50 ドワーフの街に野生児がいた
改訂版です。
さすがはドワーフ。
いい酒があれば即断即決である。
「とにかく場所を変えるぞ。
ここで商談をする訳にもいかんじゃろ」
そんな訳でガンフォールの案内を受け岩山を歩くこと小一時間。
その街は山奥の谷懐にあった。
今は見下ろす状態なので全体が見渡せている。
「大きいな」
山奥に建設された街として考えれば異常だった。
「それに飛行型の魔物対策か」
屋根の色が岩肌と同じである。
壁面や他の部分も派手な配色はされていない。
上空からでは街と分からないだろう。
「中央部にあるのは城か。
防御力を重視しているな」
無駄な装飾などが一切ない。
質実剛健で要塞と言った方がしっくりくる。
しかも周囲が険しい岩山だから大勢で一気に攻め込むことが出来ない。
「地上戦でも難攻不落だな」
陣地を構築しようにもまともに開けた場所は街が専有している。
おまけに隠し通路が要所要所にあるようだ。
『無理に陣立てしてもゲリラ戦で各個撃破されるか』
しかも作物の育ちが悪そうな岩山なのに自給自足できているように見受けられる。
「長期戦にも対応可能かー」
籠城する方が有利という希有な例だ。
並外れた苦労の末にここまで築き上げたのだろう。
秘境と言って良いほどの山奥でこれなのだ。
ただただ凄いとしか言えない。
「そんなことまで分かるのか!?」
何故か瞠目されてしまった。
解せぬ。
「賢者を名乗るだけはあるようじゃな」
ガンフォールが感心したような口振りである。
『信じてなかったのかよ』
まあ、自分でも胡散臭いとは思うがね。
「なんにせよ見事なもんだ」
ガンフォールが俺の呟きに反応して、こちらを見た。
『おいおい、余所見すんなって』
途中から岩場を蹴って飛び跳ねながら移動していたから危なっかしくってしょうがない。
道沿いに移動はしているが、何処の忍者だよってのが現状である。
「あれがワシらの王国じゃ」
ニヤリと自慢げに笑うガンフォール。
そういう時こそフラグは立つものだが、事件は発生しなかった。
まあ、俺は試されていたようだけど。
【鑑定】が通じなかったから実際にどれほど動けるかだけでも見極めたかったのだろう。
『しょうがないなぁ』
内心で苦笑しつつガンフォールと寸分違わぬ場所を蹴って追随する。
「ヒガと言ったな、若いの」
ガンフォールは豪快にガハハと笑った。
「ペースを上げるぞ」
跳躍の距離が伸びた。
ドワーフにあるまじき身軽さである。
筋肉ダルマがピョンピョン跳び回るのはシュールな光景だ。
『徒者じゃないな、この爺さん』
俺の方は彼我の間隔を変えずに追っていく。
会話はしやすいがスピードが出ているだけに人によっては窮屈に感じるだろう。
「やるではないか」
ガンフォールは気にした様子も見せない。
というより何か気がかりがあるかのようにソワソワしているように見える。
『何だ?』
瞬間的に疑問に思ったが、すぐに気付いた。
『酒が飲みたいのか』
そう考えると、晩酌のために帰宅を急いでいるように見えてくるから不思議である。
ドワーフの酒好きは話に聞いていた通りだったようだ。
あれこれ考えずに酒だけ用意していたら良かったのかもしれない。
などと考えている間に見上げねばならないほど高い岩壁の前に到着した。
『岩を削って積み上げているのか』
驚くほど滑らかで、何処を見ても隙間がない。
巨大な金属製の門扉と合わさって重厚さが伝わってくる。
まさに質実剛健。
『ドワーフらしいな』
門の両脇には長柄の斧を手にしたドワーフの門番たちがいる。
屈強そうだし髭面のせいで分かりづらいが、よく見れば若い。
『不埒者が来ても即座に鎮圧できそうだ』
貫禄や迫力はガンフォールには及ばないが、この爺さんは特別だと思う。
それこそ、この国の将軍や王族だと言われても納得できる。
とはいえ今は門番たちに注意を向けねばならない。
俺の姿を確認した時点で斧を構えての警戒態勢だからな。
目前まで来ても誰何してこないのはガンフォールの指示待ちだからか。
「よい、ワシの客じゃ」
「「失礼しました!」」
門番たちは姿勢を正して直立不動となった。
茶髪と赤髪の門番くんたちが可哀相なくらい畏まっている。
