342 増えそうなんですが
レオーネまで行列に並ぶとは思わなかったよ。
おでこにチューの行列。
妻じゃない人まで並んでますけど、何か?
まあ、皆の雰囲気に流されただけだろう。
そうであるなら、どうやって行列から外すかなとか思っていると……
「あの、私も許されるなら……」
なんだか雲行きが怪しい。
もしかして想定外の事態発生?
「許されるなら?」
嫌な予感とは違う。
違うが奇妙でむず痒い変な感覚がある。
何なんだ、これは!?
「そこで察しなさいよ」
スパンと頭を叩かれた。
いつの間にか復活していたマイカがやってくれた。
察しろだって? 何が? どういうこと?
「この鈍感王!」
しかも称号で呼んでくれるし。
勘弁してくれ、やめてくれ。
俺にとっては特大級の黒歴史なんだぞ。
「そんなだから鈍感王なんて称号がつくんだよ、ハルくん」
ミズキもか。
追い打ちで俺のハートにグサグサくるんですがね。
もしかして自業自得ですかい?
どうやら、そうみたいだね。
いやはや何と言ったらいいのか……
とにかく済みません。
「女の子が顔を真っ赤にして告白しようとしてるんだから」
言われてみれば、レオーネがそんな感じである。
「あのっ、自分は……」
何かを言いかけて、止まってしまうレオーネ。
……何かじゃないな。
言いたいことは分かったよ。
この状況で鈍感王を連呼されて気付かなきゃ鈍感神になりかねない。
「……………」
不名誉極まりない嫌な称号だな。
絶対に回避だ。
「あー、嫁枠に入りたいのなら拒む理由がないな」
こんなことを言うのは恥ずかしくてしょうがない。
が、茶化す訳にもいかないよな。
向こうは深刻そうな雰囲気すら漂わせているし。
「ですが、私は……」
罪人だと言いたいんだろうなぁ。
何もかも忘れろとは言わないけど、背負い込みすぎじゃなかろうか。
考え方は人それぞれだ。
きっとレオーネの揺らいでいる姿ですら甘い生温いと思う者もいるだろう。
俺はどちらかというと逆だ。
レオーネに罪がないとは言わない。
が、抗えぬ状態でのそれに酌量の余地がないとまで言い切れる人間の方が罪深いと思う。
抗えば死あるのみの状態に追い込まれた彼女に死ねと言っているようなものだからだ。
どんな心境で?
いかなる条理をもって?
自殺願望のない人間に死を迫るというのか。
そこに情理はあるのだろうか。
難しい問題だ。
答えは人それぞれにあるだろう。
だから俺は俺の答えを押し通す。
少数派かもしれない。
だが、俺は受け入れたのだ。
誰に何を言われようと俺が俺であることを変えることはできない。
変えないからこそ俺はレオーネたちを国民とした。
他所じゃ知らないが、うちでは国民イコール家族である。
そこから更に一歩進んだ家族としてレオーネを迎え入れることにも躊躇いはない。
「お前の中にある葛藤に本気を見た。
死のうとして死ねなかったこともあったはずだ」
「それは……」
悔いるようにレオーネの顔が歪む。
「死にたくないという気持ちが少しでも勝ったということだ。
それがいかなる理由であろうともな。
お前は心の奥底で願ったはずだ、生きたいと」
レオーネは涙を必死に堪えていた。
泣くことも許されないと決意しているかのように。
こういう雰囲気は好きじゃないんだが。
堅苦しいのが苦手な俺としてはね。
だけど、本気の相手から逃げる訳にはいかないよな。
「後悔を抱えても死にたくないと思ったのだろう?」
歯を食いしばっているレオーネが同時に動揺していた。
そういう気持ちが心の何処かにあったことを自覚したのだろう。
今までは心にフタをして向き合うことを回避してきたはず。
気付けば嫌でも向き合わざるを得ない。
生半可な覚悟では精神が押し潰されたとしても不思議ではない。
酷な言葉だ。
が、言わなきゃいけない気がしたのも事実。
生きることに迷いを見せている、そんな風に感じたから。
このままだと表面は取り繕っても中身は空虚な人間になってしまいかねない。
そんなものは生きているとは言えないだろう。
言わば人形である。
俺は絶対に家族をそんな状態に陥らせたりはしない。
縄で縛り上げてでも引っ張り上げるさ。
「ならば生きよ。
全力で生き抜いてみせろ」
「全……力……」
何がスイッチになるのか分からないものだ。
俺がさほど意識していなかった単語を呟いている。
「今のお前は全力ではなかろう」
「……………」
返事はない。
だが、それは肯定したも同然だ。
「人形に等しい生き方をしていないか?」
レオーネは涙を堪えるのを止めていた。
ただただ頬を伝うに任せている。
「生きたまま屍になるな」
立ち尽くしたまま、しゃくり上げ始めた。
「死ぬまで本気で生きろ」
この一言で完全に決壊してしまった。
あとは嗚咽するばかりである。
そこに口を挟む余地はない。
泣かせたからといって文句を言う者もいなかった。
状況が許すなら待つだけでいいんだが、そういう訳にもいかない。
故に現在のフロアから地下29階層までを地下レーダーとスキルを使って調べていく。
レオーネが泣き止めばすぐに動けるように。
「……………」
何か出鱈目な感じがするな。
深いほど強い魔物がいるのかと思ったんだがな。
状況的にはそうとは言い切れない。
強いのがいたりいなかったり。
法則性が見出せない。
宝箱トラップで召喚されたのもトロールだったし。
こういうパターンもないとは言い切れないのか。
現状も、そこらじゅうでトロールが混ざっている。
数は少ないが。
後はオーガ、オーク、ホブゴブリン、ゴブリンだな。
魔物の混成部隊とか統制なんか取れないだろうに。
そう思ったのだが、ばらけてはいない。
集団で活動できている。
妙だな?
