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67 つくってみた『馬と馬車』

改訂版です。

 茶を飲めば少しは落ち着くようで。

 ガンフォールの肩から力みが消えていた。


 すると話は泥棒から冒険者チェッカーの方へと戻る。

 仕様の説明はしておかないといけないしな。


 一通りの説明が終わると──


「ハルトのことじゃから手の込んだことをするとは思ったが……」


 最後までは言い切らずに呆れた様子で溜め息をつかれてしまった。


「そうでもないよ」


「まったく、本来なら詫びなど無用なのだ。

 ハルトの気が済まぬようだから受け取ることにしたが」


「それを言うなら礼の品も過分じゃないか?」


「言いおるわ」


 ガンフォールはファッハッハと笑ったが、直ぐに表情を真剣なものに戻した。


「こうまでされては何かせずにはおれぬわ」


『それじゃ詫びの意味がなくなるんだが……』


 内心でツッコミを入れてしまった。

 俺の方もやり過ぎたかと思ったので反論はできないが。


「麓まで何人か同行させよう」


 麓まで同行すると何があるのだろう。

 それが分からず首を傾げてしまった。


「ギルドで登録するのじゃろう?」


 俺が怪訝な顔をしているとガンフォールにツッコミ入れられた。


「麓に街があるのか」


「それも知らんかったのか」


「山を下りればゲールウエザーという王国に行き着くのは知ってる」


 大山脈の南部と大森林地帯に挟まれている竜巻を太くしたような形状の国だ。

 人によっては空腹時の胃袋とか言いそうだけど。

 とにかく細長くて面積が大きい。

 国土が大陸の南端近くから中央近くまであるからな。

 世界で2番目に広い国である。


「それくらいは常識じゃ。

 いったい何処から来ておるんじゃ」


「それは秘密だ」


 ガンフォールが溜め息をついた。


「とにかく、じゃ。

 ここから山を下りるとブリーズという街に着く」


「どんな感じの街なんだ?」


「隣国に近いから商業が盛んだ。

 ワシの所とも交流があるから比較的信用できる方だろう」


『比較的ね』


「商人ギルドは紹介状を書くから心配はいらんだろう」


「そいつは、済まないな」


「それくらいはな。

 じゃが、冒険者ギルドは伝がないんじゃ」


「商人ギルドだけで充分だ」


「そういう訳にもいかんわい。

 それなりに腕の立つのを同行させよう」


 その後にボソッと呟いたのは聞かせるつもりがなかったのだろう。


「彼奴らしかおらんのが心配じゃが……

 何かあったとしてもハルトなら大丈夫じゃろう」


 スキルを使うまでもなくバッチリ聞こえていたがね。

 上位種の耳は伊達じゃない。

 まあ、知らない振りはしておこう。


「すまぬが──」


 ここでツバキが間に入ってきた。


「なんじゃな?」


 特に気にした風もなくガンフォールがツバキに視線を向ける。


「図々しいことを聞くようで申し訳ないが、同行していただけるのは何名だろうか」


 その質問にガンフォールは俺の方を見た。


「ハルトはあまり目立ちたくはないのじゃろう?」


「できればな。

 この面子だとほぼ無理だと思うが」


 威圧感のあるドルフィンが、まず目を引きそうだし。

 それにツバキの美貌は男女に関係なく人の視線を奪いそうだ。

 アホな目的で近寄る奴は瞬殺だけど、装備なしだと侮って寄ってくる奴もいるだろう。


『それっぽく見える装備を渡しておいた方がいいだろうな』


 魔族討伐の戦利品なら見た目も厳ついのが多いし威嚇になるはず。

 その上でツバキはフード付きローブで顔を見せないようにしておけば大丈夫か。


「ならば数名程度に抑えられるようにしておこう」


「すまんな」


「なんのなんの」


 そう返事をしたガンフォールがまたも小さく呟いた。


「おそらく減るじゃろうしな」


 俺には聞こえるんだけど、とは言えないな。

 何だか嫌な予感はするけどさ。

 まあ、なるようになると思うしかないか。


「主よ」


「どうした、ツバキ?」


「我ら以外も含む移動となると移動手段を考える必要があるのでは?」


「あー、それな」


 幻影魔法でカモフラージュしつつ転送魔法で跳ぶつもりだった前提が崩れ去った。

 ミズホ国民でない者を転送魔法で連れて行くことはできないからな。

 信頼するとか以前の問題だ。

 たぶんパニックを起こすと思う。

 護衛兼任の案内役として使い物にならない状態になっては同行者として意味がない。


 となると移動手段は馬車が無難だろう。

 ただ、国元の馬を転送してきて馬車を引かせることはしたくない。

 数が少ないからな。

 それに山岳部を走るような訓練はしていないし。


『代わりに何か魔物とかゴーレムを召喚……は、ダメだろうな』


 山の中を移動中はいいとしても、人里で騒動になるに決まっている。

 馬っぽいのに限定したとしても難しい。

 思い浮かぶのは危険な奴らばっかりだ。


 ケルピーは下半身が魚だし。

 馬の姿に化けられるみたいだが、気性が荒いらしいから却下だ。


 ナイトメアやユニコーンは邪悪だったり獰猛だったりで、これも需要はなしだ。

 ユニコーンは悪ではないが乙女の前でしか大人しくならんとか話にならない。


 唯一まともそうなペガサスは翼があるからどうしようもない。

 そもそも魔物じゃない気がするし。

 麒麟とかそっち系だよな。


 いずれにしても普通の馬としては見てもらえない時点で街には間違いなく入れない。

 馬っぽいので、それなのだ。

 飛竜とかだと街中が大混乱に陥ってしまうことだろう。


「しょうがない。

 馬型の自動人形を作るか」


