65 新しい魔道具で実験する
改訂版です。
絨毯の上で車座に座る俺たちの中心に魔道具を置いた。
見た目はシンプルで台座に填め込まれたソフトボール大の水晶球にしか見えない。
「これが冒険者なんたらか」
首を捻りながらガンフォールが繁々と眺めている。
「冒険者チェッカーだよ」
まあ、耳に覚えのないものだ。
一度くらいでは覚えられないだろう。
「それで? どう使うんじゃ?」
「まずは実演してみせよう。
では最初はローズからだ」
『くうくぅーくぅくぅくーくっくぅくうーくぅ』
この姿の時はドルフィン・グレンと呼ぶべしって、こだわるなぁ。
しかも無口設定だから念話でクレームだ。
別に着ぐるみに音声出力機能がない訳じゃない。
ローズの着ぐるみは喉に念話を送ると渋いオッサンの声で発声するようにしてある。
でないと2メートル近い巨漢が可愛らしく「くーくー」鳴くことになるからな。
「ああ、はいはい。
ドルフィンでした」
分かればよろしいとばかりに巨漢が頷く。
本人は寡黙な戦士をイメージしているらしい。
モデルにした外国人俳優はそこまで無口ではないけれど、似合いそうではある。
ただ、中身がローズだからな。
普段からオーバーアクションだし。
いつぞやの宴の席のように駄々っ子ちゃんになられたらと思うと冷や冷やする。
厳つい巨漢の男が駄々をこねるってシュールというかカオスというか……
どうにもローズのイメージと結びつかない。
本人は気に入っているせいか気合いが入っているようだけど。
「じゃあ水晶球に掌を乗せてくれ」
ドルフィンがおもむろに手を伸ばす。
手が水晶の上に乗ると手の甲の上に半透明のウィンドウが開いた。
「むう」
こういうのに慣れていないガンフォールだけが身じろぎして呻く。
決闘用ピコピコハンマーで見覚えはあるお陰で騒ぐまではいかないようだ。
ガンフォールはウィンドウの中の点滅する赤文字を見入っている。
[鑑定不能]
「なんじゃ、これは」
ガンフォールが呆れた目を向けてくる。
「破損しない冒険者を鑑定する魔道具だ」
「ああ、精霊獣じゃったな。
レベルが尋常でないということか」
すぐに察するあたりは、さすがである。
「冒険者ギルド対策で用意したものだからな」
再びジト目になるガンフォール。
「即興で作ったのか……」
「まあな」
着ぐるみは情報を得てから調整するつもりだったので鑑定には非対応だ。
普通に鑑定結果を表示させていたらローズのものが表示されていただろう。
「幻影魔法など無駄に高性能じゃな」
「決闘用ピコピコハンマーを知ってるガンフォールに隠しても意味ないだろ」
「それもそうじゃな」
そう言いながら諦観を感じさせる溜め息をついた。
「赤く点滅させるのはレプリカなら壊れるという意味か」
「そういうことだ。
使うたびに壊れるように作るとか意味不明だろ?」
「確かにそうじゃな。
なにもレプリカと同じにする必要はない」
ガンフォールが納得したところで次だ。
「ツバキ」
「うむ、心得た」
俺の呼びかけに応じツバキが水晶に手を乗せる。
今度はドルフィンの時のような点滅赤表示ではなかった。
黄色い背景に黒文字だ。
[ツバキ/以下不明]
「こ、これは!?」
表示を見てガンフォールが驚いている。
低品質のレプリカなら、レベル108だとこんなものだと思うのだが。
壊れる恐れがあるってことで背景は黄色にしてある。
「低品質の鑑定の魔道具に合わせてみたつもりなんだがな」
「そうだと思うから驚いておるんじゃ」
「どゆこと?」
「この者までもが強者とは気付かなんだわ」
「ああ、ツバキのことか」
俺はてっきり魔道具の方で何かあるのかと思ったよ。
「名目上は護衛として連れて来ているんだ。
それが弱いんじゃ何の意味もないだろう」
「人を見る目には自信があったんじゃがのう」
気配なんかを紛らせてわかりにくくする達人だから無理もない。
それを知らないガンフォールは肩を落としているが。
「ハリー」
「はい」
今度もツバキと同じく黄色い背景だ。
しかし、表示は名前以外にも増えている。
[ハリー/男/レベル78]
性別とレベルだけだがな。
低品質レプリカだとここまで表示しないかもしれないが。
あまりに差がないとガンフォールに披露する意味がないのでね。
「レベル78じゃと!?」
信じられんと言わんばかりに頭を振っている。
「驚くのはそこか」
「この魔道具がレプリカを再現していると分かってしまえば何を驚くことがあるんじゃ」
ピコピコハンマーで自重しなかったお陰で俺が作る魔道具への信頼がハンパなく高い。
ヒューマン相手だったらどうなっていたことか。
やはり自重は大事だ。
「調整は利くんじゃろ」
「ああ、もちろん」
「ならば冒険者ギルド対策としても完璧じゃろうて」
お墨付きをもらってしまった。
「ワシもいいか?」
ガンフォールが興味深そうに冒険者チェッカーを見ている。
「見られても構わないならな」
「かまわん、かまわん」
ガンフォールがさっそく水晶球に掌を乗せる。
浮かび上がったのは今までと異なる青い背景に白い文字。
[ガンフォール/人間種・ドワーフ/ジェダイト王国君主/男/レベル58]
フルネームでないのと年齢を表示させなかったのは仕様だ。
前者は長ったらしいと見づらくなるから一定文字数を超えると省略されるようにした。
後者は女性が使うことを想定してのことである。
設定を変えればどちらも表示できるがね。
