45 つくってみた『マルチブレスレット試作品』
改訂版です。
桃髪ハイエルフ少女のノエルとその一行は熊男のアジトで野宿することになった。
まだ昼前だが、みんな消耗していた。
特にリーシャたち護衛の疲労が色濃い。
それに目の前の惨状を放置する訳にもいかない。
荷馬車が横倒しになったことで積み荷がダメになっているのが痛い。
あと死体の処理と道の復旧作業。
彼女らだけでは何日かかることやらといった有様だ。
『マズいな』
日数を掛ければ帰ってこない熊男のことを調べる人員が派遣されてくるかもしれない。
物資ほかが戻ってこないとなれば丸損である。
奴隷に各種装備品、そして馬。
奴隷は全滅だがアジトには装備も馬も残っている。
『20頭以上の馬を失うのは痛手だろう』
奴隷は死んでも補充すればいいぐらいに思われていそうだけどね。
犯罪奴隷だし使い潰すことに抵抗はなさそうだ。
それに労働力として馬の方が上として見ていそうだし。
奴隷はともかく馬が丸々戻ってこないとなれば放置するとは思えない。
そんな訳で俺も手伝うことにした。
向こうが気付いて調査員を派遣してきても逃げ果せるようにね。
『見張りの要員を配置しなかったのは失態だな』
熊男の報告があれば充分と思い込んでいたのだろう。
執念深そうなのに詰めが甘すぎる。
『とりあえず後始末か』
痕跡は微塵も残さない。
追っ手を差し向けた連中はさぞかし困惑することだろう。
襲撃部隊が忽然と姿を消してしまうんだから。
それでもしつこく追跡しようとしてくるかもしれないが。
が、連中は今回の一件で時間を大幅にロスする。
ノエルたちは安全圏まで逃げ切れるはずだ。
路銀が心許ないようだが、奴らの物資を売ればどうにかなるだろう。
『馬も手に入る訳だしな』
ただ、不必要に多くの馬を連れていると追っ手に嗅ぎつけられる恐れがある。
特徴的な外見の馬から順に選んで俺が引き取るつもりだ。
6頭も渡せば充分に逃げられる。
俺は選り分けて6頭を物資の近くに繋いだ。
「あの馬で逃げるといい。
残りの馬は俺が連れて行く」
「どちらにですか?」
ボーン兄弟の兄マシューが不安げに聞いてきた。
まあ、足がつくのは嫌だろうから無理からぬ反応か。
「空を飛んで遠くにだな」
「「はあっ!?」」
兄弟で目を丸くしている。
「なんだよ?
俺は最初、上から飛んで来ただろ」
「はあ……」
弟のロジャーは生返事である。
「しかし……」
マシューも戸惑いを隠しきれないようだ。
「心配しなくても飛んで行く姿は見られないようにするさ」
なるべく刺激しないようサラッと言ってみたつもりなんだが……
効果は薄かったようで引きつった笑顔で頷かれてしまった。
『微妙に傷つくんだがね』
まあ、馬をゲットできるんだからいいだろう。
日本では馬に乗る機会なんてなかったし。
スキルに【乗馬】とかもあるはずだし夢が広がるじゃないか。
ちなみにアジトにあった馬車とかは馬と同様に俺が引き取った。
馬車なんかは小型で彼らの商売で使うには不向きだったし。
ボーン兄弟所有の馬車は俺が密かに錬成魔法で修復しておいた。
その上で理力魔法で浮かせて平らな場所に持って行く。
地面に置くと、ノエル以外は呆然と馬車を見つめるばかりであった。
「損傷がないか確認しなくていいのか」
俺がそう言うと、我に返ったリーシャが馬車に近づいてチェックしていく。
他の面子には投げ出された積み荷の分別をさせている。
仲間を危険にさらさせないために、そう指示したのだろう。
何か言いたげなパーティメンバーだったが黙々と作業していた。
リーシャは念入りに馬車を確かめていた。
走行中に壊れるのが何よりも怖いからだと思われる。
積み荷を減らして騙し騙し乗っていくことが念頭にあったのではないだろうか。
