59 工房を見学すると気疲れする
改訂版です。
城内をぶらぶら歩いて食後の腹ごなしをしているのだが気分は晴れない。
『言葉責めで幼女を泣かせるとか、どんな鬼畜だ』
罪悪感メーターはレッドゾーンに振りっぱなしである。
「くうーくうーくっくくぅ」
いつかは分かってくれるって?
「いい奴だよな、お前は」
「くっ!」
当然! とか自分で言うのはどうなんだ?
せっかくいい雰囲気でオチがつくところだったのに、台無しである。
まあ、こういうのもローズの計算のうちだろう。
『気持ちが少し上向きになったしな』
そんなタイミングで背後から誰かが近づいてくる気配がした。
『俺に用があると思うか?』
近づく誰かさんに聞かれぬよう念話を使ってローズに問いかける。
真隣じゃ脳内スマホの出番はなしだ。
『くうくぅくーくぅ』
ない方がおかしい、か。
ドワーフの歩幅じゃ小走り寸前の早足だからな。
「待ってくだされ、ハルト殿」
掛けられた声に立ち止まって振り返る。
やって来たのは宴の時に真っ先に挨拶してきた若いドワーフだった。
「王太子じゃないか」
ぱっと見はガンフォールを若くした感じの青年だ。
息を弾ませながら近づいてきて俺たちの前で立ち止まる。
ガブロー・ジェダイト・ハイドレンジア。
ジェダイト王国の第一王子。
アネットの兄だが、年齢は25歳と親子ほども年が離れている。
おまけに似ているのは髪と瞳の赤い色だけだ。
「すまない。
昨日は妹が迷惑をかけた」
律儀というか腰が低い王子様である。
髭のせいでオッサン臭く見えるせいか王子様って雰囲気は微塵もない。
「その詫びなら昨日も聞いたが?」
「いくら詫びても足りんよ。
あれの不作法は王族にあるまじきものだ」
『俺はどう答えればいいんだ?』
礼儀知らずの王様なんだけど……
ガンフォールとか目の前の王子のように年上を相手に平気でタメ口だし。
日本人だった頃は近寄りがたいと評されるほど堅苦しく敬語で喋っていたのに。
まあ、アレは人を近寄らせないための処世術だったが。
そのせいで自由に生きると決めた今は反動が凄いことになっている。
とりあえず、自分のことについては言及しないことに決定。
「今後の教育に期待するよ」
「っ!」
『あ、固まった』
どうやらガブローもアネットに手を焼いていた口のようだ。
毎日が昨日見た状態なら無理もない。
「たぶん変わるよ」
「は?」
今度は困惑の表情で固まる。
たった一言では訳が分からんのも道理だ。
「キツい説教をして悪者になってきたばかりだ。
号泣して変わらないなら正直お手上げだと思うぞ」
「それは……」
呆気にとられるガブローに今朝の出来事を説明。
ドン引きするか怒るかしてもおかしくない内容を包み隠さずに話したのだが。
話を聞いてガブローは、むしろ恐縮していた。
『こういうとき「妹をいじめる奴はお兄ちゃんが成敗!」が定番じゃないのか?』
「すまない」
深々と頭を下げるガブロー。
「いや、それは立場が逆じゃないか?」
「とんでもない!
