365 穴の掘り方ひとつで反省が必要になる
魔法で穴掘り完了。
実行したのは俺じゃなくて魔導師団の4人だけど。
その4人はへたり込んで肩で息をしている。
かなり魔力を消耗したようだ。
「情けない。
鍛え方が足りないわね」
ナターシャが文句を言っている。
全体的に見れば頑張った方だと思うぞ。
最後の方はもたついていたけどね。
固い岩盤だったせいだとしても、想定していたよりかなり遅かった。
そのせいか消費魔力も多くなったし。
ペース配分を間違えて疲れた?
岩盤に到達するまでの部分で頑張りすぎて制御が雑になったとか。
そんなにキッチリ見てた訳じゃないから、原因は今ひとつ分からない。
眠らせた村人はとりあえず置いておいて穴の具合を確認してみた。
ぶっちゃけ仕上がりがちゃんとしていれば問題はないからな。
「どれどれ」
指定した穴の広さは守られている。
仕事も丁寧だ。
「土の部分は上出来だ」
俺がそう呟くと、穴掘り実行班の4人が「ホッ」と息をついた。
魔力消費が多いせいか、へたり込んだままだ。
「岩盤はちゃんと貫通しているな」
地下水脈に到達している。
広さも土の部分と同じ。
これなら、すぐにポンプの設置ができるな。
「ん?」
しかしながら問題点をひとつ見つけた。
「ああ、なるほどね」
これは消費魔力が多くなる訳だ。
遅くなるのも当然だろう。
「えっと、ダメでしたか」
穴掘り実行班の1人である魔導師団のお姉ちゃんがおずおずと聞いてくる。
杖に寄りかかるようにして立ち上がった。
「無理すんな、座っとけ」
「ですが……」
話を聞く態度じゃないと言いたいのだろう。
「疲れて座り込んでるだけで無礼者とか言わねえよ。
それより立つのに精一杯で話を聞いてませんでしたって言われる方が嫌だわ」
お姉ちゃんはポカーンとしていた。
そんなこと言われたことありませんって感じだな。
それでも何とか座らせて話の続きをすることにした。
「実行した4人以外も関係がある問題だ」
総長とナターシャは神妙な表情だ。
待機の4人は呆気にとられた感じである。
「土を押し広げるように穴を通すのは、ちゃんとできている」
まあ、これは街で先に説明しておいたことだ。
押し固めれば土を排出しなくてすむし、崩れにくくもなる。
そう説明すると魔導師団員たちは感心していた。
だから昨日の間に何度もシミュレーションをやっているはず。
現に土の部分ではスムーズに穴を掘り進めていた。
「いいか、問題は岩盤の処理だ」
土と岩が違うなんてのは子供でも分かることだ。
故に岩盤の掘るコツはあえて言わなかった。
「どうして土と同じ処理をしようとするんだ?」
「「「「あ……」」」」
穴掘り実行班の者たちがばつの悪そうな顔になった。
土と岩じゃ堅さも柔軟性も違う。
石ころの集まりならまだしも大きな岩盤ではな。
押し退けようとするなら土とは比べ物にならない力を使うことになる訳で。
結局、岩の方は無意識のうちに削るような形に変更されていたようだ。
そうでなきゃ途中でリタイヤだったろうな。
変更に関しては気付いていないので指摘したら魔導師団員全員が驚いていた。
「それは真ですか」
目を丸くしたままの総長が聞いてくる。
呪文が同じだと魔法の効果も同じだと思い込んでいる節があるな。
今回のようなケースだと見えていないからイメージが優先される。
本人たちすら意識しない無意識のレベルでね。
ただし、表層意識では想定した呪文の効果を思い描いているから無駄が多くなる。
矛盾するから制御が難しくなったという訳だ。
当然、時間がかかるし消費魔力も増えてしまった。
「嘘ついてどうすんだよ」
「そうでした」
自嘲しているかのような苦笑で返される。
総長としても思わずといった感じで口を突いて出てしまったのだろう。
「その辺は次の井戸掘りの時に応用すればいい」
他の村でも実演するんだし。
土と岩で明確に切り替える必要性がある。
でないと、今回みたいなことになるからな。
時間がないのがネックだ。
「なかなか高度な術式を展開しないといけないようですね」
ナターシャが困り顔で唸り始めた。
「なに言ってんの?」
そんな難しい問題ではないのだがな。
「え!?」
「連続でやる必要性なんて、どこにあるんだ」
ひとつの呪文で処理を切り替えようとするから制御が困難になるのだ。
最初から使う魔法を分けてしまえば簡単になる。
休憩を挟んで前半と後半という形にすればいい。
彼らならそこまで高度な呪文にはならないはずだ。
制御が複雑にならないぶん消費魔力も減る。
「あっ」
そういったことをわざわざ説明しなくてもナターシャは気付いたようだ。
俺の一言で虚を突かれたような表情になった。
「土の部分だけで処理をいったん終わらせてしまえば……」
ただ、自分の世界に埋没しているのかブツブツと呟いている。