『ガンフォール大物説は確定だな』
「ヒガ、行くぞ」
門の向こう側で早く来いとばかりに言ってくるガンフォール。
「ああ」
返事をして歩き出そうとしたところで、ふと思いついた。
空間魔法で酒瓶を出して門番くんたちの足元に置いた。
「差し入れだ。
飲むのは仕事が終わってからな」
そう言い残して俺は門を潜った。
「じゃ、行きますか」
頷くだけで応じたガンフォールと歩調を合わせて歩き出す。
街中を歩くとそこかしこから鎚打つ音が微かに聞こえてくる。
鍛冶仕事をする音にも気を遣っているようだ。
騒音問題と言うよりは、魔物を引き寄せないためだろう。
「気になるようじゃな」
歩く速さは落とさずにガンフォールが聞いてきた。
「魔法でしか金属を加工したことないからね」
フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らされた。
「ワシからすれば、そっちの方がうらやましいわい」
ドワーフは魔法が得意な種族ではない。
だが並外れた体力と筋力がある。
素早さではヒューマンに劣るが鈍重と言うほどでもない。
『ガンフォールのような例外もいるしな』
「魔法は使える使えないに関係なく積極的に練習した方がいいぞ」
「なんじゃと?」
「修練すれば何だって鍛えられる。
苦手だと敬遠していれば何も向上することはない」
実際、ツバキは戦いも金属の加工もできるようになったしな。
「若いもんに真理を教えられるとはのう」
「俺、賢者」
ガンフォールはフンと鼻を鳴らした。
「しかしワシらが魔法の修練を積んでも高度な魔法は使えぬだろうよ」
「そうでもない」
「なんじゃと?」
「ガンフォール、自分が無意識で身体強化魔法を使ってるの気付いてないだろう」
「なぬっ!?」
「さっきピョンピョン跳び回っていただろ」
自分が無詠唱の魔法を使っているとは夢にも思っていなかったのだろう。
人生経験が豊富そうなガンフォールであっても呆然とするしかないらしい。
完全に歩みが止まり、立ち尽くすばかりだ。
「あれが魔法だというのか?」
比較的すぐに我に返るあたりはさすがである。
「ああ、そうさ」
「にわかには信じがたい話じゃな」
そう言う割には疑っているようには見えない。
魔力を用いている感覚はあったのだろう。
ただ、無詠唱の内包型魔法を無意識で使う感覚に違和感を感じているだけだと思われる。
『西方じゃ魔法と言えば放出型だもんな』
「アンタは凄いよ、ガンフォール」
無意識に内包型の魔法を使いこなしているのだから。
「誰かに教わったわけではないのだろう?」
ドワーフに足りないものを欲した結果なんだろう。
そういう意味では習得のための下地はあったのかもしれない。
『能力的にバランスのとれたヒューマンでは、その発想に結びつきにくいからな』
「ワシが子供の頃にアレが出来る年寄り連中が何人かおったんじゃがな」
ガンフォールが遠くを見るような仕草をする。
「アレを習得しようと思った頃には使い手がいなくなっておったわ」
「それをアンタが復活させた」
「そのようじゃな」
ガンフォールが苦笑交じりに嘆息した。
「まさか魔法の鍛錬になっているとは夢にも思わなんだわ」
「大事なのは強く濃く思い描くことだ。
その気になれば他の魔法を使いこなすのも不可能ではない」
「不可能ではない、か」
ガンフォールは噛みしめるように言った後、不敵な笑みを浮かべた。
「まだまだ耄碌するわけにはいかぬわ」
そう言って「ガハハ」と豪快に笑い出した。
「うるせえぞ、クソジジイ!」
急に横槍が入った。
『誰だ?』
声のした方を見ると、長柄のハンマーを手にした華奢な外見の幼女がいた。
俺を基準にすると背伸びしてようやく胸元に届くかどうかの身長しかない。
加えてこれで大人だったら可哀相なくらいの絶壁さんだ。
ただ、幼女と言うには乱暴な口調である。
燃えるような赤い髪と勝ち気な瞳がそれを強調している。
ボサボサの長髪と日に焼けた肌が野生児という単語を思い起こさせた。
「おい、そこのお前」
ズビシッと効果音が入りそうな勢いで俺を指差してくる野生児幼女。
「いま失礼なことを考えただろう」
「失礼なこと?
