58 朝食に乱入される
改訂版です。
ドワーフたちの元を訪れた翌朝。
俺はローズと共にガンフォールの私室にいた。
ガンフォールと朝食を取るためだ。
その本人は部屋にはいない。
昨日の宴に参加した者を集めてルディア様のお告げを広めに行ったからね。
「昨晩、御先祖様が夢枕に立たれたのじゃ」
「そうなんだ」
「伝承が間違って伝わっておるとお叱りを受けてしまっての」
「大変だな」
「お主が関わることじゃぞ」
「何だよ、それ」
抗議口調だったが三文芝居である。
ルディア様から脳内スマホでどういう内容かメールをもらっていたからね。
精霊獣を従えた神の子がやって来てジェダイト王国を救うという話の訂正だ。
「元は精霊獣と契約した強者が訪れて王と友になる、という伝承だったそうじゃ」
「神の子とか騒がれると困るからな」
「すまんのう」
「気にするな。
俺たち、友達なんだろ」
フッとガンフォールが笑った。
「そういう訳で皆に説明せねばならん」
「あー、それじゃあ待たせてもらう」
こんな具合で現在に至る訳だ。
ローズが実況中継のために霊体化して飛んでったりしたけど、既に戻ってきている。
「すまん、待たせた」
ガンフォールもローズに遅れること数分で戻ってきた。
「必要なことだろ」
スープなどは冷めてしまっているが、目くじら立てるほどのことじゃない。
「それより早く食べようぜ」
「おう、そうじゃな」
3人でそろって席に着き朝ご飯タイムだ。
歯ごたえのあるパンをスープに浸して食べる。
そのまま齧り付くとボソボソしてて、たくさん零してしまうからな。
それにパン単体では旨いとは言いづらい。
『これなら積極的に米を買おうという気持ちも分かるな』
そんなことを考えていると──
「ドタドタドタドタドタ」
騒がしく廊下を駆けてくる音が聞こえてきた。
近づいてくるようだが足音は軽い。
「なんじゃ、騒々しい」
ガンフォールが不機嫌そうに言いながらも食事を続けている。
誰なのかは分かっているようだ。
そして足音の主が駆け込んで来た。
「アタシを弟子にしてくれ!」
入ってくるなり己の要求を叫ぶ赤髪の野生児アネット。
お騒がせ幼女は唐突である。
『挨拶もなしにそれかよ』
要求をするにあたって土下座するだけマシかもしれないが。
ただ、俺たちが座る絨毯の上にスライディング土下座してきたのはいただけない。
ズルッと滑って朝食が台無しになるところであった。
理力魔法で零れたり倒れたりは防いだから惨事は免れたけど。
『まったく人騒がせな奴だ』
逞しくはあるから昔のハムのCMに出せばイメージ通りだと喜ばれたかもしれんが。
今の俺たちには実に傍迷惑な幼女でしかない。
「飯の最中じゃ。
静かにせい」
ガンフォールが注意する。
アネットがキレるかと思ったがピクリとも反応しない。
『それなら我慢比べだ』
焦れて癇癪を起こせば躾タイムの始まりである。
礼儀を弁えぬガキにはガツンと分からせねばなるまい。
『まあ、俺も人のことは言えないがな』
五十歩百歩と言われるかもだが、アネットのは酷すぎる。
大人になって苦労するのは目に見えているし、教育的指導は必要だ。
「この卵は旨いなぁ」
態とらしく芝居がかった調子で言ってみる。
一瞬、ガンフォールが目を丸くした。
俺が土下座状態のアネットをチラ見すると──
「そうじゃろう、そうじゃろう」
苦笑しながら白々しい台詞口調の大根役者ぶりで応じてくれた。
「何と言っても産みたてじゃからなー」
アネットは石と化したままだ。
まだまだ序の口とはいえ怒気も感じられない。
『負けるとこうも変わるものなのか』
そこだけは感心する。
問題は何時までもつのかだ。
「だからサニーサイドアップなのかー」
「さ、さに……なんじゃ?」
ガンフォールが困惑して聞き返してきた。
知らない単語だから当然か。
「くーくぅくー」
それ何それ何、と聞いてくるローズ。
「目玉焼きの焼き方だ」
「くぅくーくー!」
確かに目玉だ! とか言いながらオーバーアクションで驚いている。
「むぅ、目玉焼きとな……
そのネーミングは言い得て妙だな」
ガンフォールまでもが素で感心していた。
「くぅくーくう、くぅー!」
大きい目玉だ、面白い! なんて喜んでるけど笑みが邪悪だ。
『ああ、ピンクなローズが黒く見えるよ』
その笑みがはまり過ぎてて怖い。
意地悪モード発動中ってところか。
まあ、でも卵を食べるのは初めてなだけに半分はマジな反応だったり。
『そんなにワクワクされると、こっちまで卵レシピが欲しくなるだろ』
ホットケーキにクレープにプリン。
考えるだけで幸せな気分になる。
そうなると鶏と乳牛は、ぜひともゲットしたい。
もちろん卵料理はデザート系だけじゃない。
茶碗蒸し、カニ玉、オムライス、だし巻き卵……
挙げれば切りがない。
が、新鮮玉子があるなら外せないものがある。
『ギブミー卵かけご飯、プリーズ!』
あったか出来たてご飯にパカッと割り入れて醤油を一差し。
軽く三杯は食えるぜ、どんとこい。
無性に食べたくなってきたが、ああ無念。
食べたいときに食べられないのが現実である。
米系メニューでこれは拷問だ。
とはいえ、この目玉焼きも旨い。
ここは目玉焼きの味に集中するとしよう。
「片面焼きをサニーサイドアップ。
両面焼きはターンオーバーと言う」
「では、これはサニーサイドなんとかじゃな」
「サニーサイドアップね」
「そう、それじゃ」
「ちなみに片面の方が焼くのが難しい」
「どういうことじゃ?
