69 ドワーフはキレると狂戦士になる?
「ガアアアアアァァァァァァァッ!」
ネイルが吠えた。
目が血走っている。
『どうやら既に正気じゃなさそうだな』
吠えきったネイルが肩をブルブルと震わせ始めた。
「……ス、…ッ……ニ………テ…ル」
今度は俯きながら何かブツブツと呟いている。
絶対に殺すんだそうだ。
表情は伺い知れないが怒り心頭に発す状態だろう。
そして隣に立つボルトが凍り付いていた。
弟が極めつけにヤバいと感じている状態か。
『完全にブチ切れたか』
ネイルの手が背負っている鉞の柄に伸びていく。
それを見たボルトが──
「よせ、兄者!」
先程のように槍の柄を柵代わりにしようとした。
「黙れぇっ!」
「うわっ」
片手で槍の柄を掴んだネイルがボルトを槍ごと振り回して投げ飛ばした。
『ハンマー投げかよ』
内心でツッコミを入れる俺に対してネイルが前に踏み出した。
重く力感のある1歩だ。
目は真っ赤に充血し、ふーふーと肩で息をしている。
髪の毛は逆立っていた。
『喧嘩腰の猫だな』
あんな風に可愛らしい見た目ではないがな。
その証拠にハマーが険しい表情をしていた。
周囲への被害を懸念していると思われる。
当のネイルはお構いなしに鉞をブンブン振り回している。
威嚇のつもりらしい。
手慣れているらしく、そこそこ迫力がある。
こんなのが日本の街中に現れたら、確実に通り魔扱いされるだろう。
そもそもアネットやヒンジのようにプッツンしやすい奴が多すぎる。
ボルトのように理知的に行動できる者もいるけどね。
故にドワーフ全体でそういう傾向があるという訳でもなさそうだ。
どうやら横柄な態度を取る一部の例外が極端なキレ方をするらしい。
傍迷惑なこと極まりない話である。
矯正できそうなアネット以外は厄介者でしかないな。
俺に言わせれば、ただのアホだ。
鉞を振り回すだけでも相応の情報を得られるからな。
『自分の強さを誇示するだけのことはあるか』
鉞の扱いは一流と言える。
グルグル回転させたりするのは中国武術的な感じがするけど。
こちらにそんなものはないので我流だろう。
それだけに粗も多い。
そして我流の戦闘術と言えばアネットだ。
体格差からパワーはこちらが上だが、スピードでは遥かに劣る。
ネイルの狙いは単純。
威力の高い攻撃を相手に意識させることで硬直させて必殺の一撃をってことだ。
回避能力が高くても動きが硬くなれば当てるのは難しくない。
外しても体勢を崩させたり更に畏縮させることで次が当たりやすくなる。
「うりゃあっ!」
俺が棒立ちでいるのを狙い通りになったと思ったのだろう。
一気に踏み込んできて渾身の一撃が頭上から振り下ろしてきた。
盾職殺しのオーバーキルアタック。
唐竹割りの直撃コース。
「ダメだ!」
ボルトは叫びながらも目を瞑っていた。
最悪の結末を脳裏に描いたか。
『温いけどな』
眼前まで迫った鉞の刃を片手を出してヒョイと摘まんだ。
額まで数センチのところでピタリと止まる。
「ほらほら、どうした?」
「なっ!?」
その呻くような声はボルトのものであった。
驚愕の表情で固まっている。
『目を閉じたり開ききったり、忙しい奴だな』
「勢いつけてきた割に簡単に止まったぞ」
俺の挑発にネイルが凶悪な形相で歯をむき出しにした。
「ふぬうぅっ!」
筋肉を隆起させて力を込めてくる。
が、微動だにしない。
「おいおい、それで全力か?」
もひとつオマケとばかりに挑発するとネイルが鬼の形相になった。
どうやら忠告や制止に聞く耳を持たなくても、こういうのは通じるらしい。
『都合のいい耳してるなぁ』
「ぐおおおあああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
吠えるように絶叫しながら更に力を込めてきた。
真っ赤な顔になって筋肉を隆起させている。
「────────っ!!」
食いしばった歯の間から声にならない呻きが漏れ出てきた。
正真正銘のフルパワーを出そうとしているのだろう。
それでも鉞は1ミリたりとて動くことはないんだけど。
周囲の様子を覗う余裕もある。
ボルトは口までまん丸に開いていた。
奴の中では驚きが増幅しているようだ。
