういえば他の3名も強いという話だったな」
ガンフォールから聞かされているらしい。
「道中は道案内に専念すれば問題ないようだな」
ハマーはそれで納得したようだがボルトは何か言いたそうだった。
口を挟んでこないので何が言いたいのかは分からない。
『まあ、その時になれば分かることだ』
いずれにしても事故だけは起こさないようにしないとな。
読んでくれてありがとう。




