366 ポンプと開墾
「ふえー、あれで水を引き上げるって?」
「みたいだな」
「ぽんぷ? だって」
「呼び水って何?」
「そんなので水が本当に出るようになるのかねえ」
「わっかんねえよ」
「賢者様が用意したモノなら大丈夫なんじゃないの」
ポンプを設置するだけなら半信半疑なのも無理はない。
街で見てきた代表者だけはやけに力んでいるけど。
もしとか万が一とかを考えてしまって不安があるんだろう。
それもポンプを動かすまでのことだ。
水を受けるバケツが用意されメイドがポンプのレバーを動かし始めた。
興味深げに見守る村人たち。
「おっ、出てきたぞ」
「そりゃあ出るだろうさ。
最初に呼び水とかいうのを入れてたじゃないか」
疑り深い奴がいるのは歓迎する。
こういうのに認めさせると誰も疑わなくなるからな。
「だけど、どんどん出てるよ」
「もう呼び水とかいうので入れた分は出ちゃったんじゃない?」
「言われてみれば、そうね」
ポンプのレバーを漕ぐメイドの手が止まらない。
アシスタントのメイドがバケツが満タンになる前に次のバケツに交換する。
「水が止まんねえ」
目を丸くしている村人。
「ホントだー」
同じく村娘。
「うおおぉぉぉ、マジかぁ」
疑り深かった奴は頭を抱えていた。
そんなにショックかね。
「ポンプすげー」
こんな具合に素直に感心しといた方がストレスは少なくて済むぞ。
結局、メイドの実演だけでは終わらなかった。
やっぱり自分で動かしたくなるよね。
城で実演した時も似たような状態になったから「ああ、やっぱり」としか思わない。
疑り深かった村人が凄くいい笑顔でポンプを漕いだときは苦笑せざるを得なかったけど。
そして井戸が完成すれば開墾である。
微妙に打ちのめされた感じだった魔導師団員たちも気を取り直して荒れ地を耕していく。
もちろん魔法を使ってだ。
井戸の時のように魔方陣を描いてというのは同じだが色々と違う。
畑を方形で囲んでそれに連結するように小さな魔方陣を幾つも描いている。
井戸の時よりも小さいが、これは個人で利用するからだろう。
それを方形のラインとつなぐことでリンクさせる訳か。
そういう研究は進んでいるんだな。
ふと糸電話を連想した。
魔力の流れを循環させる点からすれば、もっと高度だと言えるがね。
なんにせよ、ここまでは事前に予定していた手法だろう。
小さな9個の魔方陣の上に魔導師団員たちが陣取っていく。
今度は9人でリンクするか。
まあ、簡易とはいえ儀式魔法だ。
頭数を増やせば効果が高まる。
この場合は広いスペースを開墾することにつながる訳だ。
ただし、一気に耕すところまではしない。
井戸の時に受けた俺の注意から何段階かに作業を分けて魔力消費を抑えていた。
その分、開墾範囲を広げている。
当初はもっと狭い範囲を魔導師団が担当して、残りは俺らがという話であった。
緊急事態だからね。
それでも、なるたけ自分たちで何とかしたいとは思っていたみたいだけど。
故にやれるところまではやってしまおうとなった。
彼らにもプライドはある。
有り過ぎると困った事態を引き起こす元だがね。
「無理を言ってすみません」
総長が頭を下げている。
途中でギブアップとなった時に尻ぬぐいをする形になったからな。
俺の見立てでは最終工程が怪しいところだ。
制御が甘ければ最初から躓くけどな。
とにかく休憩を挟みながらとはいえ消耗はする。
集中力を持続させられるかが鍵だろう。
「いいや、根性出して気張ろうってのは嫌いじゃない」
ニヤリと笑って返した。
「むしろ好感が持てる。
向上心があるってことだからな」
「恐れ入ります」
俺たちがやり取りをしている間に準備が整ったようだ。
ナターシャが手を挙げて振り下ろす。
それを合図に各自が呪文の詠唱を始めた。
まずは、開墾範囲内の低木や岩などの撤去からだ。
低木は風魔法で切り刻む。
風の刃を浴びせる旋風が方形の中を動き回る。
対象物は方形の内側のものすべて。
岩も粉砕はできないものの、それなりの深さの傷が幾つも入っていた。
その威力をもって地面の掘り返しも同時に行われる。
耕耘機より便利かもしれん。
なんにせよ、これで一区切り。
ひとまず魔法を収束させるとナターシャがハンドサインを出した。
引き続き次の魔法を使うようだ。
今度は火炎である。
火柱のような大がかりなものにはしない。
いかに9人でリンクしているとはいえ消費魔力が跳ね上がるからな。
方形の範囲をすべて炎で埋め尽くすようなことも同様にできない。
さっきだって竜巻にしなかったのはそのためだ。
彼らが選んだ方法はグルグル円を描く炎が方形の中を移動する感じ。
円を描く炎というとネズミ花火を想像してしまうが。
こちらはあんなに火花を飛び散らしたりはしない。
それに動きはもっとゆっくりだ。
そのせいかロボット掃除機を連想してしまった。
「考えたな」
あれなら必要以上に熱くならない。
おまけに燃やしたい所を重点的に燃やせるし。
