53 お前は弱い
改訂版です。
俺のこちらから行くという発言にアネットは目を丸くした。
「にゃにおーう」
『お前はうちのミーニャか』
思わず内心でツッコミを入れる。
もっとも、ボサボサ長髪で歌舞伎役者な幼女に猫は似合わんがな。
なによりミーニャは可愛いし素直だ。
こんなバイオレンスな幼女と一緒にするのが、そもそも失礼である。
俺は心の中でミーニャに詫びた。
『さて、回転のダメージは抜けたと思ったんだが……』
確かに幼女の足元はふらつかなくなっている。
しかし呂律が怪しい。
頭の方が回っていないのか。
『まあ、考えて動くタイプじゃないし……』
人はそれを脳筋と言う。
ならば問題ないと判断した。
「そらっ、行くぞ」
俺はハンマーを片手で軽く振るう。
「またしても足元がお留守だ」
幼女のふくらはぎに命中してピコンと音がした。
俺の手元と頭上で1がカウントされる。
「「「「「おおっ」」」」」
観客がカウントにどよめく。
それを気にせず、俺はハンマーを振り抜いた。
結果、アネットは足払いされたような格好になった。
それだけではない。
ウェイトが軽いため簡単に俺の胸元近くまで体が浮き上がった。
そして腰よりも後頭部が低い状態で落下を始める。
受け身の体勢も取れていない。
このままでは不幸な事故もありえるだろう。
『世話の焼けることだ』
瞬時に横へと回り込み、すくい上げるようにハンマーを振るった。
「ピコッ」
アネットの後頭部に命中させて衝撃を吸収。
非殺傷のピコピコハンマーにはこういう使い方もあるって訳だ。
『ついでにカウント2っと』
後頭部の落下を免れたアネットは尻餅をついた。
「「「「「うおおぉぉおぉぉぉっ!」」」」」
会場内が一気に盛り上がる。
この歓声に呆然としていたアネットが我に返った。
「この程度か?」
言葉で追撃を入れる。
「隙だらけだぞ」
言いながら──
「ピコッ」
頭頂部に一撃でカウント3。
「実戦じゃ首を取れと言っているに等しい」
アネットが跳ね起きた。
「てぇんめえっ!」
幼女の顔が瞬時に赤く染まる。
褐色の肌のせいで、やや分かりにくいけど。
『瞬間湯沸かし器かよ』
再びスイッチが入った幼女が踏み込んでくる。
が、回転ダメージの影響は残っているようだ。
決闘開始直後のような機敏さがない。
「おさらいだ」
「またも足元がお留守なんだが?」
先程と同じように足払いでふくらはぎに「ピコッ」。
それを躱せず後頭部落下コースから「ピコッ」。
尻餅をついた直後に頭頂部へ「ピコッ」。
先程と同じパターンでカウント6だ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ!」
唸り歯ぎしりしながら立ち上がった幼女は怒り心頭状態。
これがアニメなら頭の上から激しく蒸気を噴き出していることだろう。
怒りのままにハンマーをブンブンと振り回し始めるアネット。
ただし、今度は突っ込んでは来ない。
さすがに突進攻撃の瞬間を狙われていることには気付いたようだ。
『勝負勘はあるのか』
まだまだ拙いものだが。
本人はこちらの隙を覗っているつもりらしい。
目を皿のようにして鼻息を荒くしているだけにしか見えないがな。
「隙だらけだぞ」
「にゃにぃー」
次の瞬間には「ピコッ」と足払いが決まり。
返す刀で後頭部に「ピコッ」と入れて尻餅をつかせ。
ダメ押しで頭に「ピコン」と一撃を入れる。
アネットは尻餅をついたままだ。
攻撃してこなくても同じパターンでやられると思わなかったからだろう。
これでカウントは9だ。
「「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
決闘会場となっている王城内の訓練場は、あちこちから沸き起こる歓声に包まれていた。
悲鳴やブーイングのようなものはないようだ。
ホッと一安心。
「ほぉー、凄いことになってんな~」
アネットから視線を外し、手をかざして訓練場内を見渡す。
「「「「「わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」
いつの間にか席から立ち上がっての大歓声。
よくよく聞いてみると──
「頑張れー!」
「負けるなー!」
「まだ終わってないぞー!」
などのようにアネットへの応援が多い。
孫や子供を見守っているかのような雰囲気が感じられる。
「やるじゃねえか、あのヒューマン」
「何者だ?」
「賢者だって聞いたんだがな」
「冗談だろ?」
「王が認めたらしいぞ」
「なるほど、そりゃ強い訳だ」
俺のことを話している面子もいるようだ。