魔族が統率しているなら分かるんだが、そういう気配もない。
訳が分からない。
いずれにせよ、連中は集団で活動しているのだけは確かだ。
単純な思考ルーチンでしか動いていないのが有り難いところである。
籠城を決め込んだ冒険者たちは部屋の外で待ち構えるだけ。
魔物サイドは扉を壊そうだとか、こじ開けようとする奴がいない。
逃げる者はひたすら後ろを追いかけるだけ。
挟み打ちという発想もないようだ。
見失うと周辺をくまなく捜索することもしないし。
そんなことをしなくても向こうは数が多い。
ダンジョン内を逃げ回ろうにも、すぐに徘徊している魔物に発見されてしまう。
逃げ回っている連中もスタミナを消耗してきたようで逃げ込む場所を探しているようだし。
この調子なら先にフロアの魔物を殲滅させてから避難誘導した方がいいかもしれない。
俺らの攻撃能力を把握されないですむし。
ああ、でも化け物扱いされるのは確定かな。
直接的には見てなくても敵戦力は把握してるはずだし。
ある程度は推定されてしまう。
それは、もうどうしようもない話である。
殲滅方法に気を配らなくていいだけマシだと思うしかあるまい。
しかし疑問点がひとつある。
このフロアだけオークだらけだった。
ミズキとマイカが始末したあの群れ以外に、このフロアには魔物はいない。
他のフロアは人型限定だけど雑多な魔物がいるというのに。
何か理由があるのかないのか。
謎である。
まさか宝箱の召喚トラップでコストをかけすぎた影響とか言わないよな。
それにしたってオークだけになるというのは変だ。
もっと召喚コストの低いホブゴブリンやゴブリンが混ざってもおかしくないだろう。
俺の張った結界が影響したのだろうか。
それならオーガやトロールが来ても不思議ではないんだが。
ただ、その場合はぐっと数が減っただろうけど。
限られたコストの中で数と強さのバランスをとったら、ああなったとか……
試しに魔物の強さを仮に数値化して計算してみた。
トロールだけを召喚するよりは高い値になる。
普通の冒険者なら損耗率が高そうだ。
ただし、最適解ではない。
組み合わせ次第で、シミュレーション上の冒険者パーティをもっと損耗させることができるんだが。
まさか脇道の通路を埋め尽くすのに丁度良かったとか言わないよな。
足止めが目的とか。
俺たち相手じゃなきゃ通用しそうな手段である。
突破できたとしても時間がかかっただろうし。
スタミナも著しく消耗していただろう。
案外、そんな単純な理由だったり?
わからん。
「……………」
ともかく、何時までも考えている訳にはいかない。
レオーネが泣き止むまでの猶予だったのだ。
その本人がどうにか静かになっていた。
そして彼女の両脇をミズキとマイカが固めている。
というか、ずっと背中を支えていたようだ。
意味あんのかと思ったが、指摘しない。
絶対に空気読めとか言われるだろうからな。
最悪、総スカンをくらうだろうし。
ここで地雷を踏むのだけは回避したい。
「すみません」
「いや、こっちこそ済まんな」
ぶり返しになりそうなので、配慮が足りなくてとか具体的なことは言わない。
「どうしたいかは帰ってから聞こう」
深い意味はない。
その方が、これからやる仕事に影響しないだろうと判断しただけだ。
「わかりました」
レオーネの了承も得た。
周囲の反応も特に留意すべきものはなさそう。
少なくとも表面上は。
「29層に行く前に確認しておくぞ」
ここから29層に下っていくのはなしだ。
それをすると籠城から解放した冒険者を自力で帰すことになる。
10層から上も片付いていないからなぁ。
ならば下から上へ向かいながら引率するしかあるまい。
「まずは魔物の殲滅だ。
フロアの魔物をすべて葬り去る」
足手まといがいると戦いづらいとか理由は様々ある。
部外者に俺たちの戦い方を見せたくないというのが理由としては最も大きいか。
「その後で籠城している冒険者とコンタクトを取って避難誘導に入る」
素直に言うことを聞いてくれるといいんだが……
難しいかもしれない。
連中の精神状態しだいか。
あまりウダウダ言うようなら扉をぶち破って強制的に引っ張っていくまでだな。
読んでくれてありがとう。