身内の我々がそれをすべきだったのだ。
ハルト殿には嫌な役を押しつけてしまった」
「アネットの気持ちも分かるから強くは言えなかったんだろ?」
苦しげな表情で頷くガブロー。
自分を庇って両親が死ぬなど幼女にはトラウマものだ。
身内なら追い打ちをかけるような厳しいことは言いづらいだろう。
「こういうのは余所者だからできることだし、効果があるんだよ」
うそぶくように言っておく。
悪役をやるなら最後までってな。
「本当にすまない」
なのにガブローは真剣な顔をして頭を下げてくる。
どう答えても謝罪で返される。
この話題が続く限りはエンドレスだろう。
『仕方あるまい』
無理やり話題を切り替えることにした。
「ところで、俺に用事があったんじゃないのか」
「そうだった!」
指摘されて初めて気付いたらしい。
「すまない」
またしてもガブローは頭を下げた。
『なんだかなぁ……』
見た目が厳つい謝罪王子って残念すぎるだろ。
これであの野生児幼女の兄だというのだから世の中わからない。
「爺様からハルト殿の案内を頼まれていてね」
「それは願ってもないことなんだが、いいのか?」
「王族なんて平時は暇人の集まりだよ」
そう言いながら苦笑している。
確かにガンフォールも昨日は一人でほっつき歩いていたが。
「そっちじゃなくてだな」
アネットのことを言ったつもりだったのだ。
ガブローとて気になっているはず。
「妹のことなら爺様に任せておくさ」
確かにフォローする人間はいる。
自身がそちらに回るのは俺が帰ってからでも良いと判断したようだ。
「では、案内しよう」
ガブローの先導で俺たちは歩き出した。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「ここは我が国で一番の家具職人がいる工房だ」
「へえ」
俺が何より見たかったのは鍛冶仕事なんだが、それは後回し。
木工だって見ておいて損はない。
むしろ得である。
熟練工の仕事を見るだけで【木工】スキルの熟練度が上がるからな。
ありがたく見学させてもらうことにしたのはいいのだが……
『ドウシテコウナッタ』
熟練度38から一気にカンストしてMAXですよ?
神業とも言える仕事を見学しただけで【木工】スキルを極めてしまった。
いくら食い入るように見ていたからってドン引きものだ。
スキルの種も仕事をしすぎである。
一般スキルならこんなものだろうということで無理やり納得することにした。
「お客人」
作業をしていた親方が俺の方を見てニヤッと笑った。
「そんなに熱心に見るなら、やってみんかね」
「いいのか?」
「おうよ、興味と熱意こそが職人を鍛えるんだ」
なんだか職人にさせられそうな雰囲気で焦ってしまう。
職人になりたい訳ではないのだが。
スキルがカンストしているのも、この場合は良くない材料だ。
「あんな凄い魔道具を作るんだ」
俺が決闘用のハンマーを用意したことがバレている。
というより昨日の決闘を見学した口だろう。
これでは誤魔化しも通用すまい。
「ぜひ、ここで何か作ってもらいたい!」
そんなことをデカい声で言うもんだから──
「親っさん、この客人が言ってた凄い人っすか?」
「おうよ!」
「あ、殿下だ。
こんちわっす」
「もしかして凄い人?」
「だから親っさんが言ってるじゃねえか」
職人たちがゾロゾロと集まってきた。
こうなると、どうにも断れる雰囲気ではない。
「マジか……」
「すまないが、ひとつ頼むよ」
ガブローにまでお願いされてしまった。
しょうがないので、チャチャッと終わらせられそうな椅子を作ることにする。
ただし、四つ足ではない。
ガタつきのないものを仕上げると加工精度までバレそうだからな。
親方の目を誤魔化すのも難しいだろうから手抜きもできないし。
という訳で、俺が作るのは揺り椅子である。
これならガタつかなくても、さほど注目されることもない。
そう思ってササッと作ってみたんだが。
仕上げてみると、やけに静まり返っていた。
「終わったんだが……」
振り返ってみると親方も職人もポカーン状態。
ガブローもそんな彼らを見て唖然としていた。
「おっ、おう……」
親方が我に返った。
「繊細で正確で、しかも手早い。
まるで先代の仕事を見ているようだったぜ」
「親っさんがベタ褒めだ」
「当たり前だろ。
あれはもう神業の領域だぞ」
「スゲえもん見ちまった……」
誰も彼もが手放しで褒めてくる。
『しまった、やり過ぎた……』
終わってから気付くとかアホすぎだ。
「しかし、これは椅子なのか?」
どうやらガブローは揺り椅子を見たことがないようだ。
他の面子も同様らしい。
