394 楽ではなさそうだ
エリーゼ様が異世界に飛ばされたこちらの世界の住人たちを保護するよう頼んできた。
アルバイトと称しているけど強制的な依頼に等しいよな。
敵対してもいない相手を見捨てるのは後味が悪いし。
ただ、そうは言っても子供のお使いレベルで終わる話じゃない。
保護対象者たちは向こうの住人の夢の中に閉じ込められているという話だし。
エリーゼ様が安定させている間に連れて来なければならない。
それって何かの拍子に夢の世界がどうにかなったらヤバいんじゃないの?
そう考えて背筋に悪寒が走った。
『あ、気が付いたみたいね。
夢の世界に入ったら少なからず影響を受けるわよ。
たとえば相手が夢から覚めたりしたときに中に残っていたら危険ね』
『どういう風に危険なんですか?』
『夢の世界から追い出されるか消滅するか、よ』
『ケースバイケースですか』
『ほとんど運の要素が強いわね』
最悪だ。
状況に気を付けていたら何とかなる話ではなかった。
嫌な予感がしたと思ったら、こういうことだったんだな。
『よくベリルママが許可を出しましたね』
こんな話が根回しもなく来るわけがない。
『母親の立場では反対されたわよ。
だけど、管理神としてはフェアリーたちを見すてる訳にもいかないとも言われた』
消極的に同意したってことか。
これって行くしかないじゃないかよ。
外堀、埋めてくるよな。
普段はサボってるっぽいのにこれか。
『生還率はどのくらいですかね?』
せめてフォローくらいはちゃんとしてほしい。
『なんとも言えないわね』
俺の願いは脆くも崩れ去った。
雑だ、雑すぎてなんも言えねえ。
おまけにどう考えても確率的には低そうだし。
『……ないならないと言ってくれた方が助かります』
俺1人で行った方がいい案件だな、これ。
『ハルトでないと1割もないのは確かよ』
そういう関係性の薄いネガティブな情報はいらない。
『神霊獣のローズがいるでしょ』
そういや俺が適任者だって言われた時にローズがいるからみたいなことも言われたな。
『彼女がゼロの確率を百にしてくれるかもよ』
どこかで聞いたような台詞だな。
『かもって、どういうことですか』
『夢の領域に入った時に親和性があるのよ』
夢属性だからなんだろう。
『夢を見ている相手の精神が安定するのよね』
『夢から覚めにくくなる訳ですか』
『そういうこと。
だからといって夢の中で派手に暴れると夢が終わっちゃうわよ』
『……………』
何かよろしくない言葉を聞いた気がする。
『今回の相手の夢はエリーゼ様が安定させているんじゃないんですか』
それでダメってどういうことよ。
『夢そのものじゃなくて本人の状態を安定させているのだよ』
紛らわしいなぁ。
でも、その口振りからすると──
『夢に触れるとヤバいんですか?』
『外から触れる時は細心の注意が必要だね』
『どういう風にですか』
『外からだと夢の境界がすごく分かりづらいんだよ。
中に入ってしまえばハッキリ分かるんだけどね。
そのせいで外から夢の領域に触れようとすると傷つける恐れがある。
内側からだと夢の中の出来事として誤魔化せるんだけどね。
夢の領域の破損は精神を傷つけるのと同じだから怖いよ。
ほんの少しズレただけで廃人コースだからね』
『マジっすか』
物騒なんてもんじゃねえだろ、それ。
それなら中からどうにかした方がいいと考えるのが普通だよな。
『あと、夢の領域から本人の体には手を出せない。
対象が目覚めそうな時に魔法で眠らせようとしても効果がない』
夢の中の出来事に変換されてしまうのか。
それとも完全に無効化されてしまうのか。
『神様でもそんな風になるんですか?』
驚きは隠せない。
『必ずそうなる訳じゃないわね。
どんな世界にも例外はいるものよ。
夢の世界というのは色々と制約がついてしまうのは事実だけど』
『はあ……』
どうやら神様といえども、その制約とやらには縛られるようだ。
『たとえば君のように妄想癖があるタイプは実に厄介でね。
そうでなくても夢の世界は本人だけのものだし迂闊に触るべきではないんだ』
思った以上にデリケートなものらしい。
これ、俺が保護のために入る時もかなり注意が必要なんじゃないの?