批判的な内容のものがない。
拮抗した白熱のバトルって訳でもないのに盛り上がるとはこれいかに。
「くぉんのぉー、無視すんなあぁぁぁーっ!」
喚きながら幼女が突っ込んできた。
『わざわざ見るまでもないんだよ』
殺気がストレートすぎて動きが丸わかりなのだ。
その割に威圧感が凄い訳でもない。
これでは相手の動きを封じることもできない。
『こんなんじゃ、うちの妖精忍者たちにも楽々対処できるぞ』
間合いに踏み込んできた。
その瞬間に気の質が変わる。
怒りより歓喜に近いか。
俺がそっぽを向いたままなのを目にして命中を確信したようだ。
『甘過ぎだ』
「足りない。
全然足りない」
振り下ろされるハンマーを紙一重で躱す。
その流れのまま側面に回り込んだ。
「ピコッ。
ピコッ。
ピコン!」
もはやパターン化した4度目の攻撃でカウント12。
『これは届出書にスタンプを押している感覚に近いな』
日本にいた頃に役所で仕事をしていた頃のことを思い出す。
確認が済んだら所定の場所に「ポンポンポン」の作業状態である。
事務作業でならともかく、決闘でそれをされると愕然としてしまうようだ。
幼女が固まっている。
「言ったろ?
お勉強の時間だって」
己がダウンさせられた状態が信じられず愕然とし。
何が起こったのか気付いて理解するにつれ怒りが増し。
幼女は肩を振るわせて立ち上がった。
「お前、弱すぎて話にならないんだよ。
ちょっと人より早くハンマーを振るうことが出来るくらいで調子に乗りすぎだ」
ハンマーの柄でトントンと肩を叩きながら言い放つ。
「ふーっ! ふーっ!!」
幼女の鼻息が荒い。
まるで猫の威嚇である。
「きいいいぃぃぃぃぃ────────っ!!」
とうとうアネットがキレた。
憤怒の表情で「ダンダン!」と地団駄を踏む。
だが、気にしない。
「スピードがない。
技術もない。
そのくせ攻撃一辺倒で回避も防御もなってない」
ボロクソに言ったが、それほど酷い訳でもない。
むしろ子供として見れば上出来だ。
特に勝負勘と頑丈さは飛び抜けている。
他の部分も磨くことができれば光るだろう。
『今のままじゃ無理だがな』
人の忠告を聞き入れる素直さが致命的に欠けているが故に。
現に今も地団駄を踏むアクションがダイナミックになっていた。
10歳児どころか幼稚園児レベルである。
思った以上にガンフォールは苦労させられていそうだ。
『ああ、だから俺に決闘するよう仕向けたのか』
部外者にコテンパンにされれば、井の中の蛙であることを思い知るだろうと。
『しょうがない。
嫌われ役になりきるか』
観客の様子を探りながらやってきたが、何故かアウェー感がない。
幼女がキレまくっているのに観客たちの中から同調する者が出てこないのだ。
苦笑いするばかりである。
「あー、もしかして俺の言ってること聞こえてる?」
周囲を見渡しながら聞くと一斉にコクコクと頷かれた。
『どうやら、そういう仕掛けになっているようだな』
自身の感覚だけで見極められるようにと鑑定していなかったのだが。
魔力の流れを追うと【魔導の神髄】の効果で判明した。
床の下に音声を客席側へ流す魔道具が仕込まれているようだ。
「それじゃ、このお姫ちゃんに世間の厳しさを教えることになるけど勘弁してくれ」
虫のいい話だが、俺も好んで嫌われたくはない。
約1名の幼女に嫌われるのは確定事項だとは思うが。
集団から嫌われるのは御免被りたいところだ。
すると観客のドワーフたちが皆一様にサムズアップしてくれた。
審判であるはずのガンフォールも大きく頷いている。
ならば、遠慮はしない。
『まずは言葉で追撃だ』
「あまりに未熟すぎるんだよ。
何ひとつ褒められるものがないと気付け」
これくらい言わないと効果はないだろう。
それでも地団駄をやめ涙目で歯を食いしばっている姿を見せられると罪悪感を覚える。
ここまで酷く言われたことがないと見た。
『だが、心を鬼にすると決めた以上はやりきるまでだ』
意外とメンタル弱めな幼女に俺は現実を突きつける。
「お前は弱い、弱すぎる!」
同世代が相手なら圧倒的に強いだろう。
それゆえ大人に喧嘩をふっかけたのかもしれない。
が、それに対する責任を放棄するのは子供といえど許されない。
『自分の言動に責任を取れよ。
格好つかねえだろ?』
「お前など手加減してもお釣りが来るほどに弱いんだよ」
アネットは己の自尊心にすがって泣くのを必死に我慢しているようだ。
瞳一杯に涙をためて懸命に俺を睨みつけてくる。
そこに怒りはあるが、憎悪がない。
『その心意気、天晴れなり』
心の中では褒めるが、口から出てくるのは挑発だ。
「どうした?