「揺り椅子だよ」
「揺り椅子?」
ガブローが困惑しながら背もたれに触れる。
ユラユラと椅子が揺れた。
「おおっ、そういうことか」
急に笑顔になると、いそいそと椅子に座るガブロー。
最初は小さく、次第に反動をつけて大きく揺らすようになる。
実に楽しそうに揺らし続けていた。
「うおほーっ」
どう見てもブランコ感覚である。
「「「「「ああー……」」」」」
職人たちはハラハラしながら見守っていた。
「殿下、危ねえっす」
「引っ繰り返ったら頭打っちまいますぜ」
声を掛けるが、ガブローには届いていないようだ。
それ以前に彼らも興味深そうに見ているせいか、注意する声に力が入っていない。
「心配いらねえよ」
「「「「「親方?」」」」」
職人たちが驚いて一斉に振り返る。
「あの椅子は絶対に引っ繰り返らねえように作られてる」
「そうなんすか?」
「重心のバランス……
曲げ木のカーブの具合……
どれも絶妙だ。
文句のつけようがねえ」
「「「「「おおー……」」」」」
親方のお墨付きがつくと、職人たちも安心する訳で。
その後はあれこれと議論しながら観察し始める。
それはガブローが堪能し終わった後も続いていた。
「親方、これを手本にして数は作れるか?」
ガブローが問いかけると、親方は困ったような表情になった。
「形を真似るだけなら可能ですぜ。
仕上げの品質まで要求されると日数が必要になりやす」
職人としては品質を落としたくないが、売り物にするなら数が必要だ。
そのあたりでジレンマを感じているのだろう。
「じゃあ、とりあえず形を真似るだけで作ってもらえないか。
品質が良いものはオーダーを受けたときに対応できるようにしよう」
「へい、分かりやした」
ガブローは目端が利く上に決断が早い。
暇人だとか言っていたけれど、とんだ狸さんである。
一方、俺は凹んでいた。
超目立ったし、技術も並みでないことがバレた。
「親方、悪いが俺がこれを作ったのは内密に頼む。
職人でもないのに目立つと何を言われるか分からん」
「ハッハッハ、そりゃあそうかもな。
ワシも弟子入りしたいくらいだ」
「おいおい……」
滅多なことを言わないでほしい。
「心配するな、お客人。
お茶目な冗談だ」
「……頼むぜ」
厳ついジジイにお茶目とか言われるとゲンナリする。
「ガブローもな」
「心得た」
工房巡りの初っ端から気疲れする目にあってしまった。
ローズが俺をポンポンと叩いて慰めてくれるが、やっちまった感は消えない。
『先が思いやられる』
続いて向かったのは石工職人の工房だった。
今度は同じ轍を踏まぬよう隅っこで見学していたのだが……
「お客人」
ここでも親方に呼びかけられた。
『俺は何もしてねえぞ』
「目配りがよろしいですな」
これだから熟練の職人は侮れない。
見た瞬間に【石工】スキルを熟練度60で得たのが良くなかった。
熟練職人並みになってしまえば親方の言うように目配りも変わってくる。
「……そうかな?」
「せっかくですから、ひとつどうですかな」
そんな風に誘われて親方の仕上げ作業を手伝うことになった。
で、親方の作業を間近に見る訳で。
スキルの種の作用でカンストしてしまったのは言うまでもない。
「お見それしました」
ここでも一目置かれてしまう結果になってしまった。
おまけに親方に自信を無くされそうで怖い。
工房を出た後でガブローに聞いてみたのだが。
「大丈夫。
むしろ技術向上に励んでくれるかと」
「何故そう言い切れるんだ?」
「親方衆は全員が昨日の決闘を見てるからね。
そのまま宴会にも参加したし。
ハルト殿が、ただ者じゃないのは百も承知なんだよ」
もっと先に、それを言ってほしい。
そうすれば余計な心配をしなくて済んだのに。
「決闘を見て武術の達人だと理解し。
魔道具を目の当たりにして熟練の職人と認識し。
酒の味を知って多芸多才であると知った訳だ」
「うおぉっ、やめちくり~」
こうやって聞かされるとプチ黒歴史だ。
「だから腐る理由などないのさ」
身悶えしそうなほど恥ずかしくなる。
「だから心置きなく他の工房も回ってくれるといい」
残りの見学ツアーも似たようなものだったのは言うまでもない。
馬具職人の所で【馬具作成】カンスト。
鞄職人の所で【革工作】カンスト。
弓矢職人の所で【弓矢作成】カンスト。
上級スキルも多少手間はかかったが似たようなものだ。
そんな訳で【防具作成】と【鍛冶】もカンストした。
状況的には、ずっと俺のターンのはずだったが気分はまるで逆。
すべての工房を回りきった後はヘロヘロだった。
体力的には全く問題ないけど精神面がね。
読んでくれてありがとう。




