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369 結局、誤解されたまま帰ることになる

 カレーの結末はどうということはなかった。

 誰も腹を下すことなく翌日を迎えることができたからだ。

 まあ、アニスとハマーは食後からかなり苦しんではいたが。

 レイナは「ちょっと喉がひりひりして喉が渇くかな」と言う程度で済んだけど。


 酷い目にあっていた2人は治癒魔法を使って耐えきった。

 腹が痛くなっては治癒魔法の繰り返しだったらしいけどな。

 おかげで寝不足ですと顔に書いているような状態だった。

 既に飢饉対策の主役はゲールウエザー組になっていたから問題にもならなかったけど。

 その日の晩は消化に良いメニューになったのは言うまでもない。


 なんにせよ、みんな頑張っていた。

 翌日、また翌日と日を重ねるごとに効率が良くなっていく。

 それでも最終日は遅くまで頑張ることになったけど。

 王都に帰るのは翌日に持ち越しという形で、遅い夕食をとる。

 メニューはチキンライスとサツマイモのグラタンである。


「今夜はケチャップなる調味料を使ったライスとサツマイモの料理」


 腹が減りきっているのかクラウドの目が飢えた獣のそれになっていた。

 普段ならそういうこともないそうだが、うちの御飯はこの国の王を豹変させるらしい。

 でなきゃ食い過ぎで何度も動けなくなったりはしないか。

 さすがに村を回るようになってからは我慢できていたがね。


 今夜は些か厳しい状況かも。

 そう思いながら見ていると食べっぷりが昨日までより豪快感がアップしている。

 マナーは守られているが手も口も素早く動いている。

 半分くらい食べるまでは一言も発さず黙々と食べていたのも不安を煽ってくれる。

 まあ、不安に思うのは俺ではなくダニエル以下のゲールウエザー組ではあるが。


「旨いっ。

 実に旨いっ!」


 ようやく喋ったかと思ったら、それだけ言ってまた黙々と食べ始める。

 ゲールウエザー組の一同が不安そうに自分たちの王を見ていた。

 ああ、信用されてないよ、クラウド氏。

 まるっきり信用を失っているのではなくて食方面だけでとはいえ。

 一国の王としては、どうなのか。


 食にこだわりがある身としては大目に見てほしいところではあるが口出しはできない。

 城を出てから街にいる間にやらかした数々を思えば。

 そしてその対応に苦慮していたメイド隊の面々のことを考えれば。


「ヒガ殿の慧眼に感服いたした」


 そろそろ平らげるかなという頃合いで、クラウドがそんなことを言った。

 いきなり何を言い出すんだか。


「そう?」


 相変わらず誤解してくれているようだ。

 今回は何だろうな。


「トマトを調味料にしてしまう発想が素晴らしい。

 傷みやすい作物もこれなら長持ちさせられる」


「素晴らしいとか言うほどのことじゃないだろ」


「何を言われるか。

 痛みやすい作物を長持ちさせる方法はなかなかないのだぞ」


 何かしら別の傷みやすい作物で苦慮したことがあるようだな。


「それを調味料にしてしまうという発想が凄い。

 これなら腐敗防止のポーションを混ぜるだけで長持ちさせられる」


 確かに長持ちさせる手段としては最適だろう。

 腐敗防止のポーションは元の世界で言うところの防腐剤とは比べ物にならないからな。

 常温保存でもそう簡単には腐らないし。


 欠点と言えば若干の苦みがあることくらいか。

 調味料の一部として考えれば調整がきく程度だけど。

 現にソースなどの保存に使われているようだ。


 あと、液状になったものでないと効果が見込めないのも欠点か。

 収穫した作物に振り掛けても効果は薄い。

 表面は大丈夫でも内側は普通に腐るみたいだからな。


 そのくせ味が悪くなるんじゃ用途が限定されてしまうのも無理はない。

 かわりと言ってはなんだがポーションにしては安価だ。


「言いたいことは分かったが、凄いと言うほどじゃない」


「相変わらず謙遜されるのだな」


 苦笑するクラウド。

 そして同意するように頷くダニエルと総長。

 もう勝手にしてくれ。


「いやー、今夜も旨かった。

 毎晩の食事の提供感謝する」


「おや、おかわりはいらないのか?」


 聞くまでもないことだ。

 デザートのカボチャプリンも平らげた後なんだから。


「そういう訳にもいかないのだよ」


 言いながら頭を振るクラウド。


「本音を言えば食べたいところだがな」


 ガックリとうなだれた。


「これ以上は歯止めが利かなくなりそうでな。

 そうなると明日の公務に支障をきたしてしまう」


 最後なんだからガンガン食べるかなと思っていたけど。

 それはできない訳だ。

 ここで臨時の仕事を終えても本来の仕事があるもんな。

 家に帰るまでが遠足です、どころの話じゃない。

 帰ってからが仕事なのだ。

 それも溜め込む形になったからな。

 今回の一件でイレギュラーな出張になったが故に。


「公務じゃ仕方がないか。

 機会があれば、またミズホ食を提供しよう」


「おお、その時はぜひっ!」


 身を乗り出さんばかりの勢いで握手を求められてしまった。

 もちろん応じるけど苦笑は禁じ得ない。

 見るとダニエルや総長も苦笑している。