信じたくないのか、お嬢ちゃん」
幼女が歯をむき出しにして挑むような視線を向けてくる。
まるで威嚇してくる犬だ。
負けん気の強さの表れだろう。
『だが、負けを認める潔さはあるか?』
それがなくては何も変わらない。
「同じ攻撃を4回も連続で受け続けて弱くないと言うつもりか?」
とうとう決壊した。
幼女は、これ以上ないくらいに目を見開いて涙を垂れ流す。
否定しようのない現実を突き付けられたのは、さすがにショックだったようだ。
泣かれると罪悪感を感じずにはいられないのだが、ここで日和る訳にはいかない。
「いま頃になって己の弱さに気付いたか?
相手を打ち負かすことしか頭にないから、そうなるんだよ」
『納得して憎まれ役を引き受けた以上は最後までやらないとな』
「腕っ節が強いだけで持てはやされるのは子供の間だけだ。
大人になっても同じままじゃ、誰からも相手にされなくなるぞ」
観客席のドワーフたちまで衝撃を受けている。
まるで気付いていなかったようだ。
自分たちの王女殿下の将来だってのに。
『これほど殿下という言葉が似合わない奴も珍しいがな』
「教養もない、客に対する礼儀もなってない」
礼儀はともかく教養がないというのはハッタリである。
この場において煽り文句になれば良いのだ。
「がさつで女を捨ててる。
かといって子供らしさがある訳でもない。
そんなんじゃ王女の自覚なんてあるはずないよな。
人のことを吠えてるとか言ってたが、そりゃお前だろ?
ないない尽くしで暴力しかないんだからな。
本能だけで生きてる魔物かっての。
そんなこっちゃ人として終わってるって、いい加減気付けよ」
もはや泣くことは些事であるとばかりに涙はダダ漏れだ。
が、ギリギリと歯を食いしばっている。
「悔しいか?
悔しいなら事実を認めたってことだ」
幼女の形相が鬼になった。
泣いているのに迫力のある凄みっぷりだ。
「図星を指されて怒りをあらわにするなど子供のすることなんだよ」
ただでさえボサボサの髪が逆立ってきた。
『本当に歌舞伎役者みたいになってきたんだが……』
「それを認められないというなら逆転してみせろ」
残り時間はもうすぐ1分になろうとしている。
「どうした、負けを認めるか?」
そんな訳がない。
むしろ逆だ。
『そういう風に挑発したからな』
これで反省するなら苦労はしない。
従ってここからはO・SI・O・KIタイムだ。
こういう利かん気の強いガキにはO・HA・NA・SIでは足りない。
どこぞの教育評論家が真っ向から反対してきそうだけどな。
別に俺は体罰を肯定しているわけじゃない。
が、すでに歪に形作られたものを話すだけであるべき形に戻せるとも思っていない。
そんなものは夢物語だ。
痛みを知らぬ者が改心などするわけがないのだから。
『だから、まず精神的な痛みを知ってもらったんだが……』
自己変革をするための起爆剤になるはずだ。
が、今ここで認められるなら決闘なんてしていない。
目の前には爆発寸前の怒りの塊がいる。
これを完膚なきまでに叩きのめさねば目が覚めたりはしないだろう。
「大人しく認めるならさっさと逃げ去れ」
逃げろと言われて従うような奴じゃない。
突貫してくるのは目に見えている。
「─────────────────────っ!!」
アネットが大口を開けて声にならない叫び声をあげた。
次の瞬間……
『来るぞ!』
「なっ!?」
そう声を発したのはガンフォールだった。
読んでくれてありがとう。




