367 ハルト、誤解される
ゲールウエザー組はよく頑張ったと思うよ。
自分たちの国の危機なんだし当然と言えばそうなんだけど。
でも奮闘の仕方が危機感を前面に出した感じじゃなかった。
「賢者殿、今日の晩御飯は何かな」
夕食前の時間に満面の笑みで聞いてくるクラウド。
その一言にゲールウエザー組各員の耳がピクッと動くんだよね。
いかにも私は興味ありませんとばかりに各自の仕事をしているんだけど。
より聞き取りやすくするために衣擦れの音にすら気を遣っているのがバレバレだ。
「ハヤシライスとカボチャのポタージュスープだけど」
「ふむ、スープは飢饉対策の作物を使うのだな
さすがは賢者殿だ。
料理についてのフォローもしてもらえるとは」
いや、そこまで考えてないぞ。
水じゃなくて牛乳を使って作るから結果的にフォローにはなってると思うけど。
「ただの偶然なんだが」
現にハヤシライスでもトマトを使うものの同時に水も使うし。
「またまた、謙遜ですなあ」
ハッハッハと高笑いまでしている。
信じてないな、このオッサン。
「そこまで期待されてもな。
今回は牛乳を使っているし。
山羊の乳で代用できるならいいんだが」
「ほうほう、代用食材の心配までしておられたとは」
何度も深く頷くクラウド。
ダメだ、完全に誤解されている。
「それでハヤシライス? とは、いかなる料理かな。
先日、話に聞いたカレーライスと響きが似ているような」
さすがは食いしん坊国王だ。
一度しか聞いていない料理の名称まで覚えているのか。
「御飯に特別なソースをかける点では同じだが別物だ」
「おお、ソースをかけるとな。
それは面白い。
しかも別のソースになるのか」
「ハヤシライスのソースはトマトを使っている。
言っとくが水を使うから飢饉対策にはならないぞ」
先に言って牽制しておいた。
「いやいや、そんなことはありますまい」
笑いながら否定されてしまった。
「……………」
牽制、効果なし。
このオッサンは人の話を聞かないな。
水を使うと言ってるだろうが。
「他の食材との交換がしやすくなるように考えておられるのでしょう」
は?
「他の地域でトマトの需要を増やし価値を上げる。
なかなか隅々まで計算されておりますなあ」
再び高笑い。
どこまで買いかぶってくれるんだろうか。
「それにしてもトマトを使ったソースとは」
虚空を見上げるような仕草をするクラウド。
「なかなか想像がつきませんな」
残念そうに頭を振っている。
「赤くてサラッとした感じであろうか。
御飯との相性が気になるところだ。
味はもっと見当がつかんが……
それだけに楽しみで待ち遠しい」
「ソースの色はビーフシチューに近い。
トマトを使う分、やや薄い色になるか」
材料やレシピ次第で色の濃さは変わるけど。
「ほう!?
それは他の食材が入るのですな。
なんとも深みのある味になりそうだ」
食材というかソースだが、突き詰めれば食材か。
間違ってはいない。
「具材は薄切り肉とタマネギだ。
他の野菜を入れることもあるが基本はそれだ」
「ふむふむ……」
クラウドが再び虚空を見上げた。
今度は視線を左右に動かすオマケ付きだ。
どこまで具体的に想像しようとしているんだか。
この食い道楽め。
「何となく想像はつくが箸が使いづらそうだな」
そんなことまで考えるのか。
まあ、箸を気に入ってもらえたのは何よりだが。
「スプーンを使って食べるんだよ」
「んんっ!?」
感心しているような驚いているような半々の表情になった。
「ミズホ食すべてで箸を使うわけじゃないぞ」
「なんとっ!?」
心底驚いたように目を見開いているクラウド。
ミズホ食は箸が必須だと思い込んでいたんだな。
なんでそう思ったのか謎だけど。
「うーむ、やはり賢者殿は凄い」
腕組みまでして唸り始めた。
だから、なんでそういう発想になるのかね。
「箸に馴染みのない我が国の民のことまで配慮しておられるとは……」
感服したとばかりに頷いている。
ダニエルや総長まで驚きの表情を見せながらも頷いてらっしゃいますよ。
ねえ、これ罰ゲームじゃないよね。
誤解されたままヨイショされるのって凄く恥ずかしいんだけど。
黒歴史級だよ。
おまけに否定すればするほど謙遜していると思われる罠が待ち受けている。
「しかも類似の別メニューもあるとなれば飽きることも少ないでしょうな」
「カレーライスのこと?」
うんうんと頷きが返ってきた。
「あれは初めて見る者には厳しいかもな」
「ほう、それはまたどうしてですかな?」
「色とか見た目の質感が良くない」
「いまひとつピンときませんな」