目上の人間に対する礼儀がなっていないガキだと思っただけだが」
「ヒガ、お前がそれを言うかよ」
ガンフォールにツッコミを入れられた。
爺さん相手にタメ口だったし否定はしない。
「そいつは失敬」
軽口でガンフォールに返す。
完全に幼女はシカトしている。
そのせいで顔を真っ赤にして怒髪天状態だ。
「ガンフォール、身内かい?」
それでも、なお無視をする。
「ワシの孫じゃ。
10才になったが頭の出来は良くない」
「んだとぉ!?
喧嘩売ってんのか、ジジイ!」
ダンダンと地団駄を踏むが、絶壁ゆえに揺れるものがない。
「確かに残念な感じはする幼女だな」
軽く挑発しただけで身悶えるかのようにして苛ついている。
ボディーランゲージが豊富そうな奴だな。
まるでローズみたいだ。
『くぅくっくうくくっくーくぅっ!』
あんな下品なのと一緒にするな! だそうだ。
霊体化してるときは念話で繋がるってのを失念していた。
『そりゃスマン』
『くうっくうっくー』
分かればよろしい、だって。
一方でよろしくないのが幼女である。
無視している間に臨界点を突破したらしい。
街中でブンブンと長柄のハンマーを自在に振り回して威嚇してきた。
「ジジイ、今日という今日こそ決着をつけてやるぜ!」
「お前はいつも負けておるではないか」
「だっまあれぇ─────っ!!」
ハンマーの柄を首の上に乗せるように担いで突進してくる。
「ほう」
華奢な体躯に見合わぬ突進力だ。
一気に距離が縮まった。
それでも、まだまだ間合いの外である。
そのタイミングで強い踏み込みからの跳躍。
と同時にハンマーを振り下ろしにかかる。
『間合いに入っていないぞ』
攻撃のタイミングが早すぎて意味不明だ。
もちろん命中するわけがない。
が、幼女の狙いはそのスイングで縦回転することだった。
『なるほど、回転で破壊力を増そうというのか』
だが、しかし──
「甘いの」
ガンフォールは右手を伸ばし5本の指でハンマーを受け止める。
指を曲げ、肘を曲げ、回転の勢いを殺した。
そして半身になって流していく。
俺も飛んで来る幼女が邪魔だったので軽く躱しておいた。
誰も止める者がいない状態で突進の勢いだけは残っている。
結果、幼女はズザーッと顔面だけで綺麗にヘッドスライディングを決めた。
華奢に見えるから首の骨の心配もしなきゃならんところだが問題はなさそうだ。
『ギャグアニメかよ』
「アンタの孫は人を笑わせる才能があるな」
「ただのアホだ」
ガンフォールは呆れたように溜め息をついている。
どうやら付ける薬がなくて苦労しているようだ。
「誰がアホだぁ!」
ピクリとも動かなかった幼女が、ガバッと跳ね起きて抗議してきた。
「「お前」」
見事にガンフォールとハモった。
それが気に食わなかったのだろう。
野生児幼女はボサボサの赤髪を逆立てていた。
ワナワナと体を震わせているので燃えさかる炎のようにも見える。
幼女の心情を表すかのように。
「上等だっ!」
憤怒の表情で吠える幼女。
「そこの貴様、アタシと勝負しろっ!!」
「俺かよ!?」
なんで、そうなる。
読んでくれてありがとう。