「区切りを入れて岩盤は掘削処理に切り替えることで……」
このまま長々と考え込まれてもな。
せめて【高速思考】か【並列思考】あたりのスキルをゲットしてからにしてほしいね。
「細かいことを考えるのは後にしておけ」
ナターシャだけに言ったのではない。
いま気付きましたって顔になっている魔導師団員たちにもだ。
こういうのを鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのだろう。
苦笑せざるを得ない。
「素直なのは良いことだが盲目的になるのは良くないな」
念のために注意しておく。
「最初に詳細を考えていたら、こういう事にはなっていなかったはずだぞ」
「「「「「……………」」」」」
ショボーンと落ち込む魔導師団員たちであった。
「まあ、魔方陣を使って工夫したのは良かったんじゃないか。
魔力消費も時間もかなり節約できたはずだからな」
フォローはしたが、あんまり復活してこない。
まあ、開墾の時までに平常通りに戻ってくれれば問題ないけど。
総長を見たら頷かれたので大丈夫だろう。
「じゃあ、次だな」
開墾に行く前にポンプの設置を済ませてしまう。
魔導師団員たちには、ちょうどいい休憩になるだろう。
ポンプセットを用意するとメイドの1人が目の前に進み出てきた。
現場でメイドをまとめる責任者だったはずだ。
「設置は君らに任せるのでいいんだな」
「はい、賢者様」
答えたメイドは頭につけたホワイトブリムのデザインが彼女だけ猫耳デザインだった。
他はフリフリのフリルという正統派だ。
この部分で責任者かどうかを見極める仕様になっている。
しかしながら前々から気になっていたことがある。
ホワイトブリムに猫耳を採用したの誰だよってことだ。
いや、猫耳が悪いのではない。
尻尾もなしに猫耳とは何も分かっていないと言いたいのだ。
うちの国民だったら説教しているところである。
「我々ゲールウエザー王国メイド隊にお任せください」
メイド隊って……
なんか軍隊っぽい響きがあるな。
「うはっ、ミズキさん。
メイド隊ですってよ」
後ろでマイカが反応してるし。
一応は聞こえないよう気を遣っているらしくヒソヒソ声ではあるけど。
「マイカさん、本物ですわよ」
ミズキもかよ。
何かテンションがおかしなことになってらっしゃいますよ。
「本物だは。
萌えてくるでござるよ」
テンションどころか喋りまでおかしくなってるし。
それと本物を強調してるけど、メイドさんたちはずっと居たよ。
目立たぬように控えていただけだから。
いま到着した訳じゃないんだよ、君たち。
「コスプレとは違うのだよ。
コスプレとはっ」
髭のおっさんまで持ち出してきたか。
さすがミズキ。
JDを卒業してもオタ趣味は卒業しなかっただけのことはある。
まあ、放置しておこう。
触れると巻き込まれそうだ。
とにかく井戸穴にポンプの設置をしないとな。
「っと、村人を起こさないとな」
でないと寝てる間に設置したポンプを魔道具か何かと思い込みかねないし。
設置の実演をしても、やっぱり魔道具と思われる可能性は否定できないけど。
いずれにせよメンテナンスのことを考えると見せておいた方が良いことにかわりはない。
とにかく村人を起こす。
面倒だから覚醒の魔法を同時多重起動だ。
同時に覚醒させる。
光る魔方陣とかはなしだ。
派手にはやらかさない。
覚醒の魔法なんて生活魔法だしな。
だから魔法で睡眠の継続をさせている場合には無効化されてしまう。
もちろん眠らせ続ける意味はなかったので覚醒で充分に目覚める。
魔法の発動はフィンガースナップだけで魔方陣も使わずに終わらせた。
内緒で若干の治癒魔法を織り交ぜたけどな。
何度も眠ったり起こされたりした村人が体調不良を起こしでもしたら困るからな。
「皆さん、よろしいですか」
村人全員が覚醒していることを確認してから猫耳メイドが話し始める。
尻尾については脳内補完しておくことで折り合いをつけた。
猫耳メイドは説明に専念するようだ。
ポンプ設置の実演は他のメイドに任せている。
メイン作業をする者が1名。
アシスタントが2名。
役割分担がしっかりしているな。
街で実演した時のをしっかり観察していたようだ。
サンプルも渡しておいたから間違いなく練習してるよな。
それなりに深い井戸だからパイプの接合に時間がかかってしまうがね。
「えらく長い管を使うんだな」
猫耳メイドの説明の合間に見学していた村人の1人が呟いた。
「魔物の素材を使って繋げられるとはなあ」
「不思議だね」
「どうすりゃ、あんな事できんだ?」
「俺らに聞くなよ」
「分かる訳ねえだろ」
「アレを用意したっていう賢者様に聞け」
そんな感じで彼らが話している間に最終的な取り付けは完了した。
あとはポンプを漕いで地下水を実際に汲み上げるだけである。
読んでくれてありがとう。