「それとスパイスをふんだんに使っているから苦手な人間もいるだろう」
「カレーライスは辛いと?」
「辛みは調節できるけどね」
「確かに苦手な者がおりそうですな」
ここで総長が会話に加わってきた。
「ですがスパイスを複数使うということは薬のような効果もあるのではないでしょうか」
「それは真か、ジョイス総長」
「はい、陛下。
私も長く伏せっていましたので色々と調べておりました。
どのようなスパイスが使われるかにもよりますが、おそらくは……」
「「うーむ」」
叔父甥コンビが感心している。
総長は毒にやられて長患いしていたからな。
動くのも大変な状態になる前は色々と調べていたということなのだろう。
普通はポーションの研究で終わるはずだからな。
そこからスパイスにまで目を向けていたということは、かなり手広く調べていたと思われる。
やるなぁ、侮れんわ。
「ポーションのような効果はないがな。
食欲増進や代謝を活性化させる効果は多少ある」
「「「おお─────っ」」」
今度は3人そろってか。
そんな感心されるほどの効果ではないのだが。
「食べたいなら次の夕食で出そうか?」
「「「よろしいので!?」」」
またハモるかよ。
しかもクラウドは身を乗り出してくる始末。
「顔が近いよ」
「ああ、いやすまぬ」
「いいけどさ」
どこかの唾を飛ばしまくるジジイよりは、よほどマシだからな。
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そして夕食時。
ハヤシライスを前にしてゲールウエザー組の一同が瞳を輝かせる。
とろけそうな表情というか、いまにも涎を垂らしそうな顔をしていた。
別のテーブルで護衛騎士たちや魔導師団員たちが席に着いている。
片付けの時間の都合があるから同時に食事にしてほしいと頼んだ結果だ。
国王陛下と同席はさすがに畏れ多いということで、こういう形になった。
メイド隊の面々は配膳で動き回っている。
料理の用意ができない分、せめて配膳はさせてほしいという申し出があったのだ。
配り終えれば席に着くと言うし、お願いしておいた。
そんなに時間のかかるものじゃないので、すぐに「いただきます」だ。
「うーん、きらめく白米。
御飯の甘い香りがたまらん」
そこはハヤシソースの香りを評価してほしかったよ、クラウド氏。
どんだけ御飯好きになったんだか。
「ルーと言うのでありましたか?
このソースの香りが食欲をそそりますな」
ほら、ダニエルの爺さんが気を遣ってるじゃないか。
とにかく早く食べてくれ。
でないと他の皆が食べられないだろ。
御飯の香りを堪能したクラウドが首を傾げる。
「コレはどのようにして食べるのかな」
そういや説明してなかったな。
御飯と別々に食べられても困るので実演することにした。
「こうだよ」
そう言って皆の注目を集めてから御飯とルーを一緒にすくって口に運んだ。
「ほうほう」
すぐに真似をして食べ始める。
「うむ、これは何と表現すれば良いのか。
御飯の甘さとソースのコクと程良い酸味が合わさって──」
「実に旨いものですな、ヒガ陛下」
叔父さんは甥っ子には手厳しいようで。
長々と語り出そうとするクラウドのコメントを遮ってシンプルにまとめてくれた。
「そりゃ良かった。
そっちも冷めないうちにな」
俺が促すと残りのゲールウエザー組も一斉に食べ始める。
「これはっ!」
「このような料理があったとは……」
「複雑な味わいなのに美味しい」
「こんなの初めて」
「ソースから漂う香りに違わぬ旨さがあるな」
「このソースはルーと言うそうですよ、隊長」
「ルー、専用の名前がある……
昨日今日できたものではないということか。
それならば、この完成度も納得がいく」
なにげに鋭い護衛騎士隊長のダイアンである。
それと微妙に危ない台詞でウットリしている人がいるな。
まあ、スルーさせてもらったのは言うまでもない。
こんな感じで食が進んでいった。
あ、クラウド氏は食べ過ぎる無茶をしなかったぞ。
おかわりは少なめの1回のみ。
ちゃんと我慢できたようだ。
いや、まあ子供じゃないから我慢できて当然なんだろうけどさ。
必死の形相で2回目のおかわりを我慢していたんだよな。
「食うか食わざるか、それが問題だ」
何処かで聞いたような台詞まで言ってたし。
まあ、異世界の人間が知るわけないんだけど。
なんにせよ苦笑を禁じ得ない。
俺だけじゃなくて、ほぼ全員が。
ミズキとマイカだけがキョトンとしていた。
クラウドの無茶な食いっぷりを知らないからしょうがないよね。
読んでくれてありがとう。




