370 眠り姫の正体
王城に到着したのは、まだ午前中であった。
「もう行かれるのか」
クラウドが何かを期待するような目で俺を見る。
オッサンにそんな目で見られても嬉しくない。
まあ、昼飯を期待していたんだろう。
思ったより早く到着したものだからチャンスがなくなったことを残念がっている訳だ。
「ああ、俺も国元で仕事があるんでな」
喫緊の仕事はないがね。
こう言えばクラウドも引き止めることはないだろうという読みがあっての発言だ。
現にクラウドの表情が切なさを感じさせるものとなった。
苦悩すると言えば大袈裟だが無念に思っていることは間違いない。
「国を治めるというのは、ままならぬものだな」
己の食い意地を根拠にそんなことを言われても同意しかねる。
苦笑しか出ないぞ。
ダニエルや総長も同意見らしく、同じように苦笑していた。
「ンンッ」
クラウドが態とらしく喉を鳴らすように咳をする。
見透かされていることには気付いているようだ。
そんなことされても、ますます笑えてくるだけなんだが。
まあ、可哀相なので我慢する。
「そのうち様子くらいは見に来るかもな」
「おおっ、それは是非とも」
俺の言葉に満面の笑みで答えるクラウド。
それまでは元気のない落ち込んだ表情だったのにな。
現金なものである。
「いつとは言えないが」
予防線は張っておく。
でないと具体的な日程まで決めることになりかねない。
「それは仕方あるまい。
ヒガ殿の都合もあるだろうからな」
あからさまに残念そうな顔をされてしまった。
本気で日程を組むつもりだったな。
「まあ、そのうちにな」
手を差し出し握手した。
「本当に助かった。
ヒガ殿、感謝する」
苦笑を禁じ得ないことを言ってくれる。
「そういうのは危機を乗り切ってからにした方がいい」
「おっと、そうだったな。
あまりにも見事な手際であった故、そのことを失念していた」
クラウドも笑った。
「ヒガ殿、また会おう」
「ああ」
俺たちは輸送機に乗り込みジェダイト方面へ進路を向けた。
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出発して間もなく、例の件を報告することにした。
念話で先に知らせておくことも考えたんだけどね。
それをしなかったのは万が一にもボロが出るのを回避したかったからだ。
「えー、皆に報告しなければならないことがあります」
「報告?」
ノエルが小首を傾げながら聞いてくる。
見当がつかないのだろう。
飢饉の対策が終わって急ぎの用件などないのが現状だからな。
「なーんか嫌な予感がするんですけどー」
「うちもや」
レイナとアニスが身構えている。
そこまで警戒しなくてもとは思うんだが。
「よさないか」
真面目なリーシャがたしなめている。
「それはゲールウエザーの面々がいる時には言えなかったことかな」
そう言ってくるルーリアはなかなか鋭い。
「そうだな」
俺の返事に「ダメだぁ」とばかりに仰け反っているレイナとアニス。
「「もしかして、この間のダンジョンがらみの話?」」
メリーとリリーが聞いてくる。
「それは違うな」
「それじゃあー、バーグラー関連ですかー?」
続いてダニエラ。
「それも違うな」
「あらら~」
月影の一同が首を捻って考え込み始めてしまった。
別にクイズで正解を求めている訳じゃないんだがな。
「皆、主の話を聞いた方が早いと思うのだが」
ツバキがまともな意見を出してくれたお陰で、ようやく皆が聞く体勢になった。
「今朝、行き倒れを見つけてな」
「「「「「ええ─────っ!?」」」」」
最後まで話を聞いてくれよ。
「今朝って、どういうこっちゃの?」
アニスが身を乗り出すように迫ってくる。
顔が近いのでとりあえず押し退けておいた。
「チューしたいなら後でな」
「なんでやねん!?」
顔を真っ赤にしてツッコミ入れてくる。
が、とりあえず引き下がらせることには成功した。
話の続きだ。
「向こうの村を出て間もない頃だ。
下の様子を壁面モニターに映していただろ」
「何もなかったじゃない。