「皆で色々と意見を出し合ったのですよ」
俺の呟きに総長が反応していた。
今度は向こうがドヤ顔の笑みを送ってくる。
「そういう工夫は大事だよな」
丁寧に低木の残骸を焼いていく。
制御の集中も乱れていない。
終わった時にはそれなりに魔力を消費していたが余力も残っていた。
ここで次の一区切り。
魔導師団員はここでいったん休憩となった。
魔方陣を利用して回復に努める。
彼らが魔力の回復をする間に出番となるのが護衛騎士とメイド隊。
そこから何人かが出てきて方形の中に入っていく。
全員がハンマーを手にしている。
最初の風魔法では表面に傷は入っても砕くまではできなかったからな。
そこでハンマーの出番という訳だ。
傷入りなので比較的簡単に砕けていく。
多少、時間はかかったが岩はすべて粉々になった。
重い岩を運び出す手間や労力よりは遥かに省エネである。
ここで本来なら岩の成れの果てである石を拾って方形の範囲外に運び出すところだ。
今回は時間の都合でそれをしない。
これを急ぎで片付けるなら地魔法で土に分解する手があるのだ。
ただし魔力消費がバカにならない。
さすがに魔導師団員たちがこれをすると最終工程の実行が昼からになってしまう。
故にここだけ、うちの面子で処理をした。
今日中に次の村でも作業を終わらせる予定だからな。
そして開墾の最終工程である土の処理だ。
魔導師団員たちが慎重に念入りに地魔法を使っていく。
練習はしていたようだが本格的に使うのは初めてだからな。
終わる頃には全員へたり込んでいた。
これが一番、繊細な魔法だからだろう。
土の質が均一になるよう広範囲に満遍なく魔法を行使しなきゃならんかったからな。
「御苦労であった」
クラウドが声を掛けている。
「あとは他の者に任せて休むが良い」
そこから残った全員で用意した作物を植えた。
俺らだけじゃなく視察という名目で来ているはずのクラウドやダニエルも手伝っていた。
村人たちには最後まで気付かれなかったようだけど。
護衛騎士たちやメイド隊がカバーしていたからだがな。
普通はこういうことをさせないよう諫めたりするものなんだろうけど。
誰も何も言わずに手伝っていたからなぁ。
俺が手伝っているのを見て目を丸くはしていたから普通じゃないという認識はあるはずだ。
開墾が終われば、後は育て方の注意点を説明して完了である。
ポンプの実演の後あたりから真剣に話を聞いてくれるようになったのは助かった。
この村に来た当初の状態では、まともに聞いてくれない恐れがあったからなぁ。
けれども全作業が終わったからと言って余韻に浸っている暇はない。
挨拶もそこそこに輸送機に乗り込んで次の村へと向かう。
離陸時にはちょっと感動したね。
村人総出で手を振ってくれていたから。
来た時とは正反対の対応だもんな。
残念なことにゲールウエザー組はあまり余裕がない。
お疲れ気味な面々を見て些か強行軍すぎるかとは思ったんだがな。
そうも言ってられないし。
遅効性の疲労回復ポーションをお茶にして提供しておいた。
「これでまだ始まったばかりってのが泣けるよな」
自然とガンフォールに愚痴っていた。
「仕方あるまいて。
言い出したことは最後までやり遂げねばならんじゃろ」
諭されたけどな。
「ああ、分かってるさ。
次は演出付きで乗り込んでやる」
「……やり過ぎんようにな」
釘を刺されてしまった。
確かに自重しないと望んでもいない結果になりかねんか。
有り難い忠告である。
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ガンフォールの忠告の甲斐あってか次の村では過剰な反応をされずに済んだ。
魔導師団員たちも最初の村より落ち着いて魔法を使うことができたようだ。
初日ということもあり2個所しか回れなかったけど。
ノウハウが薄いせいで、それなりにもたついたからだな。
その後のゲールウエザー組はなかなか大変だったね。
昼間は飢饉対策で実働。
夜は反省会と打ち合わせ。
就寝前にはクタクタになっていた。
主に魔導師団員たちが。
それでも俺らは、あまり手を出さなかった。
アドバイザー的立場に徹したのだ。
疲労回復ポーションのお茶を差し入れたりなんかはしたけど。
そんな中、彼らは徐々にノウハウを蓄積していき日ごとに良くなっていく。
さすがは城勤めというところか。
その甲斐あってか、魔導師団員たちが軒並み2から3ほどレベルアップ。
レベルの伸びが鈍化している彼らからすれば驚異的と言える。
普段の訓練以上の何かがあったということだろう。
ただし、これを知っているのは鑑定が可能なうちの面子だけである。
飢饉対策で動いている最中に伝えて大騒ぎされると面倒だからね。
帰ってからいずれはチェックするだろうから、その時に驚いてくれたまえって感じだ。
そんな感じで我々は移動と対策に奔走する日々を送った。
読んでくれてありがとう。