卵を焼くくらいはワシにでもできるぞ」
「そいつは浅識というものだなぁ。
火加減ひとつで卵の黄身の焼き具合が変わってくるだろ?」
「そういうもんかの?」
ガンフォールは今ひとつピンと来ないようである。
「たとえばコレだ」
いま食べかけの卵焼きを指差した。
半生の焼き上がりで黄身の部分が切れ目からトロリと流れ出ている。
「これは俺好みの半生だ。
お陰で産みたての新鮮さも味わえるのがいいな」
「ふむ、卵は卵じゃろう」
なんか料理は食材だけですべてが決まるとか思ってそうだ。
日本の某掲示板でマズメシを扱うスレを見ていた俺からすると認識が甘い。
ワインの匂いしかしないハヤシライスとか。
コーラで炊いたご飯とか。
火の通し加減や保管の杜撰さのせいで病院に救急搬送されることになった話もある。
すべてが実話だとは言わない。
が、事実であるなら飯テロと言うほかないだろう。
食材の保管から料理の仕上げまで、それらすべてが調理であると俺は強く主張する。
「卵は卵でも新鮮さが違えば味も変わる」
「うむ」
「食材の扱いや調理の仕方でも変わる。
この卵焼きも絶妙な火加減で、この状態なんだ」
「目玉焼きひとつに、そこまで拘るか……」
ガンフォールは目を丸くしていた。
「料理人も職人だ。
技術と経験が要求される」
俺がそう言うとガンフォールはハッと表情を変えた。
「そうじゃな。
ハルトの言う通りじゃ」
重々しく頷き納得する。
そういえばガンフォールは今朝から俺のことをハルトと呼ぶようになった。
『昨日まではヒガだったのにな』
すぐに気付いて理由を聞いたのだが。
「ご先祖様に叱られたんじゃよ。
友達が一貫して名前で呼んでいるのに他人行儀な呼び方をするなとな」
それが返事であった。
まあ、このご先祖様は偽物なんだけど。
「一貫してって……
俺はフルネーム聞いてないし」
「おや、そうじゃったかのう?」
「あのなぁ……」
「ハハハ、許せ許せ。
ガンフォール・ジェダイト・ハイドレンジア。
それがワシのフルネームじゃ。
ヒューマンで言う苗字はジェダイト。
ハイドレンジアは血族の名じゃな」
わざわざ苗字を強調するとは、この国以外でも血族のドワーフがいるようだな。
──話を戻すとしよう。
「賢者というのは伊達ではないのう」
「そりゃあ自称するだけのなんちゃって賢者なんて格好つかんだろう」
ローズを含めた三人でハハハと笑い合う。
そんな中でもアネットは土下座を維持して動かぬままだった。
これまでのことを考えると驚異的とさえ言える辛抱ぶりだ。
『もう一声だな』
「ところで、ガンフォール。
この卵を産んだ鶏は手に入るか」
「ん? おお、鶏ならいくらでもおるからな」
どうやら畜産が盛んなようだ。
「ぜひ買いたい。
他に家畜がいるならそれもだ」
「それは構わんが……」
困惑の表情を浮かべるガンフォール。
何か問題があるのだろうか。
「お主の国元で買えるじゃろう?」
その一言で困惑の理由が分かった。
わざわざ外国で買う必要などあるのかと言いたかったのだろう。
「訳ありで野生動物はいるが、家畜がいないんだ」
「随分と未開の地に住んでいるんじゃな」
「まあな、知ったら腰を抜かすぞ」
意地悪そうな笑みとともに答えると肩をすくめて返された。
「ところで、鶏以外だと何がいるんだ?」
「うちで多いのは山羊と羊じゃ」
羊は羊毛で山羊は乳。
朝食で出された飲み物がちょうど山羊ミルクだった。
『もう少し薄ければなぁ』
このあたりは好みの問題だろう。
よく山羊のミルクやチーズは臭いという話を聞くが、それは生産法と保管の問題らしい。
特にチーズは蒸れるとすぐに味が悪くなるようだ。
ここで出されたものは普通に旨い。
ミルクの味の濃厚さは俺のストライクゾーンではギリギリだったけどな。