 とたんに「また始まったよ」的な生暖かい視線が送られてきた。

 身内なのに酷いと思う。

 ガンフォールは頭を振っているし。


 それでも作るけどね。

 ここで立ち止まっては負けてしまう。

 何に負けるのかは俺にも分からないけど。


「ガンフォール、最大4人で頼む。

 案内さえできれば問題ないから1人でも構わん」


「ふむ、わかった」


 ガンフォールは返事をすると部屋を出て行った。

 人を呼びに行ったのだろう。


「相変わらずフットワークが軽いね」


 思わず苦笑が漏れる。


「主から聞いていた通りの老人だったな」


 ツバキも少し呆れ気味だ。

 とはいえ、そんなことを気にしている場合ではない。

 俺は明日までに馬と馬車を用意しなければならないからな。


 幸いにも馬は本物に触れたり乗ったりしたことがある。

 再現するためのデータは完璧だ。

 作り上げるのに何の支障もない。


「問題は8人乗りの馬車だな」


 そんなものに乗ったことはないからな。

 車ならあるんだけど。


「借りれば良いのでは?」


 ハリーが不思議そうに聞いてきた。

 ツバキは首を振っているから気付いているものと思われる。


「乗り心地が最悪だぞ」


「そうなのですか?」


 よく分からないという顔をするハリーの着ぐるみ。

 本人との連動性も完璧だ。

 これなら馬の方の完成度も心配いらないだろう。


「着ぐるみの中だと何ともないとは思うが」


「主よ、できれば後学のためになどとは言い出さないでもらいたいものだ」


「俺も尻が痛くなるのは勘弁してほしいから、それはない」


 人によっては酔うことにもなるしな。

 移動速度が徒歩より速いだけで、乗り物としては苦痛しかない。

 ボーン兄弟たちの馬車をコピーして確かめたんだが……

 拷問道具だね、ありゃ。


「そんなに酷いのですか?」


「麓まで踏み固めただけの道だからな。

 初心者が馬に乗るよりキツいと思う」


 その言葉でハリーの眉がわずかにしかめられた。

 馬に鞍を付けて乗るという行為も慣れないと酷い目にあうことを知っているのだ。

 初心者が長時間の練習なんかした日にはまともに立っていられなくなる。

 そういう辛さは馬車にはないが、乗り心地の悪さは乗馬の比ではない。


「ツバキはよく知っていたな」


「荷馬車に潜り込んだこともあるのでな」


「ああ……」


 百年前にミズホに辿り着くまでの移動で経験したんだな。

 大山脈を越える前から苦労していたとはね。

 我慢強いツバキが渋い表情を隠そうともしていない。


 何度も同じ経験をさせるのも可哀相だ。

 ここは本気を出すとしよう。


 見た目が従来のものと大幅に変わってしまうだろうが気にしない。

 ドワーフの所で試作した新型ってことにでもしておくさ。

 身内の方が大事だ。


「そういや荷馬車も必要だな」


 俺、行商人ってことになってるんだし。


「忘れておったのか」


 呆れた様子でツバキに言われてしまった。


「商人ギルドに登録するのは隠れ蓑みたいなもんだからな」


 そう答えながら、馬車の設計を進める。

 仕様が別だと面倒だから同じタイプを2台にしよう。


 商用バンの外見を真似るのもありだろう。

 前後で6人掛けのシートと貨物スペースを確保するタイプにする。

 これだと荷物はあまり積み込めそうにないな。

 後部座席をたたんで貨物スペースを増やせるようにしておこう。


 ゴツいのが乗っても窮屈にならないようシートに空間魔法の術式を埋め込んでおく。

 ついでにシートはクッション性の高い座り心地を重視したものだ。

 これが自前で馬車を用意する上での肝のひとつである。


『間違っても尻が痛くならないようにしないとな』


 だが、それだけで乗り心地が良くなる訳ではない。

 サスペンションが必要だ。

 その分重くなるけどな。

 振動するスプリングの勢いを減衰するダンパー部分を省略することで負担を減らす。

 減衰はスプリングに術式を刻めば充分だ。


 安全面はシートベルトで対応する。

 他は省略かな。


 運転席を真ん中にして手綱で制御するからハンドルはなし。

 そうなると小回りが利かないからブレーキが重要になってくる。

 サイドブレーキとフットブレーキは省略しない方が良さそうだ。


 タイヤの採用は却下した。

 この部分だけでも馬車っぽい部品を使っておく。

 自転車のカーボンホイールみたいな見た目になってしまったけど。


『どう見ても馬車っぽくないよな』


 馴染みがあるようで無いような表現しづらい違和感を感じる。

 ハッキリ言って目立つなんてもんじゃない。

 しょうがないので強引に注目を集めない方法を採用する。


 術式を馬車のボディに刻み込んでいく。

 どの角度から見られても違和感を感じにくいようにした。

 後で形状とかを思い出せないようにもしておく。

 催眠暗示型の魔法なので多用も悪用も厳禁だ。


『こんなもんかな』


 同時進行していた馬の自動人形の方も完成した。

 【多重思考】で作業すると仕事が早くて助かる。

 無駄にダメージを増やすこともあるけどな。


「待たせたな」


 ちょうどガンフォールが戻ってきた。


「そうでもないさ。

 俺の方でもしておくことがあるからな」


「ふむ、そうか。

 こっちは適当なのを見繕っておいたぞ」


「すまんな」


 この後の話し合いで出発は翌早朝となった。

 同行者との顔合わせも、その時にするってさ。

 ブリーズとかいう街には昼過ぎに到着するという。


 そんな訳でギルドの登録は明日に持ち越しとなった。


読んでくれてありがとう。

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