村の人達が両手を振って見送ってくれたくらいかな」
今度はレイナだ。
「かなり離れた場所だったからな。
かなり小さく映っていた。
俺も発見できたのは、ほぼ偶然だ」
「「「「「……………………」」」」」
返事がない。
驚いているんだか呆れているんだか微妙なところだな。
と思ったら月影の一同がノエルを見ている。
「本当」
疑ってたのかよ。
訴えるぞ。
裁判所はないけど。
「それで、いかにするのじゃ?」
シヅカが聞いてきた。
「そのような報告をするからには、どうにかしたいのじゃろう?」
「したいんじゃなくて、既にしているんだが」
「どういうことじゃな?」
「トイレに入る振りして現場に行ってきた」
「……あのときじゃな」
「でもって倉に回収してきた」
「「「「「なにぃ─────っ!?」」」」」
「そんな驚くことじゃないだろ。
ヤクモで訓練中の新規国民組だって大半は同じようなことしたんだし」
「主よ、軽率ではないか」
ツバキである。
やや険のある口振りだ。
「そうか?」
「行き倒れとはいえ、部外者だろう」
なるほど。
「信用できない奴を連れ込むなと言いたい訳か」
無言で頷くツバキ。
「それなら問題ない。
しばらく強制的に眠らせる。
最終的にローズにも確かめてもらうつもりだし」
それでも不服そうな表情は変わらない。
「おそらく心配はいらんじゃろうて」
溜め息をつきながらガンフォールが会話に入ってきた。
「それはどういう?」
戸惑いながらガンフォールに疑問を投げかけるツバキ。
「ハルトが鑑定もせずに見知らぬ相手を連れて来るとは思えんのじゃが?」
「あっ」
答えが疑問で返されて失念していたことに気付かされることとなった。
「そういうことだな。
最初は様子だけ見に行くだけのつもりだったんだが」
悪党なら放置した。
衰弱していたから間違いなく死んだはず。
野生の獣か魔物の餌食になっていただろう。
これがどうでもいい相手なら多少マシになる。
治癒だけして置いていく。
帰った後に衰弱死されても後味が悪いしな。
治癒しておけば、じきに目を覚ましただろうから外敵に対応できるはずだし。
戦うにしても逃げるにしても選ぶことができる。
それだけの体力は回復させるさ。
結果については知らんがな。
まあ、今回はそういう相手ではなかった。
「レオーネ」
「は、はい!?」
この状況で呼ばれるとは思っていなかったのだろう。
かなり慌てている。
「リオンという名前に心当たりは?」
「……あります。
年の離れた妹ですが……」
戸惑いながら答えていたレオーネの表情が一変する。
「まさかっ!?」
「そのまさかだ」
レオーネは声もなく目を見張って呆然となった。
「行き倒れはレオーネの妹だった」
「「「「「なんですとぉ─────っ!?」」」」」
皆、驚きすぎ。
最初は俺も「えっ!?」とか思ったから偉そうなことは言えないけど。
鑑定したら名前が[リオン・ソレイユ]だもんな。
この時点で身内決定だと思ったよ。
苗字が同じなんだから。
確認したら[レオーネの妹]と出た。
そうなりゃ無条件で回収でしょう。
その後をどうするかは分からんがな。
「あ、あのっ……
妹はどうして行き倒れていたのでしょうか」
レオーネの疑問はもっともだ。
彼女らの出身地である集落はゲールウエザー王国の南端と接している。
ゲールウエザーの中部地域まで徒歩で来たとなると相当の日数を要しているはずだ。
なんたって世界第2位の大国だからな。
国土は幅もそれなりにあるが縦長である。
「それは本人に聞いた方がいいんじゃないか?」
「あ……、はい」
「そこで皆に確認だ。
いますぐ話を聞くべきだと思う人」
俺が挙手をするまでもなく全員が手を挙げていた。
「全員一致と言うことで眠り姫の登場だ」
「その言い方、変態っぽいわよ」
沈黙を守っていたマイカがツッコミを入れてきた。
「そりゃ悪うござんしたね」
言いながら俺はベッドをまず用意した。
そこに海エルフのリオンを倉から出して横たえる。
「リオン!」
褐色肌の少女の姿を見るなりベッドに飛びつくレオーネであった。
読んでくれてありがとう。