 あからさまなのは2人だが、他にも笑いを堪えているのが見受けられるな。

 肩を振るわせたり顔を背けたりと大変そうだ。


 今回の一件でクラウドが食いしん坊国王であることは定着してしまったしな。

 不可抗力だとは思うけどね。

 帰ったら城中で噂になりそうだ。

 恥とされるか親しみやすいと思われるか、どっちだろうね。

 この国の雰囲気なら後者のような気はするけど。


「ヒガ陛下、私も呼んでくださいね」


 総長もちゃっかり頼んでくる。

 あんまり図々しい感じがしないのは人柄だろう。

 得な婆さんである。


「もちろんだ」


「いやあ、次回が楽しみだ」


「そうですね」


 どんだけ入れ込むようになったんだか。

 まあ、皆そこそこ箸が使えるようになったし。

 米を見るとテンションが1段上がるようになってしまった。


「それにしても旨かった」


 分かった分かった。

 そんなに興奮するなっての。


「チキンライスの絶妙な味付けは何度食べても飽きが来ない」


 絶賛してくれるな。

 だけど毎晩のように言うだけだから聞き飽きた。


「だが、今夜に限って言えば主役はサツマイモのグラタンであったな」


 そんな言うほどのことはない。

 デザート的な位置づけで見られていたからおかずにしただけだ。


「甘すぎておかずにならないと思っていたのだが」


 ほらね。


「デザート以外には使えぬと思い込んでいた私の目を覚まさせてくれた」


「……………」


 このオッサン、言うことがいちいち大袈裟なんだよなぁ。


「確かに甘みは感じられた。

 が、デザートにした時のような甘さではなかった。

 程良く控えめな甘みとまろやかな舌触り。

 口の中でほどける時の深みのある旨さ」


 目を閉じて何かに感じ入ったかのように頭を振るクラウド。

 なんかスイッチ入ったっぽいよ。


「デザートのカボチャプリンもまた絶品。

 甘すぎず山羊の乳の臭みもなく……

 どうすればここまで滑らかにできるのか」


「その辺りは丁寧に下ごしらえをする必要があるとしか言い様がないな」


 特別なことは何もしていないのだ。


「カボチャプリンはそっくり再現するのは難しいぞ。

 レシピを渡すことはできるが、滑らかにするのは簡単ではないからな」


「おお、なんということだ」


 両手を広げて天井を仰ぎ見る。

 何か芝居がかってきた。

 自分の世界に浸ってるんだろうなぁ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 夜が明けて、帰る日となった。

 やれやれって心境だ。

 飢饉はこれからだけど、できることはやった。


 あと、監視対象として空中空母も派遣してあるから何かあっても即時対応できる。

 自業自得なことをした結果についてはスルーするけどな。

 うちの国民じゃないから、そこまで面倒を見るつもりはない。

 とにかく、これでようやく一息つける心境だよ。


 色々あったからな。

 国をひとつ滅ぼした。

 国民が一気に増えた。

 増えたどころか皆まとめて進化した。

 極めつけは昔馴染みの2人が生まれ変わってこっちに来たことだ。


 我ながら呆れるしかない。

 次の瞬間に何が起こるやらといったところだ。

 そういう意味では帰りの道中も何があるか分からない。

 それこそ超大型の魔物の襲撃を受けたって不思議じゃないとも言える。

 とにかく妙なことに巻き込まれないようひっそりと帰りたいところだ。


 朝食を済ませ輸送機を離陸させる。

 飛行中の食事にしなかったのは到着時にバタバタしたくなかったからだ。

 あと、なんとなくそうした方がいいような気がしたというのもある。

 その予感は発進後、間もなくして当たってしまった。

 見つけてしまったのだ。

 何となく眺めていた壁面モニターの映像の中にそれを。

 ゲールウエザー組がいなければ盛大に溜め息をついていただろうな。

 どうして見つけてしまったんだろうってさ。

 偶然の要素もあるけど、それだけじゃない。

 【天眼】の神級スキルを持っているからこそ発見できたのだから。


 ここで俺は席を外す。


「どちらへ?」


 総長が声を掛けてきた。

 俺の様子に何かを感じ取ったのかもしれない。

 相変わらず侮れない婆さんである。


「用足しだよ」


 そう言い置いてトイレへと向かった。

 個室に入って鍵をかける。

 ああは言ったが、こっちの用足しではない。

 所用で出かけることにしたのでトイレでの大小ではなく文字通りの用足しとなる。

 故に嘘はついていない。

 これも詭弁になるのかね。


 とにかく俺は転送魔法を使った。

 壁面に映し出されていたものを確認するために。

 アレに気付いたのは俺だけである。

 それくらい対象が離れた場所で行き倒れていたのだ。

 そう、行き倒れ。

 つまり人間である。


「運が良いのか悪いのか」


 俺に発見されたのは幸運だろう。

 発見した俺はどうだかな。

 こんな何もない場所で行き倒れているんじゃね。

 トラブルの予感しかしないでしょうが。


「俺もお人好しだよなー」


 言いながら治癒と眠りの魔法をかけつつ行き倒れを倉に回収した。


読んでくれてありがとう。

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