「こりゃ面白い」
まるで新しい玩具を目にした子供のように嬉々としているガンフォール。
金を出せば買えるというような代物でもないから仕方がないのかもしれないが。
「じゃが、こんなものを用意しても意味があるのか。
言うまでもないじゃろうがハルトも最初の赤表示になるじゃろ?」
「間違いなくなるね」
具体的なレベルだけは、ぼかしておく。
また一騒動なんて御免被る。
「だが、これは対策がうまくいくか確認するために作ったからな」
「対策じゃと?」
「とりあえず見てみなよ」
怪訝な表情をするガンフォールにそう言って俺は冒険者チェッカーに手を伸ばした。
触れた瞬間に【多重思考】スキルで高速思考する。
まずは魔道具と魔力で接続される感触があった。
『ここで介入だ』
魔道具に流れ込む魔力に制限をかける。
でないと過剰に魔力が流れ込んでしまう。
冒険者チェッカーならリミッターが流入を制限する。
が、レプリカはその部分が不完全で動作しないようだから許容しきれず破損する訳だ。
落雷で買ったばかりのデスクトップパソコンを全損させたときのことを思い出した。
日本にいた頃の話だ。
近所の電柱に落雷があって夜中で電源も入れていなかったのに被害にあった。
買い換えに合わせてバックアップを取っていたのでデータの損失はほぼ無かったが。
落雷のあった電柱のすぐ側だった御近所さんはもっと酷かった。
家電が全滅。
車は通勤用はもちろん趣味のオープンカーまでやられたそうだ。
被害総額は俺とは比べるべくもない。
火事にならずに済んだだけでも幸運だと聞いた。
家の中が焦げくさい臭いで充満していたそうだから紙一重だったのだろう。
ちょっと例えが派手だったかもしれない。
とりあえず、これでレプリカの魔道具を起動させられると思う。
冒険者チェッカーが起動した。
『おっ、来たな』
俺に対するアクセス。
情報読み取りの術式が走った証拠だ。
鑑定の魔法がかけられようとしているのがわかる。
『ここで遮断っと』
このアクセスを俺の内側に入り込ませないのがミソだ。
行き場を失いかけたアクセスを仮想情報体へと誘導。
これは【魔導の神髄】スキルで設定した実体のない設定情報の塊だ。
ぶっつけ本番なのでレスポンスの早いスキルで対応した。
これならオリジナルの魔道具を使われても大丈夫だろう。
だが、【魔導の神髄】を使えるのは俺だけだ。
スキルだから術式に落とし込むこともできない。
ならば魔法で対応ということになるが反応が遅れるという欠点がある。
オリジナルならアウトだろう。
レプリカも侮る訳にはいかない。
『なら仮想情報体は結界の術式で組むか』
利点はいくつかある。
魔道具に流れ込む魔力の制限が容易であること。
それと仮想情報体の情報だけを読み込ませること。
結界だからな。
常時展開になること。
アクセスを受けた時の反応の遅さなど気にしなくて良くなる。
魔法の発動を感知されずに済むこと。
全身を感知阻害の防壁で覆ってしまうから感知されないのは当然だ。
防壁の魔力コストは微々たるものだから消費魔力も最小限度に抑えられるはず。
仕様が決まると魔道具へ記述する術式がササッとできてしまう。
複雑な部分がないから楽だ。
そうこうしている間に冒険者チェッカーの読み取りが完了した。
もちろん仮想情報体の情報しか読まれていない。
読み取り結果が表示される。
[ハルト・ヒガ/人間種・エルフ/ただの村人/男/レベル1]
もちろん背景は青だ。
ガンフォールは目を見開ききって凝視している。
「な、何をしたんじゃ……」
うちの面々は平然としてるけど、ガンフォールは茫然自失の状態だ。
「おまじないってとこかな」
使ったのはスキルだけだから魔法じゃないし。
「ハルトのことでは驚かんと決めておったが、あまりに予想外すぎじゃっ」
頭を振りながら溜め息をついている。
「次は魔法で上手くいくか実験だ」
「な、なにっ!?」
脱力していたガンフォールの上半身がビクンと跳ね上がった。
「本当にできるのか!?」
「そこは実験してみないとなぁ」
そうは言ったが失敗するとは思っていない。
すでに【多重思考】でシミュレーション済みだからな。
俺はハリーの背後に回った。
「ちょっと動くなよ」
「はい」
着ぐるみの背中に掌を当てて追加の術式を埋め込んでいく。
すぐに終わるが、念のために【諸法の理】でチェック。
「よし、終わり」
今度はローズの方だ。
「ハリー、冒険者チェッカーで確認してくれ」
「了解です」
指示を出しながらの作業だったが、すぐに終わる。
冒険者チェッカーの方を見た。
表示は青い背景だ。
[ハリー・ボーダー/人間種・ヒューマン/用心棒/男/レベル48]
ガンフォールが悟ったような諦めたような微妙な表情で頭を振った。
「ここまで来ると冗談と現実の区別がつかんわい」
慣れてきたようなので次だ。
「じゃあ、ロー……じゃなくてドルフィン」
ローズと言いかけたら振り向こうとしたので訂正。
言い直せば特に問題はないようでドルフィンが冒険者チェッカーに手を伸ばした。
[ドルフィン・グレン/人間種・ヒューマン/用心棒/男/レベル58]
「実験としてはこんなものかな」
上手くいったのでマルチリングにも付与して俺やツバキも対応できるようにしておく。
保険をかけておくようなものだ。
世の中、何が起きるか分からんしな。
読んでくれてありがとう。