「横倒しになった時の損傷がない」
呆然とした様子でリーシャが告げた。
「奇跡だ……」
「信じられないよ、兄さん」
兄弟が呟き、他の面子は言葉もなく呆然と馬車を見つめるばかりである。
積み荷のワインが全滅していることさえ気にならないようだ。
「荷物がダメになったんだ。
不幸中の幸いではあっても奇跡とは言わないだろ」
兄弟とリーシャが俺を見る。
その目は呆れと諦めが混じった複雑なものであった。
「「「はあ……」」」
『溜め息までつかれたよっ!?』
彼らの常識と俺のやることは相容れないってことだな。
しょうがないというか自棄クソの心境である。
『次だ次っ、死体の処理ね』
手付かずの盗賊たちを理力魔法で一個所に集めていく。
ついでに鎧と剣を転送魔法で引っ剥がした。
更に軽く水魔法で洗浄しておく。
温水を生み出してミスト状に吹き付けて洗い流していく。
部分的には高圧洗浄機みたいなこともした。
『魔力の無駄遣いだな』
この程度では魔力も余裕で自動回復する俺には関係のない話だが。
仕上げは風魔法のドライヤーと生活魔法の乾燥である。
「ん?」
ノエルがジッと俺を見ていた。
「どうした?」
「賢者さん、凄い」
表情が乏しいから分かりづらいが驚いているか感動しているかのようだ。
『魔力消費量を計算したか』
魔法を見ただけで消費量を見極められるとは末恐ろしいお子様である。
ただし内包型の魔法で見積もってしまっているので正しくはないのだが。
「ノエルが思っているほど魔力は消費してないぞ」
「ホント?」
「ああ、俺の魔法は世間で知られているのとは違うからな」
そんな話をしながら盗賊の死体の真下に地魔法で深い穴を開ける。
この中で灰も残さぬよう浄化の炎で燃やすのだ。
証拠隠滅だけなら、そこまで念入りにする必要はない。
外見的な特徴さえ分からなくすれば特定されることもないはずだ。
これだけ数がそろっていると大いに怪しまれはするだろうが。
それも分散して埋めればすむ話である。
では、なぜ魔法を使ってまで処理するのか。
それは死体を残すことでアンデッド化させないためだ。
凶悪犯罪者は瘴気を集めやすいぶん一般人よりアンデッド化しやすい。
『自分の排出したゴミが他人に迷惑を掛けるのはいただけないからな』
超高温で焼き上げるために穴の内側を結界で囲う。
酸素の供給は転送魔法で行えばいいだろう。
「燃えてなくなれ」
穴の中に火炎を生じさせた。
更に結界を縮めていき圧力を掛ける。
割と面倒な制御が必要だが、これのお陰で焼却完了まで数分とかからない。
『子供に見せていいもんじゃないしな』
穴は深めにしたからノエルの立ち位置からは見えなかったとは思うがね。
「ほい、終わりだ」
燃やし尽くした後には何も残っていない。
俺は結界を解除した。
そして地魔法で俺が開けた穴と罠のために削られた街道を元に戻していく。
これをやっておかないと追っ手に情報を与えることになるからな。
ボーン兄弟たちの仕業だと噂を流される恐れも出てしまう。
そうなれば他の通行者の迷惑だけでなく、彼らにとっても実害が出てくるだろう。
『死んでからも迷惑を掛けてくれるじゃないか、熊男め』
まあ、街道を元通りの踏み固められた状態にするくらいは大した手間でもない。
あっと言う間に完了だ。
上手く仕上がったと思う。
『これなら調査に来ても痕跡は見つけられんだろ』
納得のいく出来だが、それでも腹は立つ気持ちは残る。
黒幕は残っているからな。
『今度ノエルたちに手を出したら空の果てまでぶっ飛ばしてやる!』
それをどうこうする権利があるのはノエルたちであって俺じゃないけどな。
『リーシャたちの方はそろそろ終わったかな』
「って、あるぇ?」
ほぼ全員から呆れたような生暖かい視線で見られていますよ?
