360 報告を要求された
輸送機に帰って休む。
それだけのことが難しいとは思わなかった。
まず、生き残った冒険者たちに揉みくちゃにされた。
俺だけじゃなくて、うちの面子全員が。
「ありがとう!」
「助かった!」
「恩に着る」
「アンタらがいなきゃ死んでた」
「そうだ、命拾いした」
「手が足りない時は声を掛けとくれよ。
アタシらじゃ何の役にも立たないだろうけどさ」
誰かに感謝されるというのは悪くないものだ。
ただし、帰って休みたいゲージはドンドン溜まっていく。
空気を読んでにこやかに応対しておいたけどね。
そんな訳で、しばらくは動けなかった。
で、興奮が下火になり始めた頃、今度は街の方から人が数十人規模でやって来た。
面子は冒険者ギルド長を初めとしたギルドの面々と他は衛兵だ。
なんだか押っ取り刀で駆けつけてきたような雰囲気である。
そして何人かは俺に向かって真っ直ぐやって来た。
帰って休みたい俺としては嫌な予感しかしない。
「申し訳ありません、賢者様」
衛兵に声を掛けられてしまった。
「宰相閣下がお呼びです」
どうやらダンジョンの外でも何かしら把握していたようだ。
廃棄物に近づけば大半の男は逃れられないはずなんだが。
「冒険者ギルドで場所を用意しましたので私がご案内します」
ギルド長が直々にかよ。
任意同行という名の連行だよな、これ。
気分はドナドナ。
ただし、飯ぐらい食わせろとごねて時間をもらった。
その時間で皆に指示を出して先に帰らせる。
明日は移動もあるからな。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
ギルド長の先導で冒険者ギルドの奥の部屋へ案内された。
部屋の中に入ると、ゲールウエザー王国宰相のダニエルだけでなく魔導師団のジョイス総長もいた。
入れ替わりでリンダが目礼しつつ退出していく。
俺が簡単に腹ごしらえしている間に事情聴取がされていたようだ。
詳細な報告ができるほどの時間はないので廃棄物については何も聞いていないんじゃなかろうか。
とにかく挨拶もそこそこに席に着く。
とっとと終わらせたいからな。
「随分と大仰だな。
まるで取り調べだ」
まずは牽制のジャブ。
「いや、申し訳ありませんな。
そういうつもりがないことだけは確かです」
ダニエルが頭を下げながら言った所を見ると本当のことのようだ。
ギルド長がいなけりゃ平身低頭だったかもね。
「実は月の女神様の啓示がありました」
総長からの報告。
ルディア様が被害を最小限になるよう動いてくれたようだな。
有り難い。
ところで総長が少し変だ。
淡々と語ってはいたが、内にこもる熱を些か持て余している様子。
啓示を受けたことで興奮しているのか。
「危ないからダンジョンには近寄るな、だろ」
一瞬、目を丸くする総長。
俺としては容易に想像できたんだけどな。
ルディア様のことだから。
「その通りですが……
では賢者様も声をお聞きになったと」
「まあね。
魔物が大量に湧くとは思わなかったが。
あと、上だと大型の魔物にふさがれて外に出られなくなっていた」
「そんなことが……」
やはり、リンダの報告は廃棄物まで及んでいなかったようだ。
「こちらでは急にダンジョンに入れなくなったという報告があったのですが」
「どういうこと?」
廃棄物の誘因効果はダンジョンの入り口付近まで有効だったはずだ。
むしろ止めても入ろうとする野郎どもが大勢いたんじゃないのかと思ったくらいだが。
「見えない壁に阻まれてダンジョンに近寄ることができないという報告がありました」
あー、ルディア様だな。
ダンジョンの外だけでも対処してくれたと。
中の方はどうしようもなかったんだな。
30層から下の処理に奔走していたはずなのに。
俺が同じ立場なら、そこまで気が回らないよ。
被害が出てから気付いただろうから酷いことになっていたかもな。
ルディア様の啓示を受けて街の人間がどう動くか次第だけど。
行くなと言われると行きたくなるのが人間だしなぁ。
啓示を受けて動くとしても現場の確認とかあっただろうし。
「それ、きっと神様だろうね。
見えない壁ってのは結界だな」
「「おおっ」」
ダニエルとギルド長が呻いて固まっている。
総長は身を乗り出しそうな感じになってた。
もしかして神様関連の話になると食いつくのかね、この人。
ミーハーか?
「良かったんじゃないの?