まあ、普通にゲットする。
チーズは好みの味だからな。
それに、これでバターを作れば旨いのができそうだ。
「あとは乳牛じゃな。
数は少ないが持て余しておる」
「えっ、なんで!?」
思わず飛び上がりそうになった。
ガンフォールの言っていることが、にわかには信じられない。
『あんなに、美味しいのに』
「味が薄くて人気がない」
「納得した」
要するに好みの問題である。
ドワーフは濃厚なミルクを好むと。
「持て余しているなら、是非とも欲しいな」
「そんなにか?」
ガンフォールが少し目を丸くしている。
好みの違いに気付いていないようだ。
「ハルトが良いなら譲れるだけはすべて譲ろう」
「予備とかないと不安じゃないか?」
「かまわぬ、気にするな。
隣国から輸入すれば良い」
ここで言う隣国は大山脈地帯に点在するドワーフの小国のひとつだ。
買い付けのために小国巡りをしてみるのもいいかもしれない。
まずはガンフォールの好意に甘えさせてもらう。
当面はそれで充分なはずだ。
そんなこんなで時間をかけた朝食が終わった。
「くくぅ、くっくぅ」
食った、食ったー、とか言いながら手足を伸ばして満腹アピールをしているローズ。
お腹がポコッと膨れている訳でもないのだが。
まあ、満足したと言いたいのだろう。
一方で未だ顔を上げる気配のないアネット。
『なかなか頑張るな』
「弟子になりたいと言ったな」
ここでようやく声を掛けた。
「頼むっ!
強くなりたいんだ!」
土下座のままで力強く答えるアネット。
この様子なら厳しい修行にもキレたりせず、やり遂げるかもしれない。
「そうなんだ。
だが、断る」
「なっ……」
絶句して思わず顔を上げているが、ここで考える時間を与えたりはしない。
「俺は勝者でお前は敗者。
なんで敗者の言うことを聞かなきゃならないんだ?」
問いかけに答えさせるつもりはないので話を切らずに続ける。
「だいたい礼儀も弁えていないガキを弟子にしたいとは思わん。
お前は言葉遣い、態度、作法、身だしなみ、どれも論外の状態だ」
一気に畳み掛ける。
「今のお前を教え導こうと思うのは身内くらいのもんだ。
そのことを忘れ、蔑ろにするような奴を俺は絶対に認めない」
相当ショックを受けているのか言葉を失っているが、終わりじゃない。
『子供相手に鬼だな、俺』
「爺さんにわだかまりがあるだろう?」
「おい、ハルト」
険しい表情でガンフォールが横槍を入れてくるが止めない。
ガンフォールにだけ殺気を瞬間的に叩き込んで黙らせる。
『悪いな、これもアンタの孫のためだ』
ここで悪役になるべきはガンフォールではなく余所者の俺だ。
「誰が死んでもおかしくない激戦の中で両親だけを救えと?」
そういう戦いだったと聞いた。
「ましてお前を庇って死んだのだろう?」
目の前で死んだとしか聞いていないが、そこまで言われれば想像はつく。
事実、ガンフォールが目を見開いて驚いていた。
「それは王の責任ではなくお前の責任だ。
子供だからと言って己の弱さに甘えるな。
弱いことが許せないなら本当に教えを請うべき相手に頭を下げろ」
そう言い残しつつガンフォールに目で合図して俺は王の私室を後にした。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
直後に背後から子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
罪悪感が津波のように押し寄せてくる。
『割と応えるものだな。
悪役を引き受けた代価ってところか』
アネットが真っ直ぐな大人になってくれれば、一時の罪悪感など安いものである。
読んでくれてありがとう。




