55 商談してみた
改訂版です。
心の平穏はどこにあるのかと言いたい。
が、称号は取り消せないのが現実だ。
俺は話題を変え気分転換を図ることにした。
「そういや酒を買うんだろ?」
現実逃避とも言う。
「おお、そうじゃった」
やはりドワーフには酒だ。
簡単に話に乗ってくれる。
『全部、譲ってもいいか』
無くなっても同じくらいは半日もあれば余裕で作れる。
とりあえず一升瓶サイズの水色と薄茶の瓶を1本ずつ出した。
「これと同じ大きさで水色のが千、薄茶の方が5百ある」
「そ、そんなにあるのか?」
一瞬、目を丸くしたガンフォールが呆れたように溜め息をついた。
「ヒガよ、桁外れじゃとは思わんか?」
『レベルからして桁外れですからねー』
自分でも笑うしかない。
「言う割に化け物扱いしないよな」
これだけやらかせば態度の端々にでも現れそうなものだが。
「ワシの客じゃからな」
ガンフォールは不敵に笑みを浮かべた。
「それに旨い酒を売ってくれる」
「結局は酒かよ」
「ハッハッハ、そう言うな。
ワシらにとって酒は命の水なんじゃ」
「エリクサーと同じだって?
さすがにそれは言い過ぎだ」
ツッコミを入れると、どちらからともなく笑ってしまった。
誰かと笑いあえるというのも悪くないものだ。
ひとしきり笑った後は話に復帰する。
「いままで酒を売りに来た商人は何人もいたがな」
「それなら色々な酒があるんだろうな」
「いいや、大半は不味かったぞ」
渋面を浮かべているところを見ると、思い出すのも嫌なようだ。
「酒なら何でもいいと思ってるようだな」
ドワーフは酒好きで知られているが、どんな酒でも好んで飲む訳ではない。
旨い酒が好きなのだ。
『そんな簡単なことも分からずに変な酒を持ってくる奴がいるのか』
そういう輩は商人と呼ぶに値しない。
まあ、ガンフォールに詐欺を働こうとしても通用しないだろうがな。
「迷惑な話じゃよ」
今度は2人して苦笑する。
「俺の用意したものは大丈夫だろ?」
「もちろんじゃ。
酒を心の底から旨いと思ったのは久々じゃったわい」
「それは良かった。
で、どれだけ欲しいんだ?」
俺が聞くとガンフォールは悩ましげに唸り出す。
「全部欲しい、と言いたいところじゃが……」
「予算の都合か」
「そうじゃ。
ワシも身銭を切るつもりじゃがな」
ガンフォールが憂鬱そうに溜め息をついた。
『分かるぜ、その気持ち』
予算という単語は心をドンヨリした暗雲で覆い尽くしてくるのだ。
『役所じゃ予算削減でみんなピリピリしてたからなぁ』
非常勤職員を採用するのもそのためだ。
給料は安いし、もちろん賞与なんてないからね。
正規職員じゃないから残業もできない。
法令を遵守すべき立場だからサービス残業もできないし。
そんな状況が発生したら代休を取らなければならない。
『そういや窓口業務の時に無茶を言われたことがあったな。
日付が変わろうが、とにかく残業して申請を通せとか』
普通の説明じゃ納得してくれず、凄い剣幕で迫ってきた人だった。
予算の都合で残業はできないと言ったら驚くくらいあっさり引いてくれたけど。
いま思い出しても「どこも予算なんだねえ」という言葉には、しみじみとさせられた。
こういう具合に限られた予算というものは人の心を抑圧するものなのである。
「予算かぁ」
「予算なんじゃよ」
2人して溜め息が出るほど重苦しい空気が広い室内全体に漂う。
まるでお通夜のように辛気くさい。
「む、いかん」
そんな中で、ガンフォールがふと何かに気付いたように呟いた。
「大事なことを忘れておったわい」
「どうした?」
「先に飲んだ2本分の代金を払っておらんではないか」
律儀な爺さんである。
「2本分って……」
どうもサンプルのことを言っているらしい。
「あれは試供品だ。
代金なんて不要だよ」
「試供品じゃと?