ノエルさんは、ほぼ無表情。
他の皆と同じではないと思いたい。
微妙な空気が漂う中で俺にできることなどない。
「じゃ、今日の所は帰る」
俺は一時撤退を選択した。
「明日は早朝に来るから、そのつもりでな」
そう言い残し引き取る馬たちを連れて転送魔法で逃げた。
元選択ぼっちの俺にはスマートに場の空気を変えるなんてできんよ。
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転送先は城の中庭だった。
馬がギョッとして嘶きそうになったが魔法で眠らせて静かにさせた。
そのまま倒れられても困るので理力魔法でそっと横たえさせる。
『急に周囲の景色がいきなり変わりゃ人間だってビビるよな』
些か可哀相なことをしてしまった。
が、物思いに耽っている場合ではない。
時差の関係もあってミズホじゃそろそろ夕飯の時間だ。
そこに駆け寄ってくる幼女が1人。
「おかえりニャさーい」
三毛のケットシーであるミーニャさんである。
そのままの勢いでピョンと飛びついてきた。
『夕飯前に元気なことだ』
受け止めつつも苦笑が漏れる。
「ただいま」
それだけでニパッと満面の笑みになってゴロゴロと喉を鳴らす。
『くっ、相変わらず可愛いじゃないかっ』
その魅力に耐えながら彼女に任務を与える。
「ミーニャ隊員」
「はいっ」
飛び降りたミーニャが元気の良い返事と共に敬礼をした。
「故あって馬を連れてきた。
だが俺にはまだ他の任務がある。
そこでミーニャ隊員はツバキ隊長にこのことを知らせ指示を仰ぐのだ」
「ニャッ、了解であります」
その言葉を残しシュバッと消えていった。
相変わらず見事な忍者っぷりである。
『敬礼をする忍者とか聞いたことないけどな』
それはさておき、俺には仕事がある。
ノエルたちに渡す魔道具の製作だ。
全員に変装のアイテムを用意するのは必須だろう。
『追われている身だからな』
何も悪いことはしていないのだが。
まあ、追う側が悪党では道理も理屈も通じまい。
それからボーン兄弟には連絡手段を渡す予定だ。
でないと革の売却したお金を受け取れない。
これらを向こうが出発するまでには仕上げたい。
さっそく取り掛かるとしよう。
まずは変装用の魔道具だ。
見た目に関しては幻影魔法でいいだろう。
目立たないよう隠蔽の効果も少し持たせたい。
ボーン兄弟は商人だからこの機能はなしにせざるを得ないがね。
印象に残りにくくするよう認識阻害の術式も加えたいところだ。
『ここまですると盗まれたりした時が嫌だな』
登録式にして奪われても戻ってくるようにするしかないだろう。
そうなると破損についても考慮する必要がありそうだ。
破損防止の保護に再生も記述したいところだが……
『術式を書き込む余裕がなぁ』
最初は指輪で考えていたのだが、盛り沢山すぎて全部を書き込めない。
『しょうがない……
腕輪で我慢するか』
デザインは蔦をイメージした螺旋形のものにした。
登録者の腕に巻き付くようにしたのでサイズの調整は不要だ。
脱着も登録者なら自在にできるようにする。
『こんなものかな』
ささっと試作してみたが納得のいく性能だ。
『ここに連絡が取り合えるよう術式を追加して……』
「ダメだ、消費魔力が多すぎる」
あまりにも使用者負担が大きいことに気付いた。
まともに使えるのはハイエルフのノエルくらいのものだろう。
特にリーシャたちがヤバい。
ラミーナは種族特性により魔力も少なめだ。
『機能を絞り込むしかないか』
変装は髪と瞳の色だけ変えて終了。
ここが変化するだけでも人の印象は大きく変わる。
こういう部分は例え触れることができても幻影魔法とはバレないのが利点だ。
ノエルだけは尖った耳を隠すようにする。
『エルフは目立つだろうしな』
まだ魔力が足りない。
これくらいでどうにかできるなら生命エネルギーを利用してるさ。
体外に放出される分なら使っても害はないし。
魔力に変換すれば、わずかでも足しになる。
もちろん、これも盛り込む。
『ん?』
放出された生命エネルギーを吸収すると気配が薄まるようだ。
これなら術式1セットを丸々削れる。
が、まだダメだ。
一番のネックは連絡手段である。
距離や通話時間が関係してくるのが痛い。
『いっそ呼び出し通知機能だけにするか』
呼ばれれば俺が出向けばいい。
大した用でもないのに、しょっちゅう呼び出されるのは迷惑だがな。
そんな真似はしないだろう。
『これでギリギリか』
余裕がないのは怖いが、これ以上は削りたくない。
『どうしたものか……』
しばし考え込み、材質で強度を補うことにした。
竜檜を使えば保護の術式を削れるだろう。
『もう少しマージンが欲しいな』
欲を言えば切りがないがね。
『いっそのこと内包型の魔法使いみたいに本人の魔力を循環させて増幅させてみるか』
強制的にさせるから使用者の負担が増えそうだけど。
腕輪を維持する程度でリミッターをかけておけば大丈夫だろう。
念のため本人の魔力資質に合わせて最終調整するようにしておこう。
これなら持ち主以外には使えないし。
『これで良しっと……』
いや、まだだ。
腕輪の見た目が芸術品のようだ。
本人が目立たなくても腕輪が目立っちゃ意味がない。
『普通に仕上げると【万象の匠】スキルが怖いくらいに仕事してくれるな』
逆に【万象の匠】で地味になるよう外観を仕上げなおすことにした。
今度こそ完成である。
翌日、ノエルたちに会いに行って渡してきたよ。
生暖かい目で見られっぱなしだったけどね。
全員受け取ってくれたから良しとしておこう。
読んでくれてありがとう。