『いずれにせよ夢の領域は神が触れ過ぎると壊れるのよ』
あ、そういう制限もあるんだ。
『俺もヤバそうですが?』
半神化が進んでいるようだし。
『君は神ではないから、それは大丈夫。
あと何度も言うようだけど夢属性の相方がいるでしょ』
はー、ローズは思った以上に凄いようだ。
『他にも君だからこそ適任であるという理由がある』
黙って聞いておく。
つまらない理由だったら大いに怒りたい。
『ハルトは元は私の世界の住人だ。
これを利用すれば異世界間の移動の許可を出しやすい』
根本的な部分からみたいだな。
これをつまらないとは言えない。
『あと、対象者と妄想の傾向が似ている。
これが結構重要でね。
思考パターンが著しく違うと相手を刺激してしまうんだ』
相手は男ってことか。
そこは「つまらん」と言いたいところだ。
が、条件として必要なものみたいだし怒ることはできなさそう。
『ちなみに刺激すると、どうなるんで?』
『夢を見ている時に不快に感じることがあるとどうなる?』
質問で返されてしまった。
けれども言いたいことは分かってしまった。
『目が覚めてしまう……』
『はい、正解』
嬉しくない正解だ。
ついでに疑問に思っていたことも聞いてみる。
『その人、ずっと眠りっぱなしなんですか?』
もしかするとフェアリーたちの結界で睡眠を固定されているとか……
『交通事故で昏睡状態が続いていたんだよ』
『まさかとは思いますが──』
『彼が事故に遭ったのは偶然だよ。
フェアリーたちの魔法が事故に関与しているなんてことはない』
俺の懸念は言葉にする前に潰されてしまった。
あと、ついでに相手は男であることが確定してしまいましたよ。
『あの子たちが流されてきたタイミングと偶然に一致したわけ』
始めに事故ありきってことか。
『その事故に遭った人、助かるんですよね』
嫌な予感がしたので聞いてみた。
死にかけていて無理やり延命されているとかだと色々問題あるもんな。
『ええ、大丈夫。
無理やり眠らせないと覚醒してしまう段階に入ってるわよ』
男の方は大丈夫だけど、フェアリーたちが厳しい状況なのか。
まあ、エリーゼ様が男を眠らせている間は大丈夫だろうけど。
『そのせいか夢の世界で色々と遊んでいるわね。
たぶん中に入ったら、有り難くない意味で歓迎されるわよ』
『それ、俺が苦労するパターンですよね』
『そうとも言うかな』
『そうとしか言わないと思います』
若干の沈黙。
根拠はないが電話の向こうで「テヘペロ」をされた気がした。
地味にムカつく。
『たぶん大丈夫だとは思うけど、派手にはやり過ぎないでね』
『どういうことです?』
『彼の夢の中で限度を超えて暴れれば彼の精神が傷ついてしまうってこと』
『……………』
そういう情報は先に伝えておくべきことでは?
よほど言ってやろうかと思ったが、無駄だと思ったので止めた。
のれんに腕押し、糠に釘ってやつだ。
こんな所で問答しているよりも現場に向かった方がいいだろう。
その前に確認しておくことができた。
『俺が魔法を使うことになった場合の許容範囲はどの程度でしょうか』
『一度に消費する魔力が夢の領域を超えないようになさい』
それは分かり易い目安になるな。
相手しだいで使える量が大きく変わりそうだけど。
妄想癖のある奴なら、そうそうショボいことはあるまい。
『ただし、相手が拒絶反応するような魔法の使い方をするのはダメ』
『目を覚ましてしまいますか』
『ええ』
似たような妄想の傾向が重要と言われた理由がこれのことなんだろうな。
『分かりました。
あと、あんまり同行者がいない方がいいですよね』
俺とローズだけの方がいいだろうと思ったのだが。
『それは逆ね』
『え!?』
『言ったでしょ。
妄想の傾向が重要だって。
同行者が異世界の住人と分かる方が拒絶反応されにくいわ』
『それはつまり、この場にいる国民は全員連れて行けということですか」
『そうね、心配ではあるだろうけど。
アナタだけで行くと皆を心配させてしまうわよ。
事情を知れば皆から大目玉をくらうでしょうね』
『……………』
この人、説明するつもりだよ。
それも俺が行く前に一瞬で。
管理神ならできるだろうね。
『分かりました。
全員、連れて行きます』
渋々だが了承するしかなかった。
元よりしくじるつもりはなかったが、より頑張らないとな。
『よろしい。
それじゃ夢の世界へ送るわね』
『え!? 皆への説明はどうするんです?』
『あら、そんなのとっくに終わってるわよ』
しれっと言われてしまった。
『……………』
絶対に掌の上で踊らされてるよな。
『報酬は上乗せで頼みますよ』
俺は最後の抵抗を試みた。
『フハハ、期待していたまえ』
それができれば、こんな憂鬱な気分にはならないさ。
『それじゃあレッツゴー』
唐突だ。
この人、本当に振り回してくれるよな。
もう慣れたけど……
読んでくれてありがとう。