気遣う必要など無用じゃ」
『何をどうすると気遣うことになるんだ?』
いまいちガンフォールの言っていることが理解不能だ。
「至高と言うに相応しい高級な酒じゃぞ。
試供品と言われて真に受けるほど耄碌しておらぬわ。
あれほどのものを飲んでおいて金を払わぬなど王としての示しがつかぬわ」
「……………」
『完璧に誤解されているな』
ミズホ酒は純米酒だけど、原価自体が安い。
魔法で造るからコストもかからない。
焼酎の蒸留も今回は用意しなかった大吟醸の精米工程も魔法だと楽勝である。
『うちで一番レベルの低い子供組だって失敗せずに仕上げられるしなぁ』
妖精たちに瓶も含めて一から作らせたとして単価は銀貨2~3枚ってところだ。
日本円だと2千から3千円に相当するくらい。
すべて売っても金貨35枚程度だ。
ちなみに銅貨1枚で十円相当である。
銅貨10枚で大銅貨1枚。
つまり百円に相当する訳だ。
後は十倍するごとに銀貨・大銀貨・金貨となっていく。
『金貨1枚十万円って何かの記念硬貨みたいだけどな』
更にその上があるけど一般で流通しているわけではない。
大店の取り引きとかで使われるみたいだ。
なんにせよ、350万円ほどの金額を支払えない国ってあるだろうか。
「ガンフォール」
「なんじゃ」
「いくらすると思っているんだ?」
「そうじゃな。
2本で金貨──」
『おいおい、桁が二つ違いますよ?』
「──4枚ほどはするだろう」
思わず「なに言ってんだ、コイツ」の目で見てしまう。
直ぐには言葉が出てこない。
2本で40万円なんて、ありえないだろ。
『俺の手持ちすべてを売ったら数億円になるのか?』
そりゃあ「金の問題」なんて言うわけだ。
ガンフォールの感覚がおかしいとしか思えない。
それともドワーフの酒に対する価値観が異常なのか。
『でも、ガンフォールは【鑑定】スキル持ってるんじゃなかったっけ?』
熟練度が低いのか、そもそもスキルを使っていないのか。
「金貨4枚なら、すべて買える」
「すべてじゃと!?」
「大銀貨5枚ほどお釣りがあるな」
「なっ、なななっ、なんなんなんじゃとっ」
目を白黒させるほど驚いているせいか呂律が回っていない。
動揺しすぎだ。
「落ち着けよ」
「こっ、これが落ち着いていられるかっ!?」
ガバッと勢いづいて立ち上がるガンフォール。
『なんなんだよ、もう。
テンション高杉くんだな』
「透明の瓶じゃぞっ!」
力説してツバを飛ばしてくるのが鬱陶しい。
『にしてもガラスは発明されてないのか。
【諸法の理】で確認しておくんだったな』
初歩的なやつでも惑星レーヌじゃ高くつきそうだ。
「それに酒もミードより透き通っておるではないか!」
あー、そこに驚いたのか。
もしかしたら色を抜く作業工程があるとか思ったのかもしれん。
「どちらも見たことも聞いたこともないわいっ!!」
『似たようなものを知らなかったのが不幸だな』
ルベルスの世界の酒は馬乳酒やワインのように濃い色の酒ばかりだ。
白ワインもないようだし。
あの興奮のしようから考えるとビールとかでも騒ぎそうだ。
『黒ビールあたりで様子を見た方が良さそうだけど』
とにかく最初に売る相手をドワーフにした自分を褒めたい。
ヒューマンの国で売っていたら、どうなっていたことか。
「落ち着けって」
俺の言葉で我に返ったらしいガンフォールの灰色の髭に覆われた顔が赤らんでいる。
「とにかく座れよ、ガンフォール」
居心地が悪そうに口をへの字に曲げながら着座した。
「酒の元はうちの国じゃありふれた穀物なんだ」
「む、そうなのか?」
「こういうのだ」
言いながら俺たちの間にある小さなテーブルに漆器の皿を二つ出す。
その片方に脱穀した米を一握り分ほど流し込む。
「これがそうなのか?」
「ああ、米だ」
「ふむ、これがあの酒の材料になるのか」
顎に手を当てて興味深げに米を見るガンフォール。
「穀物と言ったな」
「そうだ」
空いている皿の方におにぎりを出した。
「米を炊いて作った握り飯だ。