結界がなかったら被害は大きかっただろうし」
「中はそんなに酷かったのですかな?」
深刻な表情で聞いてくるダニエル。
被害の程度は多少なりと聞いているようだな。
「うちの面子に被害なんてないけど」
そう前置きしてから話し始める。
「他はそうでもないぞ。
あまりにも多くの魔物が急に出現したからな。
どの階層でも男の冒険者は軒並みやられてる」
今にして思えば、男どもには何かしら影響があったのかもな。
元集合体のね。
廃棄物は影響範囲が1階層の一部に限定されていたから無理だ。
けれども、元集合体とは接触してないから能力は未知数。
元集合体が男の精神に影響するような精神波を発していたことも考えられる。
俺やうちの面子は何ともなかったが。
そういうことが無いとは言い切れない。
廃棄物ほど露骨な感じではないとしたら、あるいは……
後でルディア様に聞いておこう。
メールで質問しておけば答えてくれるだろう。
「男限定ですか?」
ギルド長が怪訝な表情で聞いてくる。
俺がそちらを見ると「すみません、すみません」と謝りながら小さくなってしまったが。
「地下2層から29層までは、何故そうなったかは不明だ。
男は好戦的になったり正常な判断が下せなくなったようだが。
あまりにも多くの魔物を見てパニックになったとも考えられるけどな。
俺も直接見た訳じゃないし、うちの男は特に変化がなかったから断言はできないが」
「なんと……」
言葉を失うダニエル。
「この街は女の冒険者が多くて壊滅的な被害だけは免れたな」
「どうして男性ばかりなんでしょう」
総長がもっともな疑問を口にした。
「さあな、俺もこんなことは初めてだ。
もしかすると1層にいた変な魔物のせいかも」
「変な魔物ですか?」
「やたらとデカいスライムもどきと言えばいいのか。
生き残りに聞いたが男を誘引して丸呑みにしていたそうだ」
「「「─────っ!?」」」
目を見開いて驚く一同。
「そんなに大きいとは……
たかがスライムでしょう」
ギルド長が聞いてくる。
スライムと言ったのはマズかったか。
「もどきと言ったはずだが?」
そう言っただけで「すみません、すみません」状態になるギルド長。
この人、責任者に向いてないよな。
可哀相になってくる。
「透明でプルプルした感じがスライムに似ていただけだ。
リンダたちに聞いてみるといい。
堅くて剣で切れない上に彼女らの魔法は通じなかったそうだ。
おまけに単体でありながら亜竜サイズを超えていたし」
「「「なっ!?」」」
ひとこと発したきり絶句してしまう3人。
深刻そうな表情になっているのは未知の魔物であることを理解したからか。
「倒したし弱点もあるから心配は無用だ」
3人のしかめっ面が和らいだ。
「一体、どんな魔物だったのでしょうか?」
総長が聞いてきた。
「俺も知らんな」
「そんな……」
「俺だって何でもかんでも知ってる訳じゃないぞ」
知ってても言えないこともあるし。
まあ、高熱に弱いことと男には幻覚を見せることだけは伝えておいた。
後は中での出来事をぼかしたり誤魔化したりして説明。
これが面倒なんだよな。
矛盾がないようにしないといけなかったから。
生き残りの冒険者たちやリンダも事情聴取は受けるだろうし。
俺の説明が終わるとお通夜状態となった。
原因は言うまでもなく廃棄物だろう。
「地下の異変は、あの魔物の影響と推測される。
調査は必要だが必要以上に恐れることはないだろう。
あんなデカいのがそうそう出てくる訳ないからな」
少なくとも同じ場所には出没するまい。
「本当に大丈夫でしょうか」
不安げにギルド長が聞いてきた。
「神の啓示があったのを忘れていないか。
その上、結界のサービス付きだったんだ。
それも今は無くなっていることを考えれば特に問題ないだろう」
こんな子供騙しの誘導しかできない自分が情けない。
溺れる者は藁をも掴むと言うが、まさにその心境である。
いい加減に切り上げて帰りたいから適当に言ってみただけとも言う。
「確かにその通りですね」
いちばん引っ掛かりそうにない総長があっさり納得していたのには驚かされたけど。
結局、全員が月の女神様の御加護があるなら深刻な事態にはならないと納得したようだ。
ルディア様々である。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
面倒な話が終わって帰ったら日付が変わっていた。
皆はすっかりお休みモードだと思っていたんだが、誰も寝てはいなかった。
「「「「「お帰りー」」」」」
妻たちのハモりっぷりに俺は面食らってしまう。
長年の付き合いであるかのように息もピッタリである。
いつの間にと言わざるを得ない。
「お、おう。ただいま」
そういうのが精一杯であった。
「なーに、ハト豆な顔してるのよ」
狼モードのマリカを幸せそうにモフりながらのマイカさんである。
「寝てると思ったからなぁ」
思わずニヤけてしまった。
こういう何気ない日常が続いてほしいものだ。
トラブル体質の俺では望むべくもなさそうではあるが……
読んでくれてありがとう。