ハマーはアネットとの決闘を見ていただけあって驚かないと思ったのだが。
顔を引きつらせて固まってしまっていた。
『パワー勝負に切り替わったからか?』
俺をスピードに特化したタイプだと思っていたのかもしれない。
まあ、これで認識を改めるだろう。
向きになっているネイルに驚きはない。
憤怒の表情でひたすらに力押しをしてくるだけだ。
頭の中は怒りのみなのだろう。
だが、感情は無制限に燃やし続けることができても体力には限界がある。
押し込む力が徐々に弱くなってきていた。
「ほいっと」
掛け声と共に腕を伸ばし摘まんだままの鉞を頭上に持ち上げた。
さして力は入れていないがネイルごと持ち上がる。
「うわっ!?」
叫んだのはネイルではなくボルトだった。
持ち上げられた当人は反応できていない。
無言で振り下ろすとネイルの体が弓なりに反り返り──
「ズウンッ!」
地響きを伴う音と共に胸や腹から地面に叩きつけられる格好となった。
「ガハッ!」
地面が少し陥没した。
が、それでも鉞から手を離さない。
「見上げた根性だが、いつまで続くかな」
振り上げて振り下ろす。
「ズウンッ!」
更に地面が凹んだ。
「グハッ!」
まだ放さない。
最初から少なくないダメージが入っているのだが。
今ので肋骨の何本かは完全に折れたはずだし。
それでも一発のダメージはヒンジの方が上だ。
奴の場合はカウンターになっていたからな。
累積では上回っているけれど。
『しぶといのか我慢強いのか、どっちだろうね?』
振り上げて躊躇うことなく3回目の振り下ろしを実行する。
「ズウンッ!」
「ゲボッ!」
ようやくネイルの手から鉞が離れた。
が、意識はある。
間違いなく内臓までダメージが入っているのだが。
歯を食いしばって耐えている。
気を失えば負けだと言わんばかりだ。
『既に勝ち負けをどうこう言う段階じゃないだろうに』
碌に立ち上がれもしない這いつくばった状態にもかかわらず諦めの悪い奴である。
これだから根性至上主義の脳筋は嫌なんだ。
しかもアウトロー気取りの半端者である。
嫌な奴だが極悪犯罪者って訳でもないから殺す訳にもいかない。
実に面倒だ。
『付き合ってられんな』
苛立ち紛れに俺は鉞を振り回し始めた。
バランスの悪さなど意に介さずギュンギュンと正面で左右で頭上で回転させる。
そしてバトントワリングよろしく上方へ放り上げた。
キャッチする予定なのだが……
『上げすぎた』
なかなか落ちてこない。
待つことしばし、ようやく落ちてきた鉞は凄まじいスピードになっていた。
その上、回転スピードも落ちていない。
「ほいっと」
俺は落下スピードをたっぷりと乗せた鉞を片手で受けた。
ただ、いきなり回転を止めたりはしない。
鉞が壊れてしまうからな。
回転を落としてピタリと止めた。
ちょっとしたデモンストレーションになっただろうか。
少なくともネイルにはその効果があったようだ。
信じられないものを見たという顔をしている。
「ほら、返すぞ」
ネイルは未だに倒れたままなので目の前の地面に鉞を振り下ろした。
踏み固められた地面にサクッと刃が埋まる。
「っ!」
ネイルがビクッと身じろぎして顔を青ざめさせた。
さっきまで大人げなくキレまくってた人間とは思えないほどのビビりっぷりだ。
「わざとバランスを狂わせた鉞を使って悦に入っているようじゃ半人前だな」
挑発して怒りを再燃させようかと思ったのだが効果がなかった。
目は驚きに見開かれている。
まあ、返事がない時点で俺の言葉を認めているようなものだ。
「自分より強い相手には鉞のせいにするんだろ。
互角の相手にはそいつを使わせて自分の優位を印象づけるか?」
返事はないが、その顔には図星を指されたと書かれている。
「弱い相手は徹底的にいじめにかかるんだよな」
返事を聞くまでもないだろう。
態度を改めたボルトを今まで支配していたのを見ればな。
実に小物くさい。
というより根は小心者なんだろう。
それを、やたらと高い自尊心が邪魔をする。
そんな性根を熟成させて大人にしたのがネイルという訳だ。
どんなに時間をかけようと矯正は不可能だろう。
さて、どう処分したものか。
読んでくれてありがとう。