おにぎり、もしくはおむすびと言う」
「ほう、粒のまま使うのか」
物珍しそうにしげしげと眺めているガンフォールの鼻が動いた。
「食欲をそそる甘い匂いがするな」
「食べて感想を聞かせてくれ」
「いいのか?」
「これも酒と同じように試供品だ。
気に入ってくれるなら売るぞ。
それの中には梅干しという具が入っていて──」
注意点を言う前にガンフォールは大口を開けて一口で食べてしまった。
豪快に租借するが……
「酸っぱいから気を付けろと言おうとしたんだがな」
思わず苦笑する。
ガンフォールの顔面が皺を究極に収縮させたようになっている。
やがて徐々に皺が解放されていき、ゆっくりと咀嚼して食べきった。
「ふぃー、驚いたわい」
「そりゃすまんかった」
「いや、刺激的で旨かったぞ。
米とかいう穀物の甘みと相性が抜群じゃな」
その返事に俺は手応えを感じた。
「なら、他の具材もどうだ?」
言いながら昆布の佃煮、ちりめんじゃこ、焼き海苔のおにぎりを用意した。
海苔は具なしで巻いているだけだ。
「この黒っぽいのは何じゃ?」
既に食べる気満々で焼き海苔を手に取っている。
「それは焼き海苔。
海藻の一種を乾燥させたものだ」
「ほほう……」
「表面を炙って風味を出している」
「確かに食欲をそそる良い匂いじゃ」
言いながらかぶりつくと「パリッ」という乾いた海苔の音がした。
先程の梅干しが堪えたのか、一口ずつ小さく齧り付いている。
「むっ、これも……なかなかじゃな」
咀嚼して飲み込むと次の一口をパクリ。
「決して……自己主張せぬのに……」
更にパクリ。
「米の甘みを……受け止めて……」
最後の一口をパクリ。
「なおかつ……薄く香る……風味があるわい」
しっかり噛んでいたはずが、あっと言う間に平らげた。
そしてガンフォールの目は次のおにぎりにロックオンしている。
「これはなんじゃ?
黒くて細い具が米に混じっているのう」
「それは昆布という海藻だ。
細切りにしてから佃煮という調理法で甘辛くしたものだ」
「ほう、佃煮とな」
そう言って今度は無言でバクバクと食べていく。
「ふぅ、これも旨い。
今度のは昆布の佃煮なるものが米を引っ張るような味じゃった」
指についた米粒をひとつひとつ唇へと運びながら昆布の感想を述べる。
「で、最後は何じゃ?」
「それはちりめんじゃこだ。
小魚の稚魚を茹でて乾燥させたものだ」
「ほうほう」
俺の説明に頷きながら、じゃこ入りも食べ始める。
何かが気に入ったのか昆布の時よりも多く咀嚼していた。
「食感と塩味のバランスが絶妙じゃな。
噛めば噛むほど米の甘さが引き立つ具じゃ」
ガンフォールは完食して満足そうに笑みを浮かべた。
「米だけでなく、これらの具材も欲しいのう」
「具材の方は腐りやすかったり湿気りやすかったりするから量は出せんが、いいか?」
「もちろんじゃ」
コクコクと頷くガンフォール。
「おにぎりはアレンジもしやすそうじゃしな」
いま食べた分だけで見抜くとは恐れ入る。
「じゃあ、具の方はサービスしておこう」
「太っ腹じゃな」
「言ったろ?
大した量じゃないって」
「そうじゃった」
その後、酒と米が10キロ入り3百袋で金貨50枚分の取り引きが成立。
支払いは使い勝手を考慮し大半を銀貨や銅貨にしてもらった。
ちなみに瓶は騒動の元になるということで移し替えて回収している。
「毎度あり~」
「お前は本当に無茶苦茶な奴じゃな。
どう考えても、儲けが出ているとは思えん」
商談が成立しているのに浮かない顔をしているガンフォール。
俺に損をさせたのではないかと気に病んでいるようだ。
「何度も言っただろ。
損はしてねえから心配すんなって」
そんな風に返答した俺だが、半ば上の空である。
商談を終えてホクホクになったらワクワクが待っていたからね。
『これで入市税が払える!
でもって、ギルドの登録もできるぞ!』
米は売り切ったが、また作ればいい。
いや、作らねばならない!
米だけは切らしちゃいけないのだ!!
読んでくれてありがとう